落語声劇「山号寺号」
落語声劇「山号寺号」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約15分
必要演者数:2名
(0:0:2)
(2:0:0)
(1:1:0)
(0:2:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
一八:太鼓持ち。普段ご贔屓にしてもらっている若旦那としばらく会って
いなかったが、黒門町で再会。
難しい字の方だと「幇間持ち」。
若旦那:とある商家の若旦那。
自身の贔屓にしている太鼓持ちの一八と出会う。
●配役例
一八:
若旦那:
※枕はどちらかが適宜兼ねてください。
枕:太鼓持ちという仕事がございます。昔だとちょいと難しい字を書く
んですが、どう書くかと申しますと……、ちょっと口では申し上げ
にくいので、あとで宿題という形でお願いいたしますね。
決して面倒くさいわけじゃありませんからね。
で、その太鼓持ちですが、現代だと他人のご機嫌取りをしたり、
おべっかを使ったりして、自分だけ利益を得ようとする人間を揶揄
する意味合いが主流です。
しかし、一方では江戸時代から続く伝統芸能を指し、宴席や座敷に
おいて客の話に付き合ったり、小噺や踊りや物真似などの芸を披露
して場を盛り上げる、男芸者とも呼ばれますな。
これが意外に大変な仕事で、落語家というのは高座と客席という
線引きがございますが、太鼓持ちはお座敷の中で旦那と二人きりで
す。
だからちょいとしくじったりなんかすると、あぁもういいよ、お前は
クビですよ、とすぐに首を切られてしまう仕事なわけです。
ですから太鼓持ちという仕事は常に命がけなんだそうで。
お客様には決して逆らわない、なんでもかんでもご無理ごもっとも
という世界で、客が気に入らないからってとんずらする、もしくは
ずいッと出て行く事を意味する「随徳寺」なんてわけにもいかなかっ
たようです。
しかしやり方によっては波風をなるべく立てずに反論したり、
自分の意見を通していける、そういう場合もございますようで。
一八:おっ、ヨォヨォヨォッ!そこにいらっしゃるのは若旦那じゃあござ
いませんか!
ねっ、若旦那!若旦那っ!!
若旦那:ん?誰かと思ったら、太鼓持ちの一八じゃないか。
久しぶりだな。
一八:久しぶりだなじゃありませんよォ本当に。
何ですよォ若旦那、最近とんとお見限りじゃありませんか。
たまにはお声をかけて下さいまし。そうでしょ、ね?
実は若旦那を探してほうぼう歩いてたんですよォ。
若旦那:なんだい、私を探してたって?
一八:そうですよォ、いや実はちょいと申し上げたい事がありましてな。
覚えてますでしょ、柳橋で会った、あのちょいと目の綺麗な女の子
。
あの子がぜひ若旦那に会ってね、ご飯などいただきながらしみじみ
と胸の内なぞをね、話してみたいなんて事を申しましてね。
その子の事、覚えてーー
若旦那:【↑の語尾に食い気味に】
しーーっ。
一八:【制止されても気にせず】
ね、覚えてますでしょ、あの女の子がぜひーー
若旦那:【↑の語尾に食い気味に】
しーーーっ。
一八:【制止されても気にせず】
若旦那にーー
若旦那:【↑の語尾に食い気味に】
しーーーっ!
一八:…どうしましたんで?
おや、女の子が…?
若旦那:あのな、一人で歩いてんじゃないんだよ。
ちゃんと辺りをごらん。供を連れてんだ。
一八:え、お供?
こりゃお供さんとは気が付きませんで…おやおやおや、腰んとこに
へばりついておりますなァははは。
可愛らしいお嬢さんでござんすな、お年はおいくつで?
え、取って十。鶏みたいですな。
取って十と来ましたか。
護衛付きとは知らなかった、一八迂闊!
それで、今日はどちらさんまで行かれてたんでございますか?
若旦那:今日かい?今日はちょいと時間が余ったんでな、これを連れて
浅草の観音様へ行って来たんだ。
一八:よォよォよォッ!えらいッ!
えらいですよォ若旦那ァ!
若旦那はそういう所が良いんですよォ!
何がったって年は若いけども信心深いというね、そういうところ
が尊敬できるんですよォ!こんち憎いですねェ!そうですか!
