第46話 不穏な気配
ほんの寸前までマリアの相手をしていたサイが一瞬で自分の目の前に現れた事にシュオは驚愕する。
(マリィを相手にしていたのに…一瞬で、ここまで来たっていうのか!?)
シュオは二本の短剣を構え直し戦闘の体勢を取る。
「勝手な真似をしてこの戦いを終わらせるな。もっと、楽しませろ。」
サイは、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべながら言った。その表情に、シュオは得体の知れない寒気を感じる。
「シュオ様!」
背後からマリアがサイ目掛けてレイピアを突き出すが、サイはそれをまるで予測していたかのように、最小限の動きで華麗にかわす。そこに、シュオが二本の短剣を交差させて飛び込むが、サイはそれを涼しい顔で、片手の長剣で受け止めた。
「二人まとめてかかってきたところでこの俺に勝てると思うなよ。俺は、ヴァルフ最強の戦士になる男だからな。」
サイは、嘲るように言うと、長剣を力任せに振り払う。
その力は凄まじく、シュオは受け止めきれずに弾き飛ばされてしまった。
さらにサイは、体勢を崩したシュオへの追撃を止めようと飛び込んできたマリアを、無造作な回し蹴りで蹴り飛ばした。
「マリィ!」
シュオは、地面に叩きつけられたマリアの元へと駆け寄る。
そこに、サイが剣を構え、ゆっくりと近づいてきた。
そして、倒れているマリア目掛けて、容赦なく長剣を振り下ろす。
「させるか!」
シュオはマリアを庇うように前に飛び出し、二本の短剣を交差させて、サイの長剣を受け止めた。
ズシン、と腕に重い衝撃が走る。サイの剣圧は、人間離れしているとしか思えないほど強力で、シュオの腕がギリギリと音を立てて下がっていく。
「どうした? このままでは、お前も、そこに転がっている裏切り者も、仲良く終わりだぞ。」
「う、裏切り者…!?」
「そうだ。マリア・ガナッシュは、我らヴァルフを裏切り、敵であるサディエルへと寝返った。だから、その制裁を下してやるのさ。」
サイの顔に再びあの不気味な笑みが浮かぶ。
その時、シュオの後ろからマリアが最後の力を振り絞って立ち上がり、サイの死角からレイピアを突き出した。その切っ先は、サイの右肩に深々と突き刺さる。
「ぐっ…!」
さすがのサイも、予期せぬ攻撃に一瞬怯んだ。シュオはその隙を見逃さず、渾身の力でサイの剣を弾き飛ばし、距離を取る。マリアも、ふらつきながらシュオの隣に並んだ。
「今ので、右肩を怪我したんでしょ! もう、降参してよ!」
シュオが叫ぶが、サイは刺された右肩を抑えもせず、ただ不気味に笑っている。
「この程度で、この俺が負けるとでも思ったか…? 笑わせるなよ、三流どもが。」
サイが右腕にぐっと力を込める。すると、信じられないことに、確かにレイピアが刺さっていたはずの右肩の傷が、みるみるうちに塞がっていくではないか。
「ど、どういうこと…!? 傷が…治って…。」
「言ったはずだ。この程度の攻撃など、俺には無意味だと。お前たちのような三流の人間ごときでは、この俺を倒すことなど、永遠にできんのだよ。」
マリアがシュオの前に立ちはだかった。その表情は、いつになく真剣だ。
「シュオ様、お下がりください。あのサイは…少し、いえ、明らかにおかしいです。私の知っているサイは、あのような人間ではありませんでした。」
「マリィ、君は彼を知っているの?」
「ええ。去年、私がヴァルフの代表として対抗戦に出た時、一緒に戦ったメンバーの一人が、彼でした。でも、去年の彼は、もっと…こんな、禍々しい雰囲気ではありませんでしたわ。」
サイは、マリアの顔を見るとまるで積年の恨みをぶつけるかのように、苛立ちを露わにした。
「マリア…! お前は、俺と共にヴァルフ最強のペアとして、数々の記録を打ち立てるはずだった…! なのに、俺を裏切り、敵であるサディエルに転校するなどと…! 俺は、お前を絶対に許さんぞ!」
「サイ、私はお前のものではない。私がどこへ行き、何をしようと、それは私の自由だ。」
