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キバラナ  作者: 地藤零一
21/22

第四話ノ6

 雷電、マスタングともに巴戦に向く機体じゃない。旋回速度維持しながら敵機の後ろに付くには、途方も無いGを受け止めなければならない。

 小細工は尽きた。

 とんでもない泥仕合だった。

 すれ違った瞬間互いにオーバーブーストを入れて、エンジンが焼け付くくらい全力でブン回してきたのだ。老境の身に優しくない我慢比べになる事は、最初から目に見えていた。操縦桿を握る手が石になったみたいに固い。みしみし背中が音を立て、今にも砕けそうになる。

 もう何度目になるか分からない水平旋回のすえ、意識朦朧としたまま照準器の片隅に相手を捕えている事を、トールジイはやっと気付いた。

 ──ゲイリーのやつ、限界か。

 いつもより五倍は重い指をトリガーにかける。ギリギリに追い詰められながらも、相手は旋回を解こうとしない。あと三秒もすればその背中は照準器の十字に入る。トリガーを引き絞るだけで、ガンカメラの捕えた映像が管制塔に送信される。情け容赦なく撃墜判定が下る。

 これに勝ったら、あいつは自由だ。

「……何を心配してるんだかな」

 ふっ、と力を抜いた。



 基地に戻ってきたとき、もう試合は終わっていた。

 露店を結ぶ提灯に明かりが灯されている。空戦目当てで来た客が、次々と引き返していく。流れに逆らい、キバリーは会場の中心まで有馬を連れて行く。

「やっぱ祭りの本番は夜からだよな!」

「そう、なの?」

「あたぼーよ! お祭りったら夕方から夜がイチバン楽しーんだぜ!」

 流れ映る雑多な光景。水ヨーヨーを割ってしまって泣いている子供がいた。風船玉をうまく膨らませず忌々しそうにする少年がいる。屋台に一升瓶を置いて型抜きに明け暮れる赤ら顔のおっさんがいる。お面を被った兄ちゃん方が肩をぶつけたぶつけないで睨み合いの喧嘩をしている。

「やっぱこのチープ感がいいよなー。オモチャとか一日で飽きるべき」

「わかってて買うのかよ……」

「おーし次あれやろうぜぃ!」

 くじ引きをして、金魚すくいをやった。キバリーは型抜きの天才だった。たくさんの裏技を駆使してまんまと長大ガムをせしめると、今世紀最大の風船を膨らませるんだと言って拳一個分くらいあるガムを口の中に放り込んだ。

 有馬が失敗した型をぽりぽり食べている横で、キバリーはそのまま空に飛んでいけそうなくらいの風船を膨らませ、拍手喝采を浴びていた。

「うっへー……やんじゃなかった。髪べったべたっす」

「割れるときのこと考えようよ」

 露店を回って歩いていると、珠樹とヤーコに出くわした。

「見つかったのか。良かったな」

「そっちこそ」

 ヤーコが珠樹の後ろに隠れる。チャイと同じでキバリーを警戒しているのだろう。珠樹の方が背が小さいからことさら弱々しく見えた。

 珠樹はくすりと笑って、

「おれたちそろそろ帰るから。お前らまだいる?」

「終わりまでいるかも」

 キバリーが、ぶーすか抗議した。

「んだよ帰んのかよー。あれか? このあと二人でムフフか? げひひ」

「変な想像しないでよ! そういうアンタたちは……どうなのよ。二人で回ってたんでしょ?」

 キバリーと有馬は、顔を見合わせ、

「「ないない」」

「アンタたち……顔そっくり。双子みたい」

 二人と別れたあと、「おもしろいもんある」と真ん中の櫓まで連れて行かれた。

 パンフレットを引っ張り出す。予定では『立駒奉納舞』とある。町の人口増加に伴い近年になって歴史資料から再現された、あちこち起源の混じっている由緒正しくない舞である。確か、元は霹靂神を奉る舞、つまり雨乞いの舞が転じて豊穣祈願になったとか。広い場所なら神社でも海岸でもどこでもいい適当さ。

