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序章

遥か二千年の昔、光に満ちた第三世界は、永きに渡る戦火の只中にあった。

三千年前、この世界に新たな種族が誕生した。天を統べる知恵深き天使族と、大地を駆ける強靭なる竜族。

その二つの偉大なる血脈を受け継ぎし者たち――竜人族。彼らは天使の叡智と竜の旺盛な繁殖力を併せ持ち、瞬く間に独自の文化を築き上げ、一つの強大な王国を建国するに至った。


しかし、皮肉にもその類稀なる繁殖力が、竜人族自身の首を絞めることになる。

増えすぎた民を養うには、建国時の領土はあまりにも狭すぎた。

肥沃な土地、豊かな資源を求め、当時の竜人族の王は、苦渋の決断を下す。周辺地域への侵略である。

王の号令一下、竜人族の軍勢は破竹の勢いで進軍を開始した。

各地で戦端が開かれ、戦火は第三世界の広範囲に拡大していく。

竜の力強さと天使譲りの戦術を併せ持つ竜人族の前に、多くの種族が膝を屈し、彼らの版図は着実に広がっていった。


だが、この竜人族の急速な勢力拡大を、世界の調停者を自認する天使族が黙って見過ごすはずはなかった。

竜人族の侵略行為を、世界の秩序を乱す蛮行と断じた天使族の王は、ついに実力行使を決断する。

王直属の精鋭部隊、数多の戦場で武勲を上げてきた不敗の騎士団――『守護騎士団』の派遣である。


竜人族討伐の勅命を受けた守護騎士団は、純白の翼を翻し、戦場へと舞い降りた。

守護騎士団の介入は、戦況を一変させた。

卓越した個々の戦闘能力に加え、高度に連携された戦術、そして天使族特有の聖なる力。それらを駆使する守護騎士団の前に、これまで快進撃を続けてきた竜人族の軍勢は、次第に押し返され始めた。

