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キバラナ  作者: 地藤零一
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第一話ノ4

 かくして、その日から有馬の地球侵略日記が始まった。

 計画の第一段階として移動手段を確保するにあたり、有馬は自転車屋を襲撃した。婆さんに先に逝かれて、跡継ぎもなく店のパイプ椅子根を張り千年樹を気取っている小此木じい様は、その昔、隕石迎撃機の整備主任だったらしい。そこでなんとかバイクの直し方を教われないか頼みに行ったら、紐閉じのぼろっちい整備マニュアルを投げてよこされた。

「暗くても……手探りでいったもんよ……」

 じい様は、わざわざ背中を向けて語った。

 こうしてカブの整備マニュアルを手に入れた有馬は、さっそくエンジンをバラしにかかった。一回バラして掃除してもう一回組み直せれば、致命的な故障でもない限りエンジンというものは動くらしい。

 そしてさっそく壁にぶち当たる。

 整備するにも、油が無いのだ。

 ただ単に掃除するなら、風車整備の応用でなんとかなったが、キャブレーターの調整には灯油とガソリンがいるし、エンジンの潤滑油は不可欠。さらに規格品の消耗部品は今じゃ取り寄せがきかない。点火プラグもライトもバッテリーも無いのである。

 そこで工作班の出番だった。

 元々付属の部品から、変身能力と増産能力を使って、完品を再現するわけだ。

 しかし、キバリー工作長はいわずもがなのボンクラである。ライトを一個作るのに百個の失敗作を吐き、バッテリーを飲んで酔っ払い、点火プラグを鼻に詰め「ロケット発射!」とか言って飛ばして遊んだ。「光る機構」を我が物にすると自分の目を光らせたり所構わず放電したり、足にタイヤを付けて自走したりもしたが、工作精度は相変わらずテキトーの一言で、山のような出来損ないから当たりを探り当てることが一番の重労働だった。

 そして、こと油の問題は、さらに有馬を悩ませた。

 大抵どの町にだってガソリン屋くらいはあるが、今は一部の物流にしか本当に使われてない。それが欲しかったら、どうしても金がいる。ちょっとでいい。ほんの3リッターくらいで、あとは増やせるのだから。

 親に無心するほど、有馬は落ちぶれちゃいなかった。



 端から端まで1km超の湾曲した砂浜に、海の家が一軒ある。

 この町が一年でもっとも賑わう季節が夏で、海の家はTの家だ。

 資金調達のバイト先として勝手知ったる有馬は、親父さんに「よろしく頼む!」と快く受け入れられた。ボートや浮き輪のレンタルに、材料の買い付け接客水周りの整備、果てはライフセイバーまで、八面六臂の働きで大いに活躍している。

 それを不気味がったのが、何を隠そうTである。

 普段からは考えられないような馬車馬ぶりは、自分に対する当てつけではないか。あの日、約束の場所に行けなかったことには何の言及もなく、うそ寒いものを感じていた。

「なあ……この前さ……」

 勇気を振り絞って、表でトウモロコシを焼いている有馬に、申し開きを試みてみると、

「この前って!?」

「ああ、うん、だからな」

「労働って楽しいな! T!」

「ティー? え?」

「醤油なくなりそうだから持ってきてよT!」

「いや、だからTって」

「Tの家は羨ましいよ! こんなにたくさん仕事ができて! うちなんかどっかぶっ壊れないとまともな仕事にならないからね!」

 忙しすぎて相手にされない。この時期だけはエアロトレインのダイヤが二倍三倍にも膨れ、他所の町の人間がどっと押し寄せてくるのである。海岸沿いで駅があって飲食店があって宿泊施設まであるこの町は、今日び稀な保養地なのだ。Tが涙目になっていようと、稼ぎどきを逃すほど有馬はヒマじゃないのだった。

 しょげかえったTが、とぼとぼと店に戻っていくとき、堤防と店の隙間にあるガスボンベの陰から、しきりに手招きをするセリナがいた。

 どうやら有馬を見張っていたらしい。アホ面で引っ張り込まれたTは、かどわかしに遭った乙女のように怯えた。

「ねえ! 最近の有馬おかしいよね!」

「おかしい、と申されますと……?」

「いきなり、ここでバイトしてることとか! ホントだったら今ごろ旅に出てってるのに! あんなサワヤカに労働の喜びを噛み締めてるのとか!」

「やー……ボクもオカシイって思ってたんですよお」

「おかしい! おかしすぎるわ!」

 セリナの取り乱しっぷりと言ったら、人生の予定が狂ってしまったかのような有様だ。

「あの……それよりセリ姉、家の店番は」

「ねえ何か有馬の周りで変わったことなかった!? ショックなこととか、頭打ったとか、知らない女の子と一緒にいたとか!」

「いやぁーまさか有馬に限って……」

 目の泳ぐT。立駒へ人的資源の流入が相次ぐ昨今、余所者なんて珍しくない。けど確か有馬には決まった相手がいるはずで、色々文句は言うけれど、まんざらでもなかったはずだ。きっと与り知らぬところで男としての責任感が芽生えたとかナンかだと思う。

