表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/55

第30話 ラムジュ、爆発

エアの研究室を飛び出し、ラムジュは戦場の中心へと駆けていく。

二つの魂が一つになった体は、以前のシュオのそれとは比較にならないほどの力と速さを秘めていた。


「おい、シュオ。この体、なかなか悪くないぞ。お前が少し鍛えただけでも、これだけ動けるようになるとはな。」


頭の中でラムジュが、どこか感心したように言う。


『う、うん…。でも、やっぱり怖いよ…。』


意識の奥で、シュオの声が小さく震える。

ラムジュは再び、生徒たちが集まる窓際へとたどり着いた。窓の外、学院の中庭では、絶望的な戦いが繰り広げられていた。

魔獣の圧倒的な力の前に、王国最強と謳われる第三騎士団は壊滅寸前。

まともに戦えているのは、ひときわ豪華な装飾の鎧を纏った騎士団長らしき男と、生徒会長ガイア、そしてアルドラ弁のマティの三人だけだった。

しかし、その三人も既に深手を負い、息も絶え絶えに見える。


『ラムジュ、早くしないと、ガイア会長たちが…!』


シュオが焦ったように叫ぶ。


「そうだな。のんびり階段を降りている暇はなさそうだ。」


ラムジュは短く答えると、躊躇なく窓枠に足をかけ、外へと身を躍らせた!


「なっ!?」

「おい、あいつ!」


周囲の生徒たちの驚愕の声を背に、ラムジュは三階の高さから中庭へと飛び降りる。


『風よ、我が意に従え!』


意識の中でシュオが必死に風の魔術をイメージする。ラムジュもそれに合わせるように魔力を制御し、落下速度を巧みにコントロールする。

ズンッ、と軽い着地音と共に、ラムジュは傷ついた三人の前に降り立った。

突然空から降ってきた人影に、騎士団長もガイアもマティも、そして魔獣さえも、一瞬動きを止めて呆気に取られる。


「き、貴様! 何者だ! 一般生徒は危険だ、早く避難しろ!」


我に返った騎士団長が、厳しい声でラムジュに叫んだ。


「シュオ・セーレン…!? まさか、お前の力が…戻ったのか!?」


ガイアはラムジュの後ろ姿と、以前とは明らかに違うその佇まいに、驚きと期待の入り混じった表情を浮かべた。


「こいつの事は俺に任せろ。お前らは下がって治療を受けるんだ。」


ラムジュは魔獣から視線を外さずに、低く、しかし有無を言わせぬ力強さで言い放った。


「な、何を言っている! 我々は王国騎士団だぞ! 生徒一人に任せて退くわけには…!」


騎士団長が反論しようとしたが、ガイアがその腕を掴んで制した。


「団長、ここは彼を信じましょう。彼なら…きっと。」


ガイアは以前ラムジュに敗れた時の記憶、そして魔獣を圧倒したあの力を思い出し、確信に近いものを感じていた。


「会長…ほんまに、ええんですか?」


マティが不安そうに尋ねるが、ガイアは力強く頷いた。


「シュオ・セーレン! お前を信じるぞ!」


ガイアはそう叫ぶと、マティと騎士団長を促し、後方へと下がり始めた。

騎士団長はまだ納得いかない様子だったが、ガイアの強い意志に押され、不承不承といった感じで後に続く。


「ま、アタシがしっかりサポートしてあげるから、頑張んなさいよ、シュオ君!」


後方から、エミリア・フローレンスの声が聞こえ、ラムジュの体にふわりと温かい光が降り注いだ。水の属性を持つ彼女の補助魔法だ。身体能力が向上し、魔力の循環が活性化されるのを感じる。


