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第29話 ラムジュ復活

エアの研究室を飛び出したシュオは、悲鳴と破壊音が聞こえる方角へと、無我夢中で廊下を駆けた。

頭の中では、ラムジュの冷静な声が状況を分析している。


『この魔力…間違いない。この間、俺が叩き潰した奴と同種の、あるいはそれ以上の力を持つ魔獣だ。』

「そ、それって…! すごく、やばい奴なんじゃ…。」


恐怖で声が震えるシュオに、ラムジュは鼻で笑うかのように答える。


『普通の人間にとってはやばいな。おそらくガイアでもこいつは抑えられないはずだ。』

「生徒会長でも!?」

『だからなんとかして俺が外に出れる方法を考えないといけないんだ。まずは敵を見に行くぞ。』

「分かった!」


シュオは廊下を必死に走る。

しばらくいった先に、人だかりができているのが見えた。

生徒たちが窓際に集まり、固唾を飲んで外の様子を窺っている。

シュオもその人垣に駆け寄り、なんとか人をかき分けて窓際までたどり着いた。そして、窓の外に広がる光景に息を呑んだ。

学院の中庭。そこには、禍々しいとしか言いようのない存在がいた。

漆黒の鱗に覆われた、巨大な竜のような姿。

ねじくれた角、燃えるような赤い瞳、そして背中には蝙蝠のような巨大な翼。

それは、シュオがかつて文献で見た、第五世界の悪魔や上位魔獣の挿絵によく似ていた。


「…あれは…一体…。」


シュオが呆然と呟くと、ラムジュの声が頭の中で響いた。


『…魔獣だな。だが、俺が前に戦った犬のような奴とは違う。翼持ちか…厄介だな。今回のは、前回より格段にやばそうだぞ。』


その魔獣と対峙しているのは、白銀の輝く鎧に身を包んだ騎士の一団だった。彼らの持つ大盾には、青い帯が描かれている。


「あれは…第三騎士団だ!」


シュオは思わず声を上げた。

ベロニア王国騎士団は三つの部隊で構成されており、それぞれ盾に赤、黄、青の帯が描かれている。

中でも青い帯を持つ第三騎士団は、王国最強の戦闘集団として知られている精鋭中の精鋭だ。

しかし、その王国最強の騎士団をもってしても、魔獣相手には苦戦を強いられているようだった。

騎士たちの振るう剣は、魔獣の硬い鱗に弾かれ、有効なダメージを与えられていない。

後方からは、学院の教師や生徒会のメンバーたちが必死に魔法による援護攻撃を行っているが、それも魔獣の持つ高い魔術耐性の前には、決定打とはなっていないようだ。


「生徒会まで戦ってるの!?」


シュオは、騎士団の後方に、見慣れた赤い髪のガイアや、アルドラ弁のマティの姿を見つけ、驚愕した。


『だから言っただろう。この学院は、ただの学校じゃない。騎士団と協力して、こういう事態に対応する役割も担っているんだ。』


ラムジュがどこか呆れたように言った。

さらに後ろの方にはカイルやリーザの姿も見える。

彼らも生徒会なのだから当然だ。そして自分も生徒会なのだ......なのにただこうやって窓から戦況を見ている事しかできない。


戦況は膠着状態に見えた。

騎士団の物理攻撃も、学院側の魔法攻撃も、魔獣には通用しない。

逆に、魔獣の繰り出す強烈な爪や尻尾による攻撃は、屈強な騎士たちをいとも簡単に吹き飛ばしていく。

吹き飛ばされた騎士を、リーザや他の回復魔法の使い手たちが必死に治療しているのが見えた。

お互いに決め手を欠いたまま、消耗戦が続くかと思われた、その時だった。


「グルオオオオオッ!!」


魔獣が、天に向かって咆哮を上げると、その巨大な顎をゆっくりと開いた。口の中に、禍々しい赤黒い炎が集束し始める。


「ブレスだ! 全員、防御態勢!!」


騎士団の中から隊長らしき人物の鋭い声が飛んだ。騎士たちは即座に大盾を前面に構え、密集隊形を取る。

次の瞬間、魔獣の口から、灼熱の炎の奔流が吐き出された。


ゴォォォォッ!!


