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キバラナ  作者: 地藤零一
7/22

第二話ノ2

 それは家に帰って数分後の事だった。

 まずそのとき、部屋にキバリーはいた。

 どっ散らかった鳥小屋みたいな部屋で、相も変わらず本を積み木にして作った城を、今度は近代都市にして遊んでいた。「なにそれ」と有馬は訊いて、キバリーは「トーキョー」と答え、知らない町だったのでそれからは放っておいた。

 そして途中から、材料が足りなくなったのか飽きたのか、キバリーはすでにあるモノを複製しようとはせず、押入れの中から本を取り出してきた。

 有馬のアルバムだった。

 他人に勝手にアルバムを見られたら普通、怒るか恥ずかしがるかする。当然それは「普通の人」に対する反応でキバリーに気を遣うべきか否かは微妙なところだが、キバリーの場合アルバムを食べてしまいそうだったので、有馬は止めた。見るくらいならいい。そう言い含めたのだ。

 トイレに行って、戻ってきた頃にはもう、キバリーはいなくなっていた。

 作りかけの町も消えていた。

 有馬のアルバムも、無かった。



 ぴんぽーんと呼び鈴が鳴る。

 ──なんだよ誰だよこんなときに大変なのに。

 苛々しながら出ると軒先に笑顔をたたえたセリナがいた。

「セリ姉? どうしたんだよ」

「うふふ。それは自分のカラダに聞こうね?」

 ぞくっとする。優しい動作で、人のめくれた襟や乱れた髪を整えてくれる。その手が真冬の海のように冷たく感じるのは何故なのか。

「あの、どういう」

「夕飯。帰りにお母さまに貰ったのだけだと、少なくなると思って」

「足りてるよ。足りてる。珠樹のとこでも食べたし」

「じゃあ夏休みの宿題見てあげよっか?」

「いやぁ、勉強は一人の方がはかどるから……」

「今日はね、有馬とたくさんお話したいな」

 ぐぐ、と迫ってきて気圧される。今家に入られるのはまずい。いや、まずくないのだけれど、ついさっきまでずっと家探していて見つからないのに、セリナが入ってきた途端「どうもー」とかいきなり出てきかねないような埒もない不安に駆られる。とにかく今は混乱していた。話どころじゃないのだ。有馬は思い切り踏ん張って、そこから一歩も通すまいとした。

「どうして入れてくれないの?」

「どうして無理矢理入ろうとするのっ!?」

「ムリヤリなんて、そんなヒドイ!」

 よよよとくずおれるセリナ。いつのまにかハンカチを握っていた。

「このごろ、私たちってゆっくり話せてないと思うの。私は店番、有馬は遠くばかり見て。私、有馬の助けになりたいのに、何も話してくれないから淋しくて……」

「あっへー、そうなの」

「だから話しましょう! とにかく、なんでもいいからっ! 今後の夏休みの予定とか将来の展望とか、いろいろを!」

 がっちり肩を掴まれて怒涛のごとく押し寄せてくる。何が何でも入りたいらしいが、ここは何が何でも譲れない。しかし何が何でもなのか有馬自身もよくわからず頭がぐるぐる回り力比べの均衡は徐々に破られていき、

「二人とも、何をやっているのですか……」

 セリナの背後の闇から、亡霊が現れた。

 頭に昆布をのせたチャイだった。

「──チャイ! なんでいるんだ!」

「身に憶えが無いとは言わせませんが」

 砂にまみれた体からは怨念のオーラが立ち昇っており、今まさに復讐を果たさんとする気概がありありと見て取れた。

「千愛ちゃん! 手伝って!」

「なんだかわかりませんが了解です」

 チャイが加わったことで、押されがちだった均衡は完全に崩され、勢いあまって三人とも玄関に雪崩れ込んだ。

 ここまでなら、まだ対処のしようもあったろう。

 有馬は玄関の段差で思い切り頭を打っていたけれど、意識はあったし、セリナの追及もその後ありうるであろう家宅捜索も誤魔化してしまえただろう。キバリーだっているならいるで茶釜の狸みたいに隠れる事ができるのだから。見つかったらまずい事ぐらい判るのだから。いくらなんでもそのくらいまっとうな宇宙人なら常識の範囲内なのだから。

