第二話ノ3
キバリーを見て事情を聞いても、父が取り乱すことはなかった。
「しつこいようだが確認する。君はひばりじゃないんだな?」
「他人のソラ似というやつですな」
「わかった。妻が取り乱してすまなかった。今日のところは泊まっていきなさい」
そのあと、有馬だけ呼び出されて、父と二人っきりで話すことになった。
「どうして隠していたのか、わからなくもないが、こういうことはまず家族に相談しろ。母さん困ってただろうが」
「……ごめん」
「まあいい。それより、ひばりの事は憶えているな」
そう前置きされる。
ひばり、という姉がいた。
よく憶えていないから、ここから先は聞いた話だ。
姉は有馬に負けず劣らずの無鉄砲で、虫取り網と釣竿をいつも抱えて、自転車があれば一人でどこまでも行ってしまう神出鬼没の、外で遊ぶのが大好きな女の子だったらしい。
とくに、川で遊ぶのが好きだった。
休みに家で見かけないときは、いつも川辺に立っていたし、昼飯時になっても帰らないと思ったら、釣り好きの爺さんと一緒にヤマメやザリガニを焼いて食べているような野生児だった。
そして、ある日、帰らなかった。
川辺には、「ひばり」と彫られた釣竿が転がっていて、栞をはさんだままの、お気に入りの本が残されていた。
溺れて、流されてしまったのだと言われた。
川をさらって山を狩っても、海辺をいくら捜索しても姉の姿は見つからない。溺れたまま海に流されたのだとしたら、もう捜しようがない。半年後に浜へひばりの使っていた麦わら帽が打ち上げられてから、やっと葬式が行われたようだ。
ぼんやりとした印象で、たくさん集まった黒い服の人たちと、線香の香りを憶えている。
有馬はそのとき二歳だった。
連絡先の無い場所から来た。という言い逃れが通った。
実際、日本国内にも手紙でしかやりとりできない集落は存在するし、隕石危機のゴタゴタで情報インフラの整備はごく限定的なものに留まっていて未だ回復の兆しを見せない。
だからキバリーは夏のあいだ遊びに来た遠い親戚、ということになった。
「夏ッ! 海ッ! 太陽ぉ────っ!!」
青空に向かって、人差し指のピストルで撃ち抜こうとするキバリー。
アスファルトの照り返しがひどい、昼間のことだった。
晴れて自由になってから、キバリーのはしゃぎようといったらもうねずみ花火のようだった。あっちこっちウロチョロしてどこで弾けるかわからず、迂闊に手が出せない。
「うおーいアリマ! 何あれ何あれっ!?」
「犬だよ」
「う~ワンワン! ばうわう!」
「うっさ」
「おおぅ! これが世に聞く大名行列……!」
「ただの蟻だよ」
「はい障害物どーん! どうだ通れまい。悪しき因習よ滅べ!」
外を出歩けるのがよっぽど嬉しいのだろう。
セリナに聞きたいことがあったので、昨日の詫びもかね本屋に向かう途中だった。チャイもトールジイもそこにいるはずだ。出版社に渡りをつけて本を仕入れさせるのもトールジイの仕事だから普段滅多に家にはいないが、毎年夏のあいだは休暇で、浜に打ち上げられたクラゲみたいにぐんにょりとくつろいでいる。
「ねえ、キバリー」
「おうなんだ!」
「もしかして、ずっと外に出たかったの?」
「あったりめーだバカこのバカ! こんな天気の良い日に手足のばして歩けないなんて、お天道さまに申し訳ねえっ! 夏が呼んでるんだってば!」
やたら暑苦しかった。
いつもノリで適当に言うけれど、有馬はキバリーが、何か企んでいるように思えてならない。
あの巣も、人間になったとたん人前に姿を現したのも、実は全部理由があってやった事ではないか。
たとえばあの巣は変身の精度を上げるために必要なエネルギー貯蔵装置か何かで、成功したから用済みになったとか。それか宇宙にある母船から人間の生態データをダウンロードするための通信装置だったとか。姉に姿を似せたのも、原住民により親しまれやすい外見を選んだ結果で、テキトーに見えて実は不気味な本性を隠し持っているのかも知れない。一連の行動には微かな計画性を窺わせる。
