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第31話 戦い終えて...

サディエル王術学院の医務室。

清潔なシーツが敷かれたベッドの上で、シュオ・セーレンはようやく意識を取り戻した。

最後に覚えているのは、魔獣の巨体から解放された直後に全身を襲った、耐え難いほどの激痛と、薄れていくラムジュの声。


(…痛くない…?)


恐る恐る体を動かしてみる。

肋骨が折れていたはずの胸も、全身を覆っていた打撲の痛みも、嘘のように消え去っていた。代わりに、心地よい温かさが体全体を包んでいる。


「あ、気がついたのね、シュオ君。」


ベッドの脇に座っていたリーザが安堵の表情で声をかけてきた。

彼女の手のひらからは優しい緑色の治癒の光が放たれ、シュオの体に注がれている。


「ここは…医務室…?」

「そうよ。魔獣を倒した後、あなたが気を失ったから、先生たちがここまで運んできてくれたの。」


リーザの隣には妖艶な笑みを浮かべた姉のエミリアもいた。

彼女もまた、シュオに回復魔法をかけてくれていたようだ。二人の強力な風と水の治癒魔術のおかげで、シュオの体は驚くべき速さで回復していたのだ。


「リーザ、エミリア先輩…。ありがとうございます。」


シュオは体を起こし、二人に深々と頭を下げた。あの激痛から解放されただけでも感謝してもしきれない。


「いいのよ、シュオ君。あなたが魔獣を倒してくれたことに比べれば、これくらい。」


リーザがはにかむように微笑む。


「そーよー。あんな化け物、アタシたちだけじゃどうにもならなかったんだから。むしろ、お礼を言うのはこっちの方よ。ね、シュオ君?」


エミリアはシュオの顔を覗き込むようにして甘い声で言った。その距離の近さと、相変わらず大胆に開かれた胸元に、シュオは少し顔を赤らめる。


「…ま、まあ、僕がやったっていうよりは…その…」


シュオは言葉を濁した。

あの戦いは自分ではなく、ラムジュの力によるものだ。

それをどう説明すればいいのか、まだ整理がついていなかった。

そこへ白衣を着た初老の医師が入ってきた。

彼はシュオの脈を取り、瞳孔を確認すると、満足そうに頷いた。


「うん、もう大丈夫そうだね。驚異的な回復力だ。さすがはセーレン家の血筋、といったところかな。とはいえ無理は禁物だよ。今日はもう自宅に帰ってゆっくり休みなさい。」

「はい、ありがとうございます。」


シュオは医師にも礼を言い、ベッドから降りた。多少のだるさは残るものの、体を動かすのに支障はないようだ。

リーザとエミリアに付き添われ医務室を出ると、廊下には意外な人物たちが待っていた。

生徒会長のガイア、アルドラ弁のマティ、そしてシュオの親友カイル。

さらにその隣には、先ほど魔獣と最前線で戦っていた、豪華な鎧を纏った騎士団長の姿もあった。


「やあ、目が覚めたようだね、シュオ・セーレン君。」


騎士団長が穏やかな笑みを浮かべてシュオに歩み寄ってきた。

その金髪碧眼の整った顔立ちは、戦場での厳しい表情とは打って変わって、どこか人の良さそうな雰囲気を醸し出している。


「私は王国第三騎士団長を務めている、アイス・フォルドだ。この度は君の活躍のおかげで我々騎士団も、そしてこの学院も救われた。心から感謝する。」


アイスはシュオの前に立つと、騎士としての最敬礼をとった。王国最強の騎士団長からのまさかの敬礼。シュオは恐縮してしまい慌てて頭を下げた。


「い、いえ、そんな…! 僕なんて、何も…!」

「謙遜することはない。君がいなければ我々は間違いなく全滅していただろう。君は、このベロニアの英雄だ。」


アイスはシュオの肩を力強く叩いた。その言葉と行動には一切の驕りも嫌味もなく、純粋な感謝と賞賛が込められている。この人は本当に誠実な人なのだろう。


「…シュオ。」


隣にいたガイアがシュオの顔をじっと見つめながら、低い声で尋ねた。


「その様子だと…やはり、あの力はまた失われたのか?」


ガイアの問いにシュオはこくりと頷いた。

今の自分にはあの魔獣を倒したラムジュの力はない。元の、臆病で弱いシュオ・セーレンに戻っている。


「…でも、大丈夫です。」


シュオは少し戸惑うガイアたちに向かって、努めて明るく微笑んでみせた。


「きっとまたすぐに戻ってきますよ。今は、ちょっと…お休みしてるだけですから。」


その言葉の意味を正確に理解できた者は、その場にはいなかっただろう。

しかしシュオの表情には、以前のような卑屈さや諦めはなく、どこか前向きな、不思議な明るさがあった。

ガイアもマティも、そしてアイス団長も、何か腑に落ちないながらもそれ以上追及することはなかった。


「そうか…まあ、何はともあれ、無事でよかった。」


アイスは再び穏やかな笑みを浮かべた。


「今日はもう家に帰ってゆっくり体を休めるんだ。必要なら、私の部下を警護につけよう。」

「いえ、大丈夫です!」


シュオはきっぱりと断った。


「僕には、頼りになる友人がいますから!」


そう言って、隣に立つカイルとリーザの顔を見る。突然話を振られたカイルは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに胸を張って叫んだ。


