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〜Doragoon Life〜 最強種族の王子、転生して学園生活を謳歌する  作者: かみやまあおい
第3部

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第55話 彼のいない収穫祭

今年もまた、豊かな実りを祝う収穫祭の季節が、街全体を陽気な喧騒で包み込んでいた。

大通りには色とりどりの露店が軒を連ね、香ばしい食べ物の匂いや、楽しげな音楽、そして人々の弾けるような笑い声が、まるで洪水のように溢れかえっている。

ここ最近は、幸いなことにモンスターの活発な動きも影を潜め、人々は久しぶりの平和な日々を心から満喫していた。

学院の生徒たちも、この日ばかりは日頃の勉学や訓練の厳しさを忘れ、友人たちと共に思い思いに羽を伸ばし、年相応にはしゃぎ回っていた。


そんな中、生徒会のメンバーたちは、浮かれ騒ぐ生徒たちが羽目を外しすぎないよう、また、万が一のトラブルに備えて、街の各所を警護して回るという、少々骨の折れる役目を担っていた。


「カイル先輩、俺たちも、少しくらいはどこかで息抜きしませんか? さっきから、美味しそうな匂いが漂ってきて、もう我慢できませんよ。」


生徒会の一員である一年生のネト・フィンレルが、警護の巡回中だというのに、カイルにこっそりとサボりの提案を持ちかけてきた。その目は、いたずらっ子のようにキラキラと輝いている。


「ネト、お前、俺たちの今日の仕事が何なのか、ちゃんと分かってるんだろうな。」


カイルは、やれやれといった表情で、しかしどこか楽しげにネトを見返す。


「え? そりゃあもちろん、学院の生徒たちが、収穫祭の雰囲気に浮かれて暴れたりしないように、しっかりと見張ることですけど…。」

「そうだ。つまり、だ。暴れそうな奴らがいそうな場所、例えば、美味そうなもんが売ってる露店の周りとか、景品が豪華なゲームコーナーとかに、実際に行ってみないと、本当に事件が起きるかどうかは分からないってことだな。」

「さすがです、カイル先輩! よく分かってらっしゃる! んじゃあ、早速、俺が目星をつけていた、あの絶品串焼き屋台の辺りから、徹底的に見張りと行きましょう!」


悪戯っぽく笑い合うと、二人は、本来の「見張り」という仕事をすっかり忘れ、まるで示し合わせたかのように、収穫祭の喧騒の中へと、楽しげに消えていってしまった。


一方、新生徒会長として、多忙な日々を送るリーザ・フローレンスは、女子寮のとある一室の前に、静かに佇んでいた。

その部屋の扉は固く閉ざされ、ここしばらくの間、誰かが開け閉めしたような形跡は見受けられない。

リーザは、意を決したように、そっとその重い扉をノックした。


「マリア、私よ、リーザだけど。今日は待ちに待った収穫祭だし、せっかくだから、少しだけでも外に出てみない? きっと気分転換になると思うわ。」


しかし、ドアの向こうからは、何の返事も、物音一つ返ってこない。まるで、そこには誰もいないかのように。


「マリア、あなたの気持ちが沈んでいるのは、痛いほど分かるつもりよ。でも、ずっと部屋に閉じこもりっぱなしでいるのは、あなたの心にも、体にも良くないわ。ねえ、お願いだから、少しだけでもいいから、私と一緒に収穫祭を回りましょう?」


リーザは、懇願するように、ドアに向かって優しく語りかける。それでも、部屋の中からは、やはり何の反応も返ってこない。

リーザは、ふぅ、と小さくため息をつくと、後ろを向き、冷たいドアにそっと背中を預けて寄りかかった。そして、まるで独り言を呟くかのように、静かに言葉を紡ぎ始めた。


「マリアが、部屋から出たくないっていうその気持ち、私にも少しは分かるつもりよ。私も、あの日、シュオ君がいなくなってしまったと聞かされた時は、本当に、どうしたらいいのか分からなかった。目の前が真っ暗になって、この世の全てが、まるで色を失ってしまったかのように感じたわ。それはきっと、私も、心のどこかでシュオ君のことが、ずっと、ずっと好きだったからなんだと思う。」


リーザの、その飾り気のない、そして心からの言葉に、ドアの向こう側で、ほんの僅かに、何かが動くような、小さな物音がした。


「……リーザが……シュオ様のことを…、本気で、好きだったと、言うの…?」


か細く、そして掠れた、しかし紛れもなくマリアの声が、ドアの隙間から漏れ聞こえてきた。


「ええ、そうよ。私たちは、本当に小さい頃から、ずっと一緒にいたもの。最初は、あんなに泣き虫で、弱虫で、いつも私の後ろに隠れているような子だったシュオ君が、いつの間にか、どんどん強く、そして頼もしくなっていく姿をすぐそばで見ているのは、私にとって、本当に嬉しくて、そして誇らしいことだったわ。だからこそ、あの日、彼が亡くなったって聞かされた時は、本当に、何も考えられなくなってしまったの。頭の中が、真っ白になって…。」