「私は台所に行くから、千愛ちゃんは有馬の部屋に」

「了解で、す……?」

 チャイの目が一点を見たまま固まる。

 その先には、台所まで通じる一本の廊下があって、左が居間で、右が有馬の部屋で、それより他は何も無いはずだった。

「おーい。アリマー」

 セリナの視線も固定された。

 揺れる意識が、中心にひとつの像を結ぶ。

 それは全身に刺青のような紋様を浮かばせていた。

 その輪郭は、人のかたちをしていた。

 逆さまに引っくり返った視界でも、それがぬいぐるみでもロボットでもラジオでもないことが分かった。

 そして喋る。

「服くれ」

 キバリーが人間になっていた。



 台所には武器がたくさんあっていけない。

 テーブルを挟んで、二対二の面談は行われていた。面談という字面がしっくり来ないなら、聴取、尋問、圧迫面接、裁判。好きなものを選んでもらいたい。

「で、あなたは誰なのですか」

 チャイは無表情だった。

 いつも以上に無表情だった。

 キバリーは、憎たらしいほどニコニコしている。

「アリマのともだちデース。住所知らない。出身この母なる海。名前はキバリーでっす!」

 有馬の服を着て、ちょっと活発な女の子みたいになったキバリーはころころしたいつもの調子で自己紹介を済ませるのだった。

「ただの友達が、どうして裸でいたんですか」

 そこに突っ込むかやっぱり。

「やー、野生児なので」

「そんな言い訳が通ると思ってるんですか?」

 キバリーはへらへら笑うばかりで「んなこと言われてもなー」と、手を頭の後ろに回す。

「いつからここにいるんですか」

「んー、かれこれ二週間くらい?」

「どういったご経緯で」

「にゃあ! 根掘り葉掘りきくなよ、この野暮天さん!」

 チャイの目はキバリーを見ておらず、まるで黒曜石をはめ込んだように厳粛だ。このままでは殺されてしまうと思った有馬はやぶれかぶれに話を繋げ、

「あのっ、キバリーはあんま世間のことに詳しくなくて」

「どうしてですか?」

 きゅるっと標的変更の目。

「そう、海で、岬に流れ着いてたのを見つけて。聞いたらずっと南の土地から来たって、船が途中で沈没で、かわいそうだから」

 実をいうと宇宙人でロボットで地球を侵略しに来て大変で面白そうだから見逃してください、なんて言えるわけあるか。

「ねえ、セリ姉はわかってくれるよね!」

 助けを求める。セリナはずっと黙っていた。

 放心したみたいに俯いている。かと思えば、キバリーをじっと見て、目が合うとずばっと逸らし、爪を噛んで何かぶつぶつ呟いたりしている。挙動不審。

「アリマ。その話を信じるとして、どうして他のひとに相談しなかったのですか?」

「だって、見つかったらマズイし」

「どうして。遭難者であるなら、しかるべき場所に届け出をすべきです。その南の土地とやらに連絡をとって、迎えに来てもらうのが筋でしょう」

「それはそうだけど」

「それとも彼女に、何か人前に出せないような、やましい事情でもあるのですか?」

 下から上までをジロジロ。シャツの上からでもうっすら見えるイレズミ。

「キバリーさん」

 ずずいっと身を乗り出してきて、

「この町にいつまで滞在する気ですか?」

「チャイ! おまえ!」

「うんにゃー、すぐ出てくよ?」

 それに驚いたのは有馬の方だった。何を言う間もなく、首根っこに手を回されて、

「こいつと約束したんだ。外に連れてってくれるって」

 いやそりゃ約束したけど──

 チャイの顔がみるみる紅潮していく。なにかこう、良からぬ誤解をしているような、それでいて言い訳できないような。なにの状況逃げたい。

「それは、そんなのは、アリマは……」

「あの……キバリーさん、でいいのよね?」

 セリナが始めて口を開いた。

「キバリーさんって……有馬の親戚なんですか?」

 ──なんだその質問。

 キバリーを見る。人間になったキバリー。物に変身できるから人間にも変身できる、とあっさり納得できたはいいが、どうして人に変身したのか、どうして人前に出てきたのか、どうして今なのか、言いたいことが山ほどあった。

 それに、どうして見覚えのある顔をしてるんだ。

「……じゃないですよね。やっぱり」

「なんのこっちゃいな」

「偶然に思えなくて。歳だって同じくらいだし、そんなはずあるわけないのに……」

 あるわけない、あるわけないと繰り返す。キバリーを見たときからずっとこの調子だ。

 セリナはきっと、知っているのだ。

 ごとん、と何かの落ちる音がした。

 台所の入り口。

 落ちた買い物袋からジャガイモが転がってくる。

 里子が立っていた。

 終わった──

 もう言い逃れできない。

「ひばり…………なの?」


 父が帰ってくるなり家族会議に発展した。

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