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キバラナ  作者: 地藤零一
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第三話ノ4

 何はともあれ。

 テレビ局でやれるテストは無事終わった。

 朝になったらキバリーは何事も無く動き回っていて、逆に有馬がげっそりしていたくらいである。

 帰りの船で、遠ざかってゆくビルを見上げ、有馬は少し不安な気持ちになった。

 チャイは操舵室にいる。さっきまでトールジイも大自然と一体になるといって船尾で小便していたし、俊郎は揺れを物ともせずにラップトップの通信端末に向かって難しい顔をしている。キバリーは調子の外れまくった日本語英語でダーリンそばにいてくれとかなんとか舳先に座って歌っている。

「人、もういないのかな」

 ぽつりと、当たり前の事を口にしてみた。

 水に浸かって、腐って、倒壊していく高層ビル群。

 塩水のせいで作物は育たない。冬には凍えるような潮風。国の援助なんかを期待している町はもうほとんどなくて、どこも自給自足の体制を整えているか、整えようとしているか、無理が出て解体吸収されるか、荒れ果て忘れ去られるか。

「人なんてどこでも住める」

 むんといつの間にか横にいて胸を張るトールジイ。

「そうかな」

「そうだ」

「そうかもね」

「そうに決まってる」

 クスクスと有馬は笑う。

「あと、言ってなかったが、まだ仕事は終わってないぞ」

「……電気だよね」

「そうだ。あのクラスのパラボナで出す電波だからな。こっちから持ってきたバッテリーなんかじゃ動かん。立駒から引いてこなきゃならん」

「当てはあるの? そんな余剰電力うちの町にないでしょ」

「あるさ。お前だ」

 あまり驚かなかった。

 なんとなく、予感はあった。

 覚悟もしていた。

「最後の難関は、お前の親父を説得することだ」



 役所に協力してもらって、風力発電でまかなっている何百世帯かの何アンペアを合法的に分けてもらう。という計画は、到底許可できるものではなかったらしい。

 許可してもらえなくたって計画には必要だ。

 何百世帯かに迷惑をかけてでも強行するしかない。

 蓄電が容易な現代では、風車だって立派な電力供給源のひとつでありその保守管理はヒステリックなまでに徹底されている。くれと言ってもらえるものじゃない。電気ドロボーは重罪に値するし、不正利用がバレたら泣いても頭を丸めても許してもらえない。

「わかってるのか?」

 鬼もくびり殺せそうなほど親父の顔は歪んでいた。

「犯罪に加担しろと言ってるんだぞ。そんなのが許されると思ってるのか?」

 その場にいるのは有馬と親父と、トールジイとキバリーの四名であった。

 有馬の家の台所。食卓が会議に使われた。

 親父がトールジイに向ける目は「よくもうちの子をたぶらかしてくれたな」という種類の明確すぎる敵意であり、トールジイはそれを生徒指導室に呼び出された不良少年の態で耳クソほじったりあくびをしたりして受け流している。

 今日に限らずこの二人はいつもこうだ。

 親父はトールジイのことを生産に携わらない放蕩者と思っているし、トールジイは親父のことを堅物と評して毛嫌いしている。このときばかりはキバリーも目をまん丸にして大人しかった。

 必然、交渉できるのは、有馬一人に限られた。

「……思って、ないけどさ」

「なら馬鹿な真似はやめてもらうぞ。あんたも、親父との約束だかなんだか知らないが、ウチを巻き込むのはそろそろやめてもらえないか? 許婚の約束だって酔った勢いで決めたそうじゃないか。どうしてそこまでふざけて生きられるんだ」

 衝撃の事実が今明らかに!

 愛は育てるもんだからなぁと、のらりくらりのトールジイ。頼むから親父を逆上させるのは止めてほしい。

「あの、あの、別に停電に追い込むまでは」

「絶対に承認できん。お断りだ。お前も馬鹿なことやってないで宿題のひとつでもやれ。夏休みになってからずっと遊んでばかりだろう」

「そう……だけど」

 頭ごなしだった。

 同じ舞台に立ってくれない。

「だいたい、何のメリットがあるんだ。普段と違うことができて楽しいだろうが、楽しいだけだ。このジジイはな、金と労力を使って贅沢がしてたいだけだ。しかも他人様の金をだ。お前までそんな考えに染まったらどうなる? 先のことを考えて行動しないと報いを受けるのは自分なんだ。わかってるのか?」

