第45話 武術戦
「両校選手、舞台へ!」
審判の張りのある声が、熱気に包まれた大闘技場に響き渡った。
サディエル王術学院のシュオ、カイル、マリア。そして、対するヴァルフ王術学院の選手たちが、それぞれの持ち場へと進み出る。
ヴァルフ側の布陣は、中央に長剣を構えた細身の男子生徒、その右翼に優雅なレイピアを携えた女子生徒、そして左翼にはゴツゴツとした金属製のガントレットを両手に装着した大柄な男子生徒が立っていた。
「あのガントレット使いは見た事ありませんわ...」
「ってことはあれが噂の化け物ってやつか...まさか俺が対峙するなんて運がないぜ...」
カイルは若干嘆きに似た声を出す。
「大丈夫よ、三流。あなたが負けても私達で取り返すから。」
「うるせえ! だからその三流っていうのをやめろ!」
カイルとマリアが漫才のようなやり取りをしている間、シュオは目の前の相手を見ていた。
シュオの対戦相手は、右翼のレイピア使いの女子生徒のようだ。
(僕の相手は、女の子か...。ちょっとやりにくいな...)
シュオは、無意識のうちにそう思った。
マリアとの模擬戦でレイピアの相手は経験済みだが、それはあくまで訓練。
本気の対抗戦で、しかも見ず知らずの女子生徒を相手にするというのは、どこか気後れしてしまう。
そんなことを考えながら、シュオは腰に差した2本の短剣――兄ヨーカスから贈られた対抗戦用の業物と、以前から愛用している魔銀鋼の短剣――を抜き放った。二刀流の構えは、エシュ先生との特訓の成果もあり、すっかり板についている。
『おい、シュオ。』
不意に、頭の中でラムジュの声がした。珍しく、真剣な響きを帯びている。
「どうしたの、ラムジュ? 何か気になることでも?」
シュオが心の中で問いかけると、ラムジュは厳しい声で続けた。
『あの中央の長剣使い...普通の人間じゃないぞ。気をつけろ。』
「普通の人間じゃないって...どういうこと?」
シュオは、ラムジュの言葉の意味が分からず、首を傾げた。
ちらりとヴァルフの中央に立つ男子生徒に視線を送る。
見た目は、どこにでもいそうな、少し線の細い少年だ。
しかし、ラムジュが言うように、確かに彼からは、他の選手たちとは質の違う、どこか底知れないようなオーラが発せられている気がした。
『上手く言えんが...奴からは、俺たちと同じような...異質な力を感じる。万が一の時は、いつでも俺と代われるように準備しておけ。』
「わ、分かった...。」
ラムジュのただならぬ口調に、シュオの背筋に緊張が走った。
「ヴァルフ王術学院は、ミファ・エイレン、ゲルト・マイファー、サイ・ドルエンの3名で間違いないか。」
審判がヴァルフ側の選手たちに確認を求める。三人は無言で頷いた。
「サディエル王術学院の3名は、シュオ・セーレン、カイル・ディラート、マリア・ガナッシュで間違いないか。」
シュオたちもそれぞれ返事をして応える。
そして、審判の力強い声が試合開始を告げた。
「では、2年生武術の部、対抗戦! はじめっ!!」
その声と同時に、両校の選手たちが一斉に動き出す!
シュオの目の前には、やはりレイピアを構えた女子生徒――ミファ・エイレンが、舞うような軽やかなステップで距離を詰めてきていた。
風にそよぐ栗色の髪、勝ち気そうな翠色の瞳。細身ながらも、その体捌きには無駄がなく、全身がバネのようなしなやかさを感じさせる。
ミファは、シュオの間合いに入ると同時に、挨拶代わりとばかりに鋭い突きを3連撃で繰り出してきた。シュン、シュン、シュン、と空気を切り裂く音が連続する。
「くっ!」
シュオは右手の短剣で最初の突きを弾き、左手の短剣で続く2撃を受け流す。金属同士がぶつかり合う甲高い音が、闘技場に響いた。
(速い! マリアよりも、踏み込みの鋭さがある…!)
