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キバラナ  作者: 地藤零一
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第三話ノ5

 庭の植木に囲まれた場所。

 トールジイと有馬は、会話もなく突っ立っていた。

 聞きたいことも、言いたいことも山ほどあるくせに、土に絵を描いたり、雑草を抜いたり、石を拾って投げたりしている。話すきっかけを見失っているようにも見える。大して汚れてもいないのにズボンの埃を払ってトールジイは思いついたようにポケットの中を漁った。タバコのケースだ。一本とって箱をとんとん叩いて、吸おうか吸うまいか迷っている。ひと夏かけてちびちび吸っていく計画だったのである。今どきパイプ以外だと製造メーカー自体が少なく、次いつ手に入れられるか分からないのだ。

 その様子を、じっと有馬は見ていた。

「……吸うか?」

「吸うか! ……匂いは好きだけどね」

「ほー。タバコの匂いなんか子供に嫌われるもんだけどな」

 結局マッチで火をつけた。もったいつけて、うまそうに吸う。

「懐かしいんだよね。その匂い」

「そりゃーお前あれだ、ジローさんが吸ってたからな」

 ジロー。有馬の祖父。

 有馬が生まれたころ、もう祖父はいなかった。ときどき、おじじ連中の口から出てくる「ジロー」の響きは、まるで生者を語るような親愛が込められている。それが有馬には気になる。

「うちのお爺ちゃんってパイロットだったんだよね?」

「ああ、そうだな」

「かっこよかった?」

「すげーカッコ良かった。あの人は俺の目標だ」

 真っ正直に言うので、思わずニヤける。

「うちのお爺ちゃんとトールジイって十歳くらいトシ離れてるんだっけ?」

「ああ」

「若いころパイロットやってるところ見て憧れたの?」

「いや、そういうのとは違うな」

 吸わずに顔の前で煙をくゆらせ、

「ジローさんの周りには自然と人が集まったんだ。いつもみんなで何かしたがって遊びの種を持ってくる人だったから、みんなジローさんのことが好きだった。あの人の周りにいれば退屈することはなかったんだ」

 まるで、今のトールジイみたいだと思う。

「飛行機を持ってきたのもジローさんだった。みんなでそいつ直して使えるようにした。直し方教えくれって、悟さんに頼んだっけな。まあ何せ憲さんもジローさんも乗るほうが専門で、俺なんて機械触ったこともなかったし」

「今と同じことしてたんだね」

「ああそうだ。だから、俺たちの団結は固いぞ」

 自分と同じ少年時代がトールジイあったことが嬉しくてこそばゆくなる。

「だがひとつ、勘違いしているな。俺たちはジローさんの周りに集まったが、今は違う」

 タバコを人差し指にして、

 こっちに向けるのだ。

「今はお前が中心だ」

「────」

 顔がみるみる赤くなるのが分かった。

 そんなはず、ない。

 最初にトールジイがこの計画に乗ってくれなかったら、子供の戯言で終わる話だった。無謀としか言いようのない思いつきに形をくれたのは、いつも周りの大人たちだった。自分なんかコバンザメみたいにくっ付いていただけだ。

「そ、そんなの、一人じゃ何もできなかったし……」

「人の持つエネルギーの総量は一定だと俺ァ思うんだな」

「は?」

 何を突然わけのわからない事を。

「個人差はあるが、大差ないっつーことだ。やる気と言いかえてもいい。あるやつ、ないやつで見た目は違うが中身はどれもどっこいでな、無いように見えるやつにもエネルギーは蓄積されてる」タバコをひとくち吸って吐き、「みんな燃やし方を知らないだけだ。見てる側の勝手な言い分だがな」

「…………」

 なんとなく分かってくる。

「トシとってくると、何やるにも腰が重くなってきやがる。俺もそうだ。何もかも面倒くさい。ケツひっぱたいてすぐ動かないやつが嫌だ。そういう世界で生きていかなきゃなんねーってことが死ぬほど嫌だ。だがな、自分のやりたいことを真剣にやりたいなら、そういう生き方を学んでいかなきゃならねえ。大人になるっつうのは結局、自分のワガママを突き通すためだかんな」

