第36話 燃える少女マリア
「シュオ・セーレンはどこだ!? いさぎよく私と勝負しなさい!!」
燃えるような赤い髪をポニーテールにし、同じく赤い瞳を鋭く輝かせた少女――マリアが、腰に手を当て、仁王立ちで教室の入り口に立っていた。
その視線は、獲物を探す猛禽のように、教室の中を鋭く見回している。
シュオはカイルの頭を掴み机の下に潜る。
「い、痛っ! おい、シュオ、何すんだよ!?」
「しーっ! 静かにしてって!」
シュオはカイルの口を慌てて塞ぐ。机の下の狭い空間で、二人は息を潜めた。
「ど、どうしよう......!? あの子僕の事をまだ何もしらないみたいだけど......」
「だ、だったら逆に隠れる必要ないじゃないか......! なんでお前、隠れたんだよ......!」
「だ、だって......なんか、あの目、怖いんだもん......!」
シュオの声は情けなく震えていた。
一年生の時のトラウマは、まだ完全には消えていない。
マッシュをはじめとするクラスメイトたちから浴びせられた、侮蔑と嘲りの視線。
力で他者を支配しようとする者の、あの冷たい目つき。
マリアの赤い瞳には、それと似たような、有無を言わさぬ圧力を感じてしまい、どうしても体が竦んでしまうのだ。
「あー、あそこの机の下に隠れてるのがシュオ・セーレンです!」
突然、クラスメイトの一人が、あっさりとシュオたちの隠れ場所を指さした。声のトーンからして、おそらくマリアに脅されたか、あるいは面白がっているのだろう。
「どうしよう......!! 机の場所ばれちゃったよ......!」
「俺は関係ない......! 狙いはあくまでお前だからな......!」
二人がコソコソと押し問答をしていると、机の横に、すらりとした足がぴたりと止まった。
観念した二人は、おそるおそる机の下から顔を出す。
そこには、腕を組み、冷徹な赤い瞳で二人を見下ろすマリアが立っていた。
「...それで、どちらがシュオ・セーレンだ?」
「あ、こっちです。俺はその友達なだけなんで。」
カイルはあっさり裏切りシュオを指差す。
「なるほど。お前がシュオ・セーレン、学園最強という男か。」
マリアの視線が、シュオに固定される。その赤い瞳は、まるで獲物を値踏みするかのように、シュオの全身を舐めるように見つめた。
「噂に聞くほどの威圧感は感じられんが。」
「い、いや......僕はそんなに強くないですよ......僕なんかよりも3年生の方がいっぱい強い人がいるはずだけど......」
マリアは腕を組んだまま、顎に手を当てて少し考える素振りを見せた。
しかし、その赤い瞳の探るような光は、シュオから外れない。
相変わらず、見下ろしてくるようなその視線が、シュオには苦手でたまらない。
「だがな、その3年生に聞いて回っても学園最強は2年のシュオ・セーレンだと言うのだ。これについてはどう思う?」
「たぶん......その......勘違いじゃないかと。」
シュオは冷や汗を流しながら、しどろもどろに答えるしかない。
「では去年、お前が学園内で謎のモンスターを倒し当時の生徒会や騎士団を助けたという話は?」
「それは...おそらく勘違いだと思いますよ......僕がそんな事できる訳ないですよ...」
「じゃあ去年の生徒会長であったガイア殿に勝ったというのは?」
「それは...てか、そんな事まで知ってるの......?」
シュオは驚愕した。
編入してきたばかりのマリアが、なぜそこまで詳しい情報を知っているのか。
学校で緘口令がしかれていた情報やごく一部の人間しか知らない情報まで。
「お前に関しては調べがついてる。私がわざわざ辺境のアルドラからこの学院に来たのはそれほどまでに強いと噂されるお前とぜひ戦いたいと思ったからだ。さあ、私と戦え!」
マリアは語気を強め、有無を言わさぬ迫力で勝負を迫ってくる。
