第32話 新しい生活
サディエル王術学院に二度目の魔獣が襲来し、シュオ・セーレンの中に眠るもう一つの魂――竜人族の王子ラムジュがその力を再び解放してから、半年という月日が流れた。
季節は巡り、厳しい冬を越え、生命が芽吹く春が訪れていた。
別れと出会いの季節。
ガイアやエミリアといった頼れる先輩たちは、それぞれの道を歩むために学院を卒業していった。
そして希望に胸を膨らませた新入生たちが、真新しい制服に身を包み、学院の門をくぐってくる。
そんな中、シュオ、カイル、リーザの三人も、無事に二年生へと進級を果たしていた。
この半年間、シュオたちの身には、様々な変化があった。
リーザはあの魔獣との戦いで後方支援の重要性を痛感し、元々抱いていた「医師になる」という夢をより確かなものにするため、二年次からは魔術コースを選択。
回復魔法と補助魔法の研究に本格的に取り組むことを決めた。
しっかり者の彼女らしい選択だったが、シュオやカイルとクラスが離れてしまうことに、一抹の寂しさを感じているようだった。
シュオは自身の内に眠るラムジュの存在を受け入れつつも、それに頼るのではなく、自分自身の力で強くなることを決意していた。
家付きの女戦士エシュによる地獄のような特訓は、一日も欠かすことなく続けられた。
当初はすぐに音を上げていたシュオだったが、明確な目標と、ラムジュという存在(時折、意識の中で厳しい檄を飛ばしてくる)に支えられ、驚くべき成長を遂げた。
一年生の終わりに行われた学内剣術大会では、並み居る実力者たちを相手に堂々と渡り合い、準優勝という輝かしい成績を収めた。
かつての「落ちこぼれ」の面影は、もはやどこにもない。
その実力は学院内でも広く知られるようになり、周囲の見る目も大きく変わっていた。
さらにラムジュと意識を同調させ、「魔力混合」を行う練習を密かに続けるうちに、苦手だった魔術のコントロールも上達した。
本来の適性である水属性の魔法を第三位までなら安定して扱えるようになっていた。
一方、カイルは自身の進路について深く悩んでいた。
シュオと同じく武術コースに進むことは決めていたが、一年間扱ってきた剣術にどうにもしっくりこないものを感じていたのだ。
ディラート家の長男として、騎士団に入ることを期待されている手前、剣術を極めるのが当然だと考えていたが、自分の才能がそこにあるとは思えなかった。
進級前のコース見学期間、カイルはシュオと別れ一人で様々な武術の授業を見て回った。
斧術、短刀術、格闘術…どれもピンとこない。
そんな中、彼の目に飛び込んできたのが、槍術の授業だった。
長くしなやかな穂先、突きと薙ぎを自在に繰り出す流麗な動き。試しに教官から槍を借りて振るってみると、驚くほど手に馴染んだ。まるで、槍が自分の体の一部であるかのように、意のままに操ることができる。
「おい、あいつ、初めて槍を持ったんだろ? なんだ、あの動きは…!」
「筋がいいどころじゃないぞ! 天性の才能だ!」
周囲で見学していた生徒や教官たちから、驚きの声が上がる。
槍術コースの教官は、「君が入ってくれれば、今年の他校との交流戦はもらったも同然だ!」と興奮気味にまくし立てたが、カイルの耳には届いていなかった。彼はただ一心不乱に、槍を振るうことの楽しさ、奥深さに魅了されていたのだ。
結果、カイルは迷うことなく槍術コースを選択。シュオ、リーザとは違う道を選んだが、三人それぞれの目標に向かって歩き出すことになった。
もちろん、三人の活躍の場は授業だけではない。
ガイアの後を継いで新生徒会長となったマティの元、シュオは生徒会幹部として、カイルは持ち前の明るさを活かして広報担当として、そしてリーザはしっかり者の性格を買われて新副会長として、それぞれ生徒会活動にも深く関わっていた。
