第10話 生徒会長の呼び出し
体力測定が終わりその後の授業はひどい状態だった。
まともに聞ける生徒などおらず、ほとんどの生徒が隠れながら寝るという状況だった。
カイルもまた教科書を盾にして机に突っ伏して寝ていた。
その横でシュオはなんの疲れもなくいつも通り色々な疑問について考えを巡らせていた。
そして放課後。
全ての授業が終わり、帰ろうとした時だった。突然、学院内に設置された魔導機による放送が流れ始めた。
『―――一年B組、シュオ・セーレン。同じく、カイル・ディラート。同じく、リーザ・フローレンス。至急、生徒会室まで来られたし。繰り返す―――』
その放送に教室にいた全員が息を呑んだ。生徒会からの呼び出し。それは、通常、何か問題を起こした生徒に対して行われるものだ。
「生徒会室…?」
シュオは、隣のカイルに尋ねた。
「生徒会室って何だ?」
「えっと…まず生徒会っていうのは、この学院の風紀とか運営を取り仕切ってる組織だよ。生徒会長を筆頭に、成績優秀で実力のある生徒たちがメンバーになってて、教師でも一部は逆らえないぐらい、学院内では絶対的な権力を持ってるんだ。生徒会室は、その生徒会のメンバー専用の部屋だよ。」
カイルは、少し緊張した面持ちで説明した。
「やっぱり…先日の魔術練習場のことで呼び出されたのかしら…?」
リーザが、不安そうな顔で呟いた。マッシュは第一貴族ランフォード家の次男。彼に怪我をさせ(たと見なされ)、さらに学院の施設を破壊したとなれば、ただで済むはずがない。
「まあ、行ってみれば分かるだろ。」
シュオはリーザの頭を軽くポンと叩いた。
「心配するな。俺がなんとかする。」
その根拠のない自信に満ちた笑顔に、リーザは少しだけ不安が和らいだ気がした。
三人は、他の生徒たちの好奇の視線を浴びながら、生徒会室へと向かった。
生徒会室は学院本館の最上階にあった。
普通の教室よりも一回り大きな重厚な扉。
そこはまさしくこの学院のすべてを支配しているといってもいい趣きを示している。
その大きな扉をカイルがコンコン、とノックをした。
「…入れ。」
中から、低く、威厳のある声が聞こえた。
シュオが扉を開けて中に入ると、そこは広々とした豪華な部屋だった。
部屋の中央には大きなソファセットが置かれ、そこには制服を着た男女の生徒が五人ほど座っている。いずれも、只者ではない雰囲気を漂わせていた。
そして、部屋の奥、大きな窓を背にした重厚なデスクに、一人の男子生徒が座っていた。赤い髪、鋭い眼光、そして全身から放たれる圧倒的な存在感。
(…なるほど。こいつらが生徒会か。確かに、他の生徒とは魔力の質が違うな。特に、あの机に座ってる赤髪の奴は…なかなかだ。)
シュオは一瞬で部屋にいる全員の力量を推し量った。ソファに座っている五人も学院生としては高いレベルにあるのだろうが、デスクの赤髪の生徒はその中でも頭一つ抜けているように感じられた。
「君たちが、シュオ・セーレン、カイル・ディラート、リーザ・フローレンスの3名か。」
デスクに座っていた赤髪の生徒――ガイア・ランフォードが、書類から顔を上げ、シュオたちを値踏みするように見据えた。
「そうです。招集を聞いて参上しました。」
緊張した様子でカイルが返事をする。
「それでシュオ・セーレンというのは、君たちの中の誰だ?」
「俺がシュオ・セーレンだ。」
シュオは一歩前に出て名乗り出た。
「ほう…君がか。」
ガイアはシュオの姿を上から下までじっくりと眺めると、興味深そうな表情を浮かべた。
「話は聞いている。先日の魔術練習場での一件…我が弟、マッシュを打ちのめし、あまつさえ学院の壁を破壊したのは、君ということで間違いないかね?」
「なるほど。あんたが、あの悪ガキの兄貴か。」
