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キバラナ  作者: 地藤零一
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第三話ノ1



「だからさ演目とか決める前にまずパイロットがいないと」「俺がなんとかする。それより優先するのは客の受入れ体制で」「町会と共同歩調を取る事が肝要だと思います。その根拠として年々厳しくなる自治会の──」「はらへったはらへったメシマダー?」「あっついってこの部屋扇風機強にしていいよね?」「書いてくぞ。紙、紙、なんだカレンダー七月じゃねえか。裏使うぞ」ビリビリビリ「──における管理費の問題と照らし合わせれば難色を示される事が予想できますから、何らかの交換条件を提示すれば」「めしめしめしめし」「ぜったい人足りない」「少なく見積もって規模は五千人だとして、確保する人員は、えー」「ボランティアを募るにしても限界がありますよ。町をあげて体制を作らないとどうにも」「はらへりほろ」


 有馬。トールジイ。俊郎。キバリー。時計回りにちゃぶ台を囲み喧々囂々やかましく。部屋の気温が四度は上昇している。

「──つまり、問題は山積みってことだ!」

 トールジイが麦茶を一気飲みして総括。

「役所の許可だが、規模を明確にしない以上簡単には下りん。昨日一連の手続きを確認してきたんだが、審査に一週間はかかる。面倒なのは盆休み中にこの祭りはやらなきゃならんことだ」