「うるさい…! お前が…お前が俺を裏切らなければ…! 俺と、ずっと一緒にいてくれれば…! こんなことには、ならなかったんだあああっ!!!」
サイの体から、禍々しい、暗黒のオーラが噴き出し始めた。それは、シュオが以前感じた、あの魔獣のものと酷似した、第五世界の気配。
『シュオ! あれは、第五世界の魔族のオーラだ! 間違いない!』
ラムジュがシュオの頭の中で警告を発する。
シュオがその禍々しいオーラに気を取られた、ほんの一瞬の隙。
サイの姿が、マリアの目の前から消えた。そして、次の瞬間には、マリアの華奢な体に、サイの長剣が深々と突き刺さっていた。
マリアは、何が起こったのか分からない、というような呆然とした表情のまま、ゆっくりと膝から崩れ落ちていく。
「マリィイイイイッ!!」
シュオは絶叫し、怒りに任せてサイに斬りかかる。
だが、サイはマリアの体から無造作に剣を引き抜くと、その血振るいもせずに、シュオの攻撃を軽々と受け止めた。そして、先ほどとは比べ物にならないほどの力で、シュオを弾き飛ばす。
「さ、さっきよりも、力が…強くなってる…!」
『シュオ! 早く俺と代われ! あいつは、お前のような半人前が相手にできるような存在じゃない!』
ラムジュが叫ぶが、今のシュオの耳には届いていなかった。
目の前にいる、友人を傷つけた恐怖の象徴。そして、自分自身の無力さ。シュオは、恐怖と絶望で体が震え、動けなくなってしまっていた。
その時、闘技場の反対側から、カイルの悲痛な叫び声が響き渡った。
「うわああああああっ!!」
見ると、ゲルトの強烈な拳によってカイルの愛用の槍がへし折られ、カイル自身も左腕をあらぬ方向へと曲げられ、地面を転げまわっていた。
「カイルッ!!」
シュオが叫ぶが、カイルの耳には届いていない。彼は、激痛に顔を歪め、ただうめき声を上げている。その姿を見て、ゲルトは満足げに、しかし不気味な笑みを浮かべた。
「シュオ・セーレン、と言ったか。安心しろ。お前を殺したら友人も同じように殺して仲良く同じところに行かせてやる。」
サイの元に、ゲルトがその不気味な表情を変えぬまま、ゆっくりと近づいてくる。
「き、君たち! これは試合であって、殺し合いではないぞ! この試合は無効だ! 今すぐやめなさ――」
慌てて審判が二人の間に割って入ろうとするが、「うるせえ!」というゲルトの一喝と共に殴り飛ばされ、観客席の壁に叩きつけられて気を失った。
会場の雰囲気が、一変する。
先ほどまでの熱狂は消え失せ、恐怖と混乱が支配していた。
『シュオ! いい加減にしろ! あのデカブツも、間違いなく魔族の類だ! 早く俺と代われと言っているだろうが!』
「ラ、ラムジュ…?」
『ぼさっとしているな! あの二人を助けたいんだろうが! お前の力ではどうにもならん! 俺に任せろ!』
「そ、そうだ…。僕の力じゃ…でも、ラムジュなら…!」
目の前にいる、二人の強大な敵。そして、傷つき倒れた大切な友人たち。
今の自分の実力では、到底太刀打ちできない。だが、ラムジュなら。彼なら、きっと何とかしてくれる。
シュオは、恐怖を振り払うように強く目を閉じ、意識を集中させ、体中の魔力を高めた。
『魔力混合』
シュオの体から、蒼い光と赤黒い光が溢れ出し、やがてそれが一つに溶け合い、純白の輝きとなってシュオの全身を包み込んだ。
「うおらああああああっ!!」
光の中から飛び出したのは、もはやシュオではない。その瞳に絶対的な自信と闘志を宿した、竜人族の王子、ラムジュだった。
ラムジュはまず手近にいたゲルト目掛けて、渾身の左拳を叩き込んだ。あまりの威力に、ゲルトの巨体は、まるで木の葉のように舞台の端まで吹き飛んでいく。
「てめえら、ずいぶんと好き勝手やってくれたじゃねえか。ここからは、この俺様が、たっぷりとお前たちの相手をしてやる。覚悟しやがれ。」
ラムジュはゆっくりとサイ・ドルエン、そしてゲルト・マイファーを睨みつけた。その瞳には、絶対的な強者の余裕と、仲間を傷つけられたことに対する、静かな怒りが燃えていた。
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