「これのどこが面白いんだよ」

「あれ? おもしれくない?」

 神事というものがそもそも有馬は苦手だ。退屈だし、益体もない因習だと思う。

「オレっちは好きだけどな。なんか涙ぐましいじゃん。民草の信仰とかってさ」

「あんたは王様か」

「あたしゃー神様だよ」

 にひっと歯を見せて笑う。

 奉納舞が始まった。櫓を中心に円を作った舞い手が、太鼓と笛の音に合わせ笠を回し、天に雲がかかる様と雨、雷鳴を舞で表現していく。

「あれ……チャイじゃない?」

「チャイちーいるな」

 化粧をして、紅を塗ったチャイが舞い手に混じっていた。

「こっそり練習してたんだよな。町会にもちょくちょく顔出してた」

「なんで……来たばっかなのに」

「さぁてねぇ。亨のヤローに言われたか、誰かさんに見せてびっくりさせたかったのカナー」

 ざっとらしい……。

 舞のさなかに、チャイもこちらを見つけたようで、嫣然と微笑まれ有馬はどきっとした。

 何もかも知ってるみたいな顔で、キバリーはにまにましている。



 舞が終わってからも、キバリーは有馬を連れ立って歩いた。

 演目はもうほとんど消化されている。人の数は点々として、夜の空気が下りてくる。露店は身内の宴会場みたいになっていて、格納庫に寄ってみるとみんな地べたで車座になって酒瓶片手にバカ騒ぎしていた。

「いやー負けた負けた!」

 憲ジイも、トールジイも、なぜか機嫌が良かった。

「おいトール! 本当にあのとき手加減しなかったんだな!」

「しとらんしとらん。ありゃ間違いなく真剣勝負だった」

「ふん、なら取り決めどおりジャックはもらうぞ。本当にいいんだな」

「おうもってけ! どのみちもう使えんからな」

「本当にいいんだな! もらっていくからな!」

「何をイラついてるんだお前は」

 トールジイは、負けたら雷電をやるという裏取引をしてアメリカチームを招いたらしい。こんな道楽にはるばる海の向こうから来てくれたゲイリーとかいう人も、よほどの酔狂者だ。

