自分で自分を売って自分で買い戻した娘
女衒や人買いは買い取るときの上限は銀貨二枚までと、口にはしないがなんとなく決まっていた。
だが今日見つけた七〜八歳の娘は銀貨三枚出してもいいと思った。
特別な美人ではない。だが人を引き付ける何かを持っていた。
女衒は女の子に声を掛けて「親はどこにいるんだ?」と聞いたが、この娘は頭も回るのか親の居場所は言わなかった。
女衒が立ち去るまでそこから動かず、家の場所も知られないようにする機転も聞いた。
本当に惜しいと思いながらも諦めて、この年はしかたなく立ち去ることにした。
翌年、また同じ村に顔を出した。二年続けて同じ村に顔を出すことはそうはないのだが、去年見たあの娘がどんなふうに育っているのか見たくてこの村へと立ち寄った。
目当ての娘を少し探すと目が惹きつけられて見つけられた。
少し年上の男たちに囲まれて、蝶よ花よと持ち上げられているようだった。
女衒は娘のそばに寄っていき「おいちゃんのこと覚えているか?」と聞いてみた。
どうしても惹きつけられる視線に絡め取られてしまう。
娘は数瞬考える素振りを見せて「去年に会ったわ」と言った。
「おいちゃんと一緒に行かないか?」
「買い取るのではなくて?」
「ああ。お前がどんな人生を歩むのか見てみたくなったよ」
「私はどこに連れて行かれるの?」
「幸せな未来が待っているかどうかは知らないが、貴族の屋敷で働けるよう取り計らってやるよ」
娘は一瞬考えて「ここで待っててくれる?必要なものだけ取ってくるから」
「ああ。急げ」
娘は小半時で女衒の前に現れた。布に必要な物を包んで手に持っている。
側にいた男の子に「貴族の下で働いてくる。と母さん達に伝えて」と言い渡し、女衒について来た。
道中「私を銀貨一枚で買うのでしょう?銀貨一枚で買って。私は銀貨一枚で自分を買い戻すから」
「最低でも倍にしてもらえないと買い戻せないぜ?」
「そこはサービスしてよ。自分から付いてきたお駄賃として」
女衒は娘の言葉遊びにのようなものに付き合って、銀貨一枚を渡して、直ぐに銀貨一枚を返された。
女衒から時折買い付ける伯爵位の貴族の屋敷に行くと、娘をひと目見て気に入り、この娘を金貨三枚で買うと言った。
「いや、この子は・・・」
「その金貨三枚は私がいただきます」
その金貨三枚を娘が受け取り、そしてその金貨三枚を貴族へと渡した。
「この金貨三枚を渡しますので、この金貨三枚分の教育を受けさせてください。多少の計算や文字の読み書きは出来ます」
そう言ってのけた。
伯爵は楽しそうに「いいだろう」と言って娘を屋敷の中に連れて入った。
結局娘は金貨三枚の借金を抱えたことになるのだが、次この屋敷に来た時に娘はどうなっているのだろうかと思って屋敷を離れた。
三年後、伯爵から呼ばれて下働きをする男の子一人と女の子二人を望まれ、男の子は人買いに頼んでもらいたいものだと思いつつ三人の男女を連れて屋敷を訪れた。
三年前に連れてきた娘はこの屋敷の娘ですというような格好をして、私を出迎えた。
「お久しぶりですわね」と言われて面を食らった。
「その格好は・・・?」
「わたくし、一昨年に子爵家の養女になりました。今年この伯爵家の養女になりました。私が十五歳になると貴族学院へ行くことになっています。わたくし、婚約者が居るんです。十八歳になると侯爵家の嫡男に嫁ぐことになっているんですよ」
「えらくのし上がったものだな」
「ええこの三年間、とても頑張りました。貴族のやり方も色々学びました。今はまだまだですがこれからも頑張ります」
女衒は自分の見る目は間違いがなかったと思った。
「侯爵家で大切に扱われるといいな」
「そうですね。侯爵家で失敗したらおしまいですものね」
「貴族はそう甘くないことだけは思えておけ」
娘は真顔になって「ありがとうございます。侯爵家で力を得たら一度お呼びします。六年以内に呼ばれなかったらわたくしは失敗したのだと、笑ってやってくださいませ」
「ああ、楽しみにしているよ」
女衒は三人の子供を伯爵へと売り渡し、暖かくなった懐で今日は気分もいいし、久しぶりに酒でも飲むかと思った。
娘と約束した六年の月日が流れたが、娘から呼び出されることはなく、伯爵家から呼び出された。
侯爵家の場所を教えられ侯爵家へと行くように言われて、娘はうまくやったのかと少し興奮した。
侯爵家へ行くと、若奥様然とした娘が出迎えてくれた。
「私の子供にも会って欲しくて約束のぎりぎりになってしまいました。侯爵家の嫡男を産みました。旦那様にはとても大切に扱っていただいています」
「そうか」
女衒は万感の思いでそう答えた。
金貨十枚が目の前に置かれ何の金だろうかと首を傾げていると、小さな笑いが聞こえ若奥様になった娘が話し始めた。
「私を銀貨一枚で買ってもらって銀貨一枚で買い戻した時、せめて倍の金額が必要と言っていたでしょう?今まで待ってもらった利息を含めてやっとお返しすることができるようになりました。お収めください」
女衒は目が点になるほど驚いたが、ニヤリと笑って金貨十枚を懐にしまった。
「どうもありがとうございました」
「毎度ありがとうございます」
女衒が関わって一番出世したのはこの娘だったとしみじみ思いながら嬉しい気持ちと、誇らしい気持ちの半々で、次の村へと歩を進めた。