第71話 天使降臨
エシュがセーレン家に戻り、いつもの日常が戻ってきた。
朝の賑やかな厨房。
裏庭から聞こえる素振りの音。
そしてそんな音の中で目覚めるシュオ。
「......そうか。もうエシュさんとは朝練しないんだっけ。」
いつもの癖で早く目を覚ましたシュオだったが、それは意味がない事だと思い出した。
エシュとの真剣勝負で見事打ち勝ったシュオ。
エシュはその成長ぶりに自分との訓練はもう必要ないとシュオに告げたのだった。
「なんか朝練しないってなると、それはそれで寂しいな...」
シュオは窓から裏庭を眺める。
そこにはいつものように素振りをするエシュの姿がある。
「僕があのエシュさんに勝てるなんて思わなかったな...」
『今のお前は普通の人間とは違うからな。エシュも普通の人間の中ではかなり強い方だとは思うが、今のお前には相手にならないさ。』
突然心の中から語りかけてくる同居人、ラムジュ。
思えばこのラムジュとの変な同居生活ももう2年になる。
その間に色々とあった。
だが今の自分が強くなろうと思い、ここまでやってこれたのはラムジュのおかげだった。
「ねえラムジュ、君はいつまで僕の中にいるの? 僕は別に構わないけどさ。君だってこの生活は不便じゃないかな?」
『俺だっていつまでもいたくねえよ。できる事ならこの体から離れて前のように肉体を持ちたい。でもそれはできないんだ。俺は一度死んでるからな。』
ラムジュの言葉にシュオは何も返せなくなる。
ラムジュは天使に一度負けたと言っていた。その天使がラムジュを封印するためにまた姿を現した。
この前はうまく誤魔化す事ができたけど、次はきっと戦う事になる。
その時に自分とラムジュの力を合わせても果たして勝てるのだろうか。
『......おい。』
ラムジュに呼ばれシュオは我に帰る。
『なんか難しい事考えてただろ。マルキエルの事とか。』
「やっぱり君にはばれちゃうね。その通りだよ。」
『くだらない事を考えるな。またあいつが来たとしても今度こそ叩きのめしてやればいい。そのためには俺もお前ももっと強くならないといけないんだ。』
「......そうだね。」
シュオは近いうちに必ず訪れるであろう決戦に向けて覚悟を決めた。
相手がどれほど強い天使でも自分とラムジュで力を合わせれば必ず勝てる、そう信じて。
『それよりお前、学校じゃないのか? 早くしないと遅刻するぞ。』
「あ!」
シュオは大事な事を思い出し急いで支度を始める。
(ほんとにこいつと一緒に戦うって大丈夫なのかね...)
ラムジュはため息をついた。
3年生の夏になるといよいよ卒業に向けて本格的に動き出す事になる。
学院では3年生は必ず何かしらのテーマに沿った論文を発表しなければならないのだ。
そのため、この時期になると図書室を訪れる生徒は多い。
授業が終わった後、シュオもその一人となって図書室へと向かった。
そこにはマリア、カイル、リーザのいつものメンバーがすでに集まって色々とテーマについて話をしていた。
「ごめん、遅くなっちゃった。」
「大丈夫ですわ、シュオ様。シュオ様の分までしっかりとこのマリィが考えてますから。なんだったら論文まで書いてもいいですわよ。」
「いや、マリィ、さすがにそれはまずいよ......」
思えばマリアとの付き合いも1年以上になる。
2年生の時にマリアが編入してきて以来、彼女は常に自分のそばにいてくれ、常にサポートしてくれた。
今の自分があるのは彼女のおかげもある。
「はぁ......」
シュオは無意識にため息をついてしまった。
「どうしたんだよ、シュオ。ため息なんてお前らしくないな。」
「カイル、君は僕の事をなんだと思ってるのさ。」
「引っ込み思案で臆病で才能もなくて......」
「それ絶対喧嘩売ってるよね?」
「でも、絶対に間違った事は嫌いなしっかりしたやつ。」
その言葉にシュオの口が止まる。
そうだ。
カイルはそういうやつだ。
昔からずっと一緒にいてくれて、いつも自分の事をしっかりと見てくれていた。
そんな大事な親友だ。
「......ありがとうカイル。これからもずっと親友でいてね。」
「何お別れみたいな事言ってるんだよ! 俺達の人生はこれからだぞ!」
そう言ってカイルは笑い飛ばす。そして周囲から冷たい目で見られシュンとなる。
「まったくカイルはそういう所は成長しないんだから。もっとしっかりしてもらわないと困るんだけど。」