シュオは即座に判断し、かつてラムジュがマリア相手に見せた戦術を試みる。
相手の突きを捌ききった瞬間に、逆に踏み込み、レイピアのリーチの外側、相手の懐へと一気に潜り込もうとした。
二刀流の利点を活かし、近接戦闘に持ち込む作戦だ。
しかし、ミファは、シュオの動きを読んでいたかのように、潜り込もうとする彼の体に合わせて素早く身を沈め、体勢を低くしたシュオの胴体目掛けて、回し蹴りを放ってきた。スカートの裾が翻り、しなやかな脚が鞭のようにしなる。
「うわっ!」
予想外の反撃に、シュオは咄嗟に左腕でガードしながら後方へ飛び退く。
蹴り足が腕を掠め、鈍い衝撃が走った。
体勢を崩したシュオに対し、ミファは間髪入れずに追撃を仕掛けてくる。
床を蹴って距離を詰めると、レイピアの切っ先を連続でシュオの喉元、心臓、そして脇腹へと正確に突き込んできた。
その剣筋は、まるで精密機械のように正確無比だ。
シュオは地面を転がるようにして、それらの攻撃を紙一重でかわす。頬をレイピアの切っ先が掠め、ヒリヒリとした痛みを感じた。
ミファはさらに畳み掛けるように駆け寄り、目にも留まらぬ速さで鋭い突きを連続で仕掛けてくる。
シュオはそれを双剣で必死に受け続けるが、その圧倒的な手数と速さの前に、徐々に防戦一方となっていく。
ミファのレイピアの切っ先が、シュオの頬や腕を掠め、浅い切り傷がいくつもできる。
相手の間合いでは不利だ。シュオは後ろに下がり、距離を取ろうとするが、ミファはまるで影のようにぴったりとついてくる。
シュオは、舞台の端へと徐々に追い詰められていく。
(このままじゃ、確実に負ける…! だったら…!)
シュオは意を決し、自ら舞台の端まで一気に後退した。そして、右手を闘技場の床につけ、水の魔術の詠唱を素早く開始した。
ミファはシュオの詠唱を隙と見たのか、一瞬の躊躇もなく、再び鋭い踏み込みで突進してきた。
レイピアの切っ先が、シュオの眉間目掛けて一直線に迫る。しかし、それはシュオの狙い通りだった。
「今だ!」
シュオの詠唱が完了すると同時に、彼の周囲の床から、勢いよく水が渦を巻くように噴き出した。
水は瞬く間に闘技場の床の一部を覆い、まるで浅い急流のようになる。
勢いよく突っ込んできたミファは、足元の急な変化と、渦巻く水の流れに対応できず、バランスを崩し、ツルリと足を滑らせてしまった。
「きゃっ!」
体勢を崩し、無様に水しぶきを上げて転倒するミファ。シュオはその決定的な隙を見逃さなかった。
素早く立ち上がると、水浸しの床を巧みに駆け抜け、転んだミファの上に馬乗りになる。そして、右手の短剣の切っ先を、濡れた彼女の白い首筋にぴたりと突きつけた。
「ま、まいりました…!」
ミファは、悔しそうに顔を歪め、濡れた髪を顔に貼り付かせながらも、潔く降参の意思を示した。
シュオは、ほっと胸を撫で下ろし、彼女から離れて立ち上がった。
「まさかここで魔法を使ってくるとは想定外だったわ...」
「ごめんね。そうでもしないと僕の力じゃ君には勝てないと思ったから。」
シュオはミファを立ち上がらせ舞台から降ろす。
そして、他の二人の様子を見た。
カイルは、左翼に立つ大柄なガントレット使いの男子生徒――ゲルト・マイファーの、岩をも砕かんばかりの拳を、必死に槍の柄で受け止めていた。
パワーだけを見れば、両者の間には圧倒的な差があるだろう。
カイルの顔は苦痛に歪み、その必死さを物語っている。
だが、かろうじてではあるが、ゲルトの猛攻を防ぎきっているあたり、カイルが槍術と抜群の相性を持っているというのは、紛れもない事実のようだ。
一方、マリアは、中央に立つ長剣使いの男子生徒――サイ・ドルエンと、激しい剣戟を繰り広げていた。
サイの剣術は、まるで流れる水のように滑らかで、それでいて鋭く、マリアを的確に攻め立てていく。
マリアもまた、その華麗なレイピア捌きで、サイの攻撃を必死に受け流している。
(すごいレベルの戦闘だ。僕なんかじゃ到底間に割って入れない...)
シュオは、二人のハイレベルな戦いに、一瞬見とれてしまう。
『シュオ! ぼさっとしてる場合か! 今のうちに、さっさとフラッグを奪い取ってしまえ!』
頭の中でラムジュの怒鳴り声が響き、シュオははっと我に返った。
そうだ、今は感心している場合じゃない。相手チームのフラッグを奪えば、それで勝利なのだ。
シュオはヴァルフ側のフラッグ目掛けて、一直線に走り出した。
しかし、フラッグまであと数メートルというところで、目の前に銀色の閃光が走り、シュオは咄嗟に後方へ飛び退いた。
先ほどまで自分がいた場所に、長剣が深々と突き刺さっている。
慌てて顔を上げると、そこには、先ほどまでマリアと戦っていたはずの、サイ・ドルエンの姿があった。
サイの尋常ではないスピード、シュオは改めてこの武術戦のレベルの高さを感じた。
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