第38話 恋するマリア
翌日、学院に向かうシュオの足取りはどこか重かった。
頭の中ではあの赤髪の少女、マリアの挑戦的な瞳がちらつき、憂鬱な気分が晴れない。
そんなシュオが校門の前に近づくと、校門の前に佇む1人の生徒の姿が目に入った。
燃えるような赤い髪、間違いなくマリアだ。
シュオは思わず足を止め引き返そうかとさえ思った。
しかしマリアはシュオをの存在に気づき顔を輝かせながらこちらに向かって駆け寄ってきた。
「おはようございます! シュオ様!」
「は......シュオ様!?」
シュオはその言葉に耳を疑った。昨日と違う丁寧で甘えるような響きのある声、昨日より柔らかくほほがほんのりと上気した表情、そしてこちらを見つめる熱いまなざし、すべてが昨日のそれとは違うマリアの姿だった。
「ど、どうしたの、一体......?」
シュオが戸惑いながら尋ねると、マリアはシュオの目の前でピタリと足を止め、次の瞬間、深々と頭を下げた。
「あ、あの......昨日は大変失礼な態度を取り、誠に申し訳ございませんでした!」
「え!?」
突然の謝罪にシュオは困惑する。
「あんな捨て台詞を吐いて逃げ帰ってしまい、大変申し訳なく思っております。」
「いや......あの事は別にいいんだけど、なんで突然そんな口調に......?」
シュオが一番聞きたい事を尋ねると、マリアはさらに頬を赤らめ、もじもじと視線を泳がせた。
「はい、実は我がガナッシュ家には昔から掟がありまして.......そのなんといいますか......」
なぜかマリアはそこで言葉を詰まらせ言い淀んでしまう。
「どうしたの? 何か言いづらい事だったりするの?」
シュオが心配そうに尋ねると、マリアは意を決したように顔を上げ、シュオの目をまっすぐに見つめて一気にまくし立てた。
「あの! 我が一族の女は真剣勝負で負けた場合、その相手を生涯愛し将来を共にしなければならないんです!!」
「............は?」
マリアの口から出てきたあまりにも突拍子のない言葉。シュオはその意味を理解するまで数秒を要し、理解した瞬間、口をぽかんと開けたまま固まってしまった。
「ですから! 昨日私はシュオ様に負けました! なので私はシュオ様を心からお慕い申し上げ、一生共にいたいと考えております!」
「いや、ちょっと待って!! 色々と意味が分からないよ!!」
シュオは慌てて両手を振った。突然の、しかもこんな奇妙な理由での告白。
嬉しさよりも戸惑いと混乱の方がはるかに大きい。
ましてや昨日勝ったのはシュオではなくラムジュだ。
だったらラムジュと結婚してほしい。
「とにかく! 私は今日からシュオ様から片時も離れず一緒にいます! これは掟だけでなく、私のシュオ様に対する偽らざる気持ちでもありますの! シュオ様に夢中なのです!」
マリアは情熱的な言葉と共にシュオに一歩近づく。それに合わせてシュオも一歩後ずさる。
「まいったな......」
まさか朝の校門前でこんな意味の分からない告白をされるとはシュオは夢にも思わなかった。
どうせだったら放課後に無人の教室に呼び出され、なんて思ってた過去の自分に現実とはこうも違うものだと教えてやりたい。
「......とりあえずここで大騒ぎするのも迷惑だから校舎の中に入ろうか。」
「はい!」
シュオが歩き出すのと同時にシュオの右腕に自分の腕を絡みつけるマリア。柔らかく暖かい感触がシュオに伝わってくる。
「あのマリアさん......こうされると、歩きづらいんだけど...。」
シュオは顔を赤らめながら、困惑したように言った。
「私はもうシュオ様から離れないと決めたんです。ですからこれぐらいは許してくださいませ。あと私の事はマリィと呼んでください。」
そう言って顔を膨らまし、可愛らしくシュオを見上げるマリア。
(昨日とのギャップが凄すぎてどっちが本物なのか分からないよ......)