凄まじい轟音と共に、炎のブレスが騎士団を飲み込む。

白銀の鎧がみるみるうちに赤熱していく。あまりの高熱に鎧の一部が溶け始めているのが遠目にも分かった。


「うわあああっ!」

「ぐあああっ!」


騎士たちの苦悶の声が聞こえる。

学院側の魔法使いたちは、教師陣が展開した分厚い氷の壁の後ろに避難し、なんとか直撃を免れていた。

壁の中には、必死の形相で氷壁の維持に魔力を注いでいるカイルの姿も見えた。

やがて炎の奔流が収まると、そこには無残な光景が広がっていた。

騎士団の陣形は崩れ、多くの騎士が地面に倒れ伏している。立っている者も鎧は焼け焦げ、盾は歪み、満身創痍の状態だ。


「負傷者は後退! 鎧が溶けた者はすぐに脱装しろ!」


隊長が叫び、負傷した騎士たちが次々と後方へと下がっていく。残った騎士は、もはや数えるほどしかいない。

その残った騎士たちの隣に、ガイアとマティが剣を構えて並び立った。彼らも覚悟を決めたようだ。最前線でこの絶望的な状況に立ち向かうつもりなのだろう。


「…これ、やばいんじゃないの…?」

「このままじゃみんな殺されちゃうよ...」

「避難しないと俺達も殺されるんじゃ...」


窓から見ていた生徒たちの間に動揺と絶望感が広がり始める。


「…やばいよ、これ…。」


シュオも青ざめた顔で呟いた。


『そうだな。このままでは全滅は時間の問題だろう。』


ラムジュが冷静に同意する。


「ラムジュ! 君ならなんとかできるんじゃないの!?」


シュオは、藁にもすがる思いで、頭の中の同居人に問いかけた。


『当然だ。俺の力を使えばあんなトカゲもどき、一瞬で塵にしてやれる。だがな、シュオ。問題は今の俺にはお前の体を動かす権限がないということだ。この意識だけの状態では、力を使うどころかお前に話しかけることしかできない。』


ラムジュの言葉にシュオは絶望した。最強の力がすぐそこにあるのに、それを使えない。宝の持ち腐れとはまさにこのことだ。


(どうすれば…どうすれば、ラムジュの力を借りられるんだ…? 僕の中に、二つの魔力の波動があるって、エア先生は言ってた。これを、一つにできれば…もしかしたら…!)


シュオの脳裏に、閃きが走った。そうだ、エア先生なら何か知っているかもしれない!

シュオは、再び踵を返し、エアの研究室へと全力で走り出した。

研究室に飛び込むと、エアは爆発音に驚きつつも、冷静に研究資料をまとめているところだった。


「先生! 大変なんです! 魔獣が…! それで、僕の中にいるラムジュが…!」


息を切らしながらシュオは必死に状況を説明しようとする。


「落ち着いて、シュオ君。まずは深呼吸して。」


エアはシュオを椅子に座らせると、話を促した。

シュオは矢継ぎ早に自分の意見を話す。


「…なるほど。つまり、君の中にある二つの魔力波動…君自身の水属性の波動と、そのラムジュとやらの未知の波動…これを一つに統合できれば、ラムジュが君の体の主導権を握り、力を使えるようになるかもしれない、と考えたわけね?」


エアは驚くべき早さでシュオの話を理解し、整理した。


「はい! そんな方法ってないですか!?」


シュオは期待を込めてエアを見つめた。


「二つの異なる魔力波動を一つに…そんな荒業、聞いたことが…いや、待って。」


エアは腕を組み、記憶の糸を辿るように目を閉じた。そして、はっとしたように顔を上げた。


「…そうだわ! 『魔力混合』よ!」

「まりょくこんごう…?」


シュオが聞き返す。


「ええ。本来は、二つの異なる属性の魔法を同時に発動させ、より強力な効果を生み出すための超高等魔術の理論なんだけど。その応用で君の体の中にある二つの魔力の源流そのものを無理やり混ぜ合わせて一つにしてしまう…理論上は可能かもしれないわ!」

