表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〜Doragoon Life〜 最強種族の王子、転生して学園生活を謳歌する  作者: かみやまあおい
第1部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/89

第17話 現れた魔獣

サディエル王術学院の西棟三階、普段は生徒の往来も少ない古びた廊下に、けたたましい悲鳴が木霊した。それは恐怖に染まった若い男女の声――見回りに出ていたはずのカイルとリーザのものだった。


「チッ…! もう出やがったか!」

「いくぞ、シュオ!」


生徒会長ガイア・ランフォードの鋭い声と共に、二人は生徒会室を飛び出した。長い廊下を駆け抜け、悲鳴が聞こえた方角へと急ぐ。

放課後の静寂を破る二人の足音だけが、やけに大きく響いた。夕暮れの赤い光が窓から差し込み、床には不吉なほど長い影が伸びている。

角を曲がった瞬間、彼らは息をのんだ。

廊下の突き当り、ステンドグラスから漏れる最後の光が、異様な光景を照らし出していた。

そこにいたのは、噂に聞く『黒い魔物』。いや、その禍々しさは、単なる魔物という言葉では言い表せない。

闇そのものが凝縮して形を成したかのような、漆黒の獣。

ぬらりとした光沢を放つ体表は、どんな攻撃も滑らせてしまいそうだ。

太く筋肉質な四肢には、剃刀のように鋭利な爪が鈍く輝き、低く唸るような呼吸音が、まるで地獄の底から響いてくるかのように廊下に満ちていた。


周囲の空気が重く歪むような、圧倒的なプレッシャー。


これこそが、異界からの侵略者――『魔獣』。

その存在は、この世界の法則から逸脱しているかのように感じられた。

そして、その魔獣の目前には、恐怖に打ちのめされた二人の生徒がいた。

カイルは腰を抜かし、尻もちをついたまま顔面蒼白でわなわなと震えている。

隣では、リーザが気丈にもカイルを庇うように前に出ていたが、その薄緑色の髪は乱れ、握りしめた魔導杖を持つ手は小刻みに震え、戦闘の意思とは裏腹に、体は正直に恐怖を示していた。