油断ならない。外に出てはしゃぎ回って、人と話せるようになる事が目的じゃないはず。
「ねえキバリー……これからどうするの?」
「んー? 町の外に連れてってくれるんじゃねーの?」
「そうじゃなくて、それからもっと先だよ。キバリーは帰るところもないのに、周りの大人が黙ってないだろ」
「にゃはは。そういうこと気にすんなよ。オレっちは人間じゃないんだぜ。そういう心配事は、人間のやることさ」
「するよ。犬猫じゃないんだから」
行き当たりばったりな侵略。それじゃ良くないと有馬は思う。
悔しいのは、未だにキバリーが真実を語ってくれない事だ。
協力者なのに。
やっぱり、信用されてないのだろうか。
漠然と有馬は、キバリーとずっと一緒にいられるものだと思っていた。このままだと、どこからともなく黒服の大人たちがやってきて、キバリーのことを攫って行ってしまうように思える。
それは冗談でも妄想でも何でもなくて、宇宙人でも異邦人でも野良犬にだって同じ事が起こるのだから。
「心配すんなよう、そんくらいで」
お気楽な笑顔。
「ずっと先のことより肝心なのは今だろいま!」
「そうかな……」
「そうだよっ、気にスンナ!」
「そうかもね」
「そうそう」
そこまで気楽に言われると、そうなのかなと思えてきた。
自分の他にキバリーの事を知られて、焦っていたのかもしれない。思うようにならない事が不安だったのだ。
「そうだよな。今すべきはもっと違うことだ。キバリーを町の外に出すにはどうするかってことだよ」
「おうよっ! わかってきたじゃねーか」
そうこうしているあいだに本屋に着く。「Oikawa-Books」の今風な看板。
「たのも───っ!」
キバリーが扉に体当たりした。すぐ横のカウンターに、硬直しているセリナがいる。
「おはよう! 昨日は騒がしてゴメンネ!」
「セリ姉おはよう」
「あ、うん。おはようね」
「改めて自己紹介するぜ! オレっちは有馬家の親戚、その名もキバリー!」
「初島だから」
「親戚……なの? でも昨日は」
「昨日言ったの嘘だから! 親戚も親戚、遠縁のくせー仲よ! 母方の従兄弟のはとこの友達の義兄弟の契りの」
「そうそうトールジイどこにいる?」
墓穴製造機のキバリーを遮って強引に話題を変えた。
「裏手の車庫にいる。千愛ちゃんも一緒に」
「わかった。ありがとう」
出て行こうとすると、「ちょっと待って」と呼び止められた。
「これから、その、どうするの?」
「これから考える予定」
裏手に回ると、トールジイとチャイは回収してきた本をせっせと日干しにしている最中だった。
家の玄関から道路にはみ出すまでダンボールを敷いて、その上に本を載っけている。水を含んでぐにゃぐにゃになったり半分焼け焦げていたりする本でも、文化的価値があるなら保存するのが移動司書の仕事だ。
「よおどうした有馬ぁ。手伝いに来てくれたんか?」
チャイは気まずそうな目で有馬を見やってから、ふいっと作業に戻る。事情を知ってか知らずかいつもどおりのトールジイ。
「あー、うん。大変そうなら付き合うよ」
有馬も手伝いに加わった。
手伝いながら、なんと話したら良いか考える。
「トールジイはいつぐらいまでいるの?」
「今年は祭りまでいられるな」
「祭りって、神社の?」
「商店街の方だな」
流星祭りだ。
隕石危機の終結宣言を記念して、この日を祝う町は多い。
はっとなった。そうだ。祭りだ。
「祭りって、何か珍しい演目とかあったっけ?」
「神輿が回るな。カラオケ大会もある。演舞と、あと花火。ここらへんは恒例だが、あとは町会に問い合わせてみないとわからんな」
恒例じゃダメだ。もっと人の気を惹かないと。
わーっとなる事。盛り上がる事。
「いつも通りじゃつまんないよね」
