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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

あなたのために

作者: 安廣トシオ
掲載日:2026/04/12

前世の記憶持ちヤンデレヒロイン×ヤンデレ悪役令嬢の百合だと思われる。おそらく。



Side:E


「わたしたち、親友よね」


 私は気が付いていたのよ、テレーゼ。

 貴女がそういう度に怯えていたことを。酷く不本意といった目をしていたことを。



 私たちは身分の差はあれど、友人だった。

 母同士が魔法学園での友人であり、お父さまがいない間を狙って母が連れてきた向日葵のような女の子。

 初めて貴女を見た日のことを、私は忘れない。


 五歳の頃。お母上のドレスの裾からこっそり覗かせた顔。領地の屋敷にこもってばかりの私にとって、初めての同い年の女の子だった。

 お母さま方はお話に夢中で、多少好きにしても怒られない。私は初めてのお友達かもしれない子が嬉しくて、自慢の絵本や自分で育てたお花を見せて回った。

 私はその頃恋物語にすっかり夢中で、彼女も夢中になってくれればと思っていた。


 女の子なら、恋物語に夢中になるに違いないもの。

 素敵なお姫様が、王子様に恋焦がれる物語。

 龍に攫われた乙女が、勇者様に助けられる物語。

 私は色んな物語を彼女と楽しんだ。


 でもきっと、彼女は本当に楽しんでいたわけではないのね。


 私がそれに気が付いたのは、王太子の婚約者となったときだった。


 現実の王子様は、確かに見た目は素敵だった。

 王族らしい素晴らしい見た目に能力。挙措動作全てに気品を感じられ、私はこの方に見合う淑女にならなければならないと決意した。

 無論、それは恋物語のお姫様のような気持ちからではない。国の為、民の為。家族の為。幼いながらもそれは痛いほどにわかっていて。

 だから、淑女としての教育を徹底的に叩き込まれたし、そのせいで彼女と会うことも少なくなっていった。


 手紙でも書けばよかったと思う。でも何故か、私は終ぞ筆を執ることができなかった。

 返事がこなかったらどうしよう。

 文字だけでは、彼女のことを感じるには少なすぎる。それに、お父さまの検閲も入るからには、大したことは書けない。

 彼女から他人行儀な貴族らしい文をもらうくらいなら、何ももらわないで心の中にしまっておきたかった。


 ――でも、彼女からもし手紙が届いたら。


 そんな私の儚い思いは、文字よろしく儚い夢となって終わった。王太子との婚約が発表されて以降、彼女から連絡が来ることはなく。

 好き勝手遊んでいい身分でもなくなった私と、そんな私と本来会えるはずもない身分の彼女が、何の役にも立たない恋物語に花を咲かせるなんてできなかったのだ。


 お花畑で、あたらしく咲いたシロツメクサを編んで、二人でかぶせあいっこしたわね。

 太陽の下、私の上手とはいえない花冠を被り笑う彼女は、絵本に出てくるお姫様そのものだと思った。

 そんな彼女にはきっと素晴らしい王子様が現れるに違いない。だって彼女は向日葵みたいに明るいから。――紫陽花みたいに、ジメジメしている私とは違うから。ずっと曇り空ばかり見ていた私に、天使の梯子を教えてくれた。光が見える子だから。


 私は、彼女が大好きだった。


 けれど彼女は、貴族の末端も末端。本来なら私と出会う筈もない少女。

 王太子と逢瀬を重ねるごとに、侯爵家の重みを感じるごとに、私は本当の彼女を知らなかったのではという焦燥にかられた。


 きっと幼い彼女は、母に言われていたのだろう。

 これから会うのは、とても偉い家の子供だから、今のうちに仲良くしておきなさい、と。


 母の言うことをきちんと守っていい子でいた彼女の笑顔は全て嘘だったのかもしれない。

 貴族の子供らしく、自分より権力のある者への媚び諂いだったのかもしれない。

 恋って素敵ねという言葉も、晴れより曇りの日の方が好きと言ったことも、酸っぱいものが苦手ということも。

 私よりも上手に作って見せたシロツメクサの花冠をくれたときの笑顔でさえも。


 でもね、テレーゼ。

 私はそれでもよかったのよ。全て嘘でも、私にはそれだけが私だけの宝物だったから。



 もう二度と会えないかもしれないと思った再会は思ったよりも早く訪れた。


 魔法が使える者なら皆入らなければいけないという魔法学園。

 そこで、私は彼女と再び出会うことができた。


 名前の知らない薄赤色の花びらが散る中、私と同じ学園の制服を着て歩いてくる彼女。

 胸が高鳴った。


 嗚呼!また会えた!ずっと会いたかった!


 魔法学園ならば、身分の差など大した問題ではない。

 もちろん、まったく無視などできないが、学園内では身分の差なく学ぶべしと決まっている。

 私が彼女と友達になれる最後の四年間と言っていい。

 だって、卒業したら私は王太子と結婚し、未来の王妃となる。そこからはもうきっと、彼女と友人になれない。


 テレーゼ!今度こそ本当のお友達になりましょう!


 そう言って駆け寄り、私は気持ちいっぱいで彼女を抱きしめた。彼女は笑って私を抱きしめ、「私も会いたかったわ」と――。


 そんなことにはならなかった。

 淑女たれと教育された身体は、淑女らしからぬ足取りを許さなかった。

 そして、次期王妃となる私の周りにいる『友人たち』が許さなかった。


 小さな花吹雪の中、彼女が目を瞑り、再び開く。

 記憶の中より成長した彼女に目を奪われた。遠くからでもわかるほど、彼女は綺麗だった。どんな花畑よりも彼女は可憐だった。


 まさに恋物語のお姫様。


 見惚れている私の前で、彼女に近づく影がいた。

 一人の男性。見飽きるほど見たそれは、私の婚約者であり、王太子である男だった。



 ――お姫様には王子様がつきものよね。でも身分の差を超えて迎えに来る勇者様と結ばれるのも素敵だと思わない?

 ――身分の差かあ……。よくわからないけど、大人になったらわかるのかなあ。


 小さい頃、大人に隠れておしゃべりした、シーツの中でのこと。

 私が今でも思い返しているなんて、貴女は思いもしないのでしょうね。


 恋物語のお姫様らしく、王子様と友人になった彼女は、ご令嬢よろしく「初めまして」と綺麗な礼をして見せた。

 ――初めまして?当たり前だ。彼女と私の交流は隠れてのこと。それにもう十一年前のことだもの。彼女が忘れていたとしても。脳裏に過る、彼女の瞳。嘘を吐いていた幼い少女。

 ……強制的に仲良くさせられた高位の貴族令嬢のことなんて、忘れたいと思ってもおかしくなかった。

 ふわりと彼女から知らない香りがする。香水と彼女の香りは、私の知らないものだ。記憶の中の花と彼女の香りじゃない。


 いや、私が知っている彼女なんて、きっとこの世にはいない。


 彼女を友人だと言って紹介する王子に、私は笑みを浮かべることすらできなかったと思う。


 ふざけないで。彼女は私の友人なのよ。何自分が先に見つけたみたいな表情をして。

 貴女も貴女よ、テレーゼ。私のことを忘れたように振る舞っておいて、何でその男にはそんなに親しくしているの。


 王族でもいいなら、侯爵家の娘だっていいじゃない。


 きっと私は酷い顔をしていたのだろう。

 王太子の背後にいる婚約者様のご友人たちから鋭い視線が突き刺さる。それに気が付いてからやっと私は淑女らしい笑みを浮かべることができたが、遅かったのだろう。


「まさか、貴女ともあろう者が、嫉妬などしませんよね?」

「学園内で身分差などない。私と彼女は対等であり、君に私の交友関係をとやかく言われる筋合いはない」

「女の嫉妬って怖いわねえ。でも僕からも助言しておくわよ、彼女には近づかないで」


 まさしく釘を打ち込まれた気分だ。


 何よ。

 何よ、何よ!


 王子様よくて私がいけない理由って何よ!


 ……でも、本当はわかっていた。

 いくら身分の差はないと言われても、私が王太子の婚約者であることは変わらない。

 もし王太子の気持ちが彼女にうつったとき、一番の敵は私だ。


 だから、ご友人は私に警告してくれた。



 ある日、私は『未来の王妃である私のご友人』から逃げて、学園の端っこにある林の中にいた。いつ設置されたのかもわからないほど、ぼろぼろになったベンチが私の拠り所。

 彼女から。彼女の周りにいる王太子とそのご友人たちから逃げるようにうろついていたら、そこに辿り着いた。

 図書館で調べたところ、学園ではそういったことがたまにおこるらしい。学園らしく、孤独な者が求めるところが現れるとか。そこで孤独な者同士友人を作れということだろうか。いいお世話だと思ったけれど、私はそこに行くことをやめられなかった。


 だって、ベンチの周りに咲いていたのだもの。シロツメクサがたくさん。

 そして何故か向日葵が一本だけ中央に咲いていた。晴れの日でなくても。そして太陽が真上にある晴れの日でも、向日葵はずっとベンチの方を向いていて、咲いたままだった。


 ありえないでしょ、そんなこと。

 でも魔法があるなら、何でもありなのね、きっと。

 シロツメクサで作った花冠を向日葵にかけてみる。花は笑わない。けれど、私はここに来る度に花冠をかけ続けた。


 ねえ、テレーゼ。見てよ、私ちょっとは上手になったでしょう?


 そう言いながら向日葵に小さな花冠をかける。

 来る度に消えている花冠が、魔法なんかで消えているわけではなく、彼女に届いていればなんて妄想しながら。


 でもそんなことはあり得ない。きっとこの空間は、私の望み通りの空間で、私以外に入ってくる人はいない。


 そう、思っていた。




 学園に入学して一年たつと、彼女の噂は学園中に巡るようになっていた。


 曰く、『男爵家の娘が、身分不相応にも婚約者がいる王太子と恋仲になっている』と。


 そんな噂がなくても、私はとっくに気が付いていた。

 彼女と再会したその日、王太子が彼女を見つめる視線は、私ととてもよく似ていたから。


 彼女は、きっと恋物語のお姫様なのだろう。

 だから色んな人を引き付けてしまう。


 私も、その一人にすぎない。

 だから逃げるのよ。誰もいない、思い出の中に。お優しい魔法で作られた空間に。


 けれど、私は王太子の婚約者で。

 王太子の傍にいなければならない機会も多く、その度、王太子が彼女を愛おし気に見つめるものだから、何度その目を抉り出してやろうかと思ったことか。

 目だけじゃ足りない。彼女の声を聴く耳も、彼女の香りを嗅ぐ鼻もいらないでしょう?


 いつからだろう。

 彼女の周りにいる人間皆の穴という穴から血が出るように見え始めたのは。

 現実にはならないとわかっていても、私は願わずにはいられない。


 彼らの五感全てが死ぬことを。


 そんな憎悪が、周囲の人間にはよくわかっていたのかもしれない。

 否、婚約者だからこそ、未来を約束された女性が抱くべき感情を、彼女らは想像したのだろう。


 彼女たちは言ってきた。

 あの子に立場をわからせてやるべきだ、と。

 私はそれに首を振った。


「ここは学園なのだから、叶わぬ夢を見させてあげなさいな」


 きっとそれは、テレーゼに対する憐みに思われたのかもしれない。

 あるいは負け犬の遠吠えにも。


 おかしな話よね。

 叶わぬ夢を見ているのは私の方で、私が嫉妬しているのは、婚約者の方だというのに。


 恋なんてわからないけれど、私は王太子に恋などしていない。

 あくまでも義務感から来るもので、流れるところまで流された結果でしかない。


 それが『未来の王妃である私の友人たち』には伝わらなかったらしい。


 ある令嬢が持ってきた。

 曰く、彼女が王太子からプレゼントされた髪飾りだという。

 王太子の瞳と同じ色のそれは、彼女にとても似合うもので。

 へたくそなシロツメクサの花冠なんて比べ物にならない素晴らしいものだった。


 わからせてやりましょうと鼻息荒くする彼女から受け取ったそれには、温かい。つけていた彼女から無理やり奪ったらしいそれには、数本の髪の毛がついていて、透き通るような金色の髪は間違いなく彼女のもので。


 私は言うべきだったの。


 そんなはしたないことやめなさい。

 王室に顔向けできないことをするものではないわ。

 あまりに過ぎるようなら王太子殿下に私から直接お伝えするから。


 ――でもできなかった。


 私はボロボロのベンチに座って、手の中の髪飾りを見つめる。

 髪の毛は数本だけれど、きっと奪い取られたとき、彼女は痛かっただろう。

 恋物語のお姫様らしく、悲しかっただろう。心も体も痛かったに違いない。


「ごめんなさい」


 私は、髪飾りをベンチの上に置いて、彼女に返すことはなかった。


 また別の令嬢が持ってきた。

 曰く、彼女が王太子からプレゼントされた万年筆だという。

 王太子の髪の色と、彼女の瞳の色のガラスで作られた精緻なもの。きっと安くはない。

 男爵家の彼女が持つには、かなり似合わない代物。


 たまたま落としたものを拾ったと笑う令嬢から受け取ったそれを、やはり彼女に返すことはなかった。

 いつものベンチに置いて、何故かそのまま存在していた髪飾りと一緒に適当な木箱に入れ、ベンチの下へと蹴り入れた。


「ごめんなさい」


 彼女の泣き顔なんて見たくない。

 けれどこれが彼女の傍にあるのを許したくない。

 私の汚い思いよろしく、木箱は汚い。ベンチ下にはシロツメクサは生えておらず、私の汚い思いを吐き出すにはいいように思えた。


 こうして、色んな令嬢が私のところへ王太子から彼女へのプレゼントを持ってくるようになった。

 受け取る度に、私はどんどんおかしくなっているようだった。否――おかしくなっていたのだろう。



 贈り物が木箱に納まらなくなってきた頃、王太子に呼び出された。


「今度のパーティは、テレーゼと共に行く。君は適当に相手を見つけておいてくれ」


 普通、パーティはパートナーを伴っていく。ただ婚約者がいない者は友人と参加することもある。ただ彼はそうじゃない。

 だからこそ、私をわざわざ呼び出してエスコートはしないと言ったのだろう。

 今度のパーティといえば、大した規模ではない。ちょっとした伯爵家のちょっとした祝い事だ。わざわざ王太子が顔を出すほどでもないが、貴族派閥への牽制のつもりか?

