第67話 アーニャと鉄友団
闇のカラス亭。
その名の通り店の外観は一般の客は非常に入りづらい雰囲気を醸し出している。
一見するとお化け屋敷かと勘違いできない事もないが、知らずに入ってしまうとお化け屋敷よりも恐ろしい事が起こる。
中は貧民街の盗賊団、『鉄友団』のアジトである。
店の中には何人もの男女がいる。
それぞれ遊びに興じたり酒浸りになったり男女の関係になってたりと好き放題だ。
見てみると盗賊でもなんでもないだろう女性もいる。
彼女達は恐らくどこかから攫われてきた女性なのだろう。
そんな中店の端で1人で酒を飲んでいる女性がいる。
アーニャだ。
彼女は戻ってきてから1年間誰とも組んでいない。
何か仕事をするときも必ず1人で事を起こす。
出戻りだから、という理由もあるかもしれないが、基本的に他の人間と関わろうとしてない。
子供の頃からアーニャは1人で行動していた。集団で行動すると誰かの犯罪がばれた時に全員捕まってしまう。それが分かっていたからこそアーニャは1人で行動していた。
今もアーニャの周りには誰も人は寄ってこない。
それは誰も寄せ付けないオーラのせいなのか。
そんな中アーニャに近づく男がいる。
「おい、アーニャ。頼んでおいた仕事はできたのか?」
「ギレスかい。とっくに終わってるよ。ほら。」
アーニャは小さな袋を団長のギレスに投げる。受け取ったギレスは中身を確認する。
中には誰が見ても高級な宝石が散りばめられたネックレスが入っていた。
「よく取ってこれたな。腕はなまってないんだな。」
「当たり前だよ。これぐらいの事なら余裕でこなせるさ。」
「さすがアーニャだ。またよろしく頼むぜ。」
ギレスは報酬の金をテーブルに置くと去っていった。
アーニャは鉄友会のメンバーになったわけではない。
1年前にここに戻り、自分が過去にいた当時からのリーダーであるギレスに話を通してフリーとして窃盗・強盗などの依頼を受けている。
ただ人を殺める依頼だけは絶対に受けない。それはシュオという大切な主人を失った事に対する懺悔なのか。
今でも時々アーニャは夢を見る。
セーレン家でメイドとして働き、シュオと楽しい毎日を過ごしていた日々の事を。
目が覚めるといつも涙が溢れている。
戻れるならあの頃に戻りたい、いつもアーニャは思っていた。
自分をこの貧民街から救い出し、自分の存在を認めてくれたシュオと一緒にいたい。
だが、1年前にその希望が打ち砕かれた。
シュオと言う存在がいなくなり、自分はセーレン家に身を置く理由がなくなってしまった。
セーレン家の人達は自分がどれだけ必要か話をしてくれた。
それでもシュオと言う心の拠り所を失った自分にとってあの家に居続けるというのは辛すぎた。
ジョッキを持ちながら考え事にふけっている時に一人の男が慌てて店の中に入ってきた。
カウンターまで走ると水を1杯飲み、落ち着くと大声を上げた。
「おい! アーニャってやつはここにいるか!?」
男は店中に聞こえるように叫ぶ。
「何事だ?」と何人かの男が近寄る。そして話を聞くとアーニャを呼ぶ。
仕方なくアーニャは席を立ち、男達に近づいた。
「私がアーニャだけど何か用かい? 仕事なら終わったばかりだから今は受け付けてないよ。」
「ちげえよ! 今ここに向かってやばい男と女が来てるんだよ! そいつらどうもお前を探しているらしいんだ!」
私を探している男と女?
そんな人間がいるとは思えない。
ひょっとしてどこかでヘマをやったか?
「どんなやつらだった?」
「男は優男みたいなんだがものすごい強いんだよ! 何人ももうやられてる! 女の方も剣の腕が立って勝てねえんだよ! そいつら大暴れしながらこっちに向かってるんだ! 鉄友団のやつらも何人もやられてるんだよ!」
その時、酒場の扉が大きな音と共に蹴り破られた。中にいた人間は皆何事かと見る。
「来た!」
男は慌てて近くにあったテーブルの下に隠れた。
アーニャは扉のあった場所に立つ2人の顔を見て体が固まった。
「おい! ここにアーニャって女がいるだろ! 隠してないでさっさと出せ!」
「隠してたら承知しませんわよ! この店を壊してでも見つけてあげますわ!」
嘘だ。
そんなはずはない。
あの方は確かに1年前に死んだと聞いていた。
なのになぜあそこに今立っている?