朝からとんでもない爆弾を抱え込んでしまった、とシュオは重いため息をついて空を見上げた。
―――――――
放課後。
学院の教室には、授業を終えた生徒たちの賑やかな声が響いていた。
シュオ・セーレンは、今日の授業内容を思い出しながら、カバンに教科書やノートを詰めている。
朝からマリアに振り回されっぱなしで、正直、授業の内容はあまり頭に入ってこなかった。
(やれやれ、やっと帰れる…。)
そう安堵のため息をついた瞬間、背後から甘い声がかかった。
「シュオ様、この後はどのようなご予定ですか?」
振り返ると、そこにはやはり朝からシュオにべったりのマリアが立っていた。その赤い瞳は、期待に満ちてキラキラと輝いている。
「いや、特に何も予定はないけど……。それより、本当にその『シュオ様』っていうの、やめてもらえませんか? 普通にシュオって呼んでほしいんだけど…。」
シュオが困惑しながら言うと、マリアは「ふふっ」と可愛らしく微笑み、ごく自然な動作でシュオの左腕に自分の腕を絡ませてきた。
朝と同じ柔らかく、温かい感触が腕に伝わってくる。
その度にシュオの心臓がドキリと跳ね、顔に熱が集まるのを感じた。
正直、この状況でまともに会話をするのは難しい。
「そう言われましても、シュオ様は私の最愛の、そして将来の夫となるお方なのですから。当然の敬称ですわ。」
マリアはうっとりとした表情でシュオを見上げながら言う。
「いや、だから、そもそも僕がマリアさんと結婚するとか、そういう話にはなってないんだけど……。」
「やだもう、シュオ様ったら。私のことは『マリィ』と呼んでください、と朝も言ったじゃないですか。」
マリアはぷくっと頬を膨らませて、拗ねたような表情を見せる。
その仕草は確かに可愛らしいのだが、いかんせん状況が状況だ。
シュオはもう何を言っても無駄だと悟り深いため息をつくと、教科書を詰め終えたカバンを肩にかけた。
「…帰るよ。」
短く告げるとシュオは教室の出口へと歩き出す。
当然のようにマリアはシュオの腕に絡みついたまま、ぴったりと寄り添ってついてきた。周囲のクラスメイトたちの、好奇と羨望が入り混じった視線が痛い。
廊下に出たところで、ちょうど前方から救いの神…いや、悪友が現れた。
金髪を揺らし、大きなカバンを肩にかけたカイルだ。
「よう、シュオ! 今日は生徒会も特に何もなかったみたいだし、この後リーザも誘ってどこか遊びに……って、うおっ!? な、なんだそりゃ!?」
マリアに腕を絡まれ困り果てた表情のシュオを見たカイルは、目を丸くして固まった。
「やあ、カイル……。悪いんだけど、これ、どうにかしてくれないかな……。」
シュオは、カイルに助けを求めるような、切実な視線を送った。
「いや、どうにかって言われても……。それよりなんだよ、そのマリア・ガナッシュの変化は? 昨日の鬼みたいな形相とは大違いじゃないか。一体何があったんだ?」
カイルは小声でシュオに尋ねながらも、マリアのあまりの変貌ぶりに、興味津々といった表情を隠せない。
カイルの遠慮のない言葉に、それまでシュオに甘えるように寄り添っていたマリアの表情が一変した。眉をきりりと吊り上げ、カイルを冷たい目で見据える。
「なんだお前は。随分と失礼な物言いだな。お前のような三流のやつに気安く私の名前を呼んでほしくないんだが。」
その口調は朝の丁寧なものとは打って変わり、昨日の挑戦的なそれに近い。
「なーにー!? 三流だとぉ!?」
カイルの額に青筋が浮かんだ。「三流」という言葉が、彼のプライドをいたく傷つけたらしい。みるみるうちにカイルの表情が怒りに染まっていく。
「失礼な奴だな! こう見えても俺だって、槍術にはそれなりに自信があるんだぞ!」
「あら、それは失礼。だが、私に勝てるほどの実力があるのか? もし、このシュオ様よりも強いというのなら、多少は認めてやるが。」
マリアは挑発するようにフンと鼻を鳴らした。その態度は火に油を注ぐようなものだった。
「こいつ……! 本当に、いちいちイラッとくる言い方しやがるな!!」
とうとう我慢の限界に達したのか、カイルとマリアは、シュオをそっちのけで激しい口喧嘩を始めてしまった。子供じみた言い争いが、放課後の廊下に響き渡る。
「もう……勘弁してよ……。」
シュオが頭を抱えて天を仰いだ、まさにその瞬間だった。
『―――生徒会メンバーは、速やかに生徒会室に集合すること。繰り返す。生徒会メンバーは、速やかに生徒会室に集合すること―――』
学院内に設置された魔導機からの緊急放送がけたたましく鳴り響いた。それは、新生徒会長になったマティの声だった。
「シュオ!」
「うん!」
放送を聞いた瞬間、シュオとカイルは顔を見合わせ、同時に頷いた。
マリアがシュオの腕に絡みついていたことなどすっかり忘れ、二人はマリアの腕を振りほどくと一目散に生徒会室へと走り出した。
突然置き去りにされたマリアは一瞬呆気にとられたような顔をしたが、すぐに「もう! シュオ様、お待ちください!」と叫びながら、慌てて二人の後を追いかけ始めた。
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