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キバラナ  作者: 地藤零一
13/22

第三話ノ3

 目的地に着くまでやたら長く感じた。


 他の建物よりいっそう高くそびえたテレビ局のビル。ぶどうの房を逆さにしたようなアンテナ群が天に向かって連なっている。

 ゆったりと進み、外壁に船を横付けした。

「いやふー! 一番槍もらったりー!」

「あ! こら!」

 鉄砲玉かあいつ。

 キバリーの飛び込んでいった窓に梯子を渡していく。拓海は待機するようで、焼酎片手に「いってこーい」と手を振っていた。

 乗り込んだ。

 パーティションがドミノのように折り重なったフロア。机も椅子も壊れたパソコンも一緒くたに流されて隅の方に固まっている。そこらじゅう生臭い。潮の影響であちこち壮絶に傷んでいる。

 フロアの真ん中で、キバリーはぽかんとしていた。

 トールジイはそれを見ると他三人に向き直って、

「細かい予定がどうなるかはこれから手探りだ。とにかく上を目指す。足場に注意して進むぞ」

 蛍光灯のランプを点けて、辺りを照らした。

「ほらキバリー何してんだよ行くぞ」

「おー」

 廊下に出ると、壁に青錆びだらけになった地図プレートを見つけた。俊郎がデジカメに撮ってデータを取り込みチャイに何かを相談している。

 壁に落書きがあった。


『この街の有様も

 やがて忘れ去られるだろう。

 私たちはここにいた』


「これ……」 

「人が住んでたみたいだな」

 トールジイは悼むように眉を歪めて、それ以上何も言わず先に行ってしまう。

 荒廃の跡は、上に行くほど見て取れるようになった。

 廊下に並んだコンロや食器。扉に人の名前が赤いペンキで書き殴られている。天井の板が剥がれて簾のように垂れ下がっていた。人為的に壊されたいくつもの壁。明らかに人の侵入を阻むため積み上げられたバリケード。堆積した埃と、動くものの何も無いしんとした静けさ。

 あちこちに後付けの生活空間があった。

 いつ海に呑み込まれるか分からない場所で暮らしていた人々の、固執の跡だ。

 立駒の中心街は居住困難とみなされて、何十年も前に放棄された。移住は計画的だったはずだ。

 分からない。

 どうしてこんな危険な場所に、追い出されるまで住み続けたんだ──

「有馬」

 チャイの一言で、行き止まりにいることに気付いた。

「小休止です。水を飲みましょう」

「うん。ああ」

 水筒を受け取って、ほんのひと口含んで飲み下した。熱が口から抜け出るような息。

「水分補給はこまめにしましょう。今日は荷物が多いですから」

「言われなくても分かってるよ」

「有馬一人では危険です」

「ねえ、それよりキバリーは?」

「? さっきそこに、」

 いない。

 まさか、また、あいつ。

「ちょっと捜してくる」

「あ、アリマ! 勝手に離れてはダメです!」

 チャイも付いてきた。

「おーいキバリー!」

 もと来た道を戻って捜したけれど、近くにはいなかった。まさかまだ入ってない部屋とか探しに行ったんじゃないだろうな。何考えてるんだ。このビルがどれだけ広いと思ってるんだ。

 いつも、勝手にいなくなる。

 嫌な予感がする。

 キバリーが突飛な行動に出るときは、大抵歓迎すべきでない事が起きたのだ。

「有馬、落ち着いてください」

「なんだよ! 邪魔するなよ!」

「しないです。冷静になって、一緒に捜しましょう」

 後ろから手を引かれた。

「……なんだよ、お前キバリーのこと嫌いじゃなかったのかよ」

「嫌いです、あんなひと。でもそのせいで有馬が危険なことをするは、もっと嫌です」

 真顔で何言ってんだ。

 まあいい。とにかくキバリーを捜さなきゃ。

 ひとつひとつの部屋をしらみつぶしに捜していった。部屋と言ってもやたら広いし死角だらけで、崩れていて通れないところもある。見失った時間を考えれば、そう遠くには行ってないはずだけれど。

