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第8話 事件の後始末

サディエル王術学院の教室。放課後の喧騒が遠のき、夕暮れの光が窓から差し込む中、シュオ・セーレンはカイルから借りた少し大きめの予備のシャツに着替えていた。魔法でボロボロになった制服は、見るも無残な姿で床に落ちている。


「サンキュ、カイル。助かったぜ。」


シュオは、借り物のシャツの袖をまくりながら、カイルに礼を言った。その口調は、先ほど強大な魔法を使った存在とは思えないほど、普段通りの軽いものだった。


「い、いや…別にいいけど…。それよりシュオ、体は本当に大丈夫なのか?」


カイルは心配そうにシュオの顔を覗き込む。


「ああ、問題ない。ちょっと疲れただけだ。」


シュオはあっさりと答えたが、その顔には隠しきれない疲労の色が浮かんでいる。力を使った反動は、想像以上にこの人間の体に負担をかけていた。

教室を出ると、廊下で待っていたリーザと合流した。彼女もまた、心配そうな表情でシュオを見つめていた。


「シュオ君…本当に、もう大丈夫なの?」

「平気だって。それより、早く帰ろうぜ。迎えが来てるかもしれない。」


三人は連れ立って校舎を出て、校門へと向かう。しかし、迎えに来ると言っていた女戦士エシュの姿はまだ見当たらない。


「…まだ来てないみたいだな。少し待つか。」


シュオは校門の脇に寄りかかり、ため息をついた。カイルとリーザも、黙ってその隣に立つ。

リーザはどうしても聞きたいことがあった。

魔術練習場でのマッシュとの一件。あの時のシュオは、明らかに普段の彼ではなかった。

あの圧倒的な力、冷徹な態度、そして属性の違う強力な魔法。あれは一体何だったのか。

しかし、その問いを口にすることができなかった。

心のどこかで、それを聞いてしまえば、今目の前にいる「シュオ君」との関係が、決定的に変わってしまうのではないか、という恐れがあったからだ。

結局、リーザは口を閉ざしたまま、俯いてしまった。


しばらくすると、見慣れた長い黒髪を揺らしながら、エシュがやってきた。

彼女はシュオが着ているシャツがいつもと違うことに気づいたようだが、特に何も尋ねることはなく、ただ「シュオ様、お待たせいたしました」と静かに告げた。それが、貴族に仕える者の弁えというものなのだろう。


「じゃあな、カイル、リーザ。また明日。」


シュオは二人に軽く手を振ると、エシュと共に帰途についた。カイルとリーザは、複雑な表情でその背中を見送ることしかできなかった。

ベロニア第四貴族、セーレン家の豪華絢爛な邸宅に戻ると、玄関ホールで待っていたメイドのアーニャが、心配そうな顔で駆け寄ってきた。


「シュオ様! おかえりなさいませ! …あら? そのお召し物は…? いつものシャツではございませんが、何かございましたか?」


アーニャは、シュオが着ているサイズの合わないシャツを見て、目敏く尋ねてきた。


「ああ、ちょっと汚しちまったんだよ。」

「そうですか。それで汚したシャツは?」

「あ...えっとな......」


アーニャのにこやかな笑顔で詰められるとさすがにシュオも焦る。


「シュオ様、嘘はやめて本当の事を言ってください。」

「ああ......すまん。実は授業でやりすぎて破れちまってな......」

「しょうがないですね。直しておきますから出してください。」


シュオはカバンから破れた制服を出すとアーニャに渡した。


「はい、ではお部屋に戻ってお着換えください。」


シュオはアーニャに軽く礼を言うとさっさと自室へと向かった。

自分の部屋に入ると、シュオはすぐに借り物のシャツを脱ぎ捨て、部屋に置かれた大きな姿見の前に立った。

鏡には、まだ線の細い、十六歳の少年の体が映し出されている。しかし、朝見た時とは、明らかに違う箇所があった。

左腕。肩から手首にかけて、まるで古代の紋様のような、複雑な竜の形をした痣が、うっすらと浮かび上がっていたのだ。それは、先ほどマッシュ相手に力を使った際に現れたものだろうか。


(…これはさっきの魔法のせいか?)


