第22話 生徒会への報告
サディエル王術学院の奥まった一角にある、魔術研究者エア・グリニスの研究室。
シュオ、カイル、リーザの三人は、自分たちの身に降りかかった不可解な出来事と、エア先生から提示された「魂の入れ替わり」という衝撃的な仮説を胸に、重い足取りでそこを後にした。
「…やっぱり、会長にちゃんと報告しないとまずいよな。」
廊下を歩きながら、カイルが不安げに呟いた。
シュオの記憶喪失、別人格の存在、そしてその別人格が引き起こした数々の事件。これらは、生徒会、ひいては学院全体に関わる問題だ。
「ええ。エア先生の仮説が正しいのかどうかは分からないけれど、今のシュオ君の状態を、ガイア先輩には正確に伝えておくべきだと思うわ。」
リーザも同意し、頷いた。
シュオ自身は、まだ混乱の中にいた。
自分の知らない三ヶ月間、自分の体で「誰か」が生きていたという事実。
その「誰か」は、落ちこぼれの自分とは似ても似つかない、圧倒的な力を持つ存在だったらしい。
体中に残る生々しい傷跡と、左腕に浮かぶ奇妙な竜の痣が、その証拠だ。
自分は一体、何に巻き込まれていたのか。そして、あの「もう一人の自分」は、一体何者だったのか。
知りたい、という気持ちと同時に、恐ろしいという気持ちがせめぎ合っていた。
三人は学院本館の最上階にある生徒会室へと向かった。重厚な扉の前で、カイルが深呼吸をしてから、コンコン、とノックをする。
「おう、入れやー。」
中から聞こえてきたのは、生徒会長ガイアの声ではなく、アルドラ弁のイントネーションが特徴的な、二年生の生徒会役員、マティ・ドラルドの声だった。
扉を開けて中に入ると、予想通り、広々とした豪華な生徒会室の中央にあるソファセットには、マティが一人で足を組んで座り、何かの書類に目を通していた。生徒会長ガイアの姿は見当たらない。
「おっ、一年坊主トリオやないか。どないしたんや、ずいぶんと遅いお帰りやな。もう今日の業務は終わりやで。」
マティは書類から顔を上げ、ニヤニヤしながら三人に声をかけてきた。
「マティ先輩、こんにちは。」
カイルは丁寧に挨拶を返した。
「あの、ガイア会長はいらっしゃいませんか? ご報告したいことがありまして…。」
「会長? ああ、会長やったら、今日は朝から学長やなんやらかんやら、偉いさんらとの会議がある言うて、一日戻ってこんはずやで。なんか知らんけど、学院の予算がどうとか、防衛体制の見直しがどうとか、小難しい話をしとるらしいわ。」
マティは面倒くさそうに肩をすくめながら答えた。
「えっ、会長、今日はずっと不在なんですか…。」
カイルは困った顔でリーザと顔を見合わせた。一番重要な人物がいないとは、間の悪いことだ。
三人がヒソヒソと「どうしようか」と相談を始めると、マティがソファから立ち上がり、興味深そうに近づいてきた。
「なんや、会長に緊急の用事やったんか? ワイでよかったら話聞くけど。ひょっとしてまたお前ら、なんかやらかしたんちゃうやろな?」
マティは普段はお調子者だが、根は面倒見の良い兄貴分肌だ。三人の深刻そうな様子を見て、心配になったのだろう。
「…仕方ないか。」
カイルは意を決し、マティに事情を説明することにした。
エア先生の研究室で聞いてきた「魂の入れ替わり」という仮説を含め、シュオの記憶が三ヶ月前の状態に戻ってしまったことについて、掻い摘んで話した。
――――――――
「…………はぁ?」
カイルの説明を一通り聞き終えたマティは、ポカンとした顔で、何を言っているのか全く分からない、という表情を浮かべていた。
「魂の…入れ替わりぃ? なんやそれ、最新の召喚魔術かなんかの話か? シュオ、お前、頭打ったんちゃうか? 大丈夫か?」
「で、ですから、本当なんですって!」
リーザが必死に訴える。
「今のシュオ君は、本当に三ヶ月前の、あの…ちょっと頼りなかった頃のシュオ君に戻っちゃったんです!」
「まあ、ワイにはさっぱりピーマンやけど…」
マティは頭をガシガシと掻きながら言った。
「つまりアレやろ? しばらくの間、シュオは元のポンコツに戻ってもうたから、生徒会の仕事はできまへん、っちゅうことを会長に伝えてほしい、と。そういうことやな?」
「は、はい、大体そんな感じです…」
カイルが力なく頷く。
マティは、まじまじとシュオの顔を見た。そして、疑いの目を向けながら尋ねた。
「シュオ、ほんまに全部忘れたんか? 第五世界から来たとかいう化け物みたいな魔獣をたった一人で倒したという事も? 生徒会長を一対一の決闘で打ち負かしたあの衝撃的な瞬間も? それから、ワイら生徒会の先輩らを、まるで下僕かのようにアゴで使ってた、あのふてぶてしい態度も?」
「え…僕、そんな…そんなことまでしてたんですか…?」