「これは…なかなかいいな。戦いやすくなる。」


ラムジュは、第四世界の補助魔術に素直に感心した。第三世界では、個々の戦闘能力を高めることに主眼が置かれ、このような支援系の魔術はあまり発展していなかったのだ。


『本当は、僕も使えるはずなんだけどね…。ごめん、ラムジュ。』


シュオが申し訳なさそうに言う。


「気にするな。お前はこれから努力すればいい。さあ、やってやるぞ!」


ラムジュは意識を切り替え、目の前の魔獣に集中した。

魔獣は、新たに出現したラムジュを警戒し、低く唸りながら威嚇の咆哮を上げた。その赤い瞳が、明確な敵意をたたえてラムジュを捉える。


「魔獣とやらは、吠えることしか能がないのか?」


ラムジュは挑発するように言うと、動きやすさのためか、着ていた学院のブレザーを脱ぎ捨てた。どうやら、この世界の服のデザイン自体は、それなりに気に入っているらしい。それを破る訳にはいかないと思ったのだ。


身軽になったラムジュは、大地を蹴った。

常人離れした速度で魔獣へと接近し、高く跳躍する。

そして、渾身の力を込めた左拳を、魔獣の巨大な顔面へと叩き込んだ!


ゴッッ!!!


鈍い衝撃音。エシュとの訓練で鍛えられたシュオの肉体、エミリアの補助魔法、そして何より、ラムジュ本来の力が宿る左腕から繰り出された一撃は、以前とは比べ物にならない威力を秘めていた。


「グオッ!?」


魔獣は短い悲鳴を上げ、巨体をよろめかせた。しかし、致命傷には至らない。

すぐに体勢を立て直し、怒りに燃える瞳でラムジュを睨みつけ、太い右腕を薙ぎ払うように振るってきた。

ラムジュはその攻撃を、まるで予測していたかのように最小限の動きでかわし、左腕で受け流すと同時に、軽やかに着地する。


「…やはり、素手では厳しいか。いくらこの左腕に力があろうと、魔獣の硬い鱗を貫くのは骨が折れるな。」


ラムジュは内心で分析する。何か、武器が必要だ。


魔獣は、ラムジュの動きを見極めるように、一瞬動きを止めた。

そして、頭を低く下げ、翼をたたみ、前傾姿勢を取る。先ほど騎士団を壊滅させた、あのブレスの予備動作だ。


「これは...さっきのブレスか!」


ラムジュが身構えた瞬間、魔獣の口から再び灼熱の炎が放たれた。


「こんなもの!」


ラムジュは再び高く跳躍し、炎の奔流を頭上からかわす。エミリアの補助魔法のおかげで、跳躍力も格段に上がっている。しかし、それは魔獣の罠だった。


「しまっ…!」


ブレスを放った直後、体勢を立て直していた魔獣が、翼を広げて空へと飛び上がり、空中で回避行動を取ったラムジュ目掛けて突進してきたのだ。ブレスは陽動だったのだ。

空中で身動きが取れないラムジュに為す術はない。ガードしようと腕を交差させたが間に合わない。魔獣の岩のような頭部が、ラムジュの体に真正面から激突した。


「ぐ…あああっ!」


凄まじい衝撃と共に、ラムジュの体は錐揉みしながら地面へと叩きつけられた。

さらに、落下してきた魔獣の巨体が、その上に乗りかかるように圧し掛かる。


「がはっ…!」


全身の骨が軋むような激痛。鎧も着ていない生身の体に、魔獣の全体重がのしかかる。

いくら補助魔法がかかっていようと、シュオの肉体では耐えきれない負荷だった。ラムジュは口から大量の血を吐き出した。


魔獣はゆっくりとラムジュの上から退くと、倒れ伏す彼を冷たく見下ろした。


「…ぐ…魔獣ごときが…この俺を…見下ろすな…!」


ラムジュは、激痛に耐えながら、意地だけで体を起こした。胸に走る激痛。肋骨が何本か折れているかもしれない。


「やはり…この体は脆すぎる…! 左腕以外は、ただの人間のままか…!」


ラムジュは、この不便な体に魂を宿らせた運命を呪った。

魔獣は、立ち上がったラムジュに追撃を加える。強靭な尻尾が鞭のようにしなり、地面を抉りながら迫ってくる。ラムジュは必死に転がってそれをかわす。

間髪入れずに、魔獣は再びブレスを吐き出した。


「炎よ、壁となれ!」


ラムジュは咄嗟に炎の魔術を発動させ、自身の前に炎の壁を作り出してブレスを防ぐ。しかし、度重なるダメージと魔力の消耗で、壁はすぐに破られそうだ。


(くそっ…! 左腕さえ無事なら…竜の力を使えば、こいつを倒せるのに…!)