その赤い瞳は、戦いへの渇望で爛々と輝いていた。
体の中からは『戦ってやれよ、なんなら俺がやるぞ?』という無責任な声が聞こえてくる。
「え、えっと......その......」
その時、
キーンコーン
教室に、間の抜けたような、しかし今のシュオにとっては救いの鐘とも言える、始業のチャイムが鳴り響いた。
周囲のクラスメイトたちも、蜘蛛の子を散らすように自分の席へと戻っていく。
「あ、授業始まるみたいなんで......」
マリアは、忌々しげにチッと舌打ちをすると、シュオを鋭く睨みつけた。
「…今日のところは退いてやる。だが、必ずまた来るからな。覚悟しておくがいい。」
それだけ言い残すと、マリアは踵を返し、颯爽と教室を出て行った。
もう来ないでいいよ......シュオは今日1日をどこでやり過ごそうか頭を悩ませていた。
――――――――
放課後のチャイムが鳴り終わるか終わらないかのうちに、シュオ・セーレンは弾かれたように教科書をカバンに詰め込み、教室の扉へとダッシュした。
一刻も早く、あの赤髪の少女、マリア・ガナッシュの視界から消えなければならない。
またマリアに絡まれたらたまったもんじゃない、彼の精神は限界に近かった。
誰よりも早く教室を飛び出そうと、勢いよく扉を開けた、その瞬間。
ドンッ!
シュオの顔面は、ふわりとした、しかし確かな弾力を持つ何かに激突し、短い悲鳴と共に跳ね返された。
「いった...!」
鼻を押さえながら、恐る恐るその「何か」の正体を見上げると、そこには案の定、マリアが仁王立ちしていた。
しかし、その表情は朝の余裕そうなそれとは似ても似つかず、むしろ般若のような形相だ。髪や瞳と同じように、顔まで真っ赤に染まっている。
「あ...えっと...ご、ごめん...?」
シュオがしどろもどろに謝ると、マリアはわなわなと肩を震わせ、汚物でも見るかのような冷たい目でシュオを睨みつけた。
「...シュオ・セーレン。貴様、随分とはしたない真似をしてくれるではないか。」
「い、いや...それは、マリアさんが急にそこに立ってたからで...。」
「うるさいッ! もはや問答無用! 今すぐこの場で、貴様を叩きのめしてくれる!」
マリアは腰に差していた細剣を抜き放ち、その鋭い切っ先をシュオの喉元に突きつけた。
シュオは驚きのあまり「ひっ!」と短い悲鳴を上げ、情けなくもその場に尻もちをついてしまった。
「なんだ、その無様な姿は!? 私を愚弄する気か!!」
「そ、そんなつもりじゃ...!」
「立て! そして、私にした数々の辱め、その身をもって懺悔するがいい!」
怒りに我を忘れたマリアがレイピアを振り下ろす。
シュオは尻もちをついたまま、必死に後ろへ下がり、間一髪でそれをかわした。床に、レイピアの鋭い切っ先が突き刺さる。
「数々って何!? 僕何もしてないよ!」
「貴様は今私の胸に顔から飛び込んできたではないか!」
「だからそれはわざとじゃないってば! 誤解だよ!」
「朝も下から私のスカートの中を覗いただろ!?」
「そんな事誰もしてないってば!」
レイピアを抜いたマリアはさらに追いかけてくる。
冗談じゃない、シュオは急いで階段を駆け下りる。
後ろから「待て!」というマリアの声が聞こえる。
途中、ゼスとタニアの2人が話をしながら階段を降りていた。
シュオは「どいて!」と大声で叫び2人に気づかせる。
「しゅ、シュオ先輩!? どうしたんですか!?」
「いいからどいて!!」
2人が間を空けるとシュオはそこを駆け下りていく。
そのすぐ後をレイピアを構えたマリアが追いかけていく。
「な、なんだったんだあれ...?」
「シュオ先輩、あの女の子に何をしちゃったんだろ...」
2人は呆然とシュオとマリアを見送った。
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