番外編3 エシュ・ホランド4
地下20層に突如現れた巨大な扉。
その禍々しさがこの先に何かがある事を示しているが、ただの力では開ける事が出来ない事が分かった。
「つまり、この扉は、魔法の力で固く封印されていて、普通の方法では開けることができないってことか?」
ギットが険しい顔で尋ねる。
「ええ、そういうことね。無理やりにでもこの封印を破壊しない限り、この扉が開くことはないわ。」
「それでしたら、やはり、当初の予定通り、ここまで来たという実績だけで満足して、一度拠点に戻るのが賢明ではないでしょうか。」
アイファが、パーティーの消耗具合を案じ、カバンから帰還の水晶を取り出そうとする。
「ちょっと待ちなさいよ、アイファ。誰が、この程度の封印を、この私が破壊できないなんて言ったの? この程度の封印、私の全力をもってすれば、きっと破れるはずだわ。」
メイは、アイファの制止を振り切るように前に出ると、愛用の魔術杖を固く握りしめ、再び魔力の詠唱を開始した。
「おい、メイ! さすがに無茶をするな! お前の魔力も、もうほとんど残ってないはずだろう!」
ギットが慌てて止めようとするが、
「ギットは黙って見てなさい! 私の、この身に宿る最大魔力を全てぶつけて、あの忌々しい扉をこじ開けてみせるわ!」
メイの周囲に、先程の戦闘時とは比較にならないほどの、膨大で眩い魔力が渦を巻いて集まってくる。
普段の戦闘で使用する魔力を遥かに超える、限界ギリギリの輝きが、メイの持つ魔術杖の先端に凝縮されていく。
その様は、まるで小さな太陽が生まれようとしているかのようだ。
「こんな古臭い封印なんて、さっさと壊れてしまえーー!!」
メイが渾身の力を込めて振り下ろした魔術杖から、圧縮された純粋な魔力の弾丸が、凄まじい勢いで扉に向かって放たれる。
光の弾が扉に直撃した瞬間、洞窟全体が激しく揺れ動き、まるで空間そのものが悲鳴を上げているかのような、耳をつんざく轟音が響き渡った。
そして、まるで頑丈な鎖が力任せに引きちぎられるかのように、扉に施されていた魔法的な封印の何かが、音を立てて弾け飛んだのが分かった。
「やったぞ、メイ!」
「よくやったぜ、メイ! さすが俺たちの天才魔術師だ!」
ギットとリンドが、興奮した様子でメイに駆け寄り、称賛の声をかける。
しかし、その声援に応える力も残っていなかったのか、メイはその場に力なく崩れ落ちてしまった。
「もう...無理...一歩も...動けない...」
「...本当によくやった。あとは俺たちに任せろ。」
モーゼが、倒れたメイをそっと背負い上げる。メイは、か細い声で「ありがと...」とだけ言うと、安心したように静かに目を閉じた。
「よし、それじゃあ、いよいよこの扉を開けるぞ。この先に何が待っているのか、楽しみじゃないか。」
ギットとリンドが、二人掛かりで重々しい石の扉に力を込めて押し始める。
ギギギ...という重苦しい音を立てながら、巨大な扉はゆっくりと、少しずつ内側へと動き出し、その奥に広がる未知の光景を、彼らの前に露わにし始めた。
「...なんだ? 明かりの一つもなくて、真っ暗だな。」
「ああ、まったくだ。これじゃあ、中の様子が何一つ見えやしねえな。」
二人が、扉の隙間から中の様子を窺い、何か見えないかと目を凝らして確認していた、まさにその時だった。
エシュは、背筋が凍るような、強烈な悪寒とも言うべき何かを感じ取った。
「二人とも、危ない! すぐにそこから離れろ!」
エシュが反射的に絶叫した瞬間、それは本当に、瞬きする間もないほどの一瞬の出来事だった。
扉の奥を覗き込んでいたギットとリンド、その二人の屈強な冒険者の頭部が、まるで熟れた果実が枝から落ちるかのように、あっけなく体から消し飛んだのだ。
何が起きたのか、エシュには全く理解できなかった。
鮮血が、まるで噴水のように勢いよく吹き出し、壁や床を赤黒く染め上げていく。
アイファは、そのあまりにも凄惨な光景を目の当たりにし、声にならない悲鳴を上げながら、口元を両手で覆い、その場に呆然と立ち尽くしている。
モーゼもまた、目の前で起きた信じられない出来事に、鍛え上げられたその巨体が、まるで石像のように微動だにできなかった。
「な、何が...何が起きたというんだ......!?」
エシュの体全体が、恐怖と混乱で激しく震え始めるのを感じる。
今まで、どれほど過酷な戦場を潜り抜けてきても、ここまで全身が震え上がったことなど、一度としてなかった。
