番外編3 エシュ・ホランド3
デルガライト洞窟の地下19層。
その深淵に到達したのは、トライデントが初めてだった。
彼らはこの困難な挑戦のために、パーティーの財産のほとんどを使い果たし、回復薬類を大量に買い込んできていた。しかし、それらも今や底を尽きかけていた。
サイクロプスとの激戦以降、通常のダンジョンでは滅多にお目にかかれないような、強力で異質なモンスターとの遭遇が立て続けに起こった。
ベヒーモス、ワイバーン、オーガキング、どれも滅多に遭遇できるモンスターではない。
明らかにこのダンジョンは何かが違った。
まるで10層から下は別のダンジョンなのかと思われるおのだった。
大量に仕入れてきたポーションも1戦1戦ごとに大量に使用していくようになり、アイファの治癒魔法もだんだんと魔力が足りなくなっていき、短い休憩を挟みながら、命からがらここまで辿り着いたのだった。
エシュもまたこれまでとは異なる激しい戦いで所持していたポーションをほぼ使い切ってしまっていた。
この暗く、出口の見えない洞窟に入ってから、一体どれほどの時間が経過したのだろうか。太陽の光が一切届かないこの場所では、時間の感覚が狂い始めていた。
「よし、ここで少し休憩しよう。」
地下20層へと続くであろう階段の手前で、リーダーのギットがようやく休憩を提案した。
他のメンバーも疲労困憊の様子で、重い荷物を地面に下ろしながら、その場にへたり込むように腰を下ろす。
普段はお調子者で場を盛り上げているリンドや、自信家のメイでさえも、今は口数が極端に少なくなっていた。それだけ、ここまでの道のりは肉体的にも精神的にも過酷なものだったのだ。
残り少ない水を、皆で少しずつ分け合いながら喉を潤す。
エシュは、自分の愛剣を鞘から抜き放ち、その刀身の状態を入念に確認する。
エシュの剣は、以前の冒険で手に入れた、曰く付きの特別な名剣だ。
それでも、ここまで強力なモンスターたちと激しく斬り結んできた影響は隠せず、刃こぼれや細かな傷が目立ち始めていた。
このままモンスターと戦い続けていたらいつかこの剣も折れてしまうだろう。
「...なあ、ギット。ここから先、どうするつもりなんだ? 本当に、このまま深層まで向かうのか?」
リンドが、疲れ切った顔をしながらも、真剣な眼差しでギットに問いかける。
今のパーティーの状態を冷静に考えれば、ここで引き返したとしても、前人未到の地下19層まで辿り着いた唯一のパーティーとして、ギルドや世間から称賛されるはずだ。
「ギット、私も、一度拠点に戻った方が賢明だと思います。」
パーティーの生命線である回復役のアイファが、静かに、しかし強い意志を込めて言った。
彼女は、このメンバーの限界を誰よりも正確に把握していた。
自身の残りの魔力を考えると、これ以上深層へと進むのは、回復が追いつかなくなる可能性が極めて高い。それは、パーティーの全滅を意味する。
「まあ、キリよく20層に降りてから帰ればいいんじゃない? 中途半端は、私の性に合わないわ。」
メイもまた、疲労の色は隠せないものの、その自信に満ちた態度は少しも揺らいではいなかった。
確かに、20層まで到達したと言った方が、冒険者としての名誉はより高まるだろう。
「...エシュは、どう思う?」
ギットは、最後にエシュへと話を振った。
エシュにとって、この冒険に明確な個人的な目的があったわけではない。
名誉や名声が欲しいわけでもなければ、財宝もそこまで必要ではない。
お気に入りであるこの愛剣を、これ以上酷使して壊したくないという気持ちもある。
だが、同時に冒険者としての本能が、この先の未知なる光景を見てみたいと、強く囁きかけてもいた。
この先に何があるのか、それを確かめたいという抑えきれない好奇心。
「...私は、メイの意見に賛成だ。」
エシュは、パーティー全体の疲労度を冷静に考慮し、最終的にそう結論付けた。
自分自身の体力も、もう限界に近い。
これ以上強力な敵が出現した場合、今の状態でパーティーメンバーを守り切れる自信は、正直なところなかった。