先ほどの魔獣に踏まれた際に左腕も怪我し、力が入らない。このままではジリ貧だ。


『ラムジュ! このままじゃ、やられちゃうよ!』


シュオが、意識の中で悲鳴に近い声を上げる。


「分かっている! 何か…何か手はないのか!? 竜の力を宿せるような、強力な媒体があれば…右腕でも、あるいは…!」


ラムジュは必死に活路を探る。だが、この世界の一般的な武器では、ラムジュの竜の力に耐えきれず、すぐに壊れてしまうことは、ガイアとの決闘で証明済みだ。


『そうだ!』


その時、シュオが叫んだ。


『ヨーカス兄さんからもらった短剣がある! あれは、魔銀鋼っていう特殊な金属でできてるって言ってた! あれなら、ラムジュの力に耐えられるかもしれない!』

「なに!? 魔銀鋼だと!?」


ラムジュの声に、驚きの色が混じった。魔銀鋼は、第三世界でも伝説とされる、極めて希少で強力な魔力を宿す金属だ。まさか、この第四世界に存在していたとは。


「シュオ、よくやった! それなら、勝機はある!」


ラムジュは、腰のベルトに差してあった短剣の鞘に手を伸ばした。右手で、鈍い銀色の輝きを放つ魔銀鋼の短剣を抜き放つ。

その新たな動きを察知した魔獣が、とどめを刺さんと、再びブレスを吐き出してきた。

ラムジュは負傷した左腕で、最後の力を振り絞って炎の壁を再び展開し、ブレスを防ぎながら、右手で短剣を天にかざし、古の竜の言葉による詠唱を開始した。それは、武器に竜の力を宿らせるための、秘術の詠唱だった。


「シュオを援護するぞ!」


ラムジュの詠唱を見たガイアが叫び、再び魔獣へと斬りかかった。


「おうよ! いったるでぇ!」


マティもそれに続く。


「我々も続くぞ!」


騎士団長も、治療されて動けるようになった騎士たちと共に突撃を開始した。

戦士たちは、ラムジュが詠唱を終えるまでの時間を稼ぐため、決死の覚悟で魔獣の足元に斬りかかる。

魔獣は苛立ち、尻尾や爪で彼らを薙ぎ払おうとする。

騎士団長が、その身を挺して尻尾の攻撃を盾で受け止める。衝撃で地面に足がめり込むが、彼は歯を食いしばって耐え抜いた。

その隙に、ガイアが燃え盛る魔法剣を魔獣の足に叩き込む。

ただ攻撃するだけでは切る事はできない。更なる力が必要だ。


「会長! 支援するよ!」


遠距離から、エミリアがガイア達にに強力な補助魔法をかける。身体能力が向上したマティが、ガイアとは反対側の足を鋭く切り裂いた。ガイアもまた剣を振り抜き魔獣の足を切る。

足元への集中攻撃に、さすがの魔獣もバランスを崩し、よろめいた。


「―――よし......いくぞ!」


詠唱を終えたラムジュの右手に握られた魔銀鋼の短剣が、禍々しい赤黒いオーラを纏い、眩いばかりに輝き始めた。

それは、以前カイルから借りた剣がラムジュの力に耐えきれず折れた時とは明らかに違う、確かな力の奔流だった。


「さすがは魔銀鋼! 俺の力にも、しっかりと耐えてくれてるぞ!」


ラムジュは、不敵な笑みを浮かべると、バランスを崩した魔獣の懐へと、一瞬で飛び込んだ。狙うは、ただ一点。魔獣の太い首筋。


「おとなしく、地獄へ還れ!」


ラムジュは、竜の力を宿した魔銀鋼の短剣を、魔獣の首筋目掛けて、渾身の力で突き刺した。


ザクンッ!