お若いのに金竜山浅草寺へお参りをされた、結構でございますねェ
!
若旦那:?なんだね?
一八:ですからね、金竜山浅草寺へお参りに行って来た帰りなんでござい
ましょ?えらいですよ若旦那、信心深い!
若旦那:いや、そうじゃないんだよ。
私が行ったのはね、浅草の観音様だよ。
一八:いえですから、金竜山浅草寺でしょ?
若旦那:いや、観音ーー
一八:【↑の語尾にうまくつなげて】
ですから金竜山浅草寺で。
若旦那:…なんでお前は私の行き先を勝手に変えるんだい。
ずいぶんと強情だね。怒るよ?
なにも私が観音様へ行こうてのをお前が無理に浅草寺にやっちま
うことはないだろう。
一八:いやぁなんですね若旦那、いけませんよォ。若旦那らしくござんせ
んなァ。
なんだか逆らったような形になっちゃいまして申し訳ございません
でしたけどもね、そうじゃあないんですよォ。
金竜山浅草寺に安置し奉る聖観世音菩薩、お寺さんには山号寺号
って言い方があるんですよォ。
なになに山なになに寺って、そういう言い方があるんですよォ。
ですから成田山新勝寺とか、三縁山増上寺とか、播州山泉岳寺、
東叡山寛永寺、っていろいろありましてな。
全部なになに山なになに寺って言いますでしょ、それを山号寺号って
言うんですよォ。
ですからね、浅草の観音様は確かにそのままでもよろしいんです
けども、本当の名前は金竜山浅草寺と、こういうわけなんでござい
ますよォ。
山号寺号ってのはね、どこにだってあるんですよォ。
若旦那:へえ、そういうもんかい。これは驚いた。さすがは芸人だな。
太鼓持ちとは付き合うもんだねえ。ちっとも知らなかった。
これは一本参ったよ。
じゃあその、山号寺号ってのはどこにでもあるのかい?
一八:へへ、当たり前じゃございませんかァ!
無いところはない、どこにだってありますよォ!
若旦那:あぁそうかい、わかったわかった。
どこにでもあるんだね?じゃあここは下谷の黒門町だが、
ここに山号寺号はあるのかい?
一八:…へへへ、何をおっしゃいます若旦那。
それァいけませんやァ。
お寺さんは、ってそう言ったじゃございませんか。あなた話聞いて
ました?
お寺さんがあればそこに山号寺号ってのがあるんでございますよ。
。ここらは寺が無いでしょ。
この界隈には黒焼き屋しかありませんよ。
噺家は二人いるなんてな事うかがってますけどねェ。
若旦那:だから私はお前さんに聞いたんだ。山号寺号がどこにでもあるの
かって。そしたらどこにでもあると言ったじゃないか。
お前さんも男だ、芸人なんだ。いったん外に出した言葉に責任を
持たなくちゃいけない。
何か工夫をしてごらんてんだよ。
まあタダでは言わないよ。私のわがままだからね。
お前さんが山号寺号を一つ見つけるごとに、
一円の祝儀をやろうじゃないか。
見つけられなきゃクビだ。
どうだい?
一八:っちょちょ、待ってくださいよォ。
穏やかじゃないですよ若旦那ァ。
そういう乱暴なこと言っちゃ嫌ですよ。
山号寺号を一つ見つけるたんびに一円いただけるんで?
【ポンと手を叩いて】
よッいいね!
結構ですなァ、なんてったって商売になりますからねェ!
ちなみに山号寺号になってれば何でもよろしいんで?
若旦那:ああかまわないよ。やってごらん。
一八:そうですか!それじゃ、えぇ~っと、山号寺号はァ~っとォ~…
おっ若旦那!ちょいと見て下さいよ、あそこ!
あそこでもって車夫が客待ちしてますでしょ。
あれで行きましょ。
若旦那:んん?なんてんだい?
一八:車屋「さん」広小「路」てなどうです?
山号寺号になってますでしょ?
若旦那:ははぁ、洒落で来たか。偉いもんだねえ。
車屋さん広小路か、なるほどねえ。
一八:でしょ?