「あ、そういえば。あいつ、自転車失くしたらしいっす。ウチでバイトしてるのって新しい自転車買うためじゃないっすかねー」

「なくした……?」

 セリナは何が気になるのか反り返ってうーんと唸る。呪文のように呟く自転車、鍋、自転車、鍋の文言。隙を見てそろそろと逃げ出すT。

 そんな調子で一週間が過ぎた。



 給料袋を受け取ると、まっすぐ家には帰らず有馬はご満悦の表情でガソリン屋へ向かった。

 海に流れるぶっとい川にかかった鉄橋の手前に、そのうらぶれたガソリン屋はある。表には紙にマジック書きで「油あります」との看板がセロハンテープの加護を受け今日も風に揺られていた。ひとつ間違うと車の退避所か、野菜の無人販売所か、精米所か何かに見えてしまう。事務所ではそこの店主が、グラビア雑誌を顔に載せいびきをかいていた。

「おーい、憲ジイ、憲ジイ! お・き・ろ!」

「──なんじゃい! 敵襲か!?」

 カウンターをばんばん叩いた。

「仕事だよ仕事。起きなよ」

「……寝とらんよ」

「寝てたじゃん!」

「起きとったよ。有馬が来たときからな……ふあ」

 憲ジイはまだ眠そうな顔でカウンターをのそのそ出ていく。

「しかしなんでお前みたいなのが燃油なんか欲しがるかの。火炎ビンでも作るのか?」

「作るか! 今バイク直してるんだよ」

「バイク? ああ、ジローのか。あいつ郵便やってたからな」

 給油機の前でタンクの蓋を回しながら言う。実を言うと有馬は、倉庫にあるカブの出自を知らない。ジローというのは祖父のことだろうけれど。

「なんだジローの真似事か? ガソリンエンジンなんて珍しいからな。電気自転車には無い加速がいい。昔を思い出す」

「うちのおじいちゃんって郵便局員だったの?」

「知らんかったのか?」

「だって生まれるずっと前に死んだって」

「そうだったな。お前さんは知らんだろうが、ジローはかっこいい郵便局員だったんだよ。ヤローの息子とは折り合い悪かったみたいだがな」

 跳ね上がるメーター。注がれるガソリンの匂い。

「んで、バイク直して何すんだよ」

「行けるところまで、行こうかと」

「そいつはいい。だが道楽に使うにゃ過ぎたシロモノだぞこりゃ」

「ご心配なく。ケーカクは立てているので」

「そうかい」

 有馬は興味津々の様子で憲ジイの横についた。

「それよりかっこいい郵便局員って? うちのおじいちゃんってどんなだったの?」

 祖父の話なんて滅多に聞かない。家族の昔の話とか、珍しかった。

「ああ、ジローのやつは鉄砲玉でな。戦後の建て直しもままならないってときに配達屋にかこつけてあちこち走り回ってたんだよ。治安も最悪だったのにな」

「でも、道路めちゃくちゃだったんじゃないの?」

「道路ができてきたのなんてずっと後だ。ガタガタになったのは二次襲来以降だよ。バイクが使えねえってんであいつ飛行機引っ張り出してきて」

「ヒコーキ!?」

「赤く塗ってマーク入れて東のレッドバロンだとか騒いでたっけなぁ」

 夕空を見上げる憲ジイ。有馬はひたすら聞き捨てならない。

「うちのおじいちゃんってパイロットだったの!?」

「おーそうさ。郵便配達員でありパイロットであり射撃の名手だった。何十年もやっといて一度も金巻き上がられなかったのは、あいつくらいのもんさ」

 盗賊に遭わなかったとか、そういう意味だ。

 有馬はぐいと身を乗り出した。

「それでそれでっ!?」

「興味あるのか? じゃ、あいつがワケありの花嫁を配達した話でも」

 バイクのことも忘れて、たくさんの武勇譚を聞いた。老人連中が昔話に花を咲かせているのは、よく見るけれど、どうしてこんな面白いことを聞き逃していたのか、有馬は不思議でならなかった。



 家に帰ってからも夜遅くまでマニュアルを穴が空くまで睨み、有馬はエンジンと格闘していた。憲ジイに話を聞かされ、俄然やる気が出てきたのである。祖父も生まれ付いての冒険家であり、自分はその資質を引き継いでいるのだから、何としても、一刻も早く、旅支度を整えなければならない。その一心で有馬はバイク整備に明け暮れた。

「しかしまー、よく飽きねーでやるわな」

 服に付けたバッジが、また呆れた感じに言った。

 キバリーには、目立たないようバッジに変身してもらっているのだ。家の中で留守番なんて嫌だ嫌だとうるさいので、仕方なくこの措置だった。

「飽きないさ。楽しいよこれ」

 手と顔を油まみれにして、有馬も弾んだ声で答える。

「意味わかんねーってボヤいてたろ、さいしょ」

「うん。でもちょっとずつ分かってきた。ほら、エンジンのここがコイルになってて、キックすれば点火するようになってるんだよ。ここに水が入ったり錆びてたりすると、通電しにくくなってかからないんだ」

