第40話 進化した魔獣
ラムジュは2本の短剣を抜くと騎士達の前に出る。
「あんたらは危ないから下がっておけ。近くにいたら逆に気になって本気で戦えない。」
「そうやな。俺達は怪我してる騎士を回収しつつ下がるで!」
マティの声に生徒会メンバーと元気のある騎士が怪我をしている騎士を回収に向かう。
ラムジュは自分に気をひかせるため、魔獣に向かっていった。
魔獣はラムジュのみを敵と認識したのか威嚇の咆哮を浴びせる。
回収に向かっているメンバーはその威嚇により動けなくなってしまった。
だがラムジュにそんなものは効かない。絶対的な強さを持つ竜人族の王子にはただの遠吠えにしか聞こえない。
魔獣がラムジュに向け勢いよく走り出した。そして右前足を大きくラムジュに向けて振るう。
ラムジュはそれを2本の短剣で受け止めた。普通なら折れそうな攻撃だがさすが特殊な鉱石を使用した短剣、そんな簡単には壊れない。
受け止めたままラムジュは右足で魔獣の顔面を蹴り飛ばす。その威力たるや魔獣を大きく転がした。
「強い...前よりももっと強くなってる...」
カイルがラムジュを見て呟く。
「おそらく大元であるシュオのやつが鍛えてるからや。昔に比べてラムジュの力に体がついていくようになっとるんやろ。」
マティは以前に魔獣と戦った時と今のシュオを比較して言う。
「あいつ...なんか化け物じみてきたな...」
「動くで! 目離すな!」
ラムジュは地面を大きく蹴ると魔獣の上に飛び乗ってその背中にまたがった。
そして背中に何度も短剣を突き刺す。
魔獣はラムジュを振り落とそうと必死にもがくも、ラムジュの方も振り落とされまいとしがみつく。
体勢を崩しながらも背中や横っ腹に何度も剣を刺す。当然短剣にはラムジュの【竜の力】が流れ込んでいるので魔獣の体にどんどん傷がついていく。
「そろそろトドメだ。」
ラムジュは起き上がると魔獣の頭の上に駆け上がり短剣を一突きする。そして詠唱を開始した。第三世界の竜の魔術だ。
そしてその詠唱は以前よりも短く早くなっていた。今までは詠唱の完了まで2分はかかっていたが、ラムジュは闇の中で訓練をしていたのだろう。
詠唱が完了した時、短剣を通じて魔獣の体内に暴れるような竜の力が流れ込む。
その力たるや魔獣を悶え苦しませる。振り落とされる前にラムジュは魔獣から飛び降りる。
魔獣はしばらく悶えていたが、やがて崩れ落ちてそのまま動かなくなった。
ラムジュは魔獣が完全に動かなくなったのを確認すると、短剣を懐にしまい大きく背伸びをする。
「ふう、久しぶりにいい運動になった。最近はシュオのやつがなかなか体を使わせてくれないからな。」
何度かシュオとラムジュは交代した事はある。
だが、その際に必ずラムジュは外で揉め事を起こすのだ。
そのため最近はシュオは『魔力混合』をほとんどしていなかった。
そんなラムジュを見ていたマティとカイルはもはや言葉も出なかった。
「......しかしあの力はさすがやな。俺達普通の人間には真似できん。」
「そうですね......竜人族っていうのはよっぽど戦闘能力が高いんですね。」
その時、ラムジュの後ろで倒れていた魔獣がゆっくりと動き出した。
「なんやと!?」
「ラムジュ、後ろ!」
2人の声に振り向くと倒したはずの魔獣が立ち上がっていた。しかも赤く光っていた目が輝きを増している。
「あいつ......おれの攻撃で死ななかったのか!?」
魔獣は空を見上げ遠吠えをすると、体を震わせ始めた。
「な、なんだ...?」
空を見上げる魔獣の頭が2つに割れる。そしてその中から新しい頭が生えてきた。
割れた2つの頭もまた半分の状態から復元を開始している。
「頭が3つになった!」
「あれじゃまるで神話のケルベロスやないか......」
カイルとマティは思わず後ずさる。ラムジュは再び短剣を抜いた。
「急いでけが人を治療するんだ! そして治療が終わったらここから離れろ!」
ただ事じゃない雰囲気にさすがのラムジュも焦りを見せた。
今までの魔獣とはまったく違う。
これは普通の人間では絶対に相手はできない。
マティ達は慌てて治癒魔法を唱え、完了した者から後方に下がらせる。
三つ首となった魔獣は再びラムジュに向かう。
三つ首での威嚇の咆哮はさすがのラムジュでも動きを止められる。
そして魔獣はラムジュに向かって飛び掛かってきた。
「あんなの...冗談じゃねえぞ!」
ラムジュは慌てて横に避ける。
三つ首の魔獣は、それぞれの首から異なる咆哮を上げた。
中央の首からは灼熱の息吹が、右の首からは絶対零度の冷気が、そして左の首からは致死性の猛毒を含んだ霧が、同時にラムジュへと襲いかかる。
三位一体の、回避困難な広範囲攻撃。
「ちっ、面倒くせえ!」
ラムジュは舌打ち一つすると、その場から目にも留まらぬ速さで跳躍した。