静かな学院生活を過ごしたいというラムジュの思いには反していたが、シュオは任された仕事を全うしたいという思いがあった。
新会長のマティは、良く言えば行動力があり、悪く言えば悪戯好きで、突拍子もないイベント案を次々と出しては、シュオとリーザに却下される、という賑やかな日常が繰り広げられていた。
そこに新1年生も数人加わり、生徒会は今まで以上に賑やかになっていた。
そんな、新たな変化と日常が始まった、春のある晴れた朝。
窓から差し込む柔らかな陽光が、寝室で眠るシュオのまぶたを優しく刺激する。
「ん……もう朝か…。」
シュオは心地よい目覚めと共にゆっくりと体を起こした。
以前のようにアーニャに起こされるまで惰眠を貪ることは、もうない。
二年生になり、彼は自分のことは自分でする、と決めていたのだ。
専属メイドのアーニャは、「貴族のご子息が、そのようなことをなさる必要はございません!」と今でも口うるさく言ってくるが、いつまでも誰かに頼ってばかりいる自分が嫌だった。
ベッドから降りると、シュオはクローゼットから自分で選んだ訓練用の動きやすい服を取り出し、鏡の前で寝間着を脱いだ。
鏡に映る自分の体。
半年前に負った傷跡は、リーザとエミリアの懸命な治療のおかげでほとんど消えている。半年前にあんなに苦しんだのが嘘のようだ。
それよりも目を引くのは、明らかに厚みを増した胸板と、引き締まった腹筋、そして隆起した腕の筋肉だ。
ひ弱だった頃の面影は完全に消え去り、そこには日々鍛錬を積む、若き戦士の肉体があった。
左腕にうっすらと残る竜の痣だけが、彼の身に起こった非日常の証として、静かに存在を主張している。
今から半年以上前、突如ラムジュという竜人族と呼ばれる種族の王子の魂がシュオの体の中に入り、色々な事があったらしい(本人は一部まったく記憶にないが)。
いじめをしてきていた同級生を懲らしめ、前生徒会長と激しい戦いをし、この世界には存在しない『魔獣』とも戦った。
今でもそのラムジュの魂はシュオの中にいる。
彼は今ではシュオの良き相棒となっている。
「よし。」
着替えを済ませると、シュオは部屋の隅に立てかけてあったロープを手に取り、窓を開けた。
そして、手際よくロープの端を窓枠に固定すると、残りを外へと投げ落とす。
家の中を訓練着でうろつくと、アーニャの小言が始まるのは目に見えている。正直、毎朝それを聞くのは面倒だった。
慣れた手つきでロープを伝い、音もなく二階の自室から地面へと降り立つ。
『随分と坊ちゃんじゃなくなったな、シュオ。』
体の中から聞こえる声。
ラムジュとはこうして会話ができるので、よく相談をしている。
彼の王子としての経験はシュオにとっては非常に役に立つのだった。
「いいんだよ。僕だっていつまでも子供はないんだから。」
シュオは笑顔で体の中のラムジュに返す。
その顔には1年前の頼りなかった表情はない。
ひんやりとした朝の空気が心地よい。シュオは軽く準備運動をすると、屋敷の裏手にある訓練場へと向かった。
訓練場には、既にエシュが立っていた。
腰に差した長剣、厳しいながらもどこか期待を込めた眼差し。それはシュオにとってすっかり見慣れた光景となっていた。
「おはようございます、エシュさん。」
シュオが力強く挨拶をすると、エシュは無言で一本の木剣をシュオに向かって投げた。言葉よりも先に、訓練開始の合図だ。
シュオは軽々と木剣を受け取ると、笑みを浮かべ、エシュに向かって駆け出した。
カァン! と、朝の静寂を破る木剣の打ち合う音が響き渡る。
その音でセーレン家の朝が始まった。
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