 そのあと、花火が始まるまでのあいだ、なんとなくキバリーと滑走路を歩いた。

「まだかなーまだかなー、花火。これがねーと祭りじゃねーよな?」

 歩きながら有馬は思う。

 けっきょく、キバリーの目的はなんだったのだろう。ずっとわだかまっていた疑問だった。

 どうして過去のことを知っているのか。この町との契約とやらを果たしたら、どうするのか。

 記憶にないとか、知らないとか、そもそも無いとか──嘘なのだから。

 真っ先に訊くべきだったのだ。

「キバリーは何者なの?」

 しばらく何も言ってこなかった。

「マリマ、町ってどうやったら町って呼ばれると思う?」

「は? なんだよ……いきなり……人の数だろ。小さいと村だけど、大きければ道がいっぱいできるから、町って漢字なんだ」

「そう。人が集まれば集まるほど、想いの形が複雑になって、そいつを管理するのが難しくなる。町ってのは色んな人間を許容するために作られたシステムなんだよ」

 キバリーのくせに難しいこと言う。

「つまり、町は人の想いが形になって出来てるってことダナ」

 人差し指を振り回して、得意げに語るのだった。

「すると町には意思ができる。ヒジョーに複雑だから、平たくすると、おおざっまになるけど、それが『町を盛り上げる』コトになるわけ」

「……経済発展とか、国の繁栄って意味?」

「まぁ言い方は色々あるけどね。色々ごちゃごちゃしてるのが、町なんだ」

 理解はできた。

 受け入れることも。

「じゃあ、やっぱりキバリーは、人から生まれた何かなの?」

 宇宙人じゃない。

 地底人でもない。

 最初から人っぽかったのは、そのせいなのか。

 静かに、下りてくるものがある。それは一抹の淋しさなのだろうか。

「最初から、そのために近付いたのかよ」

「そう。それ以外にゃないね」

「アルバムを隠したのは?」

「写真のすみっこの方に、ぬいぐるみが映ってたんだよ。前の身体の。バレると思ったから、たべた」

「なんで僕なんだよ。町から出たいって思ってたのに。もっと別のやついたろ」

「アリマじゃなきゃダメだった。アリマと一緒にいたかったんだ」

「なんで!」

 滑走路の感触が変わる。

 草と、土と、水の匂い。

 気がつけばそこは、いつかの川原。

 川辺ではキバリーと、小さな女の子が遊んでいた。

「おーっし今のは十回こえた! でもまだ世界新は遠いぜ」

「すごいとんだ! すごいとんだ!」

「コツがあんだよね。こう、川の流れがゆるいところをね」

 水切りをやっていた。

 小さな女の子の方を、有馬は見たことがあった。

「セリちーもやってみ? 向こう岸まで跳ぶと気持ちいーぜ?」

「えーできないよ。みてるのがいい」

「これだから女の子ってやつは……」

「ひばりお姉ちゃん、男の子だっけ?」

 石の上に寝っ転がって、「ひばり」はふてくされた顔をした。

「アリマがもっとでかけりゃなー、一緒に遊べんだけどなー。虫取りしたり、秘密基地見せたり、川で泳いだり釣りしたり、街のほう見に行ったりさ」

「いつもそればっかいってる」

「セリナといるのがつまんねーわけじゃないのさ。あたしの元気を余すところなく受け継いでくれるなんつーの? 弟分みたいなの欲しくてよー」

 セリナは頬をふくらませ、川に石を投げ始めた。

 ひばりは、女だてらに悪ガキみたいなやつで、近所の子供に、主に男の子に好かれていた。ちびっ子連中を引き連れてよく野遊びを教えていた。そのくせ女の子らしい趣味も持っていて、部屋はぬいぐるみで一杯で、機械みたいな人形を自分で縫ったりもしていた。

 よく本を読み、物知りで、将来は学者になるんだと言って胸を張っていた。

 親が教えていない事をたくさん知っていた。

 大人たちは、なぜかその事を、気味悪がっていた。

 場面が変わる。もっと後のこと。幼い有馬が登場する。

 診療所で寝かされている子供が有馬だ。

 待合室では、親父が感情をむき出しにして、ひばりのことを叱責している。何を考えている。泳がせるなんて。まだ小さいんだぞ。お前に任せたのが間違いだった──

 今後弟を連れ回すこと一切を禁じられ、彼女はとても悲しんだ。自分が悪いと分かっていたから、よけいやるせなかったのだろう。

 明くる日。

 川の中、水の上に立っている彼女がいる。

 流れの穏やかな場所で、木の枝が傘を差し、ゆらゆら揺れる水面を見て。

 水に映る、自分が言う。

 あたなは特別な飛び方ができる──

 だから特別な飛び方をしよう──


「そんなことができるの?」


 それが言うことは、いつも突拍子もないことばかりで、ひばりにはよく理解できなかった。

 親や他の大人に聞いてみると決まって「変な子だ」と叱られる。何が正しくて、何が悪いかは、誰も教えてくれなかった。

 そうして、ひばりは姿を消した。



「──と、いうワケなのさ」

 霧が晴れたように、有馬は滑走路に戻っていた。

 打ち下ろされる光を浴びて、妖しげにも泰然と、キバリーはそこで微笑んでいる。

 花火が始まっていた。

「──お姉ちゃん、なの?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える。この姿は私の一面に過ぎないから。ただ、この夏にアリマと一緒にいたかったのは、正真正銘ひばりの願いだよ」