 だが学園内ではない場所で、婚約者のいる王太子が別の女性をエスコートするというのは、貴族派閥への絶好の餌のように思える。


 侯爵家の令嬢として、王太子の婚約者として、そこまで自動的に考えてしまったのと同時に、彼女が笑顔で彼の手を取るのを想像してしまった。

 して、しまったのだ。


 問うべきは違うことだったのに。

 私の口から出たのは、意識もしていない言葉だった。


「彼女に、その方に、ドレスを贈るおつもりですか」


 ドレスを贈る。即ち恋心を贈るということ。

 きっとそれは、いままでのプレゼントのように、彼女の色と彼の色を混ぜた素敵なものだ。

 恋物語の挿絵のような。


 私の問いに彼は怪訝そうな顔をして言った。


「男爵家の装いでは格が合わない。非常事態的にだが、そうなるだろうね」


 ――言い訳だ。

 まったくもって高貴な彼らしい言い訳だ。


 本当は、自分の色で彼女を染めたいだけだ。

 あの綺麗な彼女を、綺麗な花を、自分の色で固めて隣に置きたいのだ。


 カァッと頭に血が上る。

 私の花だったのに。

 私の。私の私の私の私の。



 ねえ、テレーゼ。

 私のテレーゼ。


 貴女が望んでいたとしても、そんなことは私、許せなかったのよ。


 男爵家からドレスを盗むのは簡単なことだった。

 私がそうしてと言えば、家臣たちは簡単にやってのけた。お父さまからの口添えもあったのかもしれない。

 手に入れたドレスからは、彼女の香水の香りがした。


 一度、着てみたのね。

 彼の色を纏ったのね。


 ドレスを袋にいれて、林の中へ駆け込む。

 いつものベンチの上にそれを放って、ビリビリに破いてしまおうと思った。

 ナイフを振り上げて、ドレスに向けて刺そうとして。

 気が付いたドレスが濡れていた。


 違う、これは私の涙だ。


「うっ」


 私は、そこまで望んでいないのに。


「うああ」


 私は、私の色を彼女に纏ってほしいなんて、あり得ないことを望んだりしていないのに。


「あ、あああ」


 ましてや、唯一の存在として隣にいてほしいなんて――。


「うわああああ!!うっひぅ、うう」


 まったく淑女らしくない姿だったろう。

 大声で泣きながらドレスに縋りつく。

 視界は涙でゆがんで、彼女の香水だけが私の全てだ。


 こんなの、破けるわけ、ないじゃない。


「テレーゼ」


 久しぶりに彼女の名を口にした。

 ぼやけた視界に彼女じゃない色が映る。


 不愉快だ。

 木箱を取り出してめちゃくちゃに押し込める。もう蓋もしまらない。

 そのままベンチ下に蹴っ飛ばして、シロツメクサを潰して座り込んだ。


「ううっ、うっ、ひぐ」


 振り返れば、一輪の向日葵が見える。

 相変わらずこちらを見ていて、彼女もそうだったらいいのにという私の醜い欲望がそうさせていると思ったら余計惨めで。


「テレー、ゼぇ」


 シロツメクサを踏みつけながら、這い這いで向日葵に縋る。

 見上げた向日葵にはたくさんの種がついていた。


 そうよ。貴女は、色んな愛の種をばらまいて。

 一番綺麗に咲いた花だけを選ぶつもりなのね。


「ひどい」


 酷いのはどちらだ。

 彼女への贈り物を盗んで、こんなところに隠して。


「ひどいわ」


 私の方が酷いに決まっている。


 私は、向日葵の種をむしった。

 片っ端から種をむしって、魔法で燃やす。

 一つも種のなくなった向日葵を見て、私は口角が上がるのを感じた。


「うそつき」



 結局、伯爵家のパーティで見かけた彼女は、質素なドレスを着ていた。

 王太子が厳しい視線を向けてくるが、私はそんなことどうでもいい。


 どんな装いでも彼女は彼女。美しかった。きれいだった。


 きっとたくさん悲しんだのでしょうね。

 きっと残念に思ったでしょうね。

 化粧でうまくごまかしているのかもしれないけれど、きっと目元も腫れているのでしょうね。


 そのことを考えれば、心が痛む。

 けれど、その痛みさえ、私は愛おしかった。

 私がしたことで、彼女に何かしらの影響があったなんて、まだ音楽もかかっていないのに踊りだしてしまいそうなほど。


 私をエスコートしてくれたお父さまは、彼女を連れて歩く王太子に何やら苦言を呈したようだが、そんなの耳に入らない。

 欠片も彼の色を身に着けていない彼女は、やはり美しい。


 こんな間近で見られるなんて、こんなパーティでも来てよかった。



 そして、事件は起こった。


 私としては割とどうでもいいことだったけれど、王太子の婚約者にとってはとんでもない事件が起きた。


 王太子が毒に倒れた。

 彼女から受け取った飲み物を飲んだ彼が倒れたのだ。


 悲鳴が上がり、お父さま含め倒れた王太子に対応しようと貴族たちが動く中――、彼女だけは動かなかった。

 否、少しだけ人の輪から外れるように後ろに下がったけれど、それ以外何もしなかった。


 つう、と彼女の瞳が動く。

 ぱちん。

 目が合った。


 久しぶりに、十二年ぶりに、彼女が私を見た。


「……」


 思考が止まった私に対して、彼女は微かに微笑みを湛えている。

 その笑みは、私の知っている彼女の笑みとは似ても似つかない。


 私の知らない彼女だった。




 後日、お父さまから知らされた。

 王太子殿下は手術の甲斐なく亡くなったそうだ。

 元よりかなり毒性の高い毒を盛られていたようで、即死でもおかしくないところを半日近く苦しんだのは、彼が王族として毒に慣らされていたというのもあるのだろう。

 あらゆる解毒剤も、魔法も効かなかったらしい。


 犯人は、パーティを開いた貴族派閥の伯爵家。

 当然一族皆処刑されるらしい。遠縁まで遡って、お優しく子供から順に首を落とすそう。


「喪が明けたらお前は王弟殿下の婚約者となる。王家に連なる者は多いが、次の王座に一番近いのは王弟殿下だ。既に第一夫人と息子がいるが、お前が嫁入りすればお前が第一夫人となる。今から情報を集めておけ」

「はい、お父さま」


 夫人の順番は、第一から身分の高い者順になる。今の王弟殿下の第一夫人は伯爵家出身。侯爵家の私と結婚した場合、彼女は第二夫人となる。

 私と王弟殿下では二十以上年が離れている上に、第二夫人ともそのくらい年が離れていたと思う。おそらく息子すら私より年上だろう。早くにできた子だったはず。

 だが、それすら貴族社会では些末なこと。

 私に拒否権などないし、彼女以外の世界などどうでもいい。


 この身すら、どうでもいい。



 シロツメクサの咲き誇る花畑の中、私はまたシロツメクサの花冠を作っていた。

 花に引っかかる程度に小さなものではない。彼女の頭にのるくらいの大きさのものを、向日葵にかける。


 すぐ落ちてしまいそうだけれど、それでもよかった。

 それすら彼女を傷つけた私に望む権利すらない。

 私と彼女は一生顔を合わせることはないのかもしれない。

 それでも私は許さない。


 彼女が誰かの色に染まるのを、絶対に許さない。


 ふと、後ろから足音がした。


 ――誰か来た?

 そんな筈はない。だってここは私だけの場所。私だけの――。


 振り返ると、そこにいたのは学園の制服を着た彼女だった。


「……」


 驚きすぎて、言葉が出ない。

 これも、魔法なのかしら。


 けれど、私は彼女にこんなところ見られたいなんて望んでいない。

 ここには、誰にも見せられない私しかいない。


 それなのに、彼女は、私の知らない顔でほほ笑みながら、その手にある本を見せてくる。


「まだ、恋物語が好き?」


 その声は、幼い頃とは違う。けれど、王太子の近くでいつも聞いていた彼女の声だ。

 私が何か言う前に、彼女はどこからかまた本を取り出す。


 それは全て、十二年前二人で読み合いをしていた恋物語の本だった。


 何か言おうと思ったのに、何も言葉にならない。

 向日葵の下で座り込んでいる私を見下ろして彼女は笑う。


「お姫様には王子様がいいって、よく言っていたわよね」


 言った。だって、お姫様は素敵で、王子様も素敵で。素敵な二人に幸せになってほしかったから。

 でも今の私はどうなのだろう。

 素敵な彼女と、素敵な王太子を見て、私は。


「勇者様もいいって。身分差って素敵って。まだ可愛く夢見ているの?」


 夢を見ていた。

 けれど、男爵家の娘である彼女と、王太子である彼を見て私は夢を見た?


 何も言えない。

 何を言っていいかわからない。


 そんな私の前で、彼女は手の中の絵本を魔法で燃やした。


「あ」


 思わず声が漏れる。

 見ればわかる。表紙の傷も、本の古さも、全てあの頃彼女と読んだ本だ。いつの間にかなくしていた本。


 燃えちゃった。

 彼女との思い出が。


 彼女は私の近くまで来ると、燃えたままの本を向日葵に近づけた。


「やっやめて!!」


 思わず本を彼女の手から叩き落としたが遅かった。

 彼女の意のままに動く火は、本と向日葵だけを綺麗に燃やし尽くす。

 僅かな灰の中、シロツメクサの花冠がぽとりと落ちた。


 私の、テレーゼが。


 無我夢中で灰をかき集める。

 だって私にはこれしかない。

 これしかないのよ、テレーゼ。


 けれど僅かな灰は、私の手を汚すだけ汚して、風に攫われて消えてしまった。


 頬を何かが伝う。

 私は立ったままの彼女を見上げて、祈るように言った。


「わたしたち、親友よね……?」


 昔は、嫌々ながらも笑顔で答えてくれた彼女は、とても美しい笑顔で言った。

 その瞳には嘘なんて欠片もない。媚びも、同情もない。


「そんなわけないじゃない」


 それは、間違いなく彼女の真意だった。




Side:T



「わたしたち、親友よね」


 私はやっと気が付いたよ、エリーゼ。

 貴女のその言葉が嘘だってことに。


 私には前世の記憶がある。

 生まれる前の記憶。そこで私はこの世界に酷く似たゲームをやっていた。


 魔法が使える者なら皆通う魔法学園で、私ことテレーゼが色んな男性に囲まれて恋愛をするというゲーム。

 その中でエリーゼは、王太子を恋愛対象にした場合の敵と言っていい。

 身分不相応にも王太子に近づく私にあらゆる手を使って邪魔してきて、最終的に婚約破棄される。

 ただし、王太子への好感度が足りないと、私はエリーゼに殺されるのだ。


 死にたくない。


 それだけで私は彼女に近づいた。

 母が彼女の母と友人だということを使って、彼女の友人になろうとしたのだ。

 そうすれば情に絆された彼女が私を殺すことはなくなるかもしれない。


 ゲームの中の彼女は、プライドが高く、扱い辛い女といった印象だったけれど、現実の彼女は違った。

 それもそうか。今の彼女は五歳児だ。


 ただ何歳でも女は女。彼女は色んな恋物語を持ってきて、私に読み聞かせた。

 別に私も字くらい読めるけどね。

 何でだろう。彼女が楽しそうに読んでくれる時間が好きだった。


 ある日、花畑に行くと、シロツメクサがたくさん咲いていた。

 見たことないとはしゃぐ彼女が可愛くて、シロツメクサで花冠を作った。後で知ったが、この世界に花冠はなかった。

 迂闊だったと思う。

 異端であることを見せつけてしまったと気が付いたころには、彼女が見様見真似で花冠を作っていた。

 不格好なそれを私の頭にのっけて、彼女は笑った。


「テレーゼすごくきれいよ。お姫様みたい!」


 怖かった。


 王太子と一緒になったら、私は確かにお姫様だろう。

 でもその道の先には、貴女に破滅させられることもある。


 お姫様みたい?よく言うわ。本当にお姫様みたいになったら殺すんでしょう、私のこと。


 たった五歳の女の子が憎かった。怖かった。

 私は彼女の機嫌を損なわぬよう、彼女に何でも教えた。


 恋物語に出てきたこの国にはない花を紫陽花だと教えたり。

 シロツメクサの名前を教えたり。花冠の編み方を教えたり。

 聞き飽きた恋物語も何度も聞いた。

 彼女の可愛い夢物語みたいな恋話も聞いた。


 付き合えば付き合うほど、彼女はただの女の子でしかないとわかる。


「雨の日は嫌いだわ。テレーゼと遊びにいけないんだもの」


 そう不貞腐れる彼女に、私は「晴れの日の方が好き?」と聞く。

 彼女は「ええ」と無邪気に笑った。


「だって晴れていると向日葵が上を向くの」


 なんじゃそりゃ。


 理解できないという私の思いが伝わってしまったのか、彼女は恥ずかしそうにもじもじし始める。

 な、なに。なにその見たことない様子は。

 まるで恋する乙女じゃない。


 幼くふっくらした頬から耳まで真っ赤にした彼女は、私から目を逸らして、彼女らしくもなくぼそぼそと言った。


「わ、わたし、初めてあなたと会ったとき、向日葵みたいって思ったの。明るくて、綺麗で、可愛くて、だからその、あなたが笑っているみたいで、その、上に向いている向日葵が見られるから……」


 なんじゃそりゃ。


 向日葵みたい?

 確かに私は金髪だが、金髪といえばバカというイメージが強かった私からすれば、正直この髪色はあまり好きじゃない。まあ育てば変わるかもしれないし……。いや、ゲームでも主人公は金髪だったな。少なくともあと十数年は金髪のままか。やれやれ。

 それに明るくて綺麗?可愛い?

 全部あんたのことじゃない。


 何だか顔が熱い。

 たかが恋に恋する五歳児に惑わされてどうする。

 前世で何歳だったか、どんな生活を送っていたかなんて思い出せないけど、たった五歳の子供にこんな思いをするって倫理的にどうなんだろう。

 それ以前に、同性だし。相手女の子だし!


「わたしは、曇りの方が好きですけどね」


 気が付けばそう返していた。

 テンパッていたと言ってもいい。だってなんかもういたたまれなかったから。


「……なんで?」


 さっきまで顔を背けていたくせに、覗き込んでくるエリーゼは何なんだ。本当に五歳児?いや私が言えたことじゃないけどさ。


「だって、空にはエリーゼがいないじゃない。曇りならあなたが見える」


 言ってからもっと居た堪れなくなった。

 何言ってんだ私は!五歳児の幼女を口説いてどうする!