 俊郎が挙手。

「しかし、手順を踏まなければ、不義理をはたらくことになります」

「裏工作と事後承諾は必須だな」

 メガネが曇る。口元には笑みらしきもの。

 有馬が挙手。

「どこまでこっちの情報を出せるかも問題だけど」

 トールジイは深く頷く。今のところ、キバリーの秘密を知っているのは二人だけ。

 トールジイには全部話した。

 俊郎にはトールジイの個人的なコネで大量の電気の確保が可能だとしか伝えてない。それだけで協力してくれた。

「知ってるか? 嘘や混沌は時としてその姿のまま定着し、確固たる地位を築くことがある。ハッタリ利かせるくらい何でもない。お前らそのくらいの気概で」

「──ハイどいてどいて」

 セリナがざる蕎麦を持ってやってきた。水受け用の鍋を敷いてどかっとちゃぶ台を占領。

「トシさんまで秘密会議に加わっちゃって……」

「いやはや昔の血が騒いでね」

 昔の血というのはヤクザ相手にやんちゃして木材粉砕機にかけられかけただとか、旅行かばんに入れられて海外に輸出されたとかそういう方面の血だ。

 セリナが傍で正座して、そわそわと見守っていた。

「あーつまり、アレだ、重要なのは、例のナニだ」

「アレですね。分かってます」

「ふいもんな」

「そーそー食べ物だよね」

「食いもんは馬鹿にできん。祭りの花は露店だからな。あれだ、腹にたまるものがいい」

「調達はどうしましょう? 天然モノは地元でないと」

「なになに? お祭りの話なの?」

 視線がセリナに集まる。

 どいつもこいつも物言いたげだった。

「あー……セリナや。ちっとぉ爺ちゃんのためにタバコ買ってきてくれんかの?」

「え? え? でもいま」

「ほれ、お釣りでジュースでも買いなさい」

 急にもうろくしだした祖父に外へ外へと押しやられ、ぴしゃっと襖を閉められた。

 セリナはしばらく放心した。

「タバコなんて売ってないわよっ! あーもうなに話してるか気になるううう」

「──流星祭りに関することのようです」

 うわっと仰け反る。襖のもう片側に、コップをつけてへばりついていたチャイ。

「解せません。有馬はもちろん、お爺様も運営委員には加わっていないはずです。俊郎さんも、失礼ですがこの町の行事に口を出せる立場ではないはず」

 朝から居間に三人連れて、謎の相談事を進める祖父を同じ家にいるチャイが気にしないはずが無かった。おおむねセリナも同じである。

「そうなのよ、なーんかみんなで秘密の計画立ててるの」

「悪事の、匂いがします」

 はて。セリナは首をかしげた。チャイが祖父や有馬のやることに興味を持つのはいつもの事だが、なんだか今はそれが悔しそうに見える。

「混ぜてほしいの?」

「……意味がわかりません」

「ヒキョーよねっ、男の子たちだけで楽しいこと企んでるのって。お爺様もいい年して子供っぽいから、何だか友達みたいなんだもの。私は混ぜてほしい!」

「女子もいるみたいです」

「それよそれ!」

 ぐぐいーと顔を近づける。

「キバリーさんって言ってたけど、やっぱり彼女ってアヤシイと思うのよ!」

「そ、そうですね」

「前に話してたけど、ひばりさんにすごく似てたから。私、小さかったからよく憶えてないけどこんな偶然ってあると思う?」

「あるのではないでしょうか?」

「そう! あるってことが問題よ!」

 シュバっと腕を返して、天に宣誓するように上を指し、

「そういう特別な存在がすぐ近くにいて、有馬が平気でいられてると思う!?」

「あ、あの、意味が」

「千愛ちゃんは平気なの?」

 チャイはまともに目を合わせられず、視線を床に這わせた。

「あの……そういうことは関係ないかと。わたしは彼らが問題ある行動をしていないかどうかは気がかりなだけであって、素性の知れぬ人物が有馬と一緒にいるのは、別に、このさい大きな問題ではなく、まして、わたしが仲間に加わりたいなどとは妄言にも等しい勘ぐりで」

「あー! だからダメなの! いーい? 男の子ってのは元気に見えて実は淋しがり屋なの。自分のしていることを理解されたいっていつも思ってる。見なさいよ、あの仲間同士でつるんでるときの楽しそうな顔! そこに見知らぬ女の子がいるのよ!? 危険きわまりないと言っていいわ!」

 もうセリナとチャイの顔のあいだには小指分の距離もなかった。

「色々頑張ってるのはわかるけど、いちいち回りくどいんだからいいカゲン何かしないと私だってさすがに」

「あの! あの、声が、しーっ、しー!」

 涙目で真っ赤になってあたふたする。セリナは身を離し、こめかみに指を当てふしゅるるるーと排熱。

「……千愛ちゃんはもっと有馬のそばにいていいのよ」

 そのときばかりは、理解ある姉の顔をした。

 チャイの考えている事は、ほとんど手に取るように解るのだ。

「許婚なんだし。有馬が気にするから遠慮してるのかもしれないけど、今こんなふうになったのは千愛ちゃんのせいだと思う。子供なんだから、カタイこと抜きに遊んでくればいいのよ」

「……子供でいいのでしょうか、有馬は」

 セリナは答えず、嘆息して台所に戻った。

「ごはん食べましょ。今日の麺は自信あるんだから」



 有馬の進めていた計画。それは流星祭りの乗っ取りである。

 一からすべてを計画するには時間も人手も足りないのだから、すでにある枠をそのまま乗っ取ればいい。町会連中を上手く抱き込めれば面倒事は丸投げできるし、肝心かなめのプログラムに集中できるという寸法だ。

 そこらへんの工作は任せろ。──トールジイは力強く言った。

 有馬の役目は、地下にあった飛行機を使い物にするための現場仕事となった。

「よくもまあこんなもん掘り返す気になったのう」

 ガソリン屋の憲ジイは、駐機場に干された三機の機体を見て、呆れるように言った。

 この人なら絶対に協力してくれるとトールジイの強力な推薦があったのだ。ひん曲がった腰でよぼよぼ歩いて今にも天に召されそうな顔でしれっとグラビア誌を買いに来たところを、キバリーとかっ攫ってきた。

「ふん。これを見てると、昔を思い出すわい」

「憲ジイ、この飛行機のこと知ってるの?」

「ひとつは儂のだ」

 目玉が落ちるかと思った。

「儂とジローはな、昔戦闘機乗りだったんじゃよ」

「郵便局員じゃなかったの!?」

「もっと昔の話だ。それはそれは、大昔の話だ。儂がこれに乗れたのはほんの数ヶ月じゃった。また飛べるようにしたいんか?」

「う、うん! うんうん! できる!?」

「部品が無きゃどうにもならん」

「部品なら大丈夫! トールジイが任せろって」

「ほうか。ならもちっと人手がいるな」



 自転車屋のシーラカンスこと小此木悟は、燃え尽きる前の最後の煌きを、この作業に見い出したようだ。

「ばかやろおおおお後ろ通っときゃ声かけんかあああああ」

「ぎゃー! ごめんなさいごめんなさい!」

 立駒基地の使われていないハンガーを今は三機の飛行機が占領している。有馬は排気管を磨いたりリベットを外したり、キバリーは人の周りをウロチョロして爺様方に怒られまくっていた。