 ほへーと無関心そうなキバリー。こういう細かいことはあまり興味が湧かないのだろう。有馬もつい最近までそうだった。

「何でも自分でやってみないと分からないよね」

「お、調子コイたか?」

「うるさい! 実際そうだろ。最初は何も分からなかったけど、知ってくうちに面白くなるんだよ。自分が今まで知らなかった場所がどんどん埋まっていくのって、なんか面白いじゃん」

「うーむ、それはイチリあるな」

 バッジがぱたぱた開いていって、キバリーが床にころんと落ちた。バラバラにして店を広げたエンジンの部品ひとつひとつを、品定めでもするように矯めつ眇める。

「ボウケンってのもそういうもんかもな」

 その呟きからは、人間的な思慮がうかがえた。

 分かってきてるじゃないかと思う。見知らぬ場所に行って、見知らぬ風景を見て、心の地図を広げていくと、自分が内側から大きくなっていくような情感を得ることがあるのだ。

 だから有馬は冒険が好きで、旅を止められないのだった。

「でもよー、全部自分のにしたら、どうなるんだ?」

「全部って?」

「ボウケンするとこ、全部」

「フフフ……それは、征服したってことさ!」

 自信たっぷりに言ってやる。

「旅が終わって、見るものがなくなったら、別のことに興味がいくと思うんだ。『旅』を制覇しても、知らないことはたくさん出てくる。このバイクみたいに、まだまだ知る楽しみは増えていく。世界は広いんだぜ」

 スパナを立てて、いっちょまえにうそぶくと、キバリーはぴょんと跳ねて一回転した。

「そういうのをひっくるめて世界征服か! すげーな!」

 気が合ったのが嬉しくて、うへへへーとだらしなく笑う。

 そのとき、いきなり倉庫の扉が開いた。

 一息に血の気が失せた。ノックもなしにシャッター脇の通用口に立っていたのは、里子だ。おにぎりの載った皿を手に、何食わぬ顔で中を見回していた。有馬はエロ本を見ているところを目撃されたみたいに憐れなほど慌てふためく。

「んあなあ、何用ですか?」

「ん。夜食持ってきたから」

「ソウですか。有難う。ソコ置いといて」

「ねえ。あっちゃん誰かと話してなかった?」

「誰もいないよ。ほら。ラジオだよラジオ」

 破れかぶれで、置物のように固まっていたキバリーを掲げ、背中のスイッチを押すふりをした。意を汲んでくれたのか「……ガガ……ガガ……チンハココニ、コクタイヲホジシエテ……ピー……チューリョーナルナンジシンミンノ、セキセーニ……」とよくわからん音を出す。

「変なラジオね」

「おにぎり! おにぎりうまい! お母さんの作ったおにぎりは最高だ!」

「あらそう? ありがと」

 早く出てってくれと心の底から祈る。慌てれば慌てるだけ怪しまれるのだろうから、無理に追い返しはしない。けれど、息子がバイク遊びに呆けて真夜中まで起きているのに、気を遣って食事まで持ってきてくれるなんて、何か他の目論みないか有馬は勘繰ってしまう。

 キバリーさえボロを出さなければ、大丈夫だとは、思う、けど。

「ねえ、ちょっと聞きたかったんだけど」

 身構えた。

「明日、珠樹くんのところでアルバイトあるの?」

「え? うん。明後日まで行って、終わりだけど」

「そう。お父さんの仕事、手伝ってもらおうと思ったんだけど」

「やだよ」

 即答した。里子も慣れたもので、最近は眉もひそめない。

「そ、なら私が手伝うから。あっちゃんも遊んでばかりいないでちゃんと宿題しないさいよ」

「……遊びじゃない」

 その呟きは聞こえていたのかどうか。里子は一度振り返って、そのまま出ていった。

 扉が閉まる。冷えた沈黙が落ちる。キバリーが子供のような目で見上げてくる。

「なに? おめー父ちゃんとナカわりーの?」

「悪いよ。バカ息子って呼ばれる。でも、別にそんなのいい」

「いいって?」

「やりたいことがあるから、どうでもいい」

 整備に戻る。部品を拾ってブラシで磨いて油の付いた布で拭く。

 約束したのだ。海開きから十日間は客が集中するから、そのあいだだけ有馬は手伝う。目標額には達したし、燃料も手に入れたけれど、最終的にはキバリー任せだから、余裕はあった方がいい。家の手伝いなんか、してるヒマない。

「それよりさ、今度は東に行こうと思うんだ」

「なんかあんの?」

「うん。都がある。東に行くとずっと町がないから今まで行けなかったんだけど、バイクの足ならすぐ着けるよ。線路沿いの道まっすぐだからね」

「都会はこえーぞお」

 キバリーは幽霊みたいに手をおどろおどろしく丸めた。なんだよそれと苦笑の有馬。

 離れに響く金属音。絶え間ない笑い声。

 夜が更けていく。

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