ここまででも十分に宝物は見つけていたし、これ以上欲をかいても仕方がない。
「.........分かった。それじゃあ、この階段を降りて、20層の地面に足を踏み入れたところで、帰還の水晶を使おう。」
ギットは、メンバーたちの意見を総合的に聞き入れ、そう決断を下した。
帰還の水晶は、事前に登録しておいた場所に一瞬で戻ることができる魔法のアイテムだ。彼らが帰還先として登録してあるのは、このデルガライト洞窟の入り口。それを使えば、消耗しきった状態でも安全にダンジョンから脱出できる。
最深部への到達は叶わなかったが、20層まで到達したという実績だけでも、十分に誇れる成果と言えるだろう。パーティーの士気が、わずかに持ち直したように見えた。
「そうと決まれば、さっさと階段を降りて、20層に行くか。」
「そんじゃ、俺が先に降りて、階段の下に何か危ないもんが潜んでないか、ちょっくら見てくるよ。」
リンドが、いつものお調子者らしい軽快な口調で言うと、すっと立ち上がり、まるで影のように音もなく階段を降りていく。
盗賊ならではの、気配を消した巧みな歩き方だ。もし階段の下に何らかの危険が潜んでいたとしても、彼ならばすぐに察知し、回避することができるだろう。
しかし、しばらくして階段を上がってきたリンドの表情は、いつもの彼らしからぬ、何か異様なものを見たかのように強張っていた。
「どうしたんだ、リンド? やけに慌てたような顔をしてるじゃないか。」
ギットが訝しげに尋ねる。
「ギ、ギット…! おい、みんな、聞いてくれ! この階段の下が、もしかしたら、このダンジョンの最深部かもしれない! 階段を降りてすぐのところに、とんでもなくでかくて、禍々しい扉があったんだ!」
「なんだって!? それは本当か、リンド!?」
リンドの衝撃的な報告に、その場にいた全員の顔が、驚愕と期待の入り混じった表情に変わる。
「ってことは、もしかして、その大きな扉の奥に、お宝が眠ってるってことじゃないの!?」
メイの瞳が、俄かにギラギラとした輝きを放ち始める。その声には、先程までの疲労など微塵も感じさせないほどの力が漲っていた。
「...だとしたら、俺たちは、とてつもない名誉と、莫大な財宝を、同時に手に入れることができるかもしれないな。」
普段は無口で感情を表に出さないモーゼも、珍しく興奮した面持ちで呟いた。その黒い瞳の奥には、冒険者としての野心が燃え上がっているのが見て取れる。
「よし、みんな、行くぞ! これで俺たちは、一気にS級パーティーの仲間入りも夢じゃないかもしれないぞ!」
ギットの力強い声に、消耗しきっていたはずのメンバーたちは、まるで魔法にかかったかのように活力を取り戻し、それぞれの荷物を再び背負い、意気揚々と立ち上がった。
一人ずつ順番に、息を殺し、慎重に階段をゆっくりと降りていく。
階段を降りきった先、そこには、リンドの報告通り、異様な文様がびっしりと刻み込まれた、巨大で重々しい石造りの扉が厳かに鎮座していた。
その扉からは、形容しがたいほどの古えの魔力と、不吉な気配が漂ってきている。
「うわぁ...こりゃまた、とんでもねえ代物だな...。この先に何かがあるのは間違いないんだろうけど...。問題は、どうやってこのクソでかい扉を開けたもんかなぁ...。」
リンドが、扉の表面をくまなく調べ始め、どこかに開けるための仕掛けや罠がないかを確認し始める。
「無駄よ、リンド。そんな物理的な仕掛けなんて、どこにもありはしないわ。この扉には、強力な魔法的な封印が幾重にも施されてる。それも、並の魔術師じゃ到底太刀打ちできないような、特大のやつがね。」
メイが、魔力感知の能力で扉を詳細に調べた結果、そう結論付けた。彼女の顔には、先程までの興奮は消え、代わりに真剣な表情が浮かんでいる。
最深部にあったどうする事も出来ない巨大な扉の前でパーティーは途方に暮れてしまった。
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