 いや私も今は五歳児だけどさ!


 私を覗き込んでいた彼女の顔が、今度こそ真っ赤になる。

 そっぽを向いて、らしくもなく足をばたつかせた。

 可愛いな。いやいやいやいや、そういう意味でなくて。


 それから彼女はやたら曇り空を見るようになった。

 侯爵家らしく立派な窓を開いて、侯爵家のお嬢様らしからぬ肘をついた体制で。


「何を見ているの?」

「空」

「そのくらいわかるわよ」


 よいしょ、と隣で一緒に肘をついて空を見上げる。

 雲の合間から光がさしていて、もうすぐ晴れそうだった。

 これはいい。彼女は晴れが好きだと言っていたしな。うんうん。

 しかし彼女は「あ……」と残念そうに肩を落とした。


「……雨、降りそうにないし、お花畑いく?」

「……今日はいい」


 何故そんな悲しそうな顔をするのだろう。

 晴れもお花畑も大好物じゃないか。


 ううーん。なんかこう乙女趣味なものはないものか。

 ふと空から一筋の光がこぼれていることに気が付いた。


「天使の梯子……」

「え?」


 お、ひっかかった。

 私はここぞとばかりに、また異世界の知識を披露した。


「あの光。天使の梯子っていうのよ。天使があの光を使っておりてくるの」

「羽あるのに?」

「あ」


 言われてみれば確かに。羽あるなら飛べよってなるよね。


「き、きっと飛ぶのも大変なんだよ!ずっと走ってると疲れるじゃない?そんな感じで……」


 言ってから気が付いた。これすっごい夢がないわ。

 けれど彼女は、「そっか……」と少し嬉しそうに微笑む。


「梯子があるならわたしでも空に行けるね」

「え」


 ついていた肘を崩して、ウインドウベンチに頬をのせて私の方を見る。

 その顔はとても嬉しそうだ。


「そうしたら晴れの日でもテレーゼが見てくれるわ」

「……」


 どうしよう、五歳児に口説かれている。

 そして可愛い。めちゃくちゃに可愛い。


「……わたしは向日葵じゃないよ」

「うん。向日葵よりあなたがすき」


 どうしよう。ロリコンのレズとか業が深すぎないか?

 でもどうしようもない。感じたことない衝動のまま私は答えた。


「わたしもすきよ……」


 「えへへ」と嬉しそうに笑うあなたが何よりも愛おしい。

 こんな気持ちは初めてだ。



 思えば私が恋愛もののゲームなんてやっていたのは、恋愛感情というものがわからなかったからだ。

 恋愛ものにも興味なかった。なくても生きていけるし、むしろ恋愛で振り回される連中を見下していたような気がする。

 ああ、でも、なんていうか、これはたまらない。

 彼女になら何をされても構わないと思わされている。


「恐ろしいなあ」


 何よりも怖いのは、彼女になら殺されてもいいかも。そんなことを思わされていることだ。


「何がこわいの?」


 おっといけない。

 今は彼女といつもの花畑にきていた。

 何でも器用にやる彼女だが、花冠は未だにへたっぴだ。それも可愛いけど。あー、また精神汚染されている。


「なんでもない」


 慌ててシロツメクサを摘む。

 ぷちり、ぷちり、と千切っていた手がの上に同じく小さな手が重ねられる。


「エリーゼ……?」


 彼女は真剣な顔で、私の手を弱弱しく触れた。


「ねえ、テレーゼ……」


 声は幼い少女なのに、そう感じられないほど感情が篭っていると、恋愛感情がわからない私でもわかる。

 持っていたシロツメクサが、ぽとりと落ちた。

 小さな手が恐る恐るといった体で私の指に触れ、気が付けば私はその指と指を絡ませていた。これじゃ恋人繋ぎじゃない。

 下にあるシロツメクサが潰れない程度に力を籠めると、彼女も同じくらいの力で握り返してきた。


 心臓の音がうるさい。

 相手は五歳児。恋に恋する女の子。

 それにこの世界は女の子が男の子と恋愛する為の世界だ。

 適当に誤魔化すのが彼女の為……。それに彼女と恋愛関係にでもなってみろ。万が一王太子なんかと一緒になりそうになったらゲームよりも先に刺されそうだ。


 まあ、それもいいかも……。いやでも彼女が悲しむ顔は見たくないな。怒る顔ならちょっと見てみたいけど。


 繋いでいない方の手に握られた作りかけの花冠を彼女が握る。

 ちょ、ちょっとこれ、キス圏内じゃないですか。まだ早いって!私たちまだ五歳だし!もっと育ってからでも……!


 頬を染めた彼女の小さな唇が開いた。



「わたしたち、親友よね」



 妄想が駆け巡り大暴走していた頭に冷や水をぶっかけられた気分だった。


 そう、この世界は女の子が男の子と恋愛する為の世界。彼女は私のことを恋愛対象と思うわけがなかった。

 知っていたのに。わかっていたはずなのに。

 というか五歳児ですよ?同じ女の子ですよ?


 なのに私は、彼女に恋をしてしまった。


 今度は失望と恐怖が心の中で暴れまわる。

 私は彼女に好かれていると思っていたのに。

 ここで試しに告白してみる?でもそれで引かれたら?怖がられたら?

 いや、嫌われたら……。


 そんなの最悪だ。


「うん」


 何とかそれだけ答えて手を放す。

 彼女の顔は見られなかった。見たくなかった。


 私はとんだ道化だ。

 恋物語を読んでいるときの嬉しそうな顔を見れば、恋話大好きな様子を見れば、彼女が素敵な王子様を待っていることなんて丸わかりじゃない。

 そして彼女には、本当に素敵な王子様が待っている。


 私が、王子様に勝てるわけがなかった。




 間もなく、彼女と王子様の婚約が発表された。

 母は「もう遊びにはいけないわ」と言った。そりゃそうだ。ただでさえ権力大好きなエリーゼ父の目がないうちに遊びに行っていたのだから、本物のお姫様になろうとしている彼女に、ギリギリ貴族みたいな私が会えるわけもない。


 手紙でも、と思ったが、何を書けばいいのかわからない。

 また遊びましょうとか?もう遊べないのに。

 ゲームの通りなら、彼女は今お姫様になるための修行中。私なんぞに構っている暇はない。


 ふと空を見上げた。

 雨が降りそうな天気だな。

 そういえば、彼女は自分のことを紫陽花みたいな花だと言っていたことがある。実際に見たこともないくせに。いや私もこっちの世界に来てから見たことないけどさ。

 けれど、本の通りならきっとそう変わらない花だろう。


 紫陽花の花に見える部分は、本当は花じゃない。萼だ。本当の花はその奥にある小さなつぼみみたいなところである。

 慎ましく見せて中に花を隠し、その花も更に慎ましいなんて。その花を手に入れたい者からすれば何とも厄介なものだ。

 ころころ色を変えてしまうなんて、まるで恋に恋する乙女だ。

 案外彼女の推察も間違っていないのかも。


 それでも梅雨の時期の紫陽花はとても綺麗だと私は思う。

 それをわざわざガラスで表現している紫陽花畑を見たときは、感嘆したものだ。

 たかが濡れている花というだけなのに、こんなに綺麗に見えている者もいるのか、と。


 きっと、今見たらもっと綺麗に見えるのかもしれない。

 いや、この世界のどこに紫陽花があるかなんて知らないんだけどさ。


 彼女も。エリーゼも、どこで何しているかなんて私は知らない。知ることができない。


 きっと王子様とキャッキャしているのだろう。ゲームでの彼女は、わかりやすいほど彼に惚れていたし。

 最悪私のことなんか忘れているかも。いや、忘れているだろうな。五歳のときの友人なんて覚えている方が稀だ。ましてや私みたいにご機嫌とりしかしてこなかったヤツなんてさ。


 魔法学園に行ったらそんな彼女に殺されるのかあ。


「気に食わない……」


 男爵家の屋敷にあるシロツメクサを睨みながら呟く。

 せめて私のことを、私個人に執着した彼女に殺されたい。


 正直、魔法学園に行かなければいいだけの話なのだが、先日くしゃみしたら家中の花瓶を割ってしまい、魔法適正があるとバレた。こんなバレ方ってある?と思ったが、幼い子の魔法なんてそんなもんらしい。ならもっと幼少期から教えないと危なくないか?この力。

 父からは「ついでに嫁入り先でも探してこい」と言われ、唯々諾々と進学の手続きを進めた。

 魔法学園に行ったからといって王太子とくっつくわけでもないし、別に進学するくらいいいだろう。力の使い方も覚えないと大変だろうし、何より義務らしいし。


 ……嘘だ。本当は彼女に会いたい。


 きっと素敵な女性になっているだろう。

 いや、ゲーム通りプライドつよつよお嬢様かも?

 けれど彼女が頬を染めるところを私は見てしまった。あの気高いお嬢様が、一人の女の子になるところを私は見たい。

 できるのなら王子様なんかじゃなくて、私の手でその頬を染めさせたい。

 プライド高くお嬢様している彼女が、私の前だけでは恋する乙女になる。うーん、最高に可愛いな。


「よし!」


 恋愛ゲームなんて知るか。私は彼女に、エリーゼに会いに行くために、学園へ行こう。

 もう恋愛脳なんて他人をバカにできないな。




 そして、桜舞い散る中、私はゲームのオープニングを迎えた。

 制服もゲームで見た通り。前の世界では絶対にないだろってデザインはやっぱり二次元だな。いや三次元なんだけどさ。


 さて、問題は私がゲームの内容をほぼ忘れているということだ。

 なんだっけ?入学式前に誰かと何かあるんだっけ?


 そんなことを考えているうちに誰かにぶつかられた。

 何だ?立ち止まっているところぶつかってくるとか当たり屋か?


「すまない、よそ見をしていた。花があまりに美しいもので……」


 見上げると、そこには何だかどこかで見たことがあるような顔がいた。

 ……誰だっけ?


 目が合うと彼の顔が少し赤くなる。うわ、何かやな予感。


「えっと、君の名前は?」


 知るかお前が先に名乗れ、と言い返したいところだが、今の私は仮にもお貴族様。そんな口は聞けない。それに先にこちらの名前を聞いてくるということは相当お高い身分の方なのだろう。

 こちらの世界では、身分の低い者から名乗るのが礼儀だ。ふわっとしたマナーだが。


 その時ふと、彼のことを見ている視線に気が付いた。


 彼女だ。エリーゼだ。

 身長が伸びている。ゲームの通り……というより、五歳の頃の彼女を素敵な女性にしたって感じ。ゲームより素敵かもしれない。

 思わず目の前の男を押しのけて彼女を追いかけようとしたが、彼女の周りにはたくさんの女性がいた。

 おそらく取り巻きだろうが……。何故だろう。モヤる。


 まあでも?私は親友らしいし。いくら友人が増えようと私が一番に決まって……いないな。

 五歳のときの記憶なんて膨大な思春期の記憶や感情に勝てるわけがない。


「あれ?もしかして私のことを知らない?」

「え」


 あ、彼女のことを考えすぎて目の前の彼のことを忘れていた。

 慌てて名乗ると、彼はようやく名乗ってくれた。なるほど、この国の王子様だったらしい。

 ならその偉そうな態度にも納得がいく。なんていったって偉いんだもの。


 ということは、彼がエリーゼの王子様ということか。

 そして私の死亡フラグでもある。


 まったくいいイメージがない。


「学園内では身分差もない。カールと呼んでくれ」


 カレー味が好きだったな。


「はい、カール様」


 にっこり微笑むと、彼は嬉しそうに笑う。

 彼女とは全然違う。可愛くない笑顔だった。



 それからスナック菓子王子は、事あるごとに絡んできた。

 何なんだコイツ。婚約者いるだろう。それも世界一可愛い婚約者がよ。


 と言っても、私も今の彼女には近づけていない。

 身分の差がないならガンガン行こうぜ計画を立てていたにも関わらず、彼女は私を避けているようだった。


「さみしー……」

「何が寂しいんだい?」


 うわっと思わず叫びそうになるのを押し殺す。

 また出たよ、スナック王子。どうせなら彼女に付きまとわれたい。せっかく同じクラスかつ自由席にも関わらず彼女の取り巻きのせいでろくに近寄れない。

 寧ろ私は着々と嫌われているようであった。

 理由は簡単。隣にいるスナック王子のせいだ。


 婚約者のいる貴族にちょっかいを出す身の程知らずの女。それが今の私。


 順調にゲーム通り……なのだろうか。思い出せない。

 ちゃっかり隣の席を確保する王子に「友人がなかなかできなくて」と適当に返す。

 別に友人なんていらない。彼女の傍にいたいだけ。

 彼女の様子からして、私のことを忘れているようには思えない。希望的観測かもしれないけれど。だが、避けられる覚えがない。彼女なら、私の知っているエリーゼなら飛びついてきて「会いたかった!」って言ってくれそうなのになあ。


「なら私が何とかしよう。今日、生徒会室に来られるかい?」

「はい?」


 聞き返したつもりだったのだが、スナック王子は肯定と捉えたらしい。


「ならよかった。私が紹介できる女生徒がいる。彼女なら君に友人を作ってくれるだろう」


 スナック王子が紹介できる女生徒?

 一年なのに生徒会室って何だよとか一瞬でどうでもよくなった。

 それすなわち彼女じゃなかろうか。


「行きます。何をおいても」

「ふふ、そんなに友達がほしいなんて。やっぱり可愛いね」


 また嬉しそうに笑う王子様。

 きっと私も嬉しそうにしているだろう。だって、彼女に会えるのだから。




 放課後、生徒会室に行くと、スナック王子以外にお偉い方々が集まっていた。ゲームの中で交流のあった生徒たちだ。きっと王子の取り巻きだろう。何かヒール履いている人いるけど。キャラ濃いな。

 皆ニコニコと出迎えてくれた。

 それもそうだろう。流れで何となく話したことのある人ばかりだ。揃いも揃って顔がいい。そりゃこんなのに囲まれていれば女性の敵になるわけだ。


「彼女はいついらっしゃるのですか?」

「もうすぐ来るはずだ」


 それまで座っているといいと言って席を勧められる。お茶も出されてしまった。

 お茶を出してくれたハイヒールの男子生徒は「これはオマケね」と言ってクッキーも出してくれた。

 だが間抜けにクッキーを齧った状態で彼女と再会したくない。

 お礼を言いつつもそのまま座っていると、ハイヒールの彼は「そんなに緊張しなくてもいいのに」と笑った。何か女性的だな。

 まあお茶くらい飲んでもいいかと口に含んだ瞬間、耳元でやたらいい声が囁いた。


「初恋の人を待っているわけでもあるまいし」

「ぶっ!」


 思わずお茶を吹きかけた。

 「あらま」とか言っている彼が面白そうに笑ってから、すっと真顔に戻る。


「どうりで、カールに靡かないわけね」

「何のことでしょう」


 カレー味がなんだって?チーズ味のがいいとか?