シュオはマティの言葉に顔面蒼白になり、おどおどしながら答えるしかない。
魔獣討伐や会長に勝利したのは聞いたけれど、先輩をアゴで使う? 元の自分では天地がひっくり返ってもありえないことばかりだ。
「ちょっと、マティ先輩! 嘘を混ぜないでください! シュオ君が先輩たちをアゴで使うなんてこと、するわけないじゃないですか!」
リーザが、マティの言葉に、ぷんぷん怒って反論する。
その時、ガチャリ、と生徒会室のドアが再び開いた。
入ってきたのは、長い薄ピンク色の髪を緩くカールさせ、抜群のスタイルを惜しげもなく披露するかのように制服を着崩した、妖艶な雰囲気の美女。
生徒会副会長を務める三年生、エミリア・フローレンス。リーザの実の姉でもある。シャツのボタンは胸元まで大胆に開けられ、豊かな胸の谷間が覗いている。
「あらあら~? 可愛い可愛い一年生トリオじゃないの。どうしたのよ、こんな時間に揃っちゃって。もしかして、アタシに会いに来てくれたのかしら?」
エミリアは妹であるリーザに、甘えるような、しかしどこか挑発的な色気のある声で尋ねた。
「お姉ちゃん!」
リーザは姉の奔放な姿に顔を赤らめつつも、すぐに気を取り直し事情を説明し始めた。
マティに話したのと同じ内容を、もう一度繰り返す。
「うっそ、マジでぇ!? 魂が入れ替わってたって!? なにそれ、超ウケるんですけどー!」
話を聞き終えたエミリアは、意外にもケラケラと楽しそうに笑い出した。そして、好奇心に満ちた瞳でシュオに近づき、その顔をじっと覗き込んだ。
「へぇ~、じゃあ、今のアンタは、あの生意気でクールで、ちょっと近寄りがたい感じのシュオ君じゃなくて、気弱で可愛いシュオ君になっちゃったってわけ?」
「え…あ、は、はい…たぶん、そうです…。」
エミリアのあまりの近さと、大胆に開かれた胸元から漂う甘い香りに、シュオは顔を真っ赤にしてしまい、まともに彼女の顔を見ることができない。視線を泳がせながら、もじもじと答えるのが精一杯だった。
そんなシュオの初々しい反応を見て、エミリアは満足そうに満面の笑みを浮かべた。
「きゃー! やっぱり! こっちのシュオ君の方が、断然可愛いじゃないのー!」
言うが早いか、エミリアはシュオの体にむぎゅーっと抱きついた。柔らかく、豊満な胸がシュオの顔に押し付けられる。
「ひゃっ!?」
シュオは短い悲鳴を上げ、完全にフリーズしてしまった。
「ちょっ! お姉ちゃん! 何やってるのよ!」
リーザが顔を真っ赤にして怒鳴り、慌てて姉をシュオから引き剥がそうとする。
「えー、いいじゃないの、リーザ。こんなに可愛いシュオ君に会えたんだから、これくらい。」
エミリアは少しも悪びれる様子なく、シュオの腕に自分の腕を絡ませる。
「ねえ、リーザ。この可愛いシュオ君、今日アタシが持って帰っちゃダメ?」
エミリアがとんでもないことを言い出した。
「ダメに決まってるでしょ! シュオ君は物じゃないの!」
リーザは姉の暴走を必死に止めようとする。シュオは二人の美女姉妹に挟まれ、ただただ固まっているしかなかった。
「まあ、とにかく…会長が不在なら、俺たちはこれで失礼します。」
カイルがこのカオスな状況から早く抜け出したい一心で、退室の意を告げた。
「えー、もう帰っちゃうの? シュオ君だけ置いてってくれてもいいのよ?」
エミリアが名残惜しそうにシュオの腕を引っ張る。
「お姉ちゃん!!」
リーザの怒りの声が、生徒会室に響き渡った。
「そや、エミリア先輩。」
マティが思い出したように言った。
「カイルらが言うには、シュオはしばらく生徒会には来れんらしいでっせ。記憶が戻るまで、なんかよう分からんけど、休むとか。」
「えー、そうなの? つまんないのー。」
エミリアは心底残念そうに唇を尖らせた。そして、シュオの耳元で囁いた。
「じゃあさ、シュオ君。生徒会に来れないなら、代わりに今日、アタシの家に来ない? 一人で住んでるから、邪魔者もいないし、色々と…教えてあげる。」
甘く、誘惑するような声。
「………。」
シュオは、もはや完全にキャパシティオーバーで、何も言えなくなっていた。
「一人で寂しく寝てなさいっ!」
リーザが姉の誘惑を遮るように叫んだ。
「ちぇー、つれない妹なんだから。」
エミリアはぶーたれながらも、ようやくシュオの腕を解放した。
「そ、それでは、失礼します!」
カイルは脱兎のごとくシュオとリーザを連れて生徒会室を後にした。背後から、エミリアの「またねー、可愛いシュオ君!」という声が聞こえてきた気がしたが、三人は振り返らなかった。
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