 ほどなくしてキバリーは見つかった。

 そこは収録スタジオだった広い空間だ。

 一段高い演壇のような場所に、ぺたんと座り込んでいた。

「キバリー。一人で行くなって何度も……」

 少し違和感。

 スタジオ内は他の部屋と違って綺麗に片付けられていた。人の手が入っている、というわけではなく、建物の奥まった場所にあり、風雨に晒される事が無いからだろう。ただそこは年月の経過だけが生み出す地層のような静寂にうずもれていた。

 佇む姿に生気は無い。視線は宙を彷徨っている。

 キバリーの目の前に、ふたつの白骨が並んでいた。

 手を繋ぎ合った、男女の遺体。

 そこで時間は止まっていた。

 止まった時間へ迷い込んだかのように、キバリーは動かなかった。

 床に文字が彫られている。


『悠久はここにある。

 私たちはこれでいい。


 たぶん、この二人のどちらかが遺した言葉だろう。

 困窮の歴史はそこかしこにある。けれど人類そのものが滅亡したわけじゃない。住処を変えれば緑はあって、自然の恩恵には与れた。

 その選択をしなかった人が、少なからずいたのだ。

 ──住みにくければ出ていけばいい。

 そう考えるのが、当たり前だと思っていた。

「キバリー、どうして、」

 躊躇いがある。

 それでも有馬は訊いた。

「どうして、そんなに、悲しそうにしているの?」

 そう見えたし、そうとしか思えなかったから。

「この町に──」

 ぽつり、と。

「永遠なんてない。だから私は」

 ──私?

 その先はよく聞こえなかった。

 それとも、言葉にならなかったのか。

 思えば、これが核心だったのかも知れない。

 ともあれそれ以上キバリーは何も言わなかったし、何を思ってここにいたのか聞き出す事も出来なかった。数秒後にはにかーと笑って「何ぼーっとしてんだよ、バカなのー?」といつもの調子に戻っていた。

 本音を言えば、触れる事が怖かったのかもしれない。キバリーは宇宙人で理解不能で、だからこそ一緒にいられて無茶をやれた。本当の目的なんて知りたくなかった。不思議で面白いヤツがそばにいてくれれば、それだけでよかったのかも知れない。