「なんで? 何があったの?」

「町の願いを叶えるために、ひばりは願いそのものになったんだよ」

 真相を聞かされても有馬は納得できない。願いが叶ったらどうなるんだ。

「アリマは、ひばりの願いを叶えてくれた。たくさん遊んだ。だからもう満足かな」

 足元に風が吹く。

 キバリーとのあいだに、深い谷が横たわっているようだ。

「な、なんで? どうするの?」

 予感はやっぱり現実になった。

「帰る」

 ちょっと買い物行ってくる、と言うみたいに、何事でもないように。

「どこに!」

「消える、つったほうがいい?」

 めちゃくちゃに胸がかき乱された。

 キバリーがやってしまうことは、いつも絵空事ばかりで、それが夢か現実か判らなくなることがあるし、今だってすべて最初からキバリーの見せた夢だと言われたら、有馬は信じてしまうかもしれない。だからそんな冗談は聞きたくなかった。

「い、いいじゃん。ずっといなよ」

「どうやって?」

「ウチに戻るんだよ。親父に言って、ちゃんと説得すれば」

「もうお別れは言ってきたんだよね」

 キバリーにすがり付く親父の姿。

 あれは、幻覚じゃなかったのか。

「鉄平はさ、ずっとひばりの死に責任感じてたんだよね。そういうの、もういいじゃん。謝ったら許してくれたよ。もうやること全部やったんだよ」

「──いろよっ!!」

 そんなのは、許せなかった。

「まだやってないことあるだろ!? 遊び足りないだろ! 終わったらいなくなるなんて違うだろ! 勝手すぎるだろ!」

「ずっとはムリだよ。お別れしなくちゃいけない」

「いやだいやだいやだ!」

 手を振り回す。駄々っ子みたいに。いきなり、こんなのがお別れなんて──

「アリマ」

 キバリーの手が、頭に伸びた。

「なら、こっち来る?」

「────」

 冷たい暗闇に、ひたと手をつけられた気がして、思わず有馬は仰け反った。

「そういうことだよ。宝探しは自分でしな。アリマは人に何か言われねーと何もできないヤワなやつじゃねーだろ?」

「そんな……僕は……」

 花火の衝撃が胸を叩いた。それが自分の鼓動かどうかも有馬は区別できなかった。

 きらびやかな光に照らされながら、キバリーが、話は終わりとばかりに、幻想のように遠ざかっていく。

「ま、待てよ……」

 有馬は、追いかけた。

 追いながら色んな想いが溢れてきた。

 キバリーがいたから、色んなことに気付けた。それまで知らないことばっかりだった。

 セリナがいつも遊んでくれたこと。

 祖父のこと。親父のこと。

 トールジイのこと、憲ジイのこと。

 ヤーコも珠樹も、チャイのことも。

 みんな、みんな知らなかった。

 それでもキバリーは離れていく。やわらかな笑みをたたえて、近所に遊びに行くみたいな軽い足取りで、追っても、追っても、逃げ水みたいに。

「一人じゃなにもできなかったんだ!」

 忘れていたこと。求めていたこと。

 有馬は夢想する。

 キバリーと並んで釣りをして、どうでもいいことを話して、夕方になって家に帰る。

 夕飯のときは、結局一匹も釣れなかったことをお互い馬鹿にして、里子がそれを笑って、親父が二人を馬鹿にする。そんな当たり前の光景を。

 胸が潰れそうなほど願い、手を伸ばして、探していた、本当のもの──


 滑走路にあったのは、膝をついた有馬と、花火の光だけだった。



 格納庫に戻ってみると宴会はまだ続いていた。

 ひどい顔で戻ってきたものだから、トールジイにとても心配された。

「ほら、とりあえずな? あっち行こうな?」

 野っ原に駐機してあった雷電の傍にまで連れて行かれ、何度もしゃくりを上げながら、濡れた声で有馬は起こったことを話した。

「なんだ、あいつ、行っちまったのか」

 落ち着いた様子に戸惑う。まるでいなくなるのが始めから分かっていたようだ。

