第72話 激闘
静かだった中庭に、突如として白い羽根が降り注いだ。
それは祝福ではなく、絶望の前触れだった。
銀の鎧をまとった天使たちが空から舞い降り、生徒たちの歓声は悲鳴へと変わる。
天使たちは一人たりとも逃がすまいと、その剣を無慈悲に振るい始めた。
一人の天使が、怯える女子生徒に狙いを定め、煌めく剣を振り下ろそうとした、その時だった。
「うおりゃあああ!」
窓ガラスを突き破る轟音と共に、図書室の二階から一人の少年が飛び降りてきた。
彼の手に握られた短剣が、天使の頭上から鋭く突き刺さる。
突然の強襲に天使は身構える間もなく、頭に剣を突き刺され、光の粒子となって消え去った。
「あ、ありがとう......」
「早く逃げろ!」
礼を言う生徒にラムジュは叫ぶ。生徒は頭を軽く下げると走り去った。
「さて...この数を一人でやるのはちょっときついかもな...」
天使の大群を前に、ラムジュは二本の短剣を握り直す。
その手から伝わるのは、僅かな焦燥と、確かな高揚感だった。
『大丈夫だよ、ラムジュ。君は一人じゃない。僕もいる。』
心に直接響くシュオの声に、ラムジュはニヤリと笑う。
「ああ、そうだな。俺達二人でこいつらをやるんだ!」
ラムジュはそう叫ぶと、まるで嵐のように天使の群れの中に突っ込んでいった。
短剣が一閃するたびに、一体、また一体と天使が消滅していく。
しかし、天使たちは怯むことなく、その存在に気づいた者たちが一斉にラムジュへと向かってくる。
一人の剣を短剣で受け止め、体勢を崩した天使を蹴り飛ばす。
そして、別の天使に短剣を突き立て、腹部を切り裂く。
崩れ落ちる天使の後ろから、さらに無数の天使が押し寄せてきた。
「キリがないな!」
ラムジュは短剣に竜の力を込めると、全身から炎を噴出させ、周囲の天使をまとめて吹き飛ばした。
だが、その炎の壁が晴れた先にあったのは、倒れた天使たちを埋め尽くすかのような、さらに巨大な天使の軍勢だった。
「これはマジでキリがないぞ...!」
『ラムジュ、ここは僕がやる! 君はいったん下がって!』
「シュオ...そうだな。俺が闇雲に力を使うよりもお前に任せた方がいいかもな!」
ラムジュの周囲が再び光の帯を放つと、その光の中からシュオが姿を現した。
ラムジュの力が動ならば、シュオの力は静。
迫りくる天使の攻撃を鮮やかにかわすと、その刃は的確に急所を貫いていく。
もうシュオの心に恐れはなかった。
みんなを守る、その純粋な想いだけが、彼の戦いを突き動かしていた。
『さすがだな相棒。お前がここまで強くなっているとは思わなかったぜ。』
「僕だって強くなったんだよ。君と並んで進んでいけるぐらいにね。」
ラムジュの声にシュオは笑みを浮かべて答えた。
絶対的な陣形に天使の数。そして相手はひ弱な第四世界の人間。何も問題ないと思っていた中でその陣形を崩してくる存在にマルキエルは苛立っていた。
「あいつは確か前に人形にしていたやつか...まさか生きていて我に立ち向かってくるとはな。」
マルキエルは納めていた剣を抜き、そして叫ぶ。
「お前達! その人間は私が相手をする! お前達は目的通り他の人間を殺すのだ!」
どこまでも響くかのようなマルキエルの声。天使達はシュオを囲むのをやめ、また散らばっていった。
「ダメだ! ここで倒さないと他の人が犠牲になる!」
慌てて天使の後を追おうとするシュオの前にマルキエルが凄まじいスピードで近寄ってきた。
そして持っていた剣を振り下ろす。シュオはそれを二本の短剣でなんとか受け止める。
「久しいな、人間! まさか貴様が生きていて我に刃向かおうとはな!」
「くっ...こいつの力......!」
シュオはなんとか後ろに飛び距離を取る。