 だが、彼?には誤魔化しがきかなかったらしい。


「ま、僕個人的には応援したいんだけどね。彼女はそうもいかないわ。諦めなさい」

「……」


 静かに、頭に血が上る。きっと一瞬だっただろうが、感覚的には十分くらいかけてゆっくりと私はキレた。


「よく動く舌ね」


 自分でも驚くくらい低い声は、目の前のハイヒールくんにしか聞こえなかったらしい。

 彼は顔を顰めて「……あんた、狂ってるわよ」と言った。どうやら意味は通じたらしい。

 狂ってる?言われんでも知ってるってーの。

 私が彼女に狂っていることくらい。五歳児に丸め込まれて恋愛脳になっちゃていることくらい。


 スナック王子が「二人で何こそこそ話している」と言うと、ハイヒールはにっこり笑って「なーいしょっ!やっだー、嫉妬?女々しい~」と煽った。

 美男子たちが学生らしくキャッキャしている光景は見る者が見れば眼福だったのだろうが、生憎私の興味は彼女だけだ。


 いつ彼女が来るのかなあ、と思いつつ、お茶を眺めているとノックの音が響いた。


「殿下、エリーゼです」

「入れ」


 彼女の声だ!

 扉が開かれ、そこにいたのは、やはり彼女だった。


 瞬間、ぶわっと感情がこみあげてくる。


 会いたかった。話したかった。内容は何でもいい。あなたの大好きな恋の話でも、何なら紫陽花がどれだけ綺麗な花か話すのもいい。一緒に授業を受けて、前みたいに私の前で笑ってほしい。できるなら、また一緒に花畑で手を。その可愛い手を取って、空を見上げたい。

 そして、好きって。愛しているって、今度こそ言えたなら。


 私は、あなたに殺されてもいいよ、エリーゼ。


 ふと王子の声が聞こえた。


 あ、そうだった。

 ここは、女の子が男の子と恋愛をする世界だ。


 ……なら一緒に死んじゃうのもいいかもね、エリーゼ。


 彼女が部屋に入ってくる。

 五歳の頃に比べて動きの一つ一つが、何というか嫋やかで。凛とした雰囲気の女性になっていた。

 見て、こっちを見て。


 しかし、彼女はこちらを見ない。

 視線を追えば、そこにいたのは、王子様だった。


 あー……。そうなんだ。

 彼女は私のことを忘れて、王子様に夢中なお姫様になっちゃったのか。


 私はこんなにあなたのことを求めているのに。


 王子が「紹介する」と言って起立を促されたので、立ち上がって彼女を見る。

 ああ、ようやく目があったね、エリーゼ。


 しかし、彼女の瞳からは何も読み取れない。

 あんなに雄弁だった彼女が、何も言わない。

 そっか、身分の低い方から名乗らなければならないのか。


「初めまして」


 何てことはない。彼女が本当に私のことを忘れているのか確認する為に言ってみただけだ。

 感じたのは、激しい怒りだった。

 王子様の友人が女というだけの敵意なのか、それとも私に忘れられた屈辱なのか。判断つかないな。


 彼女は淑女らしく一瞬で表情を笑顔に切り替え、挨拶をし返してくれる。

 これは判断がつかない。忘れているのなら、初対面でここまで嫌うだろうか。それともゲームのせい?


 もう少し話してみたかったが、彼女はあっさり退室してしまった。

 私に友人を作ってあげるという目論見が外れた王子はしかめっ面だ。彼女が自分の想像通りに動かなかったのが不満なのろうか。

 いやあの言い方で友達になれるわけないだろ。貴族って面倒だな。


 まあ彼女がいないなら、この生徒会室にも用はない。

 王子に挨拶をして退室しようとすると、王子は「すまない。あの女は愛想が悪くてね。君のような素敵な女性には相応しくなかったようだ」と言った。私にはめちゃくちゃ愛想よかったですけどね。何が王子様だコイツ。ただの最低男じゃん。


 適当に返事をしてさっさと退室する。あんな男と一秒だって同じ空気を吸いたくない。彼女は少なくとも十年はあの男の為に人生を捧げた筈なのだ。それを何?愛想が悪い?


「滅多なこと考えるんじゃないわよ」


 振り向けば、生徒会室の扉を封じるように寄り掛かったハイヒールがいた。


「何のことですか?」


 もう話しかけないでほしい。王子の仲間ってだけで手が出そうだ。

 しかしハイヒールは、無表情で続ける。


「エリーゼのことよ。彼女はカールのものだわ」

「……」


 微笑みでごまかすが、彼?が引く気配はない。

 しつこいな。さっき首突っ込むなって言ったの忘れたのか?

 それとも、私が女だからと舐めているのだろうか。女性主人公の恋愛ゲームで男尊女卑とかあるのか?まあ私の記憶にある恋愛ゲームなんてここだけだけれど。

 ええい、めんどくさい。


「例えば?」

「はい?」


 直接聞いてみれば、先ほどまでの察しの良さはどこへやら。怪訝な顔をされた。しかめっ面がしたいのは私の方なんだけどなあ。


「例えば、何をするというんですか?」

「何って」


 ハイヒールがたじろぐ。


「誰が、誰に、何をするというのですか?もしかして私が彼女を傷つけるとでも考えています?」


 笑顔のまま問い詰める。

 大体私だって何をするのかわからないのに、この部外者に何がわかるというのよ。


「相当恋愛話がお上手なようですけれど、あまり関係ないことに口を出すものではありませんわ」

「関係なくはないでしょう。僕はカールの側近なんだから」

「そうですか。でも気をつけてくださいね。余計な口出しをすると、二度と口がきけない身体になってしまうかもしれませんから」


 脅しのような言葉が出たことに、私も驚いた。

 正直、彼女以外の存在なんて割とどうでもいい。死んでいようが生きていようが。

 あ、そっか。だから別に殺してもいいのかもしれないわね。


「……悪いけど、エリーゼには貴女のこと伝えておくから」


 憎々しげに言われた言葉に、心の中でラッキーとほくそ笑んだ。


「ええ、是非お願いします。彼女、私のことすっかり忘れちゃっているみたいなので」


 記憶は木のようなものだと聞いたことがある。

 枝が一つ揺れれば全体に伝わって思い出すかもしれない。

 彼がそれをしてくれるというのなら大いに歓迎だ。


「やっぱり知り合いなのね」


 それを今から確かめるのよ、黙って引っ込んでいろ部外者。




 それから何日かたって、私は未だ彼女に接触できていなかった。

 王太子がくっついてくるので適当に相手していれば彼女に会えると思ったが、彼女は神出鬼没で、見つけたと思えば見失ってしまう。


 ある日、彼女が林から出てくるのを見かけた。

 学園の端も端。舗装もされていない場所だ。せっかく綺麗な靴が汚れてしまいそうなのに、何故こんなところにいるのだろう?

 後を追いかけたが、彼女はすぐ取り巻きたちに囲まれてしまい、声がかけられなかった。


 なら林の方を探ってみようかな?

 何かしらの情報があるかもしれない。


 そう思い林に足を踏み入れたが、案外この林、狭い。すぐ学園を囲む壁についてしまう。

 やっぱり何もないか。

 肩を落として振り返ったとき、そこにあったのは、一面のシロツメクサだった。


「あ、魔法か」


 そういえばゲームでもそんな設定があった。

 攻略対象の男と一定まで好感度あげると入れる空間だ。キャラクターそれぞれでデザインが違った気がする。まあどれがどれかなんて覚えていないが、この光景は見たことがない。


 地面を覆いつくすように生えているシロツメクサと、年期の入ったベンチ。


「このベンチ……」


 見覚えがある。これは確か、彼女の家の庭にあったものにそっくりだ。年期はだいぶ入っているが、間違いない。

 晴れの日には、ここで二人して恋話したっけ。


 ふふ、と思わず笑みが零れる。


「何よ、やっぱり覚えてるんじゃない」


 いや、ちょっと待てよ?

 じゃあ何で私は知らないふりをされているのだろう。

 確かに彼女は王子様の未来のお嫁さんで、私はただの男爵家生まれの女。身分の差がある。

 けれど、この学園内ではそれがない。

 だからこそ私は彼女に会うためにここへ来たのに……。


 ぱさっ。


 後ろで何か落ちた音がした。

 振り返ると、そこには何故今まで気が付かなかったのか不思議なほど歪に向日葵が一輪だけ立っていた。


「うわ、不気味……」


 まるで限りなく近い造花のような向日葵だ。あー、これが不気味の谷ってやつ?

 近づいて触ってみようとして、ふと向日葵の足元にシロツメクサの花冠が落ちていることに気が付いた。


 あの頃、彼女と作った花冠だ。

 僅かに上達しているようだが、まだところどころ編み方が甘い。いや、ずっと作っていなかったにしては、なかなかの出来だ。

 つまりそれは、彼女が私との思い出を繰り返し思い出していたことの証左とも思えた。


「……上手になったのね、エリーゼ」


 胸がぽかぽかする。

 きっと、ここで作ってくれたんだ。嬉しい。

 花冠が崩れないようにぎゅっと抱きしめる。この世界で、私だけの花冠。


 でも何でこんなところにあるのだろう?何よりこの不気味極まりない向日葵はどういった心象風景?


「あ」


 そういえば彼女は私のことを向日葵のようだと評していたっけ。

 となればこの不気味な植物らしくない向日葵は私ということなのだろうか。


 種は一粒しかついていないし、日はてっぺんにあるのにまっすぐ前を向いている。気持ち悪いな。彼女は何を思ってこんなものを出したのだろうか。

 試しに葉を触ってみる。うん、感触は本物っぽい。


 そういえば、前世でひまわりばっかり書いていたらしい画家がいたな。

 何でひまわりばっか描いていたんだっけ?

 うーん……。


「思い出せないなあ」


 ふと手の中にある花冠が目に入る。


 ま、どうでもいっか。


 彼女が、私を忘れていなかった。それだけで今の私には充分だ。

 けれど何故だろう。この不気味すぎる向日葵は好きになれそうにないわ。



 それから私は定期的に林の中へ行くようになった。

 不気味な向日葵は相も変わらず前方しか見ていないし、一つしかついていない種は何故かまったく取れない。まるで根っこを生やしているように頑としてとれない。


 まあ私の目的はそれじゃないんだけどね。


 行くたびに、向日葵に小さな花冠がついている。

 落ちないように小さくしたのだろう。腕くらいの大きさだ。


 するとやっぱりこの向日葵は彼女にとっての私なのかもしれない。


 じゃあこの頑としてとれない種は何なんだろう。

 彼女の思い、だったりして。


「ふふっ」


 何それ、めっちゃ可愛い!

 早く彼女に伝えたい。そんな不気味なものじゃなくて、私に直接ちょうだいって。


「エリーゼ……」


 ああもう何でここに紫陽花がないのだろう。

 まあ彼女が作り出した風景だろうし、彼女が知らない花は生み出せないのかもしれない。

 いや、だったら私の気持ちもちょっとは反映してくれないのかなあ。


「ま、いっか」


 魔法で作られた幻想なんか、現実の彼女を目の前にしたらゴミも同然だ。

 私はシロツメクサの花冠を持って、その場を後にした。



 そして時は流れ、彼女とはろくに交流もできないまま二年生へと上がった。

 相変わらずスナック王子はうるさいし、いつの間にか私と王子が恋仲と言われるようになっていた。


 どうしてこうなった。


 確かにやたら休日の時間を奪われるようになっていたが、そこまで仲良く見えるかな。相変わらずハイヒールは口元だけ笑って親の仇みたいな目で私のことを見てくるし、その他の男は……忘れちゃった。そもそも気にしていないのよね。


 ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、彼女の憧れの王子様と仲良くしていたら、彼女の怒った顔が見られないかなと思ったけれど、騒ぐのは彼女の周りばかりで、彼女は私と目を合わせてもくれない。

 魔法で保存している花冠は、今や部屋を覆い尽くすようにあるのにな。


 確か、私がゲームで殺されるのは早くて二年生の終わり。

 あと一年もない。


 彼女は、私のことをどう思っているのだろう。


 ある日、古びたベンチで花冠を見つめていると、足に何かが当たった。

 覗き込むと、そこには木箱が置いてあった。この世界では段ボール代わりに使われるアレだ。


 何だか彼女にそぐわないし、私の記憶にもない。

 ということは彼女が持ち込んだのだろうか。


 引っ張り出して蓋を開けようとしたところで、ふと脳内にプライバシーという言葉が浮かんだが、まあこの世界にないわよね、きっと。うん。少なくとも私にはない。


 蓋という名のただの板を開けると、中にはアクセサリーが一つだけ入っていた。


 何だこれ。

 拾い上げて見て見ると、髪の毛が数本ついている。ああ、これ髪飾りか。それでこの髪は……私の髪?


 そういえば、数日前、授業中髪の毛が邪魔だと思っていたらいつもの如く隣に居座っていた王子に何か付けられたんだっけ。

 その後、えらい剣幕の女子数名に囲まれてむしり取られたんだった。その時の物かもしれない。


 けれど何故それがここに?

 どうでもよすぎて見るまで思い出せなかったわ。


 考えてみると、私の髪の毛ごとアクセサリーを毟った子、彼女の周りにいた気がする。

 つまりこれは彼女が私から取ってこいと言って、ここに隠したもの……なのかな?


 うーん、何か釈然としない。


 アクセサリーをよく観察してみる。

 うちの家では到底買えないようなお高いものだということは素人目でもわかる。何て物渡してくれるんだ、あの王子は……。


 そこまで考えてようやくわかった。

 これはあの王子様の色だ。


 この世界では、思い人に自分の髪や瞳の色の物を贈る文化があったような気がする。となるとこれは、王子からのラブレターというわけか。

 それを彼女が奪った。


「……何よ、それ」


 ちょっと期待していた。

 私と同じとまでいかなくても、彼女も私に執着してくれているって。

 だってこんなに私との思い出でいっぱいの光景を見せておいて、期待するなという方が無理じゃない?