「わ! なにこれすごい!」

 昼になるとセリナが弁当を作ってきてくれた。

「こっちのヒコーキかわいい! なんて名前?」

「雷電だよ。右の方は紫電改」

「ずんぐりしててオモチャみたい!」

 雷電の胴体は寸詰まりの方錐形で、機首に稲妻模様の塗装が施されている。

「あの、頭付いてないのは?」

「それが分かんないんだよね。尾翼の形は隼っぽいけど胴体長くないし、翼端にピトー管がついてる。塗装剥げてて計器も無いからなんかの試作機かなって」

「あれはフォッケウルフだよ」

 おにぎり片手に俊郎が現れた。

「フォッケ? なんで日本にドイツのがあるの?」

「昔ドイツと組んで戦争してたころ買ったものなんだよ。陸軍でテストしてたんだ」

「じゃあ、憲ジイってテストパイロットだったの?」

「さて、そこらへんは複雑な経緯があったそうだけど、僕からはなんともね」

 謎だった。

 そもそもこの戦闘機が立駒基地の地下格納庫に隠されていたのかも謎だし、爺様連中はそこのところ話してくれない。

 セリナは「ふーん」と頷くだけった。

「この飛行機なおして、お祭りで何かするの?」

「あーそれはねー」

「おしえてよー! 私も仲間に入れてよー。ほら、そしたら毎日お昼作ってきてあげられるわ!」

 有馬はひとつ感じるものがあった。

 そうだ。仲間だ。

 目標に向かって、みんなで力を合わせて進んでいく。物事が雪だるま式に膨れ上がって勢いを増していく。今そんな実感があった。それはとても気持ち良い事だと思えた。

「うん。いいよ。セリ姉なら歓迎」

「ほんと! やったやったぁ!」

 有馬も嬉しくなって笑う。


 そのとき、キバリーは首無しフォッケの中で戦争ごっこをしていた。操縦桿にしがみ付いて架空の空を飛んでいる。ぶぶぶーん。む。敵機発見、四時下方。格納庫の隅っこを壁伝いに近づいてくる。そのまま気付かないふりをして、敵機を腹に潜らせた。油断したところを返り討ちにしてやる──コクピットを出て、無音で背後に着地。着陸脚の影で有馬とセリナが一緒にいるところを覗いているようだ。

 ──見敵必殺。

「ふー」

「ひいああああああっ」


 叫び声を聞いた有馬は、フォッケの胴体下にいるキバリーと、チャイを見つけた。

「い、いきなりなにするんですか!」

「おこんなよ。挨拶じゃん」

「挨拶で耳に息を吹きかけないでください!」

「じゃあ舐めるのならええんかいのう」

「ひっ!」

 本の修繕作業中に背後から脇をつついたり、膝をカクっとやったり、肩を叩いて振り向かせて人差し指でぷにっとしたり、こないだからチャイはすっかりキバリーに気に入られているのだ。

「はなっ離してください! あなたに、用なんか無いのです!」

「じゃあ何しにきたん?」

 言葉に詰まるチャイ。すがるように見た先には、有馬がいた。

「ははーん」

「……なんですか」

「はっはーん!」

「あなたっ、失礼ッ」

「混ぜてほしかったのとちゃうんか?」

「ち、ちがっ」

 有馬はじっと眺めている。キバリーは馴れ馴れしく、憲ジイと小此木爺はエンジンいじりに夢中で、俊郎はとっくに退散しており、セリナだけが訳知り顔で関係ない方向に目を流している。

「ちがいます──────っ!!」

 叫びながら、チャイは全力で離脱していった。

 いったい何しに来たんだろう。

 有馬は首をかしげるしかない。

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