抜かれた剣は、持ち主の戦意喪失を物語るように、力なく傍らに転がっている。

二人とも魔獣が放つ絶対的な恐怖のオーラに完全に心を折られていた。


「カイル! リーザ!」


ガイアが叫ぶ。その声には、普段の冷静さはなく、焦りと怒りが滲んでいた。

刹那、彼は腰の愛剣を抜き放つ。

磨き上げられた刀身が、夕陽を反射して鋭い光を放った。

切っ先を真っ直ぐに魔獣に向け、その赤い髪が逆立つほどの闘気を立ち昇らせる。

学園最強と謳われる生徒会長の威厳が、一瞬だけ魔獣の圧力を押し返したかに見えた。


「シュオ! 二人を頼む!」

「言われるまでもねぇ!」


ガイアが魔獣の注意を引きつけると同時に、シュオは弾かれたように駆け出した。尻もちをついたまま動けないカイルとリーザのもとへ瞬時に到達する。


「立て! 早くここから離れろ!」


有無を言わさぬ力強さで二人の腕を掴み、半ば引きずるようにして立ち上がらせる。


「シュ、シュオ…! あ、あれは一体…なんなんだよぉ…!」


カイルが涙声で訴える。


「喋ってる暇があったら走れ! 死にたいのか!」


シュオは二人を叱咤し、壁際まで強引に後退させる。恐怖で足がもつれる二人を背中で庇うように立ちながら、彼はガイアと魔獣の対峙を見据えた。

その間にも、ガイアは行動を開始していた。


「我が学び舎を穢し、生徒に牙を剥く不届き者め! 生徒会長ガイア・ランフォードが、その罪、断じて許さん!」


宣言と共に、ガイアの長剣が赫々たる炎の輝きを纏い始めた。

彼の覚醒した魔術属性、『火』。膨大な魔力を剣に注ぎ込み、物理的な斬撃力と魔術的な破壊力を融合させる高等技術――『魔法剣』。

燃え盛る炎は剣身を完全に包み込み、廊下の空気を歪ませるほどの熱気を放つ。赤い髪と燃える剣を持つその姿は、まさに炎の騎士そのものだった。


「喰らうがいい!」


気合一閃、炎の尾を引く灼熱の斬撃が、魔獣の分厚い脇腹目掛けて叩き込まれた。

それは並のモンスターなら一撃で炭化させる威力を持つ、ガイアの必殺剣技の一つ。キィィィンッ! という甲高い金属音と共に、激しい火花が飛び散った。

しかし――。


「なっ…!?」


ガイアの表情が驚愕に凍りついた。

手応えがない。正確には、硬すぎるのだ。

渾身の一撃を叩き込んだはずの剣は、まるで巨大な鉄塊に阻まれたかのように、びくともしない。魔獣の漆黒の体表には、魔法剣の炎による僅かな焦げ跡すら残っていなかった。ただ、鈍く重い衝撃だけが、ガイアの腕を痺れさせた。


「グォオオオオッ!!」


まるで煩わしい虫を払うかのように、魔獣は低く唸りながら首を振った。そして、ガイアの攻撃など意にも介さず、鋭い爪を備えた太い前脚を、薙ぎ払うように振り上げた。その巨体に似合わぬ、恐るべき俊敏さ。


「くっ…!」


ガイアは咄嗟に剣を盾のように構え、防御姿勢を取る。だが、魔獣の前脚が振り下ろされる速度は、彼の反応速度を遥かに凌駕していた。視界の端で、巨大な爪が迫るのがスローモーションのように見えた。

肉を打つ鈍い音とは違う、何かが砕けるような轟音が響き渡った。

ガイアの体はまるで打ち上げられたボールのように宙を舞い、廊下の硬い石造りの壁に激しく叩きつけられた。

受け止めた剣ごと叩きつけられ、背後の壁には蜘蛛の巣状の亀裂が走り、石の破片が飛び散る。


「ぐっ…! がはっ…!」


全身を襲う激痛と衝撃で、ガイアは肺から全ての空気を絞り出され、激しく咳き込んだ。

口の端から生々しい血が流れ落ち、視界が急速に霞んでいく。

腕は痺れ、感覚がなくなりかけ、握りしめていたはずの愛剣が、カラン、と乾いた音を立てて床に転がった。


(馬鹿な…私の…魔法剣が…全く、通用しないだと…!? これほどの、硬度…そして、この圧倒的なパワー…! これが…噂の…『魔獣』…!)


これまでのどんなモンスターとも違う。次元の異なる強さ。

サディエル王術学院始まって以来の秀才と謳われ、常にトップを走り続けてきたガイアのプライドと自信は、この一撃で、音を立てて砕け散った。


「ガアアアアアッ!!」


壁際でうずくまり、もはや抵抗する力も残っていないガイアにとどめを刺さんと、魔獣が再び低い姿勢から飛びかかった。巨大な顎が開き、獲物を喰い千切らんとする鋭い牙が、夕暮れの光を浴びて鈍く光る。


「会長っ!」

「いやぁぁっ!」


カイルとリーザの絶叫が響く。もはや万事休すかと思われた。

その、刹那だった。

吹き飛ばされたガイアと、襲い来る魔獣との間に、黒い影が滑り込むように割って入った。制服姿のままの、茶色い髪の少年――シュオ・セーレン。

魔獣の、岩をも容易く粉砕するであろう強靭な前脚による薙ぎ払いが、シュオの顔面目掛けて振り下ろされる。風圧だけで周囲の埃が舞い上がるほどの凄まじい一撃。誰もが、次の瞬間には、シュオの体が無残に引き裂かれる光景を想像した。


だが――。


信じられないことに、シュオは、迫りくる魔獣の前脚を、自身の右手――ラムジュとしての本来の力を100パーセント発揮できないはずの、その右手一本で、真正面から受け止めていたのだ。

