第37話 悪いのは誰?
シュオは校舎の出口まで辿り着くと靴も履き替えずに外に飛び出す。
マリアもまだ諦めずに追い続ける。
「も、もうダメ......これ以上は...走れない...」
これ以上は逃げられないと悟ったシュオは、その場で止まる。
「やっと......はぁはぁ......諦めたか......」
マリアも息を切らして膝に手を置きながらシュオを睨む。
「...ちょっと...休憩...しよ...」
「...そうだな...少し...休憩しよう...」
2人は切れた息が元に戻るまでしばし休憩した。
お互いに息が整うと再び対峙した。
「ねえ、本当に僕と戦わないといけないの?」
「そうだ! もはや最強とかはどうでもいい! 私に恥ずかしい真似をした事をぼろぼろになって謝罪してもらうぞ!」
「もう仕方ないな......」
シュオは仕方なく兄のヨーカスからもらった魔銀鋼の短剣を抜いた。
お守り代わりでいつも持ってはいるのだが、まさかこんな形で使うことになるとは思いもしなかった。
「いくぞ!!」
マリアが叫び、地面を蹴って一気に間合いを詰めてくる。
速い!
シュオはエシュとの訓練を必死に思い出し、短剣でマリアのレイピアの軌道をなんとか逸らした。
しかし、マリアは体勢を崩さない。逸らされた剣先に合わせるように体を回転させ、流れるような動きで再びシュオの急所を狙って鋭い突きを繰り出してきた。
「まずい!」
シュオは咄嗟に身を屈めてそれをかわす。レイピアの切っ先が、髪を数本掠めて通り過ぎた。
『ほう、やるじゃないか、シュオ。今の回避は悪くなかったぞ。』
その時、頭の中にあのラムジュの、どこか楽しげな声が響いた。
「なるほど。避けるのは、確かに上手いようだな。だが、一切攻撃に転じないのはどういうつもりだ? 私をなめているのか?」
マリアが、さらに苛立ちを募らせて問い詰めてくる。
「だ、だから...僕は、戦いたくないんだよ! 疲れて諦めてくれるのを待ってるんだって!」
「そのような戯言を言うな!」
マリアが再びレイピアを構え、突進してきた。
「もう! いい加減にしてよ!」
シュオは咄嗟に水の魔術を発動させた。彼の前に水の膜が壁のように出現し、マリアの突進を阻む。
「その程度の防御で、私を止められるとでも思ったか!」
マリアは少しも怯まず、水の壁の前で左手を掲げ、何事か詠唱を開始した。彼女の手のひらに、赤い炎が渦巻き始める。
「嘘!? 炎の魔法!?」
シュオは驚愕した。
マリアが放った炎の塊は、シュオの水の壁に直撃し、一瞬でそれを蒸発させてしまった。
「もらったぞ!」
水蒸気の向こうから、マリアの鋭い細剣がシュオの胸元目掛けて突き出される。
もう避けられない!
シュオが死を覚悟した、その瞬間だった。
シュオの体から、眩いばかりの純白の光が迸った。
「目くらましか! だが、そんな小細工!」
マリアの剣は止まらない。
しかし、光が収まった後、彼女のレイピアの切っ先は、シュオの――いや、シュオの姿をした「何か」の左手によって、いとも簡単に掴まれていた。
「悪いな、シュオ。お前が余計な興奮をするものだから、俺の波動と、また合っちまったようだぜ。」
マリアの目の前に立っているのは、先ほどまでの臆病な少年とは明らかに違う、冷徹な瞳と、絶対的な自信に満ちた表情を浮かべた存在だった。
周囲のクラスメイトたちからは、「お、シュオの奴、ついに本気出したか?」「あれが噂の...」という囁き声が聞こえてくる。
『ラムジュ! 勝手に出てこないでって言ったじゃないか!』
シュオが意識の奥で抗議の声を上げる。
「そりゃ無理な相談だ。こいつ、今本気でお前を殺すつもりで向かってきていたぞ。お前がやられたら、俺も色々と困るんだよ。」
ラムジュはマリアを睨みつけたまま、シュオの抗議を意にも介さない。
(なんだ...? 目の前のこいつは、誰と話している...? しかし、この雰囲気...さっきまでとは、まるで別人だ...!)
マリアの赤い瞳に、初めて明確な警戒の色が浮かんだ。目の前の存在は、自分が知るシュオ・セーレンではない。
ラムジュは、掴んだレイピアの切っ先をねじ上げるように力を込めると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「そんじゃここからは俺が相手してやるぜ。」
ラムジュが掴んだレイピアを強引に手前に引く。
その圧倒的な力に、マリアは体勢を大きく崩された。その一瞬の隙をラムジュが見逃すはずがない。
瞬時にマリアの懐へと潜り込むと、シュオから半ば強引に主導権を奪った右手に握られた魔銀鋼の短剣を、マリアの白い首筋に寸止めで突きつけた。
「なっ...速い...!」
一連の動きは、あまりにも速く、マリアは反応することすらできなかった。
「これでもう終わりだよな?」
ラムジュは勝利を確信したように、再びニヤリと笑う。
「ば、馬鹿な...今の動きは、一体...?」
マリアは首筋に突きつけられた短剣の冷たさを感じながら、信じられないという表情でラムジュを見上げた。
「細剣の扱い方は悪くない。だが、いかんせん経験が浅すぎるな。お嬢ちゃん。」
ラムジュは短剣を下げると、静かに鞘へと納めた。
「細剣は、確かに突きに特化した強力な武器だ。だが、懐に潜り込まれたり、剣先を掴まれたりすれば、途端にその威力を失う。武器の特性を理解し、状況に応じて立ち回りを変える。それが戦いの基本だ。」
竜人族として、数多の戦場を駆け抜けてきたラムジュの言葉には、圧倒的な説得力があった。彼が第三世界で戦った敵の中にも、同じように細剣を得物とする者はいた。その時の経験が、今の言葉に繋がっている。
「じゃあ、俺はこれで帰らせてもらうぜ。」
ラムジュは地面に落ちていたシュオのカバンを拾い上げると、マリアに背を向け、帰ろうとした。しかし、ふとマリアの様子がおかしいことに気づき、足を止めた。
「どうした? 別に怪我はさせていないはずだが?」
ラムジュが不思議に思ってマリアの顔をよく見ると、彼女の顔は先ほどよりもさらに真っ赤に染まり、大きな赤い瞳には涙が浮かんでいる。今にも泣き出してしまいそうなのを、必死に堪えているような表情だった。
しばらくの沈黙の後、マリアは絞り出すような声で叫んだ。
「......シュ、シュオ・セーレン!! あ、明日こそ! 明日こそ覚えていなさいよっ!!」
そう言うと、マリアは顔を覆い、一目散に校舎内に走り去っていってしまった。
「......なあ、シュオ。今の、どういうことだと思う?」
『僕に聞かれても、分かるわけないじゃないか......。』
ラムジュとシュオは嵐が過ぎ去ったかのような静けさが戻った廊下に立ち尽くし、ただただ呆然とするしかなかった。
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