「…そうだったのね…。私は、そんなこと、少しも知らなかったわ…。」


リーザは話をしているうちに、いつの間にか頬を伝って流れ落ちてきた熱い涙を、そっと手の甲で拭った。


「でもね、マリア。いつまでも泣き崩れて、塞ぎ込んでばかりなんていられないって、私は思ったの。私には、生徒会長としての責任もあったし、騎士団や魔導部隊からの、人手が足りないから手伝ってほしいっていう要請も、たくさん来ていたわ。それに、あの忌まわしい魔法陣の調査にも、微力ながら協力させてもらった。正直、悲しみに暮れて、塞ぎ込んでいる暇なんて、少しもなかったのよ。」

「…………リーザは……。」


部屋の中から、再びマリアのか細い声がする。


「リーザは、本当に強かったのね……。今の、こんな私とは、全然違って……。」

「そんなことないわよ、マリア。私が強かったわけじゃない。ただ、私の周りの環境が、そして大切な人たちが、私を弱いままでいさせてくれなかっただけ。生徒会の後輩のみんなや、騎士団や魔導部隊の頼もしい人たち、そして、いつも私を支えてくれた、今は亡き父様や、マティさん…。みんなが、私の力を必要としてくれた。ただ、それだけのことなのよ。」

「……今の私なんて……きっと、もう誰も必要としていないわ……。シュオ様がいなくなってしまった今、私には、もう何の価値もないもの…。」

「そんなこと、絶対にないわよ! カイルだって、またマリアと、くだらないことで言い合いをしながらも、本当は楽しくお喋りしたがってる。そして、私だって、あなたのその強い力と、そして何よりも、あなた自身を、今でも必要としているのよ。それに、きっと、天国のシュオ君だって……。」

「シュオ様は、もういないのよ…! 私は、他の誰でもない、シュオ様だけに必要として欲しかったの…! 私は、シュオ様の剣として、シュオ様のためだけに戦いたかったのよ…!」


マリアの魂からの叫びにも似た、悲痛な声が、ドア越しにリーザの胸を締め付ける。


リーザは、ふぅ、と深く息を吐くと、少しだけ声のトーンを変えて、諭すように言った。


「ねえ、マリア。もし、今、シュオ君が生きていて、今のあなたの姿を見たら、一体どう思うかしら。きっと、『そんな暗い顔をして塞ぎ込んでいるマリィなんて、僕の知ってる、あの太陽みたいに明るくて、気高くて、そして誰よりも強いマリィじゃない』って、きっとそう言うと思うわよ。」

「……そう、かもしれないわね……。シュオ様なら、きっとそう仰るでしょうね…。だけど…だけど、私には、もう、どうしたらいいのか、分からないのよ…。」


ドアの向こうから、シクシクと、マリアの抑えきれない泣き声が、再び漏れ聞こえてきた。

マリアにとって、シュオという存在が、一体どれほどまでに大きく、そしてかけがえのないものだったのか。リーザは、その痛いほどの想いを理解しつつも、同時に、そこまで一途に誰かを愛せるマリアのその純粋さが、少しだけ羨ましいとさえ思った。


その時だった。寮の静かな廊下に、誰かが慌ただしく階段をバタバタと駆け上がってくる、大きな足音が響き渡った。

リーザが訝しげに顔を向けると、音の主は、息を切らし、額に大粒の汗を浮かべたカイルだった。


「カイル! ちょっと、あなた、ここは女子寮なのよ! いったい何があったの!? そんなに慌てて、勝手に入ってきたりして!」

「そんなこと、言ってる場合じゃねえんだって、リーザ! それどころじゃねえんだよ! シュ、シュオが…! あのシュオが、収穫祭で賑わってる街の中に現れたんだ!」

「え!? そ、そんな、まさか!? だって、シュオ君は、一年前に…!」


部屋の中でも、何かが倒れるような、大きな物音がした。

そして次の瞬間、今まで固く閉ざされていたマリアの部屋の扉が、まるで爆発でもしたかのように、バーン!と激しい音を立てて勢いよく開かれた。

その衝撃で、扉に寄りかかっていたリーザは、危うく弾き飛ばされそうになる。


「答えろ、三流騎士……! シュオ様が……本当に、本当にシュオ様が、あの街にいたというのか……!?」


扉の奥から現れたマリアは、髪はボサボサで、目も真っ赤に腫れ上がり、服装も乱れきってはいたものの、その瞳には、先程までの絶望の色はなく、代わりに、信じられないほどの強い光が、まるで燃え盛る炎のように宿っていた。


「あ、ああ、間違いない! 俺が、確かにこの目で見たんだ! 急がないと、見失っちまうかもしれねえ! とにかく、俺についてこい!」


カイルとマリアはもはや言葉を交わす必要もないとばかりに、互いの目を見つめ合うと、まるで示し合わせたかのように同時に駆け出し、嵐のような勢いで階段を駆け降りていった。

リーザもまた、一瞬呆然としていたが、すぐに我に返ると、二人の後を追いかけて、力強く廊下を蹴って走り出したのだった。

三人の胸には、それぞれ異なる、しかしどこか似通った、強い思いが渦巻いていた。

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