「こっちの都合なんかおかまいなしだ。気にするだけ損だ。そもそも、最初からいなかったんだよ、あんなやつは」

「そ、んな……」

「考えてもみろ。無尽蔵のエネルギーだぞ。自然界の法則が引っくり返る。利用されたら世界中がおかしくなる。あんな滅茶苦茶なやつ害悪にしかならん」

 キバリーのことを、そんなふうに、見てただなんて。

「だぁ! わーった! わーったから泣くなっつの!」

 それから先はよく憶えていない。

 泣き疲れてまどろんでいた。チャイが来た気がする。撤収作業を見ていた気がする。ごちゃごちゃ騒がしいことがあって、誰かに背負われ、どこかに運ばれ、気がついたら──

 気がついたら、空にいた。

 雷電のコクピットだった。

「おお、有馬起きたか」

 ミラー越しにトールジイが言った。赤く腫れた目をこする。町の明かりが下に見える。昼の遊覧飛行用に付け直した座席は前向きで、何の負担も感じずに揺られていたから気付かなかった。

「なんで……」

「言ったろうが。負けたらなんでも願いを聞くとな。お前さんが元気ないから、ひとつ元気を取り戻してやろうという心意気が分からんか」

「頼んでないよ……」

「そう言うな。とっておきのもんを見せてやろう」

 それから、随分長く飛んでいた気がする。

 立駒上空を、雷電は旋回上昇していた。

 間もなくそれが始まった。

 青い光が、空から落ちてきたのだ。

 見上げれば、そこに大きな月があった。空にぽっかり穴が空いて、光が漏れ出しているような。闇と光の境目がはっきりと判り、町を青々と照らしている。

 思い出す。今日は、レンズの日──

 一年に一度ある、余剰電力補充の日。

 日中にやると火事になる危険もあり、日本では夜にしか行われない。給電インフラの整った町にもたらされる人為の恩恵。立駒は、レンズの軌道と地形条件に恵まれ、流星祭りとその日が重なった、ただひとつの町なのだ。

 日を補うにはあまりにも弱々しい光。天を目指したバベルのような途方もない浪費の集積。

 それなのに、空を見て、花を見て、月を見て綺麗だと思うように、単純なくらいそれは心に透き通る美しさを持っている。

「ひとつ、おかしな話をしよう」

 トールジイは言った。

「俺が小僧だった時代は戦争も終わったばかりの第一次物資欠乏期だ。立駒は広いだけが取り得のド田舎もいいとこで、工業力なんか無いに等しかった」

「…………?」

「なのにだ。ジローさんは空で郵便配達なんて暢気なことやってたんだ。どうやって修理してたと思う? 燃料は? 交換部品は? どこから調達した」

 まさか。

 でも、そんなことって──

 思えば、トールジイは、初めてキバリーの力を見せたときも、まったく驚かなかった。それどころか、キバリーの扱い方を熟知しているようで……。

 空に、雲がかかってきて、光が遮られる。

 不自然な雲。砂糖で作ったわた飴みたいな。

「──あ、ああ、あれ!」

「ふん。そういうこった。あいつは勝手気ままにやるからいちいち気にしてられん。あーあったく、衛星で撮られてたらどうするつもりだ……」

 雲で、町に影絵ができている。


 ──またくるぜ! byキバリー


 鼻の奥がツンとなって、唇がわなわな震えた。

 それは、どちらかと言えば、怒りに近い感情だったようだ。

 実にふざけてる。イラスト付きである。鏡餅みたいな顔にボルトみたいな目をつけて、妙にファンシーな字体で、人の気持ちなんかお構いなしで。

「いなくはならんよ、あいつは。またひょっこり出てくるさ」

 有馬は食い入るように影絵を見下ろしていた。

 それからもずっと空を飛んでいた。

 雲が消えるまで、光が弱まるまで、燃料がなくなるまで。

 見えなくなるまで、手を振り続けるように。

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