第5話 マッシュの挑発
昼食中、シュオはカイルとリーザに声をかけた。
「二人とも。この学院に、書庫…本がたくさん置いてある場所はあるか? 少し調べたいことがあるんだが。」
「え? 書庫?」
カイルはきょとんとした顔をした。
「あるけど…シュオが書庫に行きたいなんて、珍しいな。」
「ええ、そうね。でも、記憶がないなら、色々調べるのはいいことかもしれないわ。」
リーザは納得したように頷いた。
「分かったわ、授業が終わったら案内してあげる。」
カイルとリーザは、驚きながらも快く承諾してくれた。
三人は食堂を出る。背後から、マッシュの刺すような視線を感じたが、シュオは気にも留めなかった。
放課後、シュオはカイルとリーザの案内で書庫へと向かった。
案内された場所はシュオの想像を遥かに超える規模だった。天井まで届く巨大な本棚がいくつも並び、膨大な数の書物が収められている。
静かで、埃っぽいインクの匂いが漂う空間。
シュオはその光景にわずかに興奮を覚えた。知識は力だ。この世界で生きていくためには、まずこの世界のことを知らねばならない。
「すまないが、俺はここでしばらく本を読む。二人は、適当に時間を潰していてくれ。」
シュオはそう言うと、カイルとリーザをその場に残し、一人で本棚の間へと入っていった。
シュオはまず、歴史に関する書物を探し出した。
『第四世界の国々』『ラスティーナ地域の興亡』『首都ベロニアの発展』。
それらを手に取り、片っ端から読み始める。
次に技術に関する本。『現代魔術概論』。
シュオは驚異的な集中力と理解力で、次々と情報を吸収していった。
第四世界の歴史、地理、文化、政治体制、そして魔術体系。
第三世界とは、何もかもが違っていた。
しかし、それはシュオにとって、非常に興味深いことでもあった。
なるほど、ここは第四世界で人間は1つの魔法の属性しか使用する事が出来ないのか...
しかしなぜ第三世界の俺が第四世界の人間に転生をしたのか...?
ここにある本ではまったく分からないな......
夢中になって本を読みふけっていると、不意に背後から、ねっとりとした嫌な声が聞こえてきた。
「へぇ、落ちこぼれのシュオ様が、珍しくお勉強ですか。 無駄な努力ご苦労様だな。」
振り返ると、そこには案の定、マッシュが取り巻き二人を連れて立っていた。腕を組み、嘲るような笑みを浮かべて、シュオを見下ろしている。
「無駄かどうかは俺が決めることだ。お前には関係ないだろう。」
シュオは本から目を離さずに、冷たく言い放った。
その言葉がマッシュの癇に障ったらしい。彼の顔が怒りで歪んだ。
「…てめぇ、さっきから生意気なんだよ! いい加減にしろ!」
マッシュは声を荒らげた。
「いいから黙って、魔術練習場までついてこい! 今日こそ、お前に本当の恐怖ってもんを教えてやる!」
その怒鳴り声に、近くにいたカイルとリーザが慌てて駆け寄ってきた。
「マッシュ! ここは書庫だぞ! 静かにしろ!」
「それに、シュオ君はまだ本調子じゃないのよ! 無理強いするのはやめて!」
「うるせぇ! お前らはいい加減に黙ってろっつってんだろ!」
マッシュはカイルとリーザに向かって怒鳴り返した。その剣幕に、二人は怯んでしまう。
シュオは読んでいた本を静かに閉じると、ゆっくりと立ち上がった。
そして意外にも、マッシュに向かって笑いかけた。それは、シュオが見せたことのない、不敵で、どこか危険な笑みだった。
「…いいだろう、マッシュ。そこまで言うなら、お前の『練習』とやらに付き合ってやるよ。」
「な…!」
シュオの、以前とは明らかに違う、挑戦的な態度に、マッシュは一瞬戸惑いを見せた。だが、すぐにいつもの不遜な笑みを取り戻す。
「…フン、ようやく分かったか。それでいいんだよ。」
マッシュは取り巻きの二人に目配せした。二人は頷くと、シュオの両腕を左右からがっちりと掴んだ。抵抗する素振りは見せないシュオ。
「行くぞ。」
マッシュはそう言うと、シュオを引きずるようにして書庫を出ていく。
「シュオ!」
「待って!」
カイルとリーザも、心配そうに慌ててその後を追った。
5人が向かったのは、学院の敷地内にある『魔術練習場』と呼ばれる広大な空間だった。
高い天井、だだっ広い床。周囲を囲む壁や天井には、淡い魔力の光が常に流れているのをシュオは感じ取った。
おそらく強力な魔法が当たっても壊れないように、防御魔術が施されているのだろう。
練習場の中では既に何人かの生徒が魔法の練習をしていたが、マッシュたちが入ってくると、途端に練習を中断し、蜘蛛の子を散らすように壁際へと避難した。
誰もが、これから起こるであろう面倒事に関わりたくない、という顔をしている。
部屋の中央で、マッシュは足を止めた。そして、取り巻きに命じて、シュオを自分から少し離れた場所に立たせる。
マッシュは、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、シュオに言った。
「おい、シュオ。今回の魔法はな、三日前のやつより、ずーっと威力が強いやつだ。死なないように、せいぜい頑張るんだな?」
シュオは表情一つ変えずに、マッシュを見据えた。
「…いいから、早く使ってみろ。お前の使う魔法がどの程度の威力なのか、ちょうど見てみたかったところだ。」
その挑発的な言葉にマッシュの額に青筋が浮かんだ。もはや怒りを隠そうともしない。
「…てめぇ…! 後悔するなよ、クズがぁっ!!」
マッシュは叫ぶと、両手を前に突き出し、呪文の詠唱を開始した。その声は怒りに震え、周囲の空気がビリビリと震えるほどの魔力を帯び始める。
「ま、待って! あの詠唱は…第三位魔法、『サンダー・ランス』じゃないか!?」
練習場の隅で見ていたカイルが、顔面蒼白になって叫んだ。
魔術には威力の低い順に第四位から第一位までのランクが存在する。
第三位魔法は、一年生が扱うには強力すぎる、上級生レベルの魔法だ。
「やめて、マッシュ! それは危険すぎる!」
リーザも叫ぶが、マッシュの耳には届いていない。
詠唱を終えたマッシュの右手には、眩いばかりの雷光を放つ、巨大な魔力の塊が出現していた。
バチバチと激しい音を立て、空気を焦がすような匂いを放つ。それは、凝縮された破壊のエネルギーそのものだった。
「死ぬんじゃねぇぞ、シュオォォッ!!」
マッシュは憎悪に満ちた叫びと共に、右手をシュオに向かって突き出した。雷の塊は、一条の閃光となって、凄まじい速度でシュオ目掛けて飛来する!
回避する時間はない。防御する術もない。
次の瞬間、雷の塊は、シュオの華奢な体に、真正面から直撃した。
轟音!!
激しい爆発音と共に、閃光が練習場全体を白く染め上げた。
衝撃波が壁を揺らし、床を震わせる。
爆心地には、もうもうと黒い煙が立ち込めていた。その濃い煙の中に、シュオの姿は完全に消えていた。
「……」
マッシュは肩で息をしながら、煙が立ち込める場所を睨みつけていた。その顔には、残忍な満足感と、わずかな不安が入り混じっているように見えた。
「シュオ!」
「シュオ君!」
カイルとリーザの悲鳴が、静まり返った魔術練習場に響き渡った。
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