第23話 兄の優しさ
学院の校舎を出て、ようやく人心地ついた3人。
いつもとは違う生徒会室でのやり取りに3人は疲れ切っていた。
「…なんか、どっと疲れが出たな。」
カイルが額の汗を拭いながら言った。
「本当よ…お姉ちゃんには、いつも振り回されるんだから…。」
リーザもぐったりとした様子でため息をついた。
「なあ、二人とも。」
カイルが提案した。
「このまま帰るのもなんだし、どこかで今後のことを少し話さないか? シュオの記憶のこととか、これからどうするとか…。」
「そうね、それがいいわ。」
「うん、分かった。」
シュオとリーザも、カイルの提案に同意した。
――――――――
三人が向かったのは、ベロニアの大通りにある、人気のジューススタンドだった。
ここは、新鮮な果物を使った美味しいジュースが飲める店で、シュオたちがまだ幼い頃から、よく三人で立ち寄っていた、思い出の場所でもある。
それぞれ好みのジュースを買うと、店の前に置かれた空いているテーブルに腰を下ろした。
「それで、これからどうしようか…。」
カイルがジュースを一口飲みながら切り出した。
「エア先生の研究に協力するって言っても、すぐに記憶が戻るわけじゃないだろうし…。」
「学院生活も、どうなるか分からないわよね。昨日の今日で、周りの目も変わっちゃったし…。」
リーザも不安そうに呟く。
「それに、僕の知らない間に、色々とやらかしちゃってたみたいだし…生徒会とか、どうすればいいんだろう…。」
シュオも自分の置かれた状況に、改めて頭を抱えたくなった。
三人が、それぞれの不安や疑問を口にし、これからどうすべきか話し合っていると、不意にシュオの隣に、すっと影が差した。
見上げると、そこには無骨な革鎧に身を包み、腰に長剣を差した、寡黙な雰囲気の青年が立っていた。シュオよりも少し年上で、精悍な顔つきをしている。
「…ヨーカス兄さん!」
シュオは、その人物を見て、驚きの声を上げた。
それはシュオの次兄であり、セーレン家で唯一、王術学院には進まず、我流で剣の腕を磨き、現在はB級冒険者として活躍しているヨーカス・セーレンだった。
「兄さん、どうしたの? こんなところで。」
シュオが尋ねると、ヨーカスはカイルとリーザに軽く会釈をしてから、シュオに向き直った。
「ああ。…仕事の帰りだ。」
ヨーカスはいつも通り表情を変えず、短く答えた。
「冒険者の仕事? 今日はどこまで行ってきたの?」
「今日は、南の方にある『嘆きの洞窟』に潜ってきた。」
「嘆きの洞窟って高ランクの冒険者じゃないと行けない場所だよね! さすがヨーカス兄さん、すごいよ!」
ヨーカスはシュオから目線を反らし、少し照れているように見える。
そしてふと思い出したかのように懐から革の鞘に収められた一本の短剣を取り出した。
それは、明らかに普通の鉄や鋼とは違う、鈍い銀色の輝きを放つ金属で作られており、柄には魔力を帯びた宝石のようなものが埋め込まれている。
「これは…?」
シュオが尋ねる。
「ダンジョンで見つけた、『魔銀鋼』の短剣だ。微量だが、魔力が込められている。」
ヨーカスはその短剣をシュオに差し出した。
「俺にはお前やラルフ兄さんのように魔力は使いこなせない。だがお前ならきっといざという時に役立てる事ができるだろ。」
「え…いいの、兄さん?」
「ああ。…持って行け。」
ヨーカスはそれだけ言うと、シュオの返事を待たずに短剣を押し付けた。その不器用な優しさに、シュオは胸が熱くなるのを感じた。
「…ありがとう、兄さん! 大事に使うよ!」
シュオは笑顔で礼を言って、その短剣を受け取った。
「…俺は、これからギルドに報告に行かないといけないから先に行くぞ。」
ヨーカスはシュオの頭を一度だけ、ポンと軽く叩いた。
「…あまり、無茶はするなよ。」
そう言い残すと、ヨーカスは足早に人混みの中へと消えていった。
「…ヨーカスさん、相変わらずかっこいいな!」
カイルが憧れの眼差しでヨーカスの後ろ姿を見送っている。
「本当ね。無口だけど、すごく優しい人よね。」
リーザも同意するように頷いた。
シュオは、ヨーカスからもらった短剣を、ゆっくりと鞘から抜いてみた。
ひんやりとした感触。刀身は鈍い銀色に輝き、触れただけで質の良さが伝わってくる。
そして、柄に埋め込まれた宝石からは、確かに微弱ながらも魔力が放出されているのを感じた。
「うわっ、これ、すごいじゃないか!」
カイルが短剣の刃先を覗き込みながら興奮した声を出した。
「魔銀鋼なんて、かなりレアな金属だし、魔力付与までされてるなんて! これ、普通にお店で買ったら、安くても500シルバーはする代物だぞ!」
「へぇ…そんなに価値があるんだ…。」
シュオは改めて短剣を見つめた。兄は危険なダンジョン探索の中で、こんな貴重なものを見つけ、それを弟である自分に、惜しげもなく与えてくれたのだ。
「ヨーカス兄さんはいつもこうなんだ。」
シュオは少し照れたように、そして誇らしげに言った。
「ダンジョンに行くと、時々、こうやって僕にお土産を持って帰ってきてくれるんだ。強くて、優しくて…僕、冒険者として生きているヨーカス兄さんに、すごく憧れてるんだ。」
「分かるぜ、その気持ち!」
カイルが力強く同意した。
「俺も、本当は騎士団に入るより、ヨーカスさんみたいに、自由に世界を旅する冒険者になりたいって、ずっと思ってるんだ!」
「あら、カイルったら。あなたには、ディラート家の長男として、立派な騎士になるっていう役目があるんでしょ?」
リーザが呆れたようにカイルをたしなめた。
「それはそうだけどさー!」
「ふふ、私はね、将来は医者になりたいの。」
リーザは自分の夢を語り始めた。
「私の風の魔術は、回復や補助にも使えるから。その力で、困っている人たちを助けてあげたいのよ。」
カイルとリーザが、それぞれの夢を語り始める。シュオは、二人の話を聞きながら、自分の将来について考えた。
自分は、これからどうなりたいのだろうか? 自分は何を目指すべきなのか。
三人はいつの間にか、シュオの記憶喪失問題そっちのけで、お互いの将来の夢について熱く語り合っていた。それは、幼い頃から変わらない、三人だけの時間だった。
気がつけば、空はすっかり暗くなり、街の明かりが灯り始めていた。
「あら、もうこんな時間。そろそろ帰らないと。」
「そうだな。長話しすぎたな。」
三人は名残惜しそうにジューススタンドのテーブルを立ち、帰路につくことにした。
シュオは、ヨーカスからもらった魔銀鋼の短剣をしっかりと腰のベルトに差した。ひんやりとした金属の感触が、心強い。
(いつか、僕もヨーカス兄さんのように、強くなりたい。)
シュオは心の中で強く思った。
そのためには、まず、自分が眠っていた三ヶ月間の「本当に強かった自分」をなんとかして理解し、取り戻さなければならない。
それが、今のシュオにとって、一番の目標であり、願いだった。
帰り道、シュオの足取りは、来た時よりも少しだけ、軽くなっているような気がした。
未来への不安はまだ大きいけれど、信頼できる友人たちと、優しい兄の存在が、彼の心を確かに支えてくれていた。
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