 そうだ。

 その通りだ。

 みんな長生きするために生きているのだ。

 日々の暮らしを豊かにするために働いているのだ。

 町のために、他人のために、死んで祝福してもらえるように。

 親父は、そういうことを言っている。

 何も間違っちゃいない。正しい。正論はいつだって正しい。

 ただ、どうして、非の打ち所のない正論ってやつは、人の心に響かないのだろう。

「お願い……します」

 有馬は椅子から降りた。

 食卓の横に正座して、そのまま頭を下げた。

 この期に及んで土下座というやつだ。

 人生で初めての。

「なんのつもりだ」

 怒りを通り越して、その響きには侮蔑さえ込められていた。

「お前が頭を下げたって何になるんだ? こんくらいやってやったんだから、不正を見逃せって言いたいのか? 馬鹿なのか? よく考えろ。インフラの配分が俺の一存で変えられるわけがないだろう。管理してるのは俺だから俺さえ抱き込めば何とかなるとか思ったんだろうがな、んなもん誰でも気付く。証拠は絶対に残る。責任を取るのは俺だ」

 普段から、世帯ごとに蓄電はされているから、供給が途切れても三日はもつ計算だ。テストは一日あれば足りる。半日もかからないかもしれない。なくなって困るものではないが、勝手に使われたら大いに困るのだろう。

「鉄平。使いたくても使えないときはあるだろう」

 ちなみに親父の名前が鉄平である。

「何が言いたい……?」

「ここの風車で作られる電力がなくなっても、仕方ない、で済ませてもらえる事態はときどき起こるだろう?」

「だから何の話だ!」

 有馬には心当たりがあった。

 ──台風。

 じゃんけんでグーチョキパーを出されて、これは無敵です、と言われたたときみたいな、間の抜けた沈黙があった。

「キツイ風が吹けば風車は止めざるをえんだろう?」

「だからなんだ? 止めたら使えない」

「だから、そんくらいの緊急時なら電気止められたって仕方ない、と皆が思い込んでるところを利用するんだ。天候が悪くなるのは誰のせいでもない」

「意味が分からない」

 トールジイの表情は、まさに悪魔か悪徳商人か。

「台風が来て、ここの風車だけ都合良く避けてくれたら、誤魔化しがきく」

「あるわけないだろそんなことが!」

 もちろん、そんなことは有り得ない。

 立駒に風の吹くとき必ず風車が回る。そういう場所に立っているのだから。

「鉄平。俺と賭けをしないか?」

 とても不敵に、不遜に。

「今日の夜までに、安全基準値を越える風がここだけ避けて吹いてくれたら、その分の電気、こっちに回してくれ。吹かなかったら俺はもうお前の家に関わらない。お前の親父とした約束も全部取り消して、有馬とは口も聞かない。千愛にもそうさせる」

 これは有馬が絶句した。

 親父はなおも抵抗する。

「……あんたが、約束を守る保障がどこにある」

「なあ。約束を守るなんざ当たり前のことだ。お前さんには俺が息子を手玉に取って利用してるみたいに見えてるかもしれんが、これでも約束を違えたことが無いから信用されてるっつーことを分かってもらえんか?」

 ……このじいさんは。

「それにな、お前さんは息子にこうまでしないと指先ひとつ動かしてくれない人間だって思われとるんだ。そこまでして狭量でありたいか? 誰にも迷惑のかからんことで、いちいち目を三角にしたいのか?」

「………………」

 信用するに値しない話だ。絵空事だ。常識的に言って有り得ない状況だ。そんなもので言質を取って一体何を企んでいる。

 親父の中で、そういった疑念が渦巻いているのが手に取るように分かる。

 ここまで言われてしまうともう感情論になってしまう。親父が感情論の嫌いな事を知っていないとできない話運び。じじいめ、詰めにかかったか。

 まるで助けを求めるように、

「……キバリーさん、君も、彼らの企みに参加してるんだろう?」

「ほえ?」

 親父はキバリーに水を向けるという暴挙に出た。

「彼らは何をしたがってるんだ? 正直なところを教えてくれないか?」

 キバリーは目をぱちくりとさせ、

「んーとね、ショージキゆーとこいつら、お祭り馬鹿なだけですよ?」

 やらかしやがった。

 キバリーらしい発言だった。

 全てを水泡に喫しかねない爆弾級のお気楽さだった。

「まーでもこれが成功すりゃーオレっちも家に帰れる算段が立つって言うんだから、協力したいじゃん? ついででもいーよ」

 ──あれ?

 今、キバリー、嘘ついた?

 土下座継続中だった有馬は、身を起こして、キバリーを見た。

「ここまでしてくれて、お祭りまでしてくれるんだから、サイコーだよ。言うことないね。アリマとはもっと遊びたかったけど、それは仕方ないよねー」

 その真意が有馬には分からない。

 けれど、親父には、どうしてか伝わったようだ。

「……風が吹けばの話だ」

 敗北宣言にも等しい苦々しさ。

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