「なんだ、いやに意気込んでるな」
本の束を下ろした。指をぱきぱきしながら、
「何かないの? ものすごい盛り上がるやつ」
トールジイは顎をかいて「うーむ」と唸った。
「人の集まる祭りってのはみんな伝統あるものだ。多く知られてるから、外からも集まってくる。流星祭りは歴史が浅いし全世界どこでもやってる事だろ」
「そこを、なんとか変えてみたいんだ」
本気の雰囲気が伝わったのか、トールジイが気色ばむ。
「いきなりなんだ? 仕切りたいのか?」
「そういうことじゃないけどほら、溢れる若い力を町のために使えたらって。最近思うんです、大切なのは胸の熱さだって……」
「オイ千愛、有馬のやつ頭でも打ったのか!」
チャイは目を合わそうともせず、粛々と移動作業を進めた。
「……なんだ。お前ら何かあったのか?」
「難しい年頃なんだよ」
「そうだな。俺も苦労してる」
そのとき、表にキバリーが飛び出してきた。
「うおーいアリマー。どこだーかくれんぼか? お、見つけたぞニャロメ、オレっちから逃げられるとでも!」
「こら、暑っ、暑苦しい! 重い!」
いつものぬいぐるみサイズのつもりでよじ登ってくる。うっとうしい。トールジイが目を丸くしているのに気付いた。
「ああ。このうるさいのはキバリー。遠い親戚なんだ」
「オッス。おれキバリー。トオイシンセキ属ヒト亜目。趣味はアリの巣に水流したりアリジゴクの巣に蟻落っことしたり蟻の物流ルートを寸断すること」
どんだけ蟻嫌いなんだ。
トールジイは驚いて硬まっていた。
姉のことを知っているのだろう。
「ふむ。なるほど。そうかそうか」
説明すると、万事心得ておるとばかりに頷いてくれて逆に気持ち悪かった。
「ひとつ言っておくことがあるぞ、有馬…………」
超小声で、
「女は恐い」
「そこの人たち。サボるならあっち行ってください」
チャイがあいだを通っていった。それにキバリーが目をつけ、人の肩から降りていく。
「ねえねえ何してんの? 仕事? 手伝うか?」
「あっち行っててください。邪魔です」
「本よけんだろ? 簡単カンタンちょーかんたん。オレっちの手にかかれば赤子の手をひねるがごとく、ひと切れのケーキを食べるがごとく朝飯前の夜飯前の三時のおやつの前菜だ!」
「すっごく目障りです!」
お守りはチャイに任せよう。
有馬は言われたとおりトールジイを道の端まで引っ張って退避した。
「おい、祭りって、本気なのか」
「今年は特別なんだよ!」
呆れているのか、禿頭を手で撫で付けるトールジイ。
「……面白い祭りってのは総じて独自性が強いぞ」
「伝統舞踊とか伝統工作とか、でっかい神輿とか?」
「ああ。けど立駒にそんなのは無い。でっち上げるにしても相当骨だぞ」
そこで有馬は思いつくものがあった。
「あるじゃん。この町にしかないやつ」
「なんだ?」
「隕石迎撃基地」
海岸の道をずっとずっと西に向かう。
そのうち陸地に傾いていき、キバリーが通れなかった橋の前まで出るから、川沿いに下っていくと、柵に囲われ、防風林を刈り取られて見通しの良くなった広い土地が見えてくる。
そこがかつて、人類の存亡をかけて戦った基地だ。
現在稼動しているのは、灯台としての役目を担う管制塔だけだった。他の設備は軒並み黒黄のテープが貼られ、航空機の離着陸は無く、滑走路は草が生え放題。建物の中は無料公開された終戦記念館になっている。
「……土地は広いな。土地だきゃ広い。けど昔使ってたジェット機の展示だけじゃ地味すぎて泣けてくるぞ。稼動機ひとつも無いからな」
有馬は反論した。
「この町の濃いところってったらソコしかないじゃん。広ければ派手なことができるし、演出的にも最高だよ。人類を守った戦士たちの聖地って感じで盛り上げればさ、けっこう演目立つ気がするんだよね」
「待て待て……確認するがマジなのか?」
有馬は瞳で答えた。