 結局有馬は、そのとき生まれた感情に正体を見出すことは出来なかった。

 廊下から物凄い音がして、それどころじゃなかったからだ。

「──うわっ、うわ、なんだ!?」

 ビルが揺れるほどの衝撃。チャイが我に帰った様子でトランシーバーを取った。

「お祖父様、ご無事ですか? 何がありました?」

『──千愛か、無事だ。ちとまずいことになった』

 不穏な声。

『崩落があった。分断されたぞ』



 日の光が差し込む場所。そこが階段の入口で、踊り場付近のガラス張りの空間から、丸ごとそこ一帯が崩れ落ちているのが分かった。

 ごっそり無かった。上に行くための階段が。ガラスも枠組みだけになってしまって、外の景色が良く見えてしまっている。

「千愛ちゃーん! ここだよここ!」

 吹き抜けになった上の階から、手を振っている俊郎が見えた。

「この階段から昇ってきたんだ! 戻れなくなっちゃったよ!」

「どうするんだよ、これ……」

「戻りましょう。危険です」

 有馬は何もできずに放心していた。

『千愛、俺だ。別の場所から合流はできそうか?』

「わかりません。この規模の建物なら、階段がひとつだけというのは考えにくいですが」

『とにかく合流場所を探す。見つけたら連絡してくれ』

「了解です」

 そうしてしばらく、上の階への探索が行われ、

「ここじゃねーの?」

 キバリーの呆れ声が響くのだった。

 三人がいるのは、瓦礫に埋まった通路の前だった。崩れた階段から、建物のちょうど反対側に回ったかたちになる。

「迂回、できるかな」

「できないと思います。ちょうど階段になっている箇所が崩落してるようです。回っても無駄骨です」

 どうにかできないか考えていると、トールジイから連絡が入った。

『落ち着いて聞け。さっきの崩落だがな、何か仕掛けがあったみたいだ』

「仕掛け、ですか」

『侵入を阻むための仕掛けだ。経年劣化とは違う崩落の跡がそこらじゅうにある。さっきのも、俺たちが来たせいで作動したようだ。巻き込まれなかったのは運が良かった』

 なんだそれ。

 ますます冒険じみてきた。

 それなのに嫌な予感しかしないのは、別にビビったからではなくて、現実は物語のように「楽しくて面白い」選択をしないからだ。大人と一緒に入れば尚更に。

 チャイがトランシーバーを差し出してくる。

「有馬に、お祖父様から」

「…………」

 おそるおそる受け取った。

「…………はい」

『有馬か。聞いてのとおりだ。このまま続けるのは危険が大きすぎる』

「うん」

『お前さんは千愛と一緒に、船まで戻れ』

 交通事故レベルの衝撃だった。

 普通なら、そう言う。危険な仕事にわざわざ子供を付き合わせたり頼ったりしない。

「そっちは、どうするんだよ」

『俺と俊郎とでなんとかなる。目的は衛星の制御端末と立駒基地をオンラインにすることだ。それほど手のかかる作業じゃない』

「嘘だね」

 なんとなく分かってしまった。

 トールジイは道楽者で冒険野郎で見る人が見れば怠け者に映るかも知れない。それでも信用されているのは高い技術と知識を持っていて、約束を果たす人間だからだ。夢みたいな事ばかり言ってるからじゃない。時には現実的で厳しい選択を行なってきたからだ。

 そんなもの、チャイを見てれば分かった。

「僕を連れてきたのは楽しませるため? 危険があるのは分かってたんだ。分かってて連れてきたなら、そうする理由があるはずだ」

『そうだな』

 否定もされなかった。

 そもそも行く前に仕事内容は説明されていた。立駒との導通試験。無線で中継するといってもこのビルを使うなら、ビル自体の点検をしなくてはならず、そのための人手がどうしたって足りないから有馬が駆りだされたのである。

 その上でダメだと言うなら、本来の目的をスポイルした事になる。

「それに手のかかる作業じゃないってのも嘘だ。そんな仕掛けがあるなら、この先何が起こるか分からないじゃん。こっちを巻き込みたくないだけだろ」

 溜息を挟むような間。そして、

『どのみち、お前たちが上に昇ってこれないなら俺の言うとおりにするしかない』

 突き放された。

 明確に「来るな」と言っていた。

『正直言うとな、このビルのてっぺんにあるパラボナアンテナを使いたいっつーのは、俺のわがままだ。こんな大飯食らい、わざわざ使ってやらなくても衛星に繋ぐ方法はある。だが欲が出た。俺はな、他のたくさんの場所に、貸しを作れる方法を選んだんだ』

「……どういうこと?」

『こいつはもう、お前だけの計画じゃないってことだ』

 わからない。

 トールジイに、町に、知らない大人に、知らない理由で、この計画は利用された、という事?

『だからな、有馬、作戦変更なんだよ。お前らは無理に付き合うこたない。拓海に頼んで送り帰してもらう。基地で憲心さんの手伝いでもしろ。こっからは、俺の独断で』

「いやだっ!!」

 ほとんど反射的に。

 許せなくて、叫んでいた。

 勝手に、いきなり、全部決めてしまうなんて。

 トールジイには、これでも感謝しているのだ。

 お祭りの計画なんて、有馬にとって所詮火遊びの延長だった。なのに律儀に付き合ってくれて、話の分かる人だと思った。そこに、他の思惑や利害なんて考えなかった。いい大人が「面白いから」と、ただそれだけで動いてくれたと思った。