 この人は……絶対昔不良だったな。

「だからな、有馬、お前は背伸びしなくてもでいい。俺がやる。いきなり頭とか、下げんなよ」

 何のことかと思ったら──

 ことさら遠回りしたお説教だったのかい。

 トールジイがまさか説教とは。

「うわ。きもちわる」

「うるっせぇ! 誠意なんてもんは必要なときだけ履行されりゃいいんだよ!」

「……だからって……あんな無茶なこと約束させて、怪しまれたらどうするんだよ」

「負け戦だって気付かなかったやつが悪いな」

 しれっとよくも言うのである。いいか悪いかの問題ではなく、不要な誤解をまねくのが怖いわけで。

「それにな、俺がやったつって誰が信じる? 台風だぞ」

「キバリーに、やってもらうの?」

「ほかに誰ができる」

「だって、キバリーって、もの作ったり増やしたり腐らせたりできるけど、台風起こすなんていくらなんでも無理なんじゃないかって」

「──ヘイ! オレっちがどうかしたのかい!」

 屋根のほうから何やら聞こえた。

 見ると、玄関のひさしの上にキバリーがスタンバっていて、「とおっ!」と今ジャンプしたところだった。いつからいたよ。

 着地。

「──ヒーローはピンチを見計らって現れる!」

「嫌な台詞だ! 別にピンチでもないし」

「まあまあ気張りなりなさんな。オレっちには聞こえるんよ……助けを求める弱者の声が、救いを求める哀れな叫び。そんなときにバシっと解決一家に一台キバリーさ!」

 全財産投げ売って感謝しろよ。とめちゃくちゃどや顔のキバリー、う、うざい。

「さっそくだがキバリー、助けてくれんか?」

 夏の夕空を仰ぎ見ながらトールジイは呟くように言った。

「ニヒルじーさんの頼みとあっちゃ恩も売りたくなりますな」

「ここ以外だけ、強く風が吹くように台風を起こしてほしい」

 キバリーは目をしばたかせる。

「たいふう? そんな無茶な」

「お前さんならできるはずだろ」

「私どもとしましても、善処したいとは思いますがー」

「できんのか?」

「ぶっちゃけ疲れるし」

 ぶっちゃけた。

 逆に言うと、疲れるくらいで、できることなのだ。

「アリマさんどーよこの老人。文明発展と町の経済に寄与するためにワカモンは人足のごとく働くべしそれトーゼンよみたいな流れー? その日暮らしで精一杯のオレっちには遠いハナシでやんす」

「キバリー。ぼくからも頼むよ。できるなら」

 首に回される腕をかいくぐって有馬は正面に立った。

 キバリーはいつもふざけて話を逸らそうとする。良くも悪くもマイペースなのだ。おかげでだいぶ苦労した。

 ただ、それが子供っぽい照れ隠しだと気付いたのはいつからだろう。キバリーはふざけていないと落ち着かないのだ。物事の中心人物になることを嫌っているフシがある。

「たくよ……かわいい弟分の頼みとあっちゃ断れないよな」

「できるの!?」

「あたぼーよ! オレっちを誰だと思ってやがる! この空は我のたなごころにあり!」

「おぉ~」

 拳を振り上げ叫んだ。

「天よ! 大地よ! いかりをみせろ!」

 キバリーの身体から紋様が溢れ出した。

 足から地面に、洪水のように。キバリーを中心にしてどんどん広がっていく。丘を走り、高原を跨ぎ、電子回路の基板にも似た巨大な模様が、町全体へを呑み込んでいった。

 それは強烈な光景だった。

 テレビ局のときとは規模が違った。

 異変は目に見える形で起こった。

 海が噴火したように、蒸気を噴出させたのだ。

 上空で雲が渦を巻いていく。瞬く間にそれは大きなかたまりとなって、内部で閃光を散らし始める。

 吹き降ろしの風が辺りを呑み込んでいく。ぞくりとするほど冷たい空気。上空にぽっかりあいた申し訳程度の穴。

「台風の目……?」

 成り行きを見守るしかなかった。

 低く垂れ込めた雲に日光が遮られ、厚みができていくのが分かる。我慢できずに空が割れ、土砂降りの雨を吐き出してきた。

 出鱈目な現象に、有馬はただただ目を奪われる。

「なあ有馬よ。キバリーは何だと思う?」

 横殴りの雨。

 タバコの火も消え、バケツの水をかぶったようにずぶ濡れになったトールジイは、そこから一歩も動かず、壮絶な笑みを浮かべていた。

「宇宙人か? 魔法使いか? 科学技術でこんなことが起こせるか? あえて、あいつを何者かと定義しても、その枠内に収まるものか?」

 有馬は何も答えられない。

「あれはモノであってモノでない巨大な何かだ。大昔の人なら神と呼んだろうがな」

 会ったその日、冗談みたいに自分は神様だと言っていたけれど、でも。

 キバリーは人間だと思う。

 最近強くそう感じるようになった。

 自由にやりたいことだけやっていれば、そう感じることもなかった。

 ただキバリーは人に気を遣うし、照れもするし恐がりも嘘をついたりもする。感情がある。何か目的を持ってそうしている気さえする。

 何のために?

 少なくとも、地球征服でないことは確かだ。


 立駒に嵐が駆ける。

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