 でも結局彼女は王子様が好きなんだ。

 恋物語の王子様みたいに思っているのか。


 憎い。

 彼女が憎い。


 こんなにも私を縛り付けておいて、勝手に王子様と結ばれる彼女が憎い。

 何よりも、あんな素敵な彼女を縛り付けておいて、私にゴマすってくるあの男が。


 何であんなのが好きなの?

 王子様だから?男だから?


 私はこんなにエリーゼのことが好きなのに。

 エリーゼだって、こんな不気味な向日葵作るほど私のことを意識しているくせに。


 ふと、不気味な向日葵が視界に入る。


「……思い出した」


 向日葵ばかり書いていた画家のこと。

 彼は確か、友人たちと明るく過ごせる屋敷を作ろうと黄色が多用される向日葵の絵を描いていた。けれど結局、友人たちは離れていって、彼は一人になった。


「思い出すんじゃなかった……」


 本当に。

 ただ彼女は友人を求めていただけなのかもしれないと思わされた。

 彼女にとって、私は向日葵で、王子様はラブレター代わりの綺麗な髪飾り。何よ、この扱いの差は。


 アクセサリーを箱に戻す。

 シロツメクサの花冠を持って、林を出た。


 アクセサリーなんてぶっ壊してやろうかと思った。

 けれど、それこそ彼女が憧れていた恋心の化身のような気がして、今壊すには惜しい。


 壊すなら、もっと徹底的に壊さないと駄目よね。


 中途半端に壊された恋心がどれだけこじれたのか、彼女に見せてやる。見せつけてやる。

 それで実感すればいい。

 エリーゼ、私が如何にあなたを愛しているかって。



「君に、ドレスを贈りたい。受け取って……くれるかな」


 スナック王子がわざわざ膝をついてそんなことを言ってきた。

 前世でも洋服を贈るのって脱がしたい的な意味なかったっけ。この世界でもプロポーズ的な意味だった気がする。


「婚約者の方は?」

「彼女も納得の上だ」


 はあ?

 思わずしかめっ面になりそうになるが、表情筋を総動員して困惑顔を作り出す。

 私が困っている風なのを察したのか、王子は立ち上がって私の手を握った。


「実は近くとある伯爵家でパーティがあってね。そこで君をエスコートしたい」

「……婚約者の方は?」

「無論、話は通してある。彼女は別の者と来るだろう。といっても面白みのない女だからね。おそらく彼女の父親がついてくるのではないかな」


 このままアッパーカットしたら怒られるかな。

 真顔でそんなことを考えてしまう。


「……やはり、彼女のことが気になる?君が言うなら、私は彼女と別れてもいい」

「は?」


 あ、声に出ちゃった。

 こいつ。こいつ彼女に選ばれておいて彼女を捨てるつもりだ。


 前世含めて初めての感覚が、すとんと自然に落ちてきた。

 もうコイツは消す。

 彼女の人生にいらない。


 すべては、彼女の――エリーゼのために。



 スナック王子をスナック感覚でちょろまかして色々聞いてみたところ、今度行われる伯爵家とやらは貴族派閥、つまり王子とは対立している派閥ということらしい。

 そんなところに婚約者じゃない女連れて行っていいと思っているのだろうか。

 敵地じゃないの?


 嬉しそうにドレスを贈ると微笑む王子に適当に笑っていると、その奥でハイヒールがえらいしかめっ面になっていた。……もしかして、彼も彼女のことが好きなのかな。

 自分の主にとられちゃったから諦めているとか?だから私に牽制してきたとか?

 いや、あまりに突飛すぎる考えだ。それに正直どうでもいい。彼女の心の中に彼は欠片も存在しないのだから。


 髪飾りを見つけた日から、木箱の中には色んな物が増えていった。

 万年筆にペーパーウェイト、手鏡、ハンカチ、ネックレス、髪留めその2……。

 全て王子の色だった。いやたまに差し色のように金色が入っているが、まあたまたまだろう。

 見当たるものばかりで、とはいえまあ、見せられなければ思い出せない程度のものばかり。


「……こんな物が大事なの?」


 向日葵に引っかかっている花冠に問いかけるが、当然答えが返ってくるわけもない。

 当然、どれもいい値段の物だが、彼女にだって揃えられるだろう。


 でも、そういうことじゃないのよね。

 エリーゼは、王子様からのラブレターが欲しい。ただそれだけなのよね。


 婚約者なのに。一番近くにいる筈なのに。たったそれだけの物ももらえないのに、彼女は王子様が好きなのか。


「でも残念」


 もうすぐ全部なくなる。

 かわいそうなエリーゼ。

 彼がいなくなっても、誰もあなたの傍にいなくなっても、私がずうっと傍にいるからね。




 数日後、家に贈られてきたドレスを見る。

 意識してみれば、これだけはっきりとした自己主張はないわね。


 彼の髪の色に瞳の色が入っている。列記としたマーキングだ。


「私は電柱かってーの」


 それに何より、もし私がいなければ彼はこれを彼女に贈っていたのかもしれない。

 一瞬これを着ている彼女を想像して、すぐに止めた。気分が悪いどころの騒ぎじゃない。最悪だ。


 ノック音の後、メイドが入ってくる。ドレスを褒めた後、「さすが王太子殿下ですね」と笑ったメイドに、ドレスを渡そうとして。「待って」と彼女を止めた。

 不安そうな顔をするメイドを無視してメイクポーチから香水を取り出す。

 私がいつも付けている香りだ。きっと私に近づきもしない彼女は知らないだろうけれど。


 それを数回ドレスに振りかけた。


 そしてメイドに渡す。

 見たこともないメイドに。王太子からなんて一言も言っていない、店から直接きたドレスを見て「王太子殿下」と言った彼女に。私が渡さないと見て少しだけ不安を見せた彼女に。


 流石侯爵家ね。男爵家に忍び込むくらいわけないか。


 ドレスと共に去っていくメイドを見ながら、私は心の中で無事香りがついたまま彼女に届くよう祈った。

 彼女が彼を思いながら着るかもしれないドレスに、私の香り。

 匂わせならこのくらいがお上品でしょう?お姫様。




 ドレスが無事我が家から持ち出された次の日。

 私はいつも通り林の中を歩いていた。

 シロツメクサ塗れの場所に出て、やはりというか、ドレスを見つけた。

 箱の蓋は最早意味をなしていない。ドレスふわっふわだもんね。

 引っ張り出してみると、ドレスからは香水の香りが微かにする。それ以上に彼女の香りが微かにした。


 あー……。やっぱり着たんだ。

 公の場で着られないのに?こんな私との思い出だらけの中で着たんだ。


 へー。ふーん。


 そこでふと、ドレスにシミができていることに気が付いた。

 雫のようなものが零れたのだろうか。水?いやこれは……涙?


「……っ」


 泣いたのか。

 こんな布切れに。こんな布切れを贈ってきてマーキングしているつもりの男の為に。


 こみあげてきたのは怒りとも悲しみともつかない。

 敗北感というのが一番強いのかもしれない。

 結局私は彼女の中でいつまでも王子様以下なんだ。


「ぶっ殺す……全員、殺してやる」


 彼女にマーキングしようとする奴らは全員殺す。

 彼女の心の中に住む、私以外を全員殺す。


 そしてシロツメクサの花畑を抜けたところで、私は一本の木と出会った。

 リンゴに似た実がなっている。林には何度もきたことがあるが、見たことがない木だ。


 殺意まみれの私の前に現れた実。

 思い当たるのは、童話に出てくる毒リンゴだ。

 確か、モデルになった木には本当に猛毒があったとか、聞いたような。

 それと同じ物とは限らないが、試しに実に触れてみたら、触れた箇所が燃えるように痛い。


 やはりこれは毒か。

 酒に混ぜれば、彼に飲ませるのは簡単だ。

 王族は毒に耐性があると王子が言っていたが、この学園では望んだ場所が出てくるという。きっとこの魔法のリンゴは王子を殺してくれることだろう。私の望み通り、できる限り苦しんで。


 敵対派閥だという伯爵家で事件を起こせば、派閥潰しの為に犯人は伯爵家の者になるかもしれない。


 まあならなかったとしても、どうでもいいことだ。


「たかが死ぬだけよね」


 彼女が汚されることに比べれば私の命なんて羽毛より軽いわ。




 パーティ当日。

 贈られたドレスを着ていない私を見て、王子はあれやこれや渡してこようとしたが、全て断った。

 せめてこれだけでもと渡された髪留めも、断る。きっとこれが彼の最後の贈り物になろうと私は受け取る気はない。

 王子様は気が付いていないようだが、今日の私はお姫様仕様だ。


 彼女の瞳の色のドレスに、彼女の瞳の色の髪留め。

 全て身に纏って気が付いたけれど、案外いい気分。彼女もこんな気分に浸りたかったのかもしれない。

 でもその為に泣いていちゃ、しょうがないじゃない。


 王子と一緒に入場した私に色んな視線が突き刺さる。

 中でも彼女を伴った男性、おそらくエリーゼの父だろう。彼の視線はかなり痛い。敵意むき出しだ。


 でもねえ。私とエリーゼを引き離したのはこのおじさんじゃない?

 エリーゼの父が少しでも理解があれば、私とエリーゼは仲良くしていられたのにね。


 でも残念。もう遅い。


 ウェイターから飲み物を受け取り、「毒見です」と笑って一口先に飲む。

 蜂蜜酒のようだ。というか今気が付いたけど、この国って未成年飲酒オッケーなのね。

 まあ甘い酒なら幸いとばかりに、私は魔法で見えないようにした腕を高速化させて蜂蜜酒にリンゴの果汁を混ぜた。


「とても美味しかったので、殿下も」

「え、でも……」

「あっ……ごめんなさい、私ってば。口をつけたものを殿下にお出しするなんて」

「いや、もらうよ。ありがとう」


 ちょっとした小芝居を挟んだ後、彼がグラスに口をつける。わざわざ私が口をつけたところと同じところに。

 私がいなかったら、彼女にもそうするつもりだったのかなあ。


 でも、もう終わり。


 薄黄色の液体を彼が一気飲みする。え、何で一気飲みと思ったが、前世で酒豪=強い男とか面白い意見をお持ちの方がいたなあと思いだした。


「あ」


 気が付けば、足元で王子が悶え苦しんでいた。

 周りの貴族たちが王子の名を叫びながら近寄ってくる。

 ちらりと伯爵らしき人物を見ると顔が真っ青になっていた。罪悪感くらいわくかなと思ったが、ちらりともそれらしき感情はわかない。


 私の感情、どうなっちゃたんだろー。

 雪崩の如く押し寄せる貴族たちに巻き込まれないようそっと後ろに下がる。

 彼女の父を見ると、パニックになっている貴族たちを納めようとしているようだ。その横に彼女はいるはず。


 泣いているかな。

 悲しんでいるかな。

 いや、驚いて動けないのかも。


 そう思っていつも通り視線が交わらない彼女の表情を見ようとしたところで、ぱちりと目があった。

 彼女と、視線が交わる。


 どうしよう。

 嬉しい。彼女が私を見てくれた。

 彼女の憧れの王子様がこんなに苦しんでいるのに、彼女は私を見ている。

 踊りだしたいくらいだったけれど、さすがに苦しんでいる王子様の目の前で踊るわけにもいかない。


 王子を運び出そうとする貴族が私たちの間に通り過ぎて視線が途切れる。

 次の瞬間にはもう彼女はこちらを見ていなかった。




 翌日、王子の訃報が知らされた。

 本来なら即死毒だったが、毒に慣らされた身体のせいで余計苦しむことになったらしい。

 ……と、ハイヒールが直接伝えに来た。


「犯人は貴族派閥かつパーティの主催だった伯爵家ということで、王家は遺恨をたつためにも遠縁までたどって赤子も殺す気よ」

「へえ、そうなんですか」


 男爵家のサロンでお茶を飲みながら相槌を打つ。

 今日は休日だから学園は休みだ。つまり林に行っても意味がない。こうして暇潰しにハイヒールの話を聞いていてもいいだろう。


「王宮の外には貴族派閥の軍も配置されていてね。どうやら伯爵は殿下を殺した混乱を狙って王宮を制圧するつもりだったみたい」


 へえ。じゃあどちらにしろ、王子の墓場は伯爵邸だったってことね。

 まあ確実性を求めるなら私がやった方がよかっただろう。何かしぶとそうだったし、あの王子。


「でもね、おかしいのよ。伯爵が言うには、殺すつもりじゃないタイミングで殿下が倒れたって。ねえ、どう思う?」

「私のような凡愚にわかるとでもお思いですか?」

「……どちらにしろ、王宮を攻め落とすつもりだったこと、殿下を殺そうとしたことには違いないわ。伯爵の、いえ、伯爵家にとってこの結末は当然のものだわ」


 ふーん。

 相槌を打とうにも言おうするもの全て不敬になりそうなので、私は黙ってサンドイッチを食べる。


「陛下もかなり感情的ね。一人息子を殺されたのもあるだろうし、王家に泥を塗られたこともあるのだろうし。けれど、赤子まで殺す必要あるのかしら」

「後顧の憂いを断つ為なのでしょう?未来の敵を無抵抗の内に始末する決断をされたのは素晴らしいことだと思います」

「……」


 ハイヒールは、汚物を見るような目でこちらを見てきた。

 そんな顔する為に来たのか。暇人なのかな。ま、側近相手だった主が死んでしまえば暇なのかもしれない。私にはわからないけれど。

 けれど。彼が何故私の家に突然やってきたのかはわかる。

 私に罪悪感をわかせようとしている。罪の意識を自覚させて、反省させようとしている。あるいは自白かな?主の敵討ちなのかな?