 そんなわけない。

 お互いさまだ。

 人の善意にタダ乗りしていた。

 自分にできないことをやってもらった。

 それで自分だけ利用されるのは嫌だ、なんてどの面下げて言えるのだろう。

「トールジイ。ぼくたちは、仲間だよ」

 冒険は死んだら自己責任である。

 最初からそう決めていた。

「キバリー、聞いてた?」

「おーう」

「何とかできない?」

「んー、どうだかなーって感じなのだよ」

 チャイがぽかんとしている。

 この際キバリーの事を知られてどうこうとか気にしている場合じゃなかった。

「やれるなら、やって欲しい」

「おっけー」

 壁に手をつける。このあいだ南京錠を引きちぎった時みたいに、キバリーは物の組成を組み替えたり複製したりできる。それで、なんとかこのビルにある危険な仕掛けを選択的に取り除いてもらおうと思ったのだ。

「なあアリマ」

「なんだよ」

「オレっちは難しいことわっかねーけど、ここにいた奴らってなんでそういう仕掛けとか作ったんかな?」

「え……侵入させないためって言ってたから、やっぱり自分たちを守りたかったんじゃないかな」

 何の気なしにそう答えた。

 真実、争いがあったかどうかは分からない。文明が崩壊して略奪が横行していたからとか、そんな大げさな事じゃないと思う。むしろ、こんな危険なところは頼まれたって住みたくないし、安全な場所がすぐそこにあるのだから、彼らを保護しようとした人さえいたはずだ。

「ここがあいつらの家だったんだな……」

 ぽつりとそう呟いて、

 腕の模様が走った。



 結局一日仕事になった。

 こんなクソボロいビルでやる導通試験がトラブル無しに済むはずない。建物の中はいくつかのバリケードで区切られていたし、そのたびに迂回路を探す羽目になったうえ部屋と部屋を跨いで電線を捜して伸ばして繋げたりもして、何度も何度も建物の中を重装備のまま往復した。

 経路の点検がすべて終わっても、上の話では肝心の衛星とのリンクが確立できていないらしい。

 だからテストは明日に回して、各自で休みを取ることになった。

 各自で、というところがミソである。

 トールジイと俊郎とは未だに合流出来ていない。二人はどうせ夜中まで作業を続けるだろうし、有馬はやれるところまでやってもうくたくたに疲れていた。合流ルートを開拓したり上までロッククライミングしたりする余力も、その必要も特に無かったのだ。野営装備はみんな持ってるし、連絡なら無線で済む。

 キバリーは倒れた。

 ビルの仕掛けを取り除いたあと、気絶したみたいに意識を失くした。

 原因は分からない。キバリーの力については分からないことが多すぎる。このビルに入ってからはずっと様子がおかしかったし、無茶な力の使い方をして神経を使いきってしまったのかも知れない。

 キバリーを休ませて、作業はチャイと二人でした。それも終わりだ。

 会議室のような広い部屋の隅っこで、有馬は力尽きて横になった。

 横にキバリーが寝ている。

 その向こうにチャイがいて、ランプの明かりを消していた。マットレスに寝袋が三つ川の字になっている。

「有馬は起きてますか……?」

「寝たいよ、今すぐ」

「質問があるのですが、いいですか?」

「寝たいって言ってるのに……」

「キバリーさんは何者なんでしょう」

 やっぱり訊かれるか。

「前、話したろ、流されてきたの拾ったって」

「そうではなく今日のことです。彼女は何の専門知識も無いのに最初からメンバーに加わっていました。お祖父様が決めたことなので口は挟またかったですが、さっきの罠もその、彼女が何かしたあとに、すべてがうまく解決したような……」

「あー……そう見えるよね」

 そう見えるも何も実際そうだ。咄嗟に嘘をひねり出す。

「キバリーは、こう見えて天才なんだよ」

「天才?」

「一度読んだ本の内容とか一字一句全部おぼえられる。会ったばっかのときは字も読めなくてさ、けっこう難儀したよ。でもそういう特技があって、勘もめちゃくちゃ鋭いから頼りになるんだよこれで」