腰に下げた愛剣を抜こうとするが、恐怖で手が震え、まともに柄を握ることすらできない。
それぐらいに恐怖を感じる威圧が扉の向こうにいると思われる何かから感じる。
その時、開かれた扉の奥から、まるで嵐のような、凄まじい勢いの強烈な風が吹き付けてきた。
エシュ、アイファ、そしてメイを背負ったモーゼの三人は、その圧倒的な風圧に、立っているのがやっとという状態だった。
「...俺たちは...もしかしたら、とんでもないものの封印を、解いてしまったのかもしれないな...。」
不意に、モーゼが、絶望的な色を浮かべた瞳で、絞り出すように呟いた。
このデルガライト洞窟自体が、何か恐ろしいものを封印しておくためだけに作られた、巨大な牢獄のような場所だったのだとしたら。
そう考えれば、10階層から急激に強くなる魔物の出現にも、そして、この禍々しい扉の存在にも、全て納得がいく。
この洞窟を作った何者かは、この扉に、何人たりとも近づけさせないようにするために、あのような強力な守護者たちを配置していたというのだろうか。
「エシュ。アイファとメイを頼む。」
モーゼが、不意に、しかし決然とした口調で言った。
「...どういうことだ? モーゼ、お前、まさか...!」
「俺は、あの扉を閉めに行く。たとえ魔法的な封印が解けてしまっていたとしても、物理的に閉ざすだけでも、少しは時間を稼げるはずだ。お前たちは、その隙に帰還の水晶を使って地上に戻り、できるだけ遠くに逃げるんだ。」
「モーゼ、あんた、本気で死ぬ気なのか!?」
「ギットも、リンドも、俺の大事な仲間だった。あいつらをこんなところに置いて、俺だけがのうのうと生き残るなんてこと、できるわけがないだろう。」
モーゼは、背負っていたメイを静かに地面に降ろすと、アイファにその身を託した。その瞳には、悲しみと、そして仲間への深い愛情が宿っていた。
「行けっ!!」
それは、エシュが初めて聞いた、モーゼの魂からの叫びだった。
そして、モーゼは、まるで何かに憑かれたかのように、開かれたままの巨大な扉へと向かって走り出すと、その扉の向こう側へと姿を消し、内側から扉を閉め始めた。
「エシュさん、こちらへ! 早くしないと!」
既に帰還の水晶を取り出し、発動準備を終えていたアイファが、メイの体を抱きかかえながら、必死の形相で叫ぶ。
エシュは、一瞬、迷った。
モーゼの後を追い、共に戦うべきか。それとも、彼の覚悟を無駄にせず、このまま生き残った二人と共に逃げ帰るべきか。
だが、その逡巡は、扉の向こうから聞こえてきたモーゼの断末魔の悲鳴によって、無慈悲に断ち切られた。
エシュは、心の奥底で燃え上がる怒りと悲しみを無理やり振り切り、アイファのそばへと走った。今はただ、この二人だけでも、必ず守り抜くという強い思いで。
アイファが帰還の水晶を起動させると、眩い光が三人の体を包み込み、次の瞬間、彼らの姿は、血塗られた扉の前から跡形もなく消え去っていた。
――――――――
地上に戻った後の行動は、迅速だった。
エシュは意識を失ったままのメイを抱え、アイファと共に、死に物狂いで馬車まで走り、全速力でベロニア王国へと向かって馬を走らせた。
その後、このデルガライト洞窟で起きた一連の出来事は、王国を揺るがすほどの大きな事件、「デルガライト事件」として、歴史にその名を刻むことになるのだった。
エシュはメイとアイファを無事にベロニアに届けた後、2人とは別れた。それ以来2人とは1回も会っていない。
エシュは誰にも何も告げることなく、静かに冒険者を引退したのだった。
――――――――
「エシュさん、どうかなさいましたか? 先程から、ずっと空を見上げていらっしゃいますけど。」
どこか遠い過去の記憶に想いを馳せ、空を見つめ続けていたエシュに、アーニャが不思議そうな顔で声をかける。
「...いや、なんでもない。ただ、ちょっと昔のことを思い出していただけだ。さあ、私達も朝ご飯にしようか。」
「はい、そうしましょう! 私、もうお腹がペコペコですわ!」
軽やかな足取りで屋敷へと駆け出していくアーニャの後ろ姿を、エシュは穏やかな目で見送りながら、今、自分がこうして生きてここにいることへの感謝と、そして、あのデルガライト洞窟で命を落としていった、かけがえのない仲間たちへの哀悼の意を、心の中で静かに捧げた。
彼女の心には、今もなお、あの時の激しい炎と、仲間たちの最後の笑顔が、鮮明に焼き付いているのだった。
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