 証拠に、彼は先ほどからお茶にも菓子にも手をつけていない。

 そんなに警戒しなくても、毒リンゴなんて入っていないのに。


「……カールは、貴女を愛していたわ」

「そうなのですか。初耳ですね」

「っとぼけるんじゃないわよ!貴女宛に、あの子あんなに嬉しそうに贈り物を選んでいたのに……!」

「そう言われましても、私は何一つ殿下からの贈り物は持っておりませんよ」


 事実だ。私は彼からもらった物を持っていない。記憶にすら朧気だ。


「また殺すの」


 疑問形ではないように聞こえたので、とりあえず首を傾げる。


「エリーゼの父親は、あの侯爵閣下は野心家よ。絶対に次代王妃を娘にしたがる。次の王位継承権を持つ者は王弟殿下ね。エリーゼとは二十も離れているし、結婚もしている。エリーゼより年上の息子もいるわ。けれどきっと後ろ盾がすくない王弟殿下は侯爵閣下の申し入れを断れないでしょうね」

「ほう」


 二十年上云々はともかく、息子の方が気になるな。年が近いというだけで無駄に張り切りそうじゃない。


「それにエリーゼが輿入れしたら、今の第一夫人は第二夫人に格下げ。王家に彼女の居場所はないわ」

「へえ」


 彼女の居場所なんて、ずっとどこにもなかった。

 あのシロツメクサの花畑を見ればわかる。彼女には王子様と私しかいなかったのよ。

 そんなことも知らないのに、よく物知り顔で喋れるものだ。


 ……けれど、そうか。

 あの王子を消しても、彼女にとっての次の王子様が現れていては意味がない。


 まだまだリンゴの出番がありそうね。


「カールに、悪いと思わないの」

「何故」

「あの子は貴女を愛していたわ!」

「私は愛しておりませんし、そんなことすら知りませんでした。直接言われたこともありません」

「それでも気が付けたでしょう!?」

「……興味があれば、気が付いたでしょうね」


 本当だ。

 私は彼女にしか興味がない。だから彼女を傷つけるヤツの好意、いや、マーキング行為にも気が付いた。

 やっぱり私に恋愛ゲームは向いていないね。あんなにわかりやすかったのに、まったく気が付かなかったなんて。


「思わせぶりな態度で気が付いてくれというだけなんて……お上品すぎて下賤な私にはとても理解できません」

「でも貴女もエリーゼには伝えていないじゃない。彼女、怒っているかもしれないわよ。いいえ、きっと怒っているでしょうね。婚約者が殺されたんだもの」

「そうでしょうね」


 ベンチ下の贈り物を思い出して、思わず苦笑いを零す。結局私は王子様には勝てなかった。


「でも別に構いませんよ。どうでもいいと思われるくらいなら、嫌われた方がいい。そう、それこそ殺したいと思うほど憎まれたい」

「……全員が全員、そういうわけじゃないわ。当然エリーゼだってそうよ」

「そうなんですか」


 どうでもいい。私には彼女だけだ。

 ハイヒールに言われるまでもなく、私はわかっているのだ。これが如何によくないことであるか。

 でも止められなかったのよ。堪らなかったの。あの男が、あの男に恋慕する彼女が、憎くて仕方なかった。


「貴女って本当に勝手な女ね」

「約束なしで勝手に訪れる貴方にも言えることですね」

「でも私は人を殺さない」

「わかりませんよ。人生は長い。それに」


 死んで終わりというわけでもない。

 現に私はこうして一度死んだにも関わらず、こんな世界に生を受けて、そして、彼女に全てを奪われた。


 前世のことなんて殆ど覚えていないけれど、人は殺していないだろうし、そして恋もしなかっただろう。

 たかが五歳児に絆されてここまでやるなんて、前世じゃ考えられなかったに違いない。

 でもそれは、前世に彼女がいなかったからに過ぎない。


 私はどこまでも、彼女の為だけに生きていただけだったのかもしれない。


「貴方も居場所が見つかるといいですね。無論、彼女以外の場所で」

「……ほんと、女の嫉妬って怖いわね」


 このサロンに来て初めて彼が笑った。いや、笑いというにはかなり歪だが。

 もしかして怖がっているのだろうか?別に彼女に関係ないのなら手を汚す必要さえないと、いい加減気が付けばいいものを。


「安心してちょうだい。エリーゼのことは好ましく思っていたわ。もちろん、主の婚約者としてね。本当に彼女は淑女の理想そのものだったもの。そこに至るまでの努力を、僕は見てきたから」

「……へえ」


 私が見たくても見られなかった十数年をコイツは知っていると。

 ちょっとリンゴ絞りたい気分になってきちゃったなあ。手なんていくらでも爛れていいからさ。


「でも、彼女はいつも寂しそうだったの。その寂しさは殿下が埋めるものだと、僕は信じていたのだけれど、殿下は貴女を選んだ」

「そして彼女を捨てた」

「っ」

「殿下には興味ありませんでしたが、彼が彼女のことを如何に悪く言っていたかは記憶しております。それだけで、彼は罰せられるに充分でした。少なくとも、私にとってはね」


 恋愛で暴走するなんて、バカだと思っていた頃が最早嘘だったように思い出せない。

 いやもう、これはきっと恋愛感情なんかじゃないのかも。


 でもいいじゃない。私から彼女への唯一の感情に名前なんていらない。


「……それじゃ、僕はもう帰るわ。殿下がいなくなったせいで色々と大変なのよ」

「あら、そんなときにいらしてくださってありがとうございます」

「安心して。二度と来ないから」


 そう言って彼はカツカツとヒールを響かせながら帰っていった。

 にしても最初から最後までキャラの濃いヤツである。




 そして更に数日たち、学園では殿下の突然の死で混乱しつつも、授業が行われ、学生たちは学生生活を続けていた。

 放課後。私は、昔彼女から借りたままだった恋物語の本を持って、林に向かった。

 殿下の喪に服す雰囲気の中、彼女だけがいない。居場所はおそらくあそこだろう。


 一気に視界が開け、目の前にシロツメクサの花畑が広がる。

 そして、不気味な向日葵。それに花冠をかける彼女の姿が見えた。


 ……向日葵にはちょっと大きいんじゃない?その花冠。


 足音に気が付いたのだろう。

 彼女が驚いた顔でこちらを見る。


 そこでようやく気が付いた。向日葵は彼女を見ている。

 私のエリーゼを。


 私は魔法で見えないようにしていた本の魔法を解く。光学迷彩みたいなものだ。


「まだ、恋物語が好き?」


 彼女はそこでようやく私が持っている本の正体に気が付いたらしい。

 恋物語好きな癖に、薄情ね。


 淑女らしくないが、向日葵の足元でへたり込む彼女は、あの頃花畑で座り込んで遊んでいた彼女と被るものがある。

 表情すら、今は豊かだ。いつもあんなに無表情だったのに、今は私だけに、感情を向けてくれている。


「お姫様には王子様がいいって、よく言っていたわよね」


 まあその王子様は私が殺しちゃったんだけどさ。


「勇者様もいいって。身分差って素敵って。まだ可愛く夢見ているの?」


 いい加減現実を、私を見て。

 私はずっと、侯爵家のエリーゼじゃなくて、ただのエリーゼを見ていたのだから。


 彼女は視線を泳がせて気まずそうに俯いた。

 ふうん……。まだ未練があるんだ。


 私は手の中に炎を灯す。当然魔法だから、炎は私を焼くことはない。

 ただ本はじりじりと焼け始めた。


「あ」


 彼女があまりに切なそうな声をあげるから、思わず手が止まりそうになる。

 けれど止めない。


 彼女の中から恋物語を消さないと、いつまでも彼女は王子様を追いかける。そして私はその王子様に勝てない。

 また人殺しをする羽目になる。


 今回の件でわかった。

 人殺しはリスクが高い。なるべくならやらないほうがいい。

 私の命だけならいいが、彼女にまで害が及ぶのはよくない。


 彼女にゆっくり近づいて、向日葵だけに火をつける。

 本よりも早く、向日葵は焼けていく。相変わらず種一つだけなのね、この花。


「やっやめて!!」


 彼女が飛びついて燃えている本を私の手から叩き落すが、私の手を離れてもある程度の範囲なら火は操れる。彼女だって知らない筈はない。

 シロツメクサの花冠が、僅かな灰の上に落ちる。まるで墓場だ。


 彼女はまるで大切な人の遺灰を集めるように灰をかき集めるが、元々燃やしたものが少ないからね。大した量じゃない。

 黒く汚れた彼女の手から灰が散っていく。


 かつての画家が、友人たちとの家を彩るつもりで描いた花。

 貴女はいつまでも友人でいてねということか?


 もう遅いよ、エリーゼ。


「わたしたち、親友よね……?」


 今にも泣きだしそうな顔で彼女が聞いてくる。

 昔なら頷いたかもしれない。

 けれど私はもう彼女の為にしか生きられない身体になってしまった。


 親友なら前世でもいた気がする。けれど思い出せない。命までかけられる相手じゃなかったのかもしれない。

 でも私は、彼女の為になら何でもできる。何でも、やれてしまう。


「そんなわけないじゃない」


 彼女の瞳から、光が消えた。


 ああ、そんなに傷ついてくれるのね、エリーゼ。

 木箱の中の王子様もいなくなって、私もいなくなったら、あなたはいよいよ一人ぼっち。


「でもずっと一緒にいるわ」


 彼女の前にしゃがみ込んで、目線を合わせる。

 制服のスカートがお互い灰塗れになるが気にしない。


 彼女の頬を撫でる。やっぱり。入学当初に見たときよりやつれている。

 あんな男、王子様でも何でもないの。


「テレーゼ……。私のことが嫌いなんじゃないの?」


 いきなり何を言い出すのだろうか、この子は。

 私の方が余程嫌われることをしているのに。


「なんで?」

「だって、手紙くれなかったじゃない」

「届かないと思ったの」


「学園でも話しかけてくれなかった」

「あの男の前で可愛いエリーゼを見せたくなかったの」


「王太子殿下が好きなんでしょう……」

「あなた以外興味ない」


「わたし、あなたにいっぱいひどいことを……」

「それってあなたの婚約者を殺すより酷いこと?」

「わからない……」


 わからないんだ。

 やっぱりこの世界の貴族ってちょっとおかしいのかな。一族郎党皆殺しとか何時代だよって思っちゃったんだけど。

 私が言うのもあれだけど、命軽いよね。


 というか彼女、気が付いていたのね。私があの王子様を殺したってこと。

 ……もしかしてにやけ面でもしていた?

 もししていたなら間違いなくそれは犯人にしか見えないわね。しょうがないじゃない、彼女と目が合ってときめいちゃったらにやけ面くらいするよ。しちゃうよ。


「わたっし、テレーゼが王太子殿下と一緒になるのが許せなくて」

「……うん」


 わかっている。彼女が王子様に恋をしていたことくらい。

 泣きじゃくる彼女の涙を指で拭う。


「テレーゼは恋物語のお姫様みたいでっ」

「ん?」


 何だって?


「だから王太子殿下は、テレーゼの王子様だと思ったから」


 どゆこと?


「わたしっ、身をひこうと、でも、見ていられなかったの……!」


 指じゃ間に合わないほど彼女の涙が増えていく。

 ハンカチを取り出そうとした手を、彼女が弱々しく触れてきた。


 まるで、あの日のように。



「テレーゼがあの人の色に染まるなんて許せなかった……!!」



 でも今度は、彼女の方が強く手を握ってくれた。


「テレーゼっ、わたし、あなたのことが」


 私は彼女の涙も言葉も全て受け止めるように、彼女を抱きしめた。

 まだ怖い。彼女に拒絶されたらと思うと、身体が震える。


 でも、彼女に何も伝えられずに死ぬよりも、彼女に伝えてから死にたい。


「エリーゼ、愛してる」


 抱きしめた身体がびくっと跳ねた。


「あなたの全てを愛している。ずっと昔から。あなたが私を見てくれた日から、ずっと、あなたが可愛くてたまらなくて」


 色んな事が頭を駆け巡った。

 彼女に初めて心を動かされた日から、再開した日、すれ違い続けた日々。

 目頭が熱くなってきた。どうしよう、これ私も泣いちゃうな。いやもう泣いているかも。


「あなたに会いに学園に来たのにずっと会えなくて、花冠だけじゃもう我慢できないの」


 抱きしめていた彼女から身体を離して、正面から彼女を見つめる。

 涙で濡れていても、その顔はどんな花より美しい。唯一の私のエリーゼ。


「私の全てをあげる。だから……そばに、いさせて」


 彼女の顔がじわじわと赤く染まっていく。昔見た表情のままだ。

 でももう、恋に恋する乙女じゃない。


 エリーゼは涙で濡れた瞳を細める。

 その微笑みは、今まで一度も見たことがない彼女だった。


「ええ、テレーゼ……私も、あなたのことを愛している」


 炎がシロツメクサの花を燃やし始める。

 けれどその炎が私たちを傷つけることはない。


 私は腕の中の彼女にそっと唇を近づける。

 彼女が目を瞑ると、涙がまたつうっと頬を流れた。

 一瞬、頬の方にキスしようかと思ったがやめる。


 瞳を閉じた彼女が、そっと唇を差し出してくれたから。




Side:E



「……なんか炎止まらないね」


 そう小声で言ったのは、私を抱きしめ、先ほどまでキスを繰り返していたテレーゼだった。

 長年私の中で燻っていたのが友情ではないとはわかっていたけれど、彼女と唇を交わして余計その感情の形がはっきりした気がする。


 はじめてのキス。それも彼女と。


 夢中になっていたのは私だけだったのかしら。

 そんな不安にかられてしまったけれど、ふと身体を離した彼女が自分の放った炎が私たちから離れるようにどんどん広がっていく

 どうやら彼女も夢中になって魔法を操ることを忘れていたみたい。


 けれど炎は向日葵を燃やした時点で消えていたように思えた。

 それなのに、今や林全体を巻き込むように燃えている。


「あ、そうか」

「テレーゼ?」


 何か思い出したようにテレーゼが呟いた。


「この林、役目を終えるとなくなるの」

「えっ」


 何でそんなことをテレーゼが知っているの?という疑問もあったけれど、それよりもここがなくなってしまうというのが悲しかった。

 彼女とやっと思いを確かめ合えた地なのに……。


 残念に思っていることが伝わったのか、テレーゼが私の眦に唇を落とす。


「いいのよ、エリーゼ。だってもうここは私たちには必要ないじゃない」

「でも……」


 せっかく二人きりになれる秘密の場所だったのに。

 テレーゼは惜しくないのかしら?

 彼女の顔を見ると、炎を眩しそうに見つめている。


 ――そうか。


 図書館で見た本には、孤独な者に必要な場所とあった。

 私も、テレーゼも、もう孤独じゃない。

 もうこの場所はいらない。


 ――でも、学園を出た後は?