「…………とても嘘くさいです。それに、それがさっきのことと何の関係が……」

 もやもやした気配。チャイはキバリーの刺青が突然動いて壁の中に入っていくところまで見たはずだけれど、馬鹿馬鹿しいと思っているのか、あまり突っ込んだ事を訊けずにいるようだ。頭が堅すぎる。

「有馬は、その……抵抗はないのですか?」

「なんの?」

「その、……キバリーさんは、私にはよくわからないけど、お祖父様に頼りにされてて、女の子なのに」

「キバリーがオンナ? そりゃないよ、馬鹿?」

「どう見ても女の子です。わたしも……有馬はなんともないんですか?」

 何をムキになっているのだろう。

 男女で雑魚寝が不潔とか、そういうことだろうか。

「気になんないなぁ」

「それって、ひどくフェアじゃないです……」

「フェアって何に対してだよ。意味わからん」

 チャイは今にも泣きそうな声だ。な、なんだなんだ。何か悪いこと言ったか?

「今日の有馬は、おかしいです」

「人のこと言えるのかよ……」

「お爺様に言われたとおり帰れば良かったのです。有馬がここまでする理由が分かりません」

 ぶちぶちぶちぶちうるさい。喧嘩売ってるのか。

「お爺様のしていることが、ある種の町興しであることはわかります。けど本来なら有馬はそういった試みを毛嫌いしたはず。町のため、他人のためなんて、有馬がもっとも嫌う言葉ではなかったのですか?」

 さすがにムカっ腹が立ってきた。

「言いだしっぺはぼくだ。それに他人のためじゃない。自分のためだし」

「余計わかりません」

「……もう寝ようよ」

「キバリーさんのためですか?」

「はあ?」

 なんでまたキバリーが出てくるんだよ。

 向き直ってみると、月明かりが差し込むせいで、思い詰めたような弱々しい表情が見えた。

「彼女を故郷へ返すために連絡手段がいるのではないですか? 有馬の奇行が目立ってきたのはキバリーさんを見つけてからだと聞いてます。すべては、そのためではないのですか?」

 馬鹿らしくなる。

 そっぽを向いて、外の景色に目をやった。

「知らないよ……そりゃキバリーが来たせいで色んなことが変わったかもしれないけど、そんなの、ただの口実なんだよ」

 キバリーは何もしていない。がらくたを寄せ集めて宇宙の仲間と交信したり、UFOに乗って殺人レーザーを雨あられと降らせたりもしない。ケラケラ笑って勝手に遊んで、自由に振舞っているだけだ。

 町と契約した。そう言っていた。

 有馬はその手伝いをしている。

 でも今はそんなの関係ない。

「最初からそうしたかったんだよ、みんな」

 空に星が浮かんでいた。

 見上げるものは、いつまでも衰えない輝きを放っていて、錆びつこうとしない。

「有馬も、最初から、こうしたかったのですか?」

「そうだよ。楽しそうだからやるんだ。おかしいことなんて何もない」

 強く、強く言い張った。

「……わたしも同じです」

 まるで予期しなかった言葉に、有馬は目を丸くした。

「おやすみなさい」

 それきり寝袋にもぐってしまう。

 有馬は目が冴えて眠れなかった。

 役立たずになりたくないから、トールジイの手伝いをしているとチャイは言った。

 かつては大人しくて本が友達で、いつも部屋の中にこもってばかりで、何を考えているか分からない、置物のような女の子だった。

 それはだめだと思って、外に引っぱり出したのは、有馬だ。

 一緒に遊んで、話して、笑ったり怒ったりするようになり、今では立派に一人で歩いている。

 それが、有馬は少し悔しかった。

 チャイが悪いことなんて、何もないのだ。


 そうか。

 フェアじゃないって、そういうことか。

 自分が情けなかった。

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