シュオは、ガイアの言葉に頷いた。
「打ちのめしたのではなく、しつけをしただけだ。壁については…まあ、少しやりすぎたかもしれんがな。」
シュオの不遜な態度に、ソファに座っていた生徒会役員たちの眉がピクリと動いた。中には立ち上がる者もいたが、ガイアがそれを手で制す。
シュオの返答を聞いてもガイアは表情を変えなかった。むしろ、面白がるかのように、口元にわずかな笑みを浮かべている。
「弟が君に無礼を働いたのであれば、それは自業自得だろう。だがな、シュオ・セーレン君。君の行動によって、我がランフォード家の名誉は著しく傷つけられた。これは、看過できる問題ではない。」
(…名誉、か。)
シュオはラムジュだった頃の記憶を思い出した。竜人族もまた、一族の名誉や誇りを何よりも重んじる種族だった。ガイアの言っていることは、理解できなくもない。
「それで? 謝罪をすればいいのかい? 名誉を傷つけて申し訳ありませんでした、と。」
シュオは皮肉っぽく尋ねた。
「まさか。」
ガイアはきっぱりと否定した。
「そのようなもので、ランフォード家の汚名が濯げるはずがないだろう。傷つけられた名誉は、力によって取り戻すのが道理だ。―――よって、この私、ガイア・ランフォードが、直々に君の力を試し、我が家の汚名を晴らさせてもらう。」
ガイアの言葉に部屋の空気が一気に緊迫した。生徒会長直々の、決闘の申し込み。
「か、会長! それは…!」
話を聞いていたカイルが、慌ててシュオの肩を引っ張った。
「まずいよ、シュオ! 生徒会長は、この学院で一番強いんだぞ! 剣術も魔術も敵う人はいないって…!」
カイルは必死の形相でシュオに耳打ちする。
「会長、お待ちください! 決闘とおっしゃいましても、魔術練習場は先日の件で現在使用禁止のはずでは…!」
リーザも、慌てたようにガイアに訴えかけた。
「問題ない。」
ガイアは、こともなげに答えた。
「闘技場を、生徒会の権限で既に確保してある。」
「闘技場!?」
カイルとリーザは、さらに顔色を悪くした。
闘技場は、学院祭などの特別なイベントで行われる魔術大会や模擬戦で使用される場所だ。
普段、生徒が個人的な理由で使用できるような場所ではない。それを、生徒会長の権限で抑えたというのだ。ガイアが、いかに本気であるかが窺える。
ガイアはデスクからゆっくりと立ち上がった。
「どうする、シュオ・セーレン君。この私との決闘を受け入れるかね? それとも、この場でランフォード家次期党首である私に膝まづいて謝罪し、セーレン家の名に泥を塗って臆病者として生きていくかね?」
ガイアの瞳が、鋭くシュオを射抜く。
シュオはその挑戦的な視線を受け止めると、ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。
「…面白い。いいだろう。あんたの挑発に乗ってやるよ。実際のところあんたも俺の力を見たいんだろ?」
「…結構。」
ガイアもまた、シュオの返答に満足したかのように、ニヤリと笑みを返した。
「ならば、ついてきたまえ。」
ガイアはそう言うと、部屋を出ていく。ソファに座っていた生徒会役員たちも、無言で立ち上がり、後に続いた。
「ど、どうするんだよ、シュオ! 本当にやる気なのか!?」
カイルが半ばパニックになりながらシュオに詰め寄る。
「まあ、なんとかなるさ。強い奴と戦うのは、嫌いじゃないんでな。」
シュオは肩をすくめると、軽い足取りで生徒会室を出た。
「しょうがない、俺達もついていこう...」
残されたカイルとリーザは、顔を見合わせ、深い溜息をつくしかなかった。
シュオ・セーレンという友人が、とんでもない嵐を呼び込もうとしていることを、二人は予感していた。