 テレーゼとは離れ離れ。身分の差と性別が私たちを引き裂くだろう。

 どうしよう。どうするべきなの?


 幸いまだ私と王弟殿下の婚約は発表されていない。

 ならまだ時間はある。


 炎が燃え尽き、僅かな木を残して林が消える。

 煙もない。本当に、ここはもう私たちに必要ない場所になったのだろう。


「大丈夫?」

「ええ」


 テレーゼの手を借りて立ち上がり――ふと、足元に小さな種を見つけた。


 向日葵の種だ。


 おかしい。向日葵の種ならあの時私が全部むしってしまったから、ここにはないはずなのに。

 一粒だけ落ちているそれをテレーゼに見せると、何だか不服そうな顔になってしまった。

 何故かしら。

 首を傾げると、テレーゼは魔法で私と自分の制服を綺麗にしてから――どういう原理かわからないけれど、みたことがないほどきれいな魔法だわ――本当に、心の底から不満と言った風に言った。


「それあの不気味な向日葵の種でしょ?」

「不気味じゃないわ。綺麗だったもの……貴女みたいで」

「……」


 あら、ちょっと嬉しそうな顔になった。

 実は結構テレーゼってわかりやすかったのね。私がもっと自分に正直になっていれば、もっと彼女と過ごせたかもしれないのに。


「持って帰れってことなのでしょうね。きっとあなたの為よ、エリーゼ。私たちだけの花畑ができるかも」

「一個しかなのに?」

「魔法なのに?」


 ふふっと二人で額を合わせて笑う。

 取り出したハンカチで種を大切にくるんで、私はまた彼女とキスをした。




 私はその日学園から自宅へと戻っていた。

 やらなければいけないことがある。それは、王太子妃となるべく教育された十数年。そして侯爵令嬢という立場でなければできなかったこと。

 彼女と一緒にやるべきこと。燃え盛る炎の中で、感じた熱は彼女のものだけ。


 私は家令を呼び出す。父がいないことなどわかっていた。この時間なら王宮にいることだろう。きっと王弟殿下に私を売り込みに行っているに違いない。

 私は家令に執務室を開けさせ、迷いなく本棚の隠し棚を開く。王族も貴族も似たようなものね。同じところに似たようなものを隠す。


 ――裏取引や犯罪の証拠が盛りだくさんな金庫。


 魔力を流せば、扉は簡単に開いた。身内なら誰でも開けられる簡単な鍵だ。我が家で開けられるのは私とお父さまだけでしょうね。

 ばさばさと出てくる書類を全て集め、素早く目を通した。この術も王太子妃としての教育で覚えた技だ。

 大体の内容を覚え、元に戻す――ように見えただろう。入口にいる家令には。

 これも彼女から教わった魔法。そこにあるのにないようにさせる魔法といえば聞こえはいいければ、いろいろ弱点がおおいみたい。別の角度から見れば風景が歪むし、水や煙に弱い。

 けれどここにはどれもないし、家令の目さえ誤魔化せればいいのよ。


 彼女と試行錯誤して作った布に書類をくるむと、もうどんな角度からでも私が持つ書類は見えないだろう。水や煙にもある程度溶け込める。

 「まあ目に魔力を集中させれば見えちゃうけどね」とは彼女の言葉だ。


 ――待っていて、テレーゼ。


 布をきゅっと強く握り家令に学園へ戻ることを伝える。

 今度は私があなたの為に――テレーゼのために動くから。




 父が手回しをするよりも早く、私は王弟殿下と話す必要があった。

 これから父が計画しているであろう私を使って王家を乗っ取る計画、王家に報告されていない収支書、今までやってきた王太子殿下への洗脳教育。それらの証拠こそ、私が金庫から盗んできたものだった。

 それを使って、侯爵家を、自分の実家を潰すしかない。


 王弟殿下は愛妻家で有名だ。

 確かに血は陛下に劣るけれど、有能で人情家とも言われている。

 私もお会いしたことがあるが、例え公の場所でも心の底から愛おしそうに奥方様を見つめる方だった。

 王太子妃の教育で、私が目標にしていたのは、王妃様より王弟殿下の奥方様の方が近いくらい、権力の調定役として優秀な方。真似しようとしても一朝一夕でどうにかなるものではない。

 唯々諾々と男性の言うことを聞いていればいいというわけではないと教えてくれたのも、奥方様だったわね。


 そんな家庭を壊したいとは思えないし、何よりそんなところに行ってしまったら私はテレーゼと一緒にいられない。


 実家はなくなるかもしれないけれど、どんな目にあっても私はテレーゼといられれば幸せだった。

 けれど、テレーゼはそれが嫌だったみたい。破滅へのカードしかないと思っていた私に、いつも新しい道をくれるのはテレーゼだった。


「生まれてからずっと貴族のご令嬢だったエリーゼが市井で生きていくにはかなり苦労することになるし、元貴族のお姫様っていうだけで変な目で見られるしそれ以上だって……考えたくない。そんなことしたら私、王子様殺した犯人ですって言って自首するから。証拠はもうないけど」

「だっだめよ!極刑になってしまうし、一連の事件は伯爵ということで片付いたじゃないの……」

「じゃあそれの仲間ってことにする」

「テレーゼ!」


 そんな言い争いを滅多に使われない教室でしていたとき、ふと思い至ったの。

 ――彼女はどうやって王太子殿下を手にかけたのだろう?


「ああ、それならあの林でもらったの。望んだ物を貰えるって本当だったみたいで、そこで出てきた毒りんごをあれに飲ませただけ」


 相変わらず高貴な方を殺したとは思えない軽い態度に驚いてしまうけれど、それは裏返せば彼女からの私への愛だ。……嬉しい。

 だからこそ彼女は気が付かなかったのだろう。


「ならきっと王太子殿下は亡くなっていないわ」

「……はあ?」


 今すぐ王宮に彼女が向かわないよう強く手を繋いで、私は言った。


「だってあの林は私の願いも反映されていたじゃない」

「なにそれ、王子様とあのまま結婚するつもりだったわけ?」


 不貞腐れる彼女に「ふふ」と笑みが零れる。

 そんなわけないってわかっているくせに。


「私が、どんなことでも、それも人殺しなんて特別なこと。エリーゼの初めてを他の人にあげたいなんて思うわけないじゃない」


 彼女はきょとんとしてから、顔を真っ赤にした。

 まるでリンゴみたいに美味しそうな彼女に私がキスしないわけもなかったわね。




 まずは王弟殿下にお会いしたところ、やはり私の想像は間違えていなかったようで、あっさり王太子殿下のいる部屋まで案内していただけた。

 『呪いの類かわからないが、ずっと眠ったままだ。兄上は、陛下は、自分の息子を切り捨ててでも伯爵家を消したかったらしい。眠っているのをいいことに、カールの前でカールは死んだことにすると言ったよ。確かに恋に浮かれていたようだが、そこまでのことをあの子がしたとは私は思えないんだ』と悲しそうに言う王弟殿下は、やはり甥のことをこの王宮で唯一ただの子供として心配していると思う。

 事実、私が王太子殿下のいるという寝室に案内された際も、誰もついてこなかった。

 人払いの必要がなくなったけれど、これはこれで何だか虚しいものがある。


 王太子殿下の部屋に入り、つい先日まで人がいた気配だけを残している部屋を通り過ぎ、寝室の扉に手をかける。

 婚約者だったのはいえ、来たことのない部屋だ。いつか来ることにはなると思っていたけれど、こんな形になるとは思ってもいなかったわ。


 重厚な扉を音もなく開けると、そこは寝室だった。急ごしらえではない、本当に彼がここで寝起きしていたのだろう。調度品の趣味が彼好みだ。


 大きな窓から日が差す寝台の上には、確かに王太子殿下が眠っている。

 その顔は酷く穏やかで、よく見れば息をしているのがわかった。


 せめて顔がきちんと見られる傍まで寄ろうとしたが、ふとここへ付いてこられなかった彼女のことを思いだして踏みとどまった。


「……殿下」


 小さな声だったけれど、静かな部屋にはよく響く。

 すると、寝台に横たわる彼の横に、もう一人彼が現れた。カール王太子そっくりの彼は随分と身軽な恰好をされている。タイも結ばず、シャツ一枚だ。足元は見慣れないブーツ。おまけに紐がほどけている。

 あまりにも彼らしく――否、王太子殿下らしくない恰好だったが、私にはわかる。


 彼こそがカール王太子殿下ご本人だと。


 ――幻惑魔法。


 彼女が得意とする魔法。少なくとも私は彼女以外で使える人を見たことがない。

 構造を聞いて私も試してみたら案外簡単に使えたけれど、そこに行きつくまでの知識がまずこの国にはないはずだ。


「やはり、ご存命でしたか」


 驚きを表情に出さないよう、淑女の笑みを浮かべたまま言う私に、彼は肩を竦めることで答える。

 やはり、彼らしくないというより、何だか同年代の青年を見ている気分。


「驚かないのか」

「驚いております」


 ――どちらかというと、貴方の態度に。

 そう口に出さずとも伝わるくらいの付き合いが私たちにはあった。


「父上に死ねと言われた。恋に浮かれて周りを見ない息子の命など、政敵を排除する理由より軽いらしい」

「……」


 ふと、王弟殿下の『それほどのことをしたとは思えない』という言葉が頭に浮かぶ。

 正直、王太子としての行動ではないと私も思っていたが、今の彼を見て、どうだろう。


 恋に浮かれてしまう気持ちはよくわかる。

 その相手が彼女なら、なおさら。


「起きるのがバカバカしくなってね。こうして寝たふりを決め込んでいるってわけだ」

「よいのですか」


 このままでは、本当に殺されてしまうかもしれない。いや、あの国王陛下ならやるだろう。寝ているだけの息子はいらないと言いかねない。今回の事件で命を亡くした者は多い。圧政の言い訳である殿下が生きていては都合が悪い。いや、玉座の座り心地が悪い。

 そう考える方なのだ。


 それは外部の私よりも、直接死ねと言われた子供である彼の方がよくわかっている筈。


「それを丁度考えていたところに君が来た。生憎茶も出せないが、楽にしたまえ」


 そう言って壁際にあったスツールをすすめられる。

 少し壁から寝台側に動かしてから座ると、彼の表情がちょうど逆光で見えにくくなった。


「本当にいろいろ考えた。このまま王宮を抜け出し、外で力をつけ、王座を簒奪しようとか。もう何も考えずに父上を殺してしまおうとか。それかもうこのまま本当に永遠の眠りについてしまおうとか」


 声色はどこか楽しげだが、内容は物騒極まりない。その差が気持ち悪い。


「けれどどれもやめた。理由は簡単だ。どれも失敗する。それも、あの女のせいで」

「……テレーゼ」


 「その通り」と言う彼の声は、どこか疲れているように聞こえる。


「どこかで聞いたな。愛しすぎて憎くなると」

「彼女が憎いのですか」


 自分でも驚くほど冷たい声が出た。

 王太子殿下が息をのむ音が聞こえる。私は今、きちんと淑女として表情を管理できているだろうか。


「……情けない話だが、正直に言うと、最初は憎かった。何故裏切られたのかわからなかった。彼女は私が笑いかけるといつも笑って返してくれたし、贈り物も受け取ってくれたのに」


 脳裏に彼が贈ったものがいくつもフラッシュバックする。

 今はもう林と一緒に燃えてしまった贈り物たち。彼女の記憶にすら残らなかった贈り物だけれど、私にとっては憎くて仕方なかったそれら。


「だが、もう今はちがう。……彼女が、あれが、怖くて仕方ない」

「……はい?」


 あんなに可愛い彼女のことが怖い?

 確かに一度殺されたらそんな気持ちになるのかしら。けれど、私なら彼女に殺されたとて怖いとは思わない気がする。むしろ、嬉しいような――。


「勘違いしないでほしい。殺されたから怖いとかではない。現に私はこうして生きているしね。そうじゃない。言っただろう、いろいろ考えた、と。その道全て邪魔になるのがあの女なのさ。運命力と言えばいいのか……。いや、世界の意思というべきかな。この世界は彼女の為にあるようなものだ」


 いきなり話がとんだように思う。

 殿下の行く道を塞ぐのがいつも彼女なのが、何故世界の意思などという壮大な話になるのだろう。


「今回の件だってそうだ。たまたま王太子を殺したらクーデターの予定があったということになった」

「まさか」


 テレーゼが伯爵家を手引きしたとでも言いたいのだろうか。

 一貴族子女にそんなことができるわけがない。

 それに、彼女は自分の身の安全まではあまり考えていないようだったし、伯爵家の件まで彼女のせいというには無理がある。


「そのまさか、だ。彼女の方に世界が合わせたというべきか。君だって少しは思ったのではないかい?仮にも王太子を手にかけておきながら、彼女に何もなさすぎる、と」

「……ええ。王家から諜報員が送られてきてもおかしくないと思いました。ただ、伯爵家を途絶えさせる為に陛下が敢えて黙認されたのかと」

「そんな示しのつかないことを父上がするものか。身分だけで見るのなら、あんな小娘一人消すのは訳ない」


 それは、その通りだった。


「父上は気が付いていない。あれだけ頭の切れる父上が、だ。当日エスコートしていた婚約者ではない女のことはきちんとその頭に入っているというのに、まったく気にしていない。話すら聞いていないのだ。私が倒れたとき、一番近くにいた人物だというのに」

「都合が良すぎると仰りたいのですね」


 今度は彼がその通りと言わんばかりに頷いた。


「寝た切りにしか見えんこの状態をいいことに探ってみたが、父上は本当に伯爵家が犯人だと思い込んでおられる。いくら何でも異常だ。そしてその異常は、私がこの国を荒らそうとする度に訪れる。その異常の中心にいるのは、あの女だ。これは最早偶然などではない。神に近しい者が彼女に味方しているようではないか」