硬いはずの鱗が、まるで豆腐のように容易く貫通する。短剣は、魔獣の首の骨まで達した。

さらに、ラムジュは短剣を右へと薙ぎ払う。首に深い裂け目が入り、黒い血が噴水のように噴き出した。

だが、これだけでは魔獣は死なない。ラムジュは追撃する。魔獣の頭蓋に、再び短剣を深々と突き刺した!


「滅びろ!」


そして、短剣に込められた竜の魔力の全てを、魔獣の体内へと一気に流し込んだ。

魔獣の動きが、完全に止まった。赤い瞳から光が消え失せる。

次の瞬間、ゴッという鈍い音と共に、魔獣の頭部が内側から破裂し、四散した。

頭を失った巨大な竜の体が、地響きを立てながらゆっくりと地面に崩れ落ちていく。その勢いで、ラムジュも地面へと転がり落ちた。


「…………」


静寂が、戦場を支配した。

魔獣が…倒された。

その信じられない光景を目の当たりにした学院の生徒たちから、やがて、割れんばかりの大歓声が沸き起こった。


「…悪いな、シュオ,,,,,,また、しばらくは…出てこれそうにないみたいだ......」


ラムジュの声が、シュオの意識の中で急速に薄れていく。魔力混合が解け、ラムジュの魂は再び、シュオの意識の奥深くへと沈んでいく。

それが、シュオ自身の魔力と同じレベルまで沈んだ時、二つの魂は再び分離し、体の主導権は元の持ち主へと戻った。


「―――っっ!!!」


シュオの意識が、現実へと引き戻された瞬間。全身を襲う耐え難いほどの激痛に、彼は声にならない悲鳴を上げた。


(い、痛い…! 体中が、バラバラになりそうだ…! これが…ラムジュが戦ってた痛み…!?)


肋骨が折れ、全身打撲、そして無理な魔力行使による消耗。

ラムジュが感じていた痛みが、今、時間差でシュオを襲っていた。

シュオはあまりの痛みに意識を保つことすらできず、ただただ地面を転がり、悲鳴を上げ続けるしかなかった。


「シュオ!」

「シュオ君!」


エミリアとリーザが、慌ててシュオの元へと駆け寄り、必死に治癒魔法をかけ続ける。温かい光がシュオの体を包み込み、少しずつ痛みが和らいでいく。


「…だ、大丈夫…」


シュオが、かろうじて声を絞り出すと、リーザは涙ぐみながら「よかった…!」と安堵の表情を浮かべた。

すぐに駆けつけた学院の教師たちが、シュオの状態を見て、「早く医務室へ運ぶんだ!」と叫ぶ。

シュオは、力の入らない体を教師たちに担がれ、意識朦朧としながら医務室へと運ばれていった。


――――――――――――――――――


その一部始終を、学院の校舎の陰から、一人の男が冷ややかに見つめていた。

全身を黒いローブで覆い、その顔はフードの影に隠れて窺い知れない。


「…なんと。あの程度の魔獣さえも倒されるとはな。この国を滅ぼすには、もっと強力な魔獣…いや、あるいは、第五世界の『悪魔』そのものを召喚する必要がありそうだ。」


男は、独り言のように呟くと、懐から奇妙な紋様が描かれた石を取り出した。


「今日のところは、退くとしよう。だが、次こそは…。」


男が石に向かって何事か呟くと、彼の足元に黒い渦のような空間が現れた。

男はその渦の中へと躊躇なく足を踏み入れ、その姿は跡形もなく消え去った。

後に残されたのは、倒された魔獣の骸と、傷つきながらも勝利を喜ぶ人々の喧騒だけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