第35話 狙われたシュオ
いつも通りの朝の特訓。
シュオはエシュと汗を流しながら剣術の特訓を行っている。
もう1時間も経っただろうか。
「今日はこのぐらいにしておきましょう。」というエシュの凛とした声が、シュオ・セーレンの耳に届いた。
カァン、と木剣の打ち合う音が止み、辺りには二人の荒い息遣いだけが響く。
エシュの額には、うっすらと汗が滲んでいた。
今日の訓練も、いつも通り厳しいものだった。
「ありがとうございました、エシュさん。」
シュオは、エシュに向かって深々と頭を下げた。
全身に心地よい疲労感が満ちている。
エシュとの特訓を始めてから数ヶ月、確実に自分が強くなっている実感があった。
以前なら一本も打ち込めなかったエシュ相手に、今日は何度か鋭い一撃を放つことができたのだ。
汗を拭いながら、シュオはふと、長年抱いていた疑問を口にした。
「エシュさんはそんなに強いのに、どうしてセーレン家のお抱え戦士をしているんですか?」
貴族が私的に戦力を抱えるのは珍しいことではない。
家の格が高ければ高いほど、より強力な戦士を雇っているものだ。
セーレン家は、昨年、シュオ(の中にいたラムジュ)の魔獣討伐の功績により、第四貴族から第三貴族へと昇格した。
しかしエシュは、まだセーレン家が第四貴族だった頃から、父アルギリドに仕えている。
彼女ほどの腕利きならば、もっと待遇の良い第一貴族や騎士団にだって所属できるはずだ。なのに、なぜわざわざ末端の貴族であるセーレン家に?
「...そういえばシュオ様には話した事はありませんでしたね。」
エシュは木剣を傍らに置くと、手拭いで額の汗を拭いながら、静かに答えた。その表情にはいつもの厳しさとは違う、どこか遠い目をするような影が差した。
「私は元々は冒険者をやっておりました。1人で様々な仕事をしながら、たまには気の合う仲間たちと共に、いくつものダンジョンに潜り、様々な依頼をこなしたものです。」
「エシュさんが冒険者!?」
シュオは驚きの声を上げた。いつも冷静沈着で、規律正しいエシュの姿からは、自由奔放な冒険者のイメージは結びつかなかった。
「でも、それだけ強ければ確かに...。ちなみに、ランクはどのくらいだったんですか?」
「...恥ずかしながら、A級でした。S級、そしてその上のSS級には、やはり届きませんでしたが...。」
エシュは、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
シュオはその言葉にさらに驚愕した。
A級冒険者。それは、第四世界でもトップクラスの実力を持つ者だけが到達できる領域だ。
自分の次兄であるヨーカスでさえ、B級なのだ。
目の前にいるエシュは、兄よりも遥かに格上のとんでもない実力者だったのだ。それならば、あの圧倒的な剣技も納得がいく。
「待ってください! そんなに強かったのに、うちの家にいるってことは...冒険者を、辞めたってことですよね!? どうしてなんですか!?」
シュオは、思わず身を乗り出して尋ねた。これほどの腕を持ちながら、なぜ危険と隣り合わせの冒険者を辞め、一貴族の護衛などという、ある意味では地味な仕事を選んだのだろうか。
「それは...。」
エシュが何かを言い淀み、口を開きかけた、まさにその時だった。
遠くからメイドのアーニャがシュオを呼ぶ少し慌てたような声が聞こえてきた。
「シュオ様、そろそろ学院に行く時間のようです。」
「う、うん......」
エシュの過去に踏み込もうとした矢先の、絶妙なタイミングでの呼び出し。
シュオは何とも言えない釈然としない気持ちを抱えたままエシュに一礼し、訓練場を後にするしかなかった。
エシュは去っていくシュオの背中を、何か言いたげな、複雑な表情で見送っていた。彼女の過去には一体何があったのだろうか。
シュオの胸には新たな疑問と、エシュに対する深い興味が芽生え始めていた。
――――――――
2年生になり幼馴染とはそれぞれ別々のクラスに分かれた。
リーザは魔術科、カイルは武術科ではあるが槍術コース。シュオは剣術コースとなっていた。
ただ同じ武術科である事からカイルとはクラスが近い。
シュオが学校に到着するとカイルが遊びに来た。
カイルは「おはよー」と声をかけながら近づいてくるとシュオの机の上に座る。
「カイル、それやめてよ。邪魔なんだよね。」
「しょうがないだろ。このクラスに俺の席はないんだから。それよりシュオ。」
「何?」
「お前、転入生に狙われてるぞ。」
「は!?」
突然自分が狙われていると言われシュオは大声を出す。
そのあまりの大声にクラスメイトがみなシュオに注目する。シュオは「あはは」と乾いた笑いを浮かべながら皆に頭を下げる。
しかし、転入生に狙われているなどシュオにはまったく身に覚えがない。
自分はその転入生と面識があるのかと考える。しかし自分と同い年の人間に狙われるような事をした覚えがないし、そんな事をするような怖い人と知り合いになった覚えなどまったくもってない。
「僕を狙ってるってどういう事だろ。まさかまた僕の知らないうちにラムジュが迷惑かけたとか......」
シュオのその声に体の中から『俺は最近お前の体は使ってないぞ』と竜人族の王子の声がする。
『魔力混合』の練習をしていると言ってもまだ成功率はそこまで高くない。シュオの意識がない時に成功させる事はほぼないだろう。
「いや、そうではないらしいぞ。」
カイルがシュオに顔を寄せる。
「どうも今年から2年生に編入してきた女の子がいるらしいんだけど、その子が無茶苦茶剣術が強いらしい。」
「そんな子いるんだ。それで?」
「その子は前の学校でナンバーワンだったらしくて、この学校でもナンバーワンを自負したらしいんだよ。ところがその子のクラスメイトが余計な事を言ったらしいんだ。『この学校でナンバーワンはシュオ・セーレンだ』って。」
その言葉にシュオは天を仰ぐ。
「ナンバーワンって僕じゃなくてラムジュじゃないか......」
久しぶりにラムジュのとばっちりを受ける感覚にシュオは絶望する。
半年前までの激しい戦いは全てラムジュがやってきた事だ。それを自分の手柄のように言うつもりは全くない。
「そうは言っても、お前1年の最後の剣術大会で準優勝したじゃないか。それなりに腕は上がってるんだろ。」
「確かに特訓の効果は出たけど、あれは1年生同士だったからでしょ。しかも魔術も使用禁止だったし。」
剣術大会は学年ごとに行われていた。シュオはエシュとの毎日の特訓で鍛えられてはいたが、やはり才能のある人間には勝てなかった。惜しくもシュオは準優勝で終えた。
「まあそうは言っても相手はそんな事情知らないだろうからな。いきなり出合い頭に襲われないように気を付けておけよ。」
「うん、分かった。それで相手はどんな感じなの? 女の子って言ってたけど。」
「それなんだけどな......」
そう言いかけた瞬間、教室の扉が突然蹴破られ、燃えるような赤い髪に灼熱のような赤い眼をした身長の高い少女が入ってくる。腰には細剣を携えて。
教室の生徒達があっけに取られている中、少女は声を張り上げる。
「このクラスにシュオ・セーレンはいるか!? 私はマリア・ガナッシュ! この学院最強と言われるシュオ・セーレンに勝負を挑みに来た!」
カイルがその少女をそっと指差す。
「あー......あいつがお前を狙ってるやつらしい......」
「そう......みたいだね......」
2人は教室の入り口で威勢を張っている少女を見ながらポツリと呟いた。
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