ピクリとも動かない。シュオの足は、まるで大地に深く根を張った古木のように、その場に固定されている。

これまでの戦いで貧弱すぎると感じて自身でトレーニングを行ってきていた結果なのだろうか。

魔獣の圧倒的な質量と速度が生み出した衝撃は、シュオの小さな手のひらの一点で完全に受け止められ、霧散してしまったかのようだった。


「な…に…!?」


壁際で朦朧としていたガイアが、信じられない光景に目を見開いた。

常識では考えられない。あの魔獣の一撃を、生身の人間が、それも片手で受け止めるなど。


「シュオ…?」

「うそ…」


カイルとリーザも、恐怖で声も出せず、ただ目の前の現実離れした光景に呆然と立ち尽くしている。

魔獣自身も、予期せぬ抵抗に驚愕したのか、一瞬その動きを止めた。その凶暴な獣の瞳に、初めて明確な警戒の色が浮かんだように見えた。

目の前の、小柄な人間が、自分と同等か、あるいはそれ以上の『何か』であると、本能で感じ取ったのかもしれない。


「……うるせぇな、この駄犬が」


シュオは、魔獣の前脚を受け止めたまま、低く、静かに呟いた。

その声には、普段のどこか投げやりな響きはなく、絶対的な強者が持つ、底冷えのするような威圧感が宿っていた。

それは、3000年の時を経て蘇った竜人族の王子、ラムジュとしての紛れもない風格だった。彼の茶色い瞳の奥が、冷たく、しかし鋭い光を放っている。

シュオは魔獣を睨みつけたまま、視線だけを背後のガイアに向けた。その口調は生徒会長に対する敬意など微塵も感じられない、ぶっきらぼうなものだった。


「おい、会長。あんた、いつまでそこで突っ伏してるつもりだ。邪魔だ、とっとと離れろ。」


絶対的な自信に裏打ちされた、有無を言わせぬ命令。その言葉を聞き、ガイアは反射的に体を動かそうとした。

痛みと混乱で思考がまとまらないが、シュオの言葉には逆らえない何かがあった。


「…くっ…!」


ガイアは呻きながらも、壁に手をつき、ふらつく足でなんとか立ち上がった。

シュオの背中を見つめる彼の瞳には、驚愕、困惑、そして、わずかな屈辱の色が浮かんでいた。

シュオは、ガイアが壁際まで下がり安全な距離を取ったことを確認すると、魔獣に向き直った。


「よし」


短く呟くと、魔獣の前脚を受け止めていた右手に力を込める。そして、次の瞬間、まるで邪魔な小石でも蹴り飛ばすかのように、その右足で魔獣の腹部を蹴り上げた。


「グギャンッ!?」


魔獣は奇妙な悲鳴を上げ、その巨体が軽々と宙に舞い上がった。

先ほどガイアを吹き飛ばしたのが嘘のように、無造作なシュオの一蹴りで、廊下の反対側の壁まで一直線に吹き飛ばされ、轟音と共に叩きつけられた。壁が大きく陥没し、粉塵が舞い上がる。


「…ふぅ」


シュオは軽く息をつくと、自分の着ているサディエル王術学院の制服の上着に目をやった。


「ったく、こんな安物、本気で動いたらすぐに破れちまうな」


彼は面倒くさそうに呟くと、制服の上着を脱ぎ、無造作に床へと投げ捨てた。

壁に叩きつけられ、もがきながら起き上がろうとしている魔獣を、シュオは冷めた目で見据える。そして、不敵な笑みを口元に浮かべた。


「さあ、かかってこいよ、駄犬が」


彼の声は、先ほどよりもさらに低く、挑発的に響いた。


「第二ラウンドだ。今度は――俺が、たっぷり遊んでやるよ」


その言葉に呼応するかのように、吹き飛ばされた魔獣が、怒りと憎悪に満ちた、空気を震わせるほどの巨大な咆哮を上げた。


「グルオオオオオオオオオオッッ!!」


夕暮れの廊下に、異界の獣の咆哮と、3000年の時を超えた王子の闘気が激突する。ガイア、カイル、リーザが見守る中、戦いが、今、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