『シュオ、代われ! こいつとは俺が決着をつける!』
「分かったよラムジュ...あとは任せたよ。」
再びシュオの体が光ると、魂はシュオからラムジュへと切り替わった。
「久しぶりだな、マルキエル。そんなに俺に会いたかったのか?」
「貴様は...まさかラムジュか!」
「ああ、そうだよ。今度は前と違って俺の力も使える。3000年前のケリをつけてやるよ。」
マルキエルはラムジュの言葉に天を仰ぎながら大きな声で笑い出す。
「いいぞ、ラムジュ! ようやくお前との決着をつける事ができるのだな!」
「こっちこそお前にやられっぱなしで腹が立ってたんだよ。今度こそお前のその首を落としてやるよ!」
そう叫び、ラムジュはマルキエルに切り掛かる。
マルキエルはその短剣を持っていた剣で弾き返す。
すかさず蹴り飛ばそうとするラムジュ。しかし、それはマルキエルに読まれていたかのようにガードされる。
マルキエルはラムジュの蹴りを受け止めると、そのままの勢いでラムジュを中庭の地面へと叩きつけた。
土煙が舞い上がる。
「その程度の力で我に勝てるとでも思ったか!」
マルキエルが剣を振り上げ、とどめを刺そうとする。だが、地面から這い上がってきたラムジュが、最後の力を振り絞って短剣でその一撃を受け止めた。
「くっ...!」
圧倒的な力に押し負け、ラムジュは膝をつく。彼の短剣が、マルキエルの剣によって今にも折れそうになっていた。
『ラムジュ! 代わって! 僕がやる!』
「ダメだシュオ! こいつは...俺が知っているマルキエルよりも、遥かに強い!」
ラムジュの短剣に、亀裂が走る。その様子を見たマルキエルは、さらに剣に力を込める。
その力に耐えきれず、ついに短剣が鋭い音を立てて砕け散った。
「しまった......!」
折れた短剣から手を離し、ラムジュはかろうじて後ろに転がり、攻撃をかわす。
「くそ......武器が......」
呆然とするラムジュを、マルキエルは嘲笑いながら見下ろす。
「3000年前と比べて弱くなったな、ラムジュ。お前は我に決して勝てないのだ!」
「...ふざけるなよ! 武器がなくたって戦える!」
ラムジュは左腕を突き出し、竜の力を込めるための詠唱を始めた。
「竜の力か。今までは本気を出していなかったのか? いや、出したくても出せなかったのか?」
「うるさい、いくぞ!」
詠唱が終わり、ラムジュの左腕は眩い光を放つとマルキエルに向かっていく。
「いいぞ! かかってこい!」
マルキエルも剣を右手に持ち、左手で迎え撃つ。
ラムジュの竜の力が籠った左手と、マルキエルの左手が激突する。
その瞬間、天地を揺るがすような轟音と共に、巨大な光が二人を包み込んだ。
力と力のぶつかり合い。
その光の中から弾かれたのは、圧倒的な力に押し戻されたラムジュだった。
彼は勢いよく地面を転がり、ようやく止まる。
「くそ......腕が......」
痛みに顔を歪めながら起き上がると、彼の左腕は不自然な方向に曲がり、だらりと垂れ下がっていた。
今の衝撃で、腕の骨が完全に折れたようだった。
「やはりその程度か。所詮、借り物の体ではその程度しか力が出せないようだな。」
マルキエルは腕を軽く振ると、ゆっくりと、しかし確実にラムジュに近づいていく。
「...やっぱりいくら鍛えてもこの体じゃ限界があるのか...」
ラムジュは近寄ってくる最大の脅威に、もはや抗う術を失い、ただ見つめることしかできなかった。
彼の脳裏に浮かぶのは、必死に逃げ惑う生徒たちの顔。そして、遠ざかっていくシュオの声だけだった。
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