そういうわけで一円くださいな。
若旦那:うーむ、頓智でくるとはこれァ偉いねえ。
さすがだなァ頭がいい。
よし、それじゃ一円やろう。
一八:ありがとう存じます、頂戴いたします。
懐へ納めましてと…これで首は繋がりましたな。
それで、あとは一つあるごとに一円いただけるんでしたな?
若旦那:そうは言ったけどね、そうそうあるもんじゃないだろう。
一八:へへへありますよォ。
こうならあっしも商売、これでぐっと稼いでね、懐をあっためます
から、どんどん行きますよォ!
えぇ~とね…おっ、向こうの方でもってあの、おかみさんですか、
店の開店準備をしてますよ。
雑巾でもってキレイキレイに掃除してますな。
おかみ「さん」拭き掃「除」ってなどうです?
若旦那:おかみさん拭き掃除か、あるもんだねえ。
よし、一円やろう。
一八:ありがとう存じます!
それじゃ次は…お、若旦那、あっちの方でもって、ばあやさんが
子守をしていますなァ。
おんば「さん」、子が大「事」てなもんです。
若旦那:うぅむうまいねぇ。
おんばさん、子が大事か。
それァ確かに違いないな。
どれ、一円やろう。
一八:ありがとう存じます!
それじゃ次々と、片っ端から行きましょうな。
えぇまずあそこに見えるのは、経師屋「さん」腰障「子」。
若旦那:ほぉ、経師屋さん腰障子か。
今じゃあんまり聞かない名称だが、まぁまぁ山号寺号になって
るからな。ほら、一円だ。
一八:ありがとう存じます!
えぇと、こっちをご覧なさいな。
床屋「さん」耳掃「除」てなもんで。
若旦那:今度は床屋かい。
まぁまぁ、条件は満たしてるからね。
一円やろう。
一八:へへ、ありがとう存じます!
それじゃこちらをご覧なさい。
魚屋「さん」ムロア「ジ」ってやつで。
若旦那:またよくあるな。
魚屋さんムロアジとはね。
まぁいいよ、やろう。
一八:毎度、ありがとう存じます!
そのまたこっちをご覧なさい。
えー酒屋「さん」味噌下「地」。
若旦那:味噌下地って…そりゃ無理があるだろう。
味噌醤油ならあるが、味噌下地って言い方はないだろ。
一八:ダメですか?
若旦那:こじつけはいけないよ。
けど条件は満たしてるからな…しょうがない、やろう。
一八:さすが若旦那!ありがとう存じます!
そしたらこちらをご覧なさい。
若旦那:なんだい?あれはお蕎麦屋さんじゃないか。
一八:そう蕎麦屋!
お蕎麦屋「さん」卵と「じ」ってなどうです?
若旦那:お蕎麦屋さん卵とじ?
…まぁ、条件は合ってるからな…しょうがないな。
ほら。
一八:へへ、こらァどうも、ありがとう存じます!
頂戴いたします!
そしたらまたこちらをご覧なさい。
時計屋「さん」いま何「時」?ってなァどうです?
若旦那:ンンンなかなかひどいのが来たな。時計屋さん、いま何時か。
一八:ひどいっておっしゃったって、条件は満たしてるんですから。
くださいよ。
若旦那:~~しょうがないなどうも。
やらないとは言わないよ。ほら。
一八:ありがとう存じます!
それじゃあ、時計屋「さん」いま三「時」。
若旦那:そんなのはダメだよ!
それ通るんだったら時刻が全部いいことになるじゃないか!
一八:あぁさよで…。
ん~じゃあこっちへ行きましょう!
肉屋「さん」ソーセー「ジ」。
若旦那:ほぉ、そう来たか。
しかしあるもんだな。肉屋さんソーセージか。
よし、一円やろう。
一八:ありがとう存じます!
そのまたあちらをご覧なさい。
洋服屋「さん」紺サー「ジ」。
若旦那:なるほど、紺色のサージ、紺サージを上手く使ったな。
洋服屋さん紺サージ、うん、一円やろう。
一八:へへへどうもありがとう存じます!
頂戴いたします!
え~と他にはァ~……あっ!ちょいと見て下さい若旦那!