 だから、世界の意思と言ったのか。


 正直、とんでもない話だと思う。

 私にとって彼女は世界の全てと言っても過言ではないけれど、世界から見て彼女が全てのはずがない。彼女は世界を構成する一つにすぎない筈なのだ。


 しかし、彼の話には謎の説得力があった。

 そう、まるで。


「まるで、未来でも見てきたようだ?」


 考えていたことを言い当てられ、息をのむ。

 彼が彼ではないみたい。いくら何でも勘が良すぎる。それに、違和感。王太子らしくない態度以外にも、この男はどこかおかしい。


「……そこまで言わずとも、未来視の類かとは考えました」

「近いね」


 逆光に慣れてきたおかげで、彼の表情がだんだん見えてくる。

 その顔は、笑みを浮かべているが、恐れを隠しきれていなかった。


「彼女の知識でいえば、彼女が使った果実は知識の実とも言うらしい。そして、それが混ぜられた蜂蜜酒は生命力を高める効果もある」

「!」


 それは、殿下が知るはずのない情報だ。

 彼女曰く、果実は絞った状態で持参していたらしい。飲んですぐ倒れたという彼が飲んだものが果実であると断定できるはずがない。

 ましてや、王家は伯爵家が王太子殿下を殺したと考えており、その手段が呪いなのか毒物なのかもわかっていない状態だ。


「いろいろ考えた結果が全てあの女によって邪魔されると気が付いたときにやっとわかった。知るはずもない知識、考えるはずもない思想が私にあることに。一を聞けば百を知るどころではない。一を聞けば那由他まで届く」


 まるで狂人の発言だ。

 しかし、何故か私は否定できなかった。


「この魔法もそれで知った。彼女が考えたのだろう?」


 幻惑魔法で作られた横たわる殿下を指さしながら殿下が言う。

 正直に言ってしまえば、彼女が扱うものよりも数段上だ。彼女の魔法ではここまで精密にはできない。

 王太子殿下は元より優秀な方だったが、ここまで細やかな魔法の操作ができる方ではなかったし、する方でもなかった。


「彼女は確かに私を殺そうとしたのだろう。ただ欲しかった結果は私の死ではない。彼女の愛しい人から私を遠ざける為だ。その為に世界の意思が私をこの状態にした。おそらくあの果実だけ飲んでいたら私は本当に死んでいただろう。たまたま祝福された蜂蜜酒のおかげで私は仮死状態となり、その間に彼女へ牙を向けるとどうなるのか、嫌というほど思い知らされた」


 彼の表情から笑みが消える。


「殺すより生かしておいた方が扱いやすいとかつて祖父が言っていたが、意味がよくわかったよ。きっと彼女にまたいらないちょっかいを出そうとする奴がいたら反射的に止めてしまうであろうまでに私は思い知らされてしまった」


 目の前で、私と同い年の青年が、恐ろしさに身体を震わせている。そこに、かつての面影はなかった。

 何か、見てはいけないものを見てしまったような様子で怯えている。

 いや、彼は事実、知ってはいけないことを知ってしまったのかもしれない。


「正直こうして君と会うのもかなり怖い。だが寝た振りで君を無視するのはもっと怖い」

「怖いのはテレーゼなのでは?」

「彼女に近しい者は皆怖いね。本当に関わり合いたくない。けれど君には会っておくべきだと思ったんだ」


 何故だろう。恨み言でも言われるのだろうか。それとも、世界の意思とやらが怖いのだろうか。


「なるべく彼女から距離をとれ。父上が私より反逆者共をとったように、この世界は彼女以外より彼女を取る。君もわかっているだろうが、あの女は君の為なら何でもやる。そしてこの世界はあの女の望みを何でも叶える」

「あの子は貴方が生きているかもと話したらかなり怪訝そうでしたけれど」

「訂正しよう、あの女の望み以上の結果を齎そうとする。元王族として、私が国にできるのは彼女という厄災になるべく近寄らないように君へ忠告することしか思いつかなかった」


 つまり、テレーゼから離れろと、この男は言っているのだろうか。


 そんなことできるわけがない。やっと一緒になれたのに。

 けれど、彼の言うことを全て信じるのなら、それすらこの世界にそう思わされている可能性すらあるということ。


 ――テレーゼ。


 瞳を瞑り、彼女を思い浮かべる。

 知らない笑顔も、知っている笑顔も、交わしたキスも、全て誰かに強制させられたものだったろうか。

 幼い頃出会った彼女のことを思いだして――。


 私は瞳を開ける。

 目の前にいる青年の顔がよく見えた。


「忠告は有難く存じますが、それはできかねます」


 私の言葉に、殿下は、「やはり駄目か」と呟いた。その声色はまったく残念そうではなく、私がそう答えるとわかっていたようだ。


「ならば精々幸せになれ。あの女が何もしでかす必要がないようにな」


 そう言った彼の表情は、優しい笑みだった。まるで王弟殿下のような。


「――はい」


 彼女のことを思いながら返事をすると、彼の顔がぽかんと間抜けな顔になる。

 そしてフッと笑った。何か憑き物が落ちたように、笑った。


「殿下はこれからどうなさるのですか?」

「あの女とは関わりたくないからな。今日の夜にでも抜け出して……。そうだな、冒険者にでもなるかな」

「ぼうけんしゃ」


 驚いた。

 確かにこの大陸には未開の地がたくさんあって、そういったところを調査する職業がある。無論命がけではあるが、それなりのロマンがある、らしい。私には理解できないけれど。

 とてもじゃないが、元とはいえ王族であった彼がやるような仕事ではない。


「実は小さい頃から冒険譚が大好きだった。君との婚約が決まってからは野蛮だといって取り上げられたが……、もう取り上げられることもない」

「そう、だったのですか」


 完璧だと思っていた彼は。完璧な王子様だと思っていた彼は、一人の少年だった。

 冒険譚を夢見て、ドラゴンと戦う未来を描いていたのかもしれない。子供用の木剣を握りしめて寝ていたのかもしれない。


「こればかりはまったく予想がつかない。野垂れ死にするかもしれないし、案外有名になってしまうかもしれんぞ?」

「確かに、殿下の魔法は強力ですからね」


 子供っぽく笑う彼に、ふふ、と笑う。


 子供の頃の夢というのは嘘ではないだろうが、テレーゼが冒険者と関わるとも思えない。テレーゼからの逃げ道が、子供の頃の夢だったというのも、都合が良すぎると思うのは意地が悪いだろうか。


「さて、そろそろ君も帰った方がいい。あの女が王宮に突撃してくる前に帰ってくれ」

「はい、わかりました」


 スツールから立ち上がり、部屋を去ろうとしたところで、「そうだ、最後に一つ」と殿下から声がかかる。

 私が振り返ると、殿下は寝台に腰掛けたまま、日差しがささない自分の寝顔を見ていた。


「叔父上は……何か言っていただろうか」


 背中しか見えないが、その背中は酷く寂しそうに見える。

 私の勝手な想像かもしれない。けれど、彼には知っておいてほしかった。


「とても心配されておりました」


 きっと、これから彼は寝台にある魔法で出来たものを死体とすり替えるのだろう。

 幻惑魔法で視覚はいじれても、触角は騙せない。本人がそこにいないのなら触ったらすぐばれてしまう。

 どこから死体を手配するかは考えずともわかる。今回の件で死体は山積みだ。あの中から殿下と体格の合う者の一人くらいいるだろう。

 それを幻惑魔法で殿下の死体そっくりに仕立て上げる。

 それはきっと、私とテレーゼ以外には、本物の殿下の死体にしか見えない。


 王位継承権が回ってくるというのに、王弟殿下は本気でカール王太子殿下のことを心配していた。

 きっと、死体を見たら悲しむ。唯一、王子ではない彼を想って悲しむだろう。


 それは、外部の私より、甥として愛されてきた彼の方が知っているに違いない。


 “元”王太子殿下の青年は、振り向かずに「そうか」とだけ言った。




 ――世界の意思。

 もし本当にそんなものがあるとするならば、手荒なことはできない。

 私の身に何か起きたら、彼女はまた犠牲を出すだろう。そして、彼女はそれを躊躇わない。


 私はそれが嫌。

 彼女が私のせいで誰かに責められるようなことをするのが許せない。例え彼女がそれを何とも思わなかったとしても。


 きっと、私が望めば、彼女を通じて世界の意思とやらが願いを叶えてくれるのかもしれない。

 けれどそれではいけない。

 彼女への気持ちが世界の意思ではないかと元王太子殿下は言いたかったようだけれど、それは違うとはっきりわかるから。

 彼女が世界の意思なんて関係なく私を求めてくれているとわかるから、私は、私の力で居場所を勝ち取らなければならない。

 彼女といられる居場所を。



 王太子殿下の喪が明ける前に、私は父と交渉した。


 王弟殿下とは結婚しないこと。

 金庫の中身の原本を王家に提出しない代わりに領地の一部を私に譲渡し、今後一切私の人生には口を出さないこと。


 金庫の中身がなくなっていると気が付いた父に突き付けた条件。返ってきたのは激しい罵倒だったが、原本は既に私と私の信頼する者しか知らない場所にあり、私に何かあればそれが王家にいくことを伝えると、勢いが一気に衰えた。

 加えて、甥から何か伝わっていたらしい王弟殿下は私の意思を尊重してくださるそうで、金庫の中身さえ王家に知られなければ侯爵家は安泰だろう。


 最終的には父も私の条件を全面的に了承した。第二の伯爵家と同じ末路は辿りたくなかったのだろう。

 私に譲渡された領地は、かつて彼女と初めて会った館がある場所を含んだ子爵相当の面積。


 それが、私が彼女との生活の為に勝ち取った居場所だった。



 学園を卒業して、私は女子爵となった。傍には当然、パートナーとして彼女がいる。


 王太子妃の教育として、領地経営が入っていたのは私にとって喜ばしいことだ。

 規模は違うけれど、テレーゼと相談しながら町を作っていき、人が行きかい、経済が回る。時には障害にぶつかることもあったけれど、何も世界は私たち二人だけじゃない。他の人に頼ることだってできる。

 頼るのだって力だ。頼る人を見分ける術も、王太子妃の教育として教わってきたこと。


 そうして忙しくしていく中で、世界の意思とやらを感じないと言ったら嘘になる。

 彼女が何もしていなくても、勝手に都合のいいことが起きることが多々あった。それも領地が安定していくに連れ、なくなっていったけれど。


 子爵家の本邸となった元侯爵家のゲストハウスで、彼女とあの日林で残った種を植えてみたが、そこから向日葵が咲くことはなかった。

 とういうか、何も、芽すらでなかった。


 彼女は「もしかして燃やしすぎた?」と言っていたが、私にはわかる。

 きっと、領地そのものが私たちの居場所だから、種が芽吹くことはないのだろう。もしかしたら他に必要とする誰かが現れるまでそのままかもしれない。

 それでいい。私は、テレーゼとこの世界で生きていくって決めたから。


 この国で同性同士の恋愛は認められていないし、公にできる関係でもない。

 そんな関係性が苦しくないのかと言われれば、嘘になる。彼女と家族になりたい。それは彼女も同じだろう。

 女子爵、おまけに男の影がない私に言い寄ってくる男は多い。

 すり寄ってくる男が出てくる度に笑顔で圧をかけている彼女を見れば一目瞭然だ。


 そこで目下模索中なのが、我が領内だけでも同性同士でも結婚と同じ扱いを受けられる制度だ。

 まずは意識から変えていかなければと思ったけれど、それが一番難しいのよね。


 領地開発の中、こういった問題にはよくぶつかってきて、その度、運よく問題が解決してきたが――今回はその兆しがまったくなかった。


 どうやら、世界が都合よく私たちの関係を認めることはないようだ。


 もしかして世界が私を彼女から遠ざけようとしているのかとも考えたけれど、そんなこと、私にはわからない。

 でも、だとしたら、そうね。

 そうだとすれば、私のテレーゼへの気持ちは世界から強制されたものじゃないって言えるのではないのかしら。



 ――まあ、そんなものなくても、この気持ちが私のものだっていうのははっきりわかっているのだけれど。


 だって、初めて出会ったその日、ドレスの影から出てきた向日葵に恋したのは、まぎれもなく私の方が先なのだから。




 私は新しくしたベンチに座りながら、隣で私の焼いたクッキーを嬉しそうに頬張る彼女を見つめる。

 その薬指にあるシンプルだけれど見たことがない花の意匠が施された指輪を見つめて、思いがけず言ってしまった。


「だいすきよ、テレーゼ」


 ぽろりと彼女の口からクッキーが零れた。

 彼女は慌てて紅茶を持って、それでもクッキーを味わうことを忘れずに丁寧に飲み込んだあと、紅茶を飲んで慌てたように言った。


「私も愛してる、エリーゼ!」


 「ああもうなんでクッキー食べてる間抜けな顔のときに言うの!」と怒る彼女が可愛くて私は思いっきり笑ってしまった。そんな私の薬指には彼女の色の石が埋め込まれている指輪がある。よく見ると細かくシロツメクサの意匠が施されている。彼女からの贈り物。


 私の笑い声につられた彼女の笑い声がシロツメクサの花畑に響く。

 風に揺られた白い絨毯は、どこまでも続いているように見えた。





補足

・向日葵の種の数

愛=種の数。

エリーゼからのテレーゼのイメージの具現化の為、エリーゼから見たテレーゼはたくさんの愛を持っているように見えた為種がたくさんあった。

ただテレーゼが見たときに一つしかなかったのは、テレーゼがエリーゼ以外愛していなかったから。本人はエリーゼからの執着だと思っているようだが、それあなたの執着です。だからどうやってももげない。

・指輪の意匠

テレーゼが向日葵イメージの指輪を贈らなかったのは、単純に嫉妬。花にも嫉妬しているのであるこの女。エリーゼにっとっての向日葵は私だけいいよねという独占欲でもある。こっわ。テレーゼの指輪の意匠は紫陽花。色は決めたくないので宝石の類はついていない。シルバーリング。

・世界の意思

乙女ゲームの主人公パワーのこと。もっともエリーゼと結ばれた今、その力は弱まりつつある。

・ハイヒールの彼

別にゲイじゃない。四人の姉に女装させられている内に、美意識高い系男子になった。多分どっかで王太子とは再会しそうな気もする。テレーゼから逃げきったと思いたい。

・花言葉について

そ ん な に 深 く 考 え て な い 。

・元ネタについて

某有名作曲家の字が汚くてタイトルいまいちわからない曲ではあるが、当然実在の人物とは一切関係ないです。作内で出ている人物の名前は全て「〇〇のために」の〇〇部分に入るであろう人物名しか使っていません。おかげでハイヒールくんは無名である。そして名前がややこしい。

・今作について

何かいきなり振ってわいてきて徹夜で書かされました。プロットも何も組んでない。何なんだよこえーよ。何か受信した。登場人物がハイヒールくん以外言うこと聞かないよ。こんな胸糞悪いお話に最後までお付き合いいただきありがとうございました。


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