常人ならば反応すらできないであろう速度で、三つの属性攻撃が交差する死線を紙一重で回避し、魔獣の巨躯の懐へと潜り込む。
懐に潜り込んだラムジュに対し、魔獣は戸惑う間もなく、その巨大な前足で薙ぎ払うような攻撃を繰り出す。
しかし、ラムジュはその攻撃を、まるで踊るかのように軽やかなステップでかわし、逆に魔獣の前足の関節部分へと、鋭い短剣の一撃を叩き込んだ。
硬質な鱗に阻まれ、致命傷には至らないものの、確かな手応えがラムジュの手に伝わる。
「グルルルルァァァッ!!」
痛みと怒りに、魔獣はさらに凶暴性を増し、三つの首をそれぞれの方向に振り回し、無差別に周囲を破壊し始める。
森の木々がなぎ倒され、地面が抉れ、凄まじい土煙が舞い上がる。その様は、まさに天変地異のようだ。
ラムジュは、その暴威から逃れるように、再び大きく距離を取る。
そして、冷静に魔獣の動きを観察し、その弱点を探ろうとする。
三つの首を持つということは、同時に三つの思考、三つの攻撃パターンを持つということでもある。
連携が取れていれば厄介だが、怒りに任せて暴れている今の状態ならば、あるいは隙が生まれるかもしれない。
「これでどうだ!」
左手に凝縮された龍の気が、淡い紅色の光を放ち始める。
「喰らえ!」
ラムジュは、その紅色の光弾を、魔獣の中央の首、赤い瞳を持つ首へと向けて放った。
光弾は、唸りを上げて空中を疾駆し、狙い違わず魔獣の首筋へと直撃する。
「ギャオオオオン!!」
中央の首は、甲高い悲鳴を上げ、激しい苦痛にもだえる。龍の気は、魔獣の硬質な鱗を貫通し、その内部に確かなダメージを与えたようだ。
しかし、魔獣の反撃も早かった。
右の青い瞳の首が、絶対零度の冷気を凝縮させた氷の槍を、無数にラムジュへと射出する。一つ一つが致命的な威力を持つ氷の槍が、雨あられのようにラムジュへと降り注ぐ。
ラムジュは、二本の短剣を巧みに操り、迫りくる氷の槍を次々と弾き、あるいは切り裂いていく。
その剣捌きは、もはや神業の域に達しており、常人には目で追うことすら不可能だろう。
しかし、あまりにも数が多すぎる。いくつかの氷の槍が、ラムジュの肩や脇腹を掠め、鋭い痛みが走る。
「くそっ、キリがねえな…!」
ラムジュは、歯噛みしながらも、反撃の機会を窺う。
左の緑色の瞳の首が、今度は致死性の猛毒を含んだ霧を、広範囲に散布し始めた。その霧に触れれば、たちまちのうちに全身が麻痺し、やがては死に至るという、恐ろしい毒霧だ。
ラムジュは、咄嗟に口元を腕で覆い、毒霧から逃れるように大きく後退する。
しかし、毒霧の広がる速度はあまりにも速く、完全に回避することは難しい。わずかに吸い込んでしまった毒霧が、ラムジュの肺を焼き、呼吸を苦しくさせる。
(まずいな…このままじゃ、ジリ貧だ…)
ラムジュは、冷静さを失わずに状況を分析する。
三つの首は、それぞれ異なる属性の攻撃を繰り出し、連携も巧みだ。
しかも、その巨体は驚くほど頑強で、並大抵の攻撃では致命傷を与えることはできない。
「やるしかねえか…奥の手を…」
ラムジュは覚悟を決めると、再び両手に握る短剣に意識を集中させた。
強大な龍の力を、二本の短剣へと注ぎ込んでいく。短剣は、その力に呼応するかのように、激しい紅蓮の炎を纏い始めた。それは、まるで龍の爪牙そのもののように、禍々しくも美しい輝きを放っていた。
「これで終わりにしてやるぜ、三つ首野郎!」
ラムジュは、炎を纏った双剣を構え、再び魔獣へと突進する。
その速さは、先程までとは比較にならないほど増しており、まるで赤い閃光が戦場を駆け抜けるかのようだった。
そして、魔獣の懐へと再び到達したラムジュは、炎を纏った双剣を、三つの首の付け根、その急所へと向けて、渾身の力を込めて叩き込んだ。
魔獣の動きが止まる。
ラムジュが双剣を抜くと魔獣はゆっくりと倒れ、今度こそ動かなくなった。
「今度こそ俺の勝ちだ...」
ラムジュはその場に大の字になって倒れ込む。
そこに生徒会のメンバーが慌てて駆け寄る。
「カイルじゃないか。前に見た時よりとそんなに変わったように見えないがしっかり特訓してるのか? そんなんじゃシュオに追い抜かれちまうぞ。こいつ最近特訓ばかりしてるからな。」
「そんな事ないよ。しっかり特訓してるって。シュオが特訓してるのは知ってるし負けるわけにはいかないしね。」
ラムジュに言われカイルは笑顔で返す。
どうもラムジュとカイルは気が合うようだ。シュオの体を使い始めた頃からラムジュとカイルは仲が良かった。
「じゃあ俺はまたシュオの中に戻る。力を使い切ったから少し休むわ...」
そう言うとラムジュの体が再び光る。
光が収束し散開した時、そこには元のシュオが倒れていた。
そのシュオをカイルとマティが2人で担ぐ。
「シュオ様......そんな秘密を持っていたなんて......ますます好きになってしまいます...」
シュオの秘密を見てマリアの恋心はなぜか加速していた。