「そ、そんなこと、どうやって…!」


シュオが落胆しかけた、その時だった。


『簡単な話だ、シュオ。俺が俺自身の魔力を極限まで抑え込む。そしてお前がお前の魔力を逆に最大限まで高めればいい。力の弱い方が強い方に引きずられる形で、一時的に混ざり合うはずだ。』


ラムジュの声が、シュオの頭の中で明確な指示を与えた。


「僕にそんなことできるわけが…」


シュオは弱音を吐いた。自分の魔力を最大限まで高める? 落ちこぼれの自分が、そんな高度な魔力操作ができるはずがない。ましてや自分の魔力まで高めたところで自分にラムジュの魔力に追いつけるほどの魔力はあるのか...?


『いつまで落ちこぼれのままでいるつもりだ、シュオ! このままではお前の大事な友人たちが、家族が、皆死ぬことになるんだぞ! やるしかないだろうが!』


ラムジュの叱咤がシュオの心に突き刺さった。そうだ、いつまでも怖がってばかりじゃいられない。僕だって守りたいものがあるんだ!


「…分かった。自信はないけど…やってみる!」


シュオは覚悟を決め、目を閉じた。

魔力を高めるイメージ。エア先生に教わった、基礎中の基礎。

自分の中にある、魔力の源…その小さな灯火のようなものを感じ取り、そこに意識を集中させる。

そしてその灯火を、燃え盛る炎へと変えるイメージを、強く、強く念じるのだ。

今まで何度やってもうまくいかなかった。自分の魔力の源はあまりにも小さく、か弱かったから。

しかし今は違う。自分の中にラムジュがいる。彼の存在がシュオの心にこれまでになかった勇気と力を与えてくれていた。


(見つけろ…僕の魔力…! そして、燃え上がれぇぇっ!!)


シュオは心の底から叫んだ。

するとどうだろう。これまで感じたことのないほど明確に自分の中に存在する、温かく、優しい、水の魔力の源を感じ取ることができた。

そしてその源にシュオはありったけの意志を込めて、火をつけるイメージを叩きつけた!

瞬間、シュオの体から蒼い魔力のオーラが奔流のように溢れ出した。それは、以前のシュオからは考えられないほどの、膨大な魔力だった。


「すごい…! シュオ君、あなたこんな力を隠していたの!?」


その様子を見ていたエアが、驚愕の声を上げる。


『よし、シュオよくやった! あとは俺が合わせる!』


ラムジュの声と共に、シュオの中にあるもう一つの波動、赤黒い禍々しい魔力が、溢れ出す蒼い魔力に吸い寄せられるように、ゆっくりと混ざり合い始めた。

二つの異なる力がぶつかり合い、シュオの体の中で激しくせめぎ合う。苦痛と快感が入り混じったような、奇妙な感覚。

そして、ついに二つの力が完全に一つになった瞬間――

シュオの体から、眩いばかりの純白の光が放たれた。

それは蒼でもなく、赤黒でもない、全ての光を内包するかのような、神々しいまでの輝き。あまりの眩しさに、エアは思わず腕で目を覆った。

やがて光が収まった時。そこに立っていたシュオの姿は一変していた。

もはや以前の気弱な少年の面影はない。その瞳には絶対的な自信と、揺るぎない意志の光が宿り、その立ち姿はまるで百戦錬磨の王者のように堂々としていた。


「…まさか、本当に成功したの? あなたが…ラムジュ?」


エアが、恐る恐る尋ねる。


「ああ。先生、感謝する。おかげでまたこの世界に顕現することができた。」


答えた声は、低く、落ち着き払ったものだった。


「じゃあ、シュオ君は…?」

「心配ない。シュオの魂は消えてはいない。この魔力混合の状態が解ければまた元の彼に戻るだろう。今は俺の意識の奥で共にいる。」

『…行こう、ラムジュ。今の僕たちならあの魔獣と戦えるんだよね。』


ラムジュの意識の中に、シュオの声が響く。


「ああ。行くぞ、シュオ。俺たちの力であいつらを助ける!」


ラムジュは力強く頷くと、エアに一瞥もくれず再び研究室を飛び出した。

目指すは魔獣が暴れる中庭。二つの魂を一つにした戦士が、今、戦場へと向かう。

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