あすこに病院がありますねェ。
病院なんというのも今はどこにでもありますから、どうですかね。
お医者「さん」、投げるさ「じ」ってのは?
若旦那:最後まで諦めないでほしいね。
投げる匙ってのは良くないよ。
ん~まぁしかし、山号寺号にはなってるからね…。
まぁやろう。
一八:ありがとう存じます!頂戴します!
それじゃ、お医者「さん」いぼ「痔」。
若旦那:汚いな!
それにまた医者をネタにしたのかい。
一つの職業だけで祝儀を稼ぐのは無しだよ。
一八:ダメですか。
じゃあ今度は綺麗にいきましょう。
今度はどうです、役者で行きましょう。
高島屋さん左團「次」。
若旦那:おぉいいな、高島屋さん左團次か!
褒めてやろう。
よしよし、ほら一円だ。
一八:ありがとう存じます!
では同じく小團「次」。
若旦那:そりゃダメだろ。
さっき医者のくだりで言ったじゃないか。
一八:ですから、一円とは言いませんよォ。
半分でよろしいですから。五十銭。
若旦那:そうはいかないよ!
しかし驚いたね。私の懐がすっからかんだ。
おい一八、だいぶ儲かったようだな。
一八:へい、バカな儲かり温まりってねェ!
これからちょいと一杯やりましてね、家へ帰ってお眠になりますよ
ォ。いい夢を見ようってんでね!
それじゃ若旦那、ごきげんようさようなーー
若旦那:【↑の語尾に食い気味に】
おぉいおいおいおい、愛想がないね。
久しぶりで会ったんじゃないか。それに今度は私もやりたいね。
一八:若旦那が?
よッ、いいね!うかがいましょ。
どんな具合で?
若旦那:その前に、お前さんにやった銭をそっくりこちらへ貸してごらん
。
一八:あ、この銭ですか?
えぇあの、そちらの方へ渡すのは構わないんですけどね、
これ今のあっしの金ですよ。
もと俺の金なんてのは流行りませんからね。
よくいるんですよォ、博打なんかで取られると、「それはもと俺の
金だ」なんてのが。
若旦那:わかってるよ。
いいかい、これを受け取って懐へ入れる。どうだい?
一八:はぁなるほどね、懐へ入れると。
面白くないですな。
若旦那「さん」嫌な感「じ」で。
若旦那:そう言いなさんな。
いいかい、ぐっとこう懐を入れてなーー
一八:【↑の語尾に食い気味に】
懐さんとかなんとか?
若旦那:そんな事は言わないよ。
こうしてぐっと私が尻っ端折りをしてな。
一八:はぁはぁ、手がかかりますな。
若旦那:こうしておいてーー、
一目散、随徳「寺」ッ!!
一八:!あぁぁ南無「三」、仕損「じ」。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
立川談志(七代目)
柳家一琴
※用語解説
・成田山新勝寺
千葉県成田市成田にある真言宗智山派の仏教寺院。
・三縁山増上寺
東京都港区にある浄土宗の七大本山の一つ。
・東叡山寛永寺
東京都台東区上野桜木一丁目にある天台宗関東総本山の寺院。
・下谷の黒門町
東京都台東区にあった地名。
旧下谷区の旧町名、現在の上野1 - 3丁目の一部。
寛永寺総門の通称(黒門)にちなむ。
噺家が二人住んでた、は一人は八代目桂文楽師匠だが、もう一人は不明。
家元、誰なんです?
・一円
明治の頃だと、単純に3800倍だそうなので、令和の今だと
3800円ほどだそうで。
・車夫
人力車の引手。
・経師屋
掛け軸、襖、屏風などを仕立てる職人のことで、現在では壁紙を貼る内装
業者も指す。
・ムロアジ
アジ科の海水魚で、マアジよりも細長い円筒形をしており、体側には
赤褐色の縦帯がある。
伊豆諸島で獲れる「クサヤモロ」はくさやの原料で有名。
新鮮な状態では刺身としても美味しいが身が柔らかくなりやすい為、
産地以外では干物や加工品として流通することが多い。
・下地
お下地。醤油の事。
・紺サージ
紺色のサージ。制服などに用いられる服地。
・高島屋左團次
市川左團次。
高島屋は歌舞伎の屋号。