男——シュオは店の中にズカズカと入ると近くにいる男の胸倉を掴む。
「おい、今すぐアーニャを出せ。さもなくば殺すぞ。」
その目つきは普通の人間のものではない。まるで野獣のような目つきで逆らえば即殺されそうなそれだった。
「うるせえ奴らだな。店を滅茶苦茶にして鉄友会に逆らおうってのか。」
酒場の2階から物音を聞いてギレスが出てきた。
シュオは目の前の男を放すとギレスに近づく。
「1度だけ言う。アーニャを返せ。でないとお前を殺す。」
「アーニャを返せ? あいつは自分から俺達の元に帰ってきたんだぞ。それを返せとかふざけたk........!!」
話の最中にギレスが店の奥まで吹っ飛んだ。
シュオがギレスを殴り飛ばしたのだった。
その威力に周りの連中は皆恐怖に怯える。
シュオはさらに奥に進むとギレスを捕まえる。
「1度だけって言ったよな。返さないならお前を殺すぞ。」
「お、お前......こんな事してただで済むと......」
再び、今度はドアの方にギレスの体が飛ぶ。
シュオがまた殴り飛ばしたのだ。
そして飛んできたギレスの首にマリアが剣を突き付ける。
「アーニャを返さないのならこの剣で串刺しにしてあげてもいいんですのよ。」
「やめろマリア。そいつは俺がぶっ殺す。アーニャを出す気がないらしいからな。」
シュオが指の骨を鳴らしながら近づいてくる。
「や...やめて...」
ギレスは完全に戦意を喪失して命乞いをし始めた。
だがシュオの目はそれを許さないほどの目つきになっている。
「シュオ様! おやめください!」
その時カウンターの裏に隠れていたアーニャが立ち上がって叫んだ。
シュオが生きていた。生きて自分を探しに来てくれた。
それだけで十分嬉しかった。
自分は今更シュオの元になど戻れないと思い身を隠したが、これ以上隠れていたら本当にシュオはギレスを殺してしまう。それだけはさせる訳にはいかなかった。
今まで固まっていた体が動き、声が出せた。
「アーニャ! やっぱりここにいたか!」
「アーニャ! 無事でよかった!」
シュオとマリアが同時に声を上げる。
アーニャは走り出すとシュオの胸に飛び込む。
「シュオ様! 生きていらっしゃったんですね! 本当に...本当に良かった......!」
シュオは何も言わずアーニャの頭を撫でる。
マリアはその光景を見て目に涙を浮かべていた。
「シュオ様...また昔のシュオ様に戻られたんですね...」
「ちょっと色々事情があってな。すぐにまた優しいシュオに戻るよ。」
「そうですか...まあ今のシュオ様も私にとっては大切な主人です...」
久しぶりに聞く声。アーニャの心の中に一年前の感覚が蘇ってくる。
「...さあ帰るぞアーニャ。お前の家はここじゃないだろ?」
「ですがシュオ様......私はこの一年犯罪に手を染めてしまいました。そんな私がまた戻ってもいいのでしょうか...?」
「当たり前だろ。アーニャはアーニャだ。それに俺はここでアーニャが犯した犯罪なんて見てないし知らない。お前はいつまでも俺の大事なメイド、それだけだ。」
ラムジュは周囲を睨むと大声を上げる。
「お前ら! ここにアーニャなんて女は最初からいなかった! 分かったな! 分からないやつはまたぶん殴りに来るぞ!」
殺意のこもった怒声にそこにいた者が全員怯えながら「分かりました!」と叫ぶ。
ラムジュは自分の胸に飛び込んだままのアーニャの肩を抱きながら店を出る。
その後を「まったく乱暴なんだから......」と言いながらマリアが追って出ていった。
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