ラムジュは、第三世界でマルキエルによって切り落とされた自身の左腕を思い出した。

あの時失われたはずの力が、この人間の体の左腕に、何らかの形で宿っているのかもしれない。

しかしなぜ痣として現れるのか、その理由は今のシュオには分からなかった。彼はじっくりと左腕の痣を見つめたが、答えは見つからない。

逆に、マッシュに第二位魔法を放った右腕には、電気的なエネルギーが逆流した影響か、薄紫色の痣のようなものが浮かんでいた。


(…こっちは数日もすれば消えるだろうな。)


ラムジュ本来の強靭な肉体ならば、この程度の反動は一晩もあれば完全に治癒する。だが、このシュオ・セーレンの体は、そこまで頑丈ではないらしい。無理な力の行使は、相応のリスクを伴うことを、シュオは改めて認識した。

シュオは小さく溜息をつくと、クローゼットから替えの服を取り出し、それに着替えた。

夕食時。広々とした食堂に入ると、すでに父アルギリドと二人の兄、ラルフとヨーカスが席に着いていた。シュオが席に着こうとすると、アルギリドが少し険しい表情で声をかけてきた。


「シュオ。今日、学院から連絡があったのだが…魔術練習場の壁が、何者かによって大きく破壊されたそうだ。お前は、何か関わっているのではないかと、疑われているようだが…心当たりはあるかね?」


学院側の対応は早い。おそらく、教師たちがマッシュから事情を聞き(あるいは気絶したままだったかもしれないが)、シュオの異常な行動を報告したのだろう。


「さあ? 知らないですね、親父殿。俺が練習場の壁を壊せるほどの力を持っているとでも?」


シュオは、しれっとした顔で答え、自分の席に着いた。


「馬鹿馬鹿しいですよ。シュオにそんな力があるわけないでしょう。」


長兄のラルフが、鼻で笑うように言った。


「私もあの学院の卒業生ですが、あそこの練習場の壁は、並大抵の魔法では傷一つつけられません。ましてや、シュオの魔力で壊せるはずがありません。」


ラルフの言葉にはシュオに対する侮蔑が含まれていたが、それは結果的にシュオを擁護する形になった。ラルフは、かつてのシュオの実力をよく知っているのだろう。


「おお、そうか、そうだな! シュオにそんなことができるはずがない!」


アルギリドはラルフの言葉を聞いて安堵の表情を浮かべた。自分の息子が、そんな破壊行為をするはずがない、そう信じたかったのかもしれない。

次男のヨーカスも、特に何も言わず、黙々と食事を続けている。


(…まあ、好都合か。)


シュオは内心で呟いた。今のところ、自分の身に起こっている変化を、家族に知られるわけにはいかない。

シュオは朝食の時と同じように目の前に並べられた格別に美味な夕食を、黙々と平らげていく。その食べっぷりは相変わらず家族を驚かせていたが、誰も特に何も言わなかった。

食事を終え、シュオが早々に席を立ち、自室に戻ろうと食堂を出た時だった。階段を上りかけたところで、後ろからラルフに声をかけられた。


「おい、シュオ。」


シュオは足を止め、ゆっくりと振り返った。ラルフは、少し複雑な表情でシュオを見つめていた。


「お前が練習場の壁を壊したなんてことは、私も信じていない。だが…」


ラルフは言葉を選びながら続けた。


「アーニャから聞いた。マッシュ・ランフォードに、また何かされたそうだな。…お前、そんな危ないいじめに遭っているのか?」


ラルフの声には弟を心配する響きが確かにあった。普段はシュオを馬鹿にしているように見えるが、心の底では気にかけているのかもしれない。


「…兄上は、心配しなくても大丈夫ですよ。」


シュオはそれだけ言うと、再び階段を上り始めた。その背中をラルフは何か言いたげな、心配そうな目で見つめ続けていた。

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