リーザが呆れ顔でカイルを見る。
カイルは「悪ぃ」と言いながら頭をかく。
彼女も自分にとっては大切な存在だ。
小さい頃から自分が泣いていた時に庇ってくれた。
男は強くなくちゃダメだっていつも言ってくれていた。
学院に入って魔力判定がEだった自分を励ましてくれた。
彼女もまた大事な親友だ。
シュオは集まっている皆の顔をもう一度見まわした。
これからもこのメンバーでずっと一緒にいられるように。
そしていつまでもみんなで笑っていたい。
その時だった。
突然学院の庭に巨大な次元の裂け目が現れた。
校庭にいた生徒達は何事かと集まってそれを見ている。
図書室にいた生徒達も窓越しに集まっていた。
「なんだよありゃあ......」
巨大な裂け目を見てカイルが呟く。
裂け目から感じられる力、それに気づいている人間は一人もいないようだ。
『シュオ、お前あの力が分かるか?』
ラムジュが突然心に話しかけてくる。
「分かるよ。あそこから感じられる力。それは僕の中に残っている力と同じものだ。」
『って事はやっぱり天使どもが来やがったか。』
シュオは注意深く裂け目を見続ける。
しばらく見ていると裂け目の中から大群とも言える羽を生やした人間と思わしきものが姿を見せ始めた。
「あ、あれは...天使!?」
一度その姿を見ているマリアが声を上げる。
彼女はその力の恐ろしさを分かっている一人だ。
そして大群が姿を現した最後に、豪華な甲冑を身に纏った勇ましい天使が姿を現した。
「マルキエル......!」
マルキエルは剣を抜くと天に掲げる。
そして力強く叫んだ。
「同志達よ! この世界の人間を抹殺するのだ!」
その言葉に天使達は動き出す。
近くで見ていた生徒達に次々と襲いかかったのだ。
普通の人間と天使では戦闘力も魔力も比べ物にならない。
戦おうとする者、逃げようとする者、その全てが天使達によって切り捨てられていった。
「なんだよあれ...虐殺じゃねえか!」
その光景を見たカイルがわなわなと震える。
リーザやマリアもあり得ないものを見ているかのように口を押さえる。
「みんな。」
シュオは三人に声をかけた。
「みんなは先生達と協力して他の生徒達を逃してほしい。」
「シュオ、何言ってるんだよ......お前はどうする気なんだよ...?」
「僕は、僕とラムジュはあの天使達と決着をつけないといけない。」
「待ってください、シュオ様!」
シュオにマリアがすがりつく。
「あんな数、いくらラムジュと力を合わせたとしても勝てる訳がありません! 私達と一緒に逃げましょう!」
「ごめんねマリィ。マルキエルの狙いは僕とラムジュだ。他の人を巻き込む事はできない。これは僕達の戦いなんだ。」
「シュオ様......」
シュオのそこまで決断した顔をマリアは今まで見た事がなかった。
これまで様々なシュオを見てきたが、ここまで覚悟を決めた男の顔をしたのは初めてだった。
それを見てマリアはシュオを止める事ができなかった。
「大丈夫だよ。僕は必ずまた帰ってくるから。」
シュオのその言葉に三人は何も言えなかった。
ひょっとしたらシュオは他のみんなのために自分が犠牲になろうとしてるかもしれない、それでもシュオを止める事はできなかった。
「......分かった! 他の奴らは俺たちに任せろ! シュオ、お前はあのごつい天使に一髪ぶちかましてこい!」
「......うん。」
カイル達は急いで図書室を出ていった。
部屋に残るのはシュオ一人。
『いいんだな、シュオ? お前が巻き込まれる事はないんだぞ?』
「何言ってるんだよラムジュ。君が僕の体から出ていけない以上、僕らは一心同体でしょ。」
『そうだな。初めはなんでこんなひ弱なやつに乗り移っちまったんだって恨んだ事もあったが、今では立派な相棒になったな。』
「それもラムジュのおかげだよ。」
『へっ...なら最後まで付き合ってもらうぜ相棒!』
シュオが目を閉じるとその周りに魔力の光が生まれ出す。
今までよりもはるかに魔力が高くなったシュオとラムジュが同調させるのはあっという間だった。
光が収まった時、シュオの目つきが変わり、左腕の竜の痣が輝き出す。
「よし、いくぜ! ここで長い因縁を断ち切ってやる!」
ラムジュはそう叫ぶと図書室の窓を蹴破って外に飛び降りたのだった。
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