一人、また一人と、竜人族の屈強な戦士たちが、守護騎士団の聖なる刃の前に倒れていく。


敗走を重ねる竜人族。守護騎士団の勢いは凄まじく、ついにその白銀の軍勢は、竜人族の王都近辺にまで迫っていた。

王都には動揺が広がり、民の顔には絶望の色が濃くなっていく。もはやこれまでか、と誰もが諦めかけた、その時だった。


「――俺が行く」


竜人族の城、玉座の間。重苦しい沈黙を破ったのは、若き王子の声だった。

名をラムジュ。竜人族の王子にして、三千年の歴史の中でも比類なき最強の戦士と謳われる存在。

彼は父王と居並ぶ重臣たちの前で、静かに、しかし揺るぎない決意を告げた。


「このまま座して死を待つくらいなら、俺が奴らの進軍を止める。このラムジュがいる限り、王都に指一本触れさせるものか」


その瞳には、王族としての誇りと、民を守らんとする強い意志が宿っていた。竜人族特有の、燃えるような赤い瞳が、決意の光を放っている。


「ラムジュ王子…! しかし、守護騎士団はあまりにも…!」


老いた重臣の一人が、案ずるように声を上げる。だが、ラムジュの決意は固かった。


「案ずるな。俺にはヨーギがいる」


ラムジュは、傍らに控える一人の屈強な竜人族の戦士に視線を向けた。

ヨーギ。ラムジュが生まれる前から父王に仕え、ラムジュの誕生後は、その守役兼最強の盾として常に傍らにあり続けた、忠義の士である。


「ヨーギ。お前も来るな?」

「はっ。ラムジュ様の仰せのままに。このヨーギ、命に代えても王子をお守りいたします」


ヨーギは深く頭を垂れ、力強く応えた。その瞳には、主君への絶対的な忠誠と、死をも恐れぬ覚悟が滲んでいた。

ラムジュは頷くと、自らの得物である漆黒の大剣を手に取り、玉座の間を後にした。迷いのない足取りで、ヨーギを伴い、彼は戦場へと向かう。

王都の民は、出陣する王子の雄々しい姿に最後の希望を託し、祈るようにその背中を見送った。


前線に到着したラムジュとヨーギは、すぐさま守護騎士団との戦闘を開始した。ラムジュの戦いぶりは、まさに圧巻の一言だった。


「邪魔だ、天使ども!」


漆黒の大剣が唸りを上げ、天使たちの白銀の鎧を紙屑のように切り裂く。

彼の剣術は、力任せの剛剣でありながら、同時に洗練された技術をも伴っていた。それだけではない。ラムジュは竜人族特有の『竜の力』をも自在に操った。

口から吐き出される灼熱のブレスは、天使の陣形を焼き払い、その鱗に覆われた腕から放たれる衝撃波は、屈強な守護騎士を吹き飛ばす。

さらに、天使譲りの魔術をも巧みに操り、炎の槍を放ち、雷の鎖で敵を縛り上げた。

ラムジュの圧倒的な力の前に、守護騎士団の兵士たちは次々と倒れていく。

ヨーギもまた、ラムジュの背後を守り、襲い来る天使たちを屈強な体躯と熟練の槍術で薙ぎ払っていく。

二人の竜人族の奮戦により、絶望的だった戦況は一時的に押し返され、守護騎士団の進軍は完全に停止した。竜人族の兵士たちの士気は高まり、歓声が上がる。


だが、その歓声も長くは続かなかった。

突如、戦場の空気が凍りついた。

守護騎士団の兵士たちが、モーゼの海割りよろしく左右に分かれ、道を開ける。その中央から、ゆっくりと歩み出てくる一体の天使がいた。

他の騎士たちとは明らかに格の違う、神々しいまでのオーラを放つ存在。

純白の鎧は一点の曇りもなく輝き、背には巨大な六枚の翼が荘厳に広がっている。

手には、聖なる光を放つ長剣。彼こそが、守護騎士団を率いる団長、マルキエル。天使族の中でも最強と謳われる戦士の一人だった。


「…貴様が、竜人族の王子か。噂通りの力、見事なものだ。だが、その蛮行もここまでだ」


マルキエルの声は静かだったが、戦場全体に響き渡るほどの威厳を持っていた。その黄金色の瞳が、ラムジュを真っ直ぐに見据える。


「貴様が、守護騎士団の団長、マルキエルか。ようやくお出ましか。ちょうどいい、貴様を倒せば、この戦も終わりだろう」


ラムジュもまた、臆することなくマルキエルを睨み返す。最強の竜人族の王子と、最強の天使族の騎士。二人の視線が交錯し、周囲の空気がビリビリと震えるほどの闘気がぶつかり合った。


「ヨーギ、手を出すな。こいつは俺がやる」

「…御意」


ラムジュはヨーギに命じ、単身マルキエルへと向かっていく。そして、第三世界の命運を左右するであろう、頂上決戦の火蓋が切られた。

激突。剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。


ラムジュの荒々しくも強力な剣撃と、マルキエルの洗練され、一点の無駄もない剣技。力と技、炎と聖光が、戦場を舞台に激しく交錯した。

ラムジュが竜の力を解放すれば、マルキエルは聖なる障壁でそれを防ぎ、逆に神聖魔法で反撃する。


一進一退。互いに致命傷を与えるには至らないものの、その戦闘の余波だけで、周囲の地形が変わるほどの激しさだった。

しかし、戦闘が長引くにつれ、徐々に戦況はマルキエルに傾き始めた。

ラムジュの攻撃は強力無比だが、やや大振りになるきらいがある。対してマルキエルの剣は、常に最短距離で急所を狙い、的確にラムジュの体力を削っていく。

そして、天使族特有の持久力と回復力が、長期戦においてマルキエルを有利にしていた。

ラムジュの呼吸がわずかに乱れ始めたのを、マルキエルは見逃さなかった。


「終わりだ、竜の子よ!」


マルキエルが高速で踏み込み、連撃を繰り出す。ラムジュはそれを必死に捌くが、マルキエルの剣はまるで幻影のように軌道を変え、ラムジュの防御を掻い潜った。

一瞬の隙。

マルキエルの聖剣が、閃光と共に振り抜かれた。


「ぐ…あああああっっ!!」


ラムジュの絶叫が戦場に響き渡った。激痛と共に、彼の左腕が肩口から切断され、宙を舞った。鮮血が噴水のように噴き出し、大地を赤黒く染める。竜人族としての力の源の一つである腕を失った衝撃は計り知れない。


「が…はっ…!」


膝から崩れ落ちるラムジュ。失血と激痛で意識が急速に遠のいていく。視界が霞み、マルキエルの姿がぼやけて見える。


「ラムジュ様!!」


遠くでヨーギの悲痛な叫び声が聞こえた気がした。だが、もはやラムジュには、それに応える力は残されていなかった。


(…ここまで、か…)


朦朧とする意識の中、ラムジュは己の敗北を悟った。

マルキエルがとどめを刺さんと、聖剣をゆっくりと振り上げるのが見えた。

逆光に照らされたその姿は、まるで死を告げる天使そのものだった。

ラムジュは迫りくる死を受け入れ、静かに目を閉じようとした。

そして次の瞬間、彼の意識は完全な闇に包まれた。

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