「お、おう! 俺たちがちゃんとシュオを家まで送り届けるから、心配いりません!」

「ふふ、頼もしい友人たちだね。」


アイスは微笑むと、


「では、我々は魔獣の死骸の調査と被害状況の確認があるので、これで失礼する。また改めて、礼をさせてくれ。」


と言い残し、騎士としての敬礼をして颯爽とその場を去っていった。


「我々も騎士団の調査を手伝いに行く。」


ガイアもシュオに鋭い視線を向けながら言った。


「お前も早く帰って休め。…色々と聞きたいこともあるが、それはまた後日だ。」

「会長、ほな、行きますでー。」


マティがガイアを促し、二人はアイス団長の後を追うように歩き去った。その背中には、まだシュオに対する疑念と興味が入り混じったような空気が漂っていた。


「じゃあ、アタシも行こっかなー。」


一人残ったエミリアが退屈そうに伸びをした。

そしてシュオに近づくと悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼の頬に、ちゅっ、と軽いキスをした。


「今日はご苦労様、シュオ君。また、近いうちに『お礼』させてね?」


色っぽいウィンクを残し、エミリアはガイアたちの後を追って、ひらひらと手を振りながら去っていった。

残されたのは呆然とするシュオとカイル、そして顔を真っ赤にして「お姉ちゃんなんて知らないっ!」と叫んでいるリーザの三人だけだった。


「……」


シュオはエミリアにキスされた頬にそっと触れた。柔らかい感触と、甘い香りがまだ残っているような気がして、顔が熱くなるのを感じた。


「…け、結構、隅に置けないな、シュオ…」


カイルが羨望と嫉妬の入り混じったような目でシュオを見ている。


「も、もう! 行くわよ!」


リーザは怒っているのか照れているのか分からない表情で、シュオとカイルの腕を引っ張り歩き出した。


――――――――


帰り道。三人で歩く見慣れた通学路。さっきまでの喧騒が嘘のように、静かな時間が流れる。


「…なあ、シュオ。」


カイルが、思い出したように尋ねてきた。


「結局、その…お前の中の『ラムジュ』ってのは、何者なんだ? 前に魔獣と戦った時も、今回も、お前じゃないみたいだったし…。一体、どうなってるんだよ?」


カイルの疑問はもっともだった。

シュオ自身もまだラムジュについてほとんど何も知らない。


「…僕にも、よく分からないんだ。」


シュオは正直に答えた。


「昨日、初めてちゃんと話したんだけど…ラムジュって名前だってことと、僕の記憶がない三ヶ月間、僕の体に入ってたってことくらいしか分からなかった。でも悪い奴じゃないと思う。だって、今回だって僕や、みんなを助けるために戦ってくれたんだから。」


ラムジュの態度は傲慢で、言葉遣いも乱暴だが、その行動にはどこか人々を守ろうとする意志のようなものが感じられた。

少なくともシュオにはそう思えた。


「でも、どうしてシュオ君の体に…?」


リーザも、不思議そうに首を傾げる。


「それもまだ…。次にまたラムジュと話せる機会があったら、ちゃんと聞いてみるつもりだよ。」


シュオは、空を見上げながら言った。

今はまだ分からないことだらけだ。でも、逃げずに、ちゃんと向き合っていこうと決めたのだ。


「…とにかくさ。」


リーザがシュオの顔を覗き込むようにして言った。


「ラムジュのことはよく分からないけど、今のシュオ君はちゃんとシュオ君なんだから。無理しないで、シュオ君自身のペースで、頑張っていけばいいと思うわ。エシュさんに剣術、習ってるんでしょ?」

「うん…。」


シュオはリーザの優しい言葉に心が温かくなるのを感じた。

そうだ、焦る必要はない。今の自分にできることを、一つずつやっていけばいいんだ。


「僕は、もっと強くなるよ。」


シュオは自分自身に言い聞かせるように力強く言った。


「ラムジュの力に頼るんじゃなくて、僕自身の力で、大切なものを守れるように。エシュさんの特訓も、絶対に最後までやり遂げてみせる。」


その決意は空に誓うかのように、まっすぐで、迷いがなかった。

夕焼けに染まった空には、細い三日月が浮かんでいた。

その淡い光が、まるでシュオの新たな決意を祝福するかのように、優しく地上を照らしているように見えた。

臆病だった少年は、今、確かに変わり始めていた。

自分の中に存在するもう一人の自分と共に、彼はこれから、どんな未来を歩んでいくのだろうか。

その道のりは、決して平坦ではないかもしれない。

しかし、今のシュオの瞳には、確かな希望の光が宿っていた。

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