01 兄弟まとめて売られた子たち
いつもは子供に関心のない両親が、六人の子供を集めてお湯を使って体を拭いてくれたり、頬にキスをしてくれたりした。
長男の俺は、両親のそんな姿が信じられなくて、すぐ下の妹に「なんかおかしくないか?」と聞いた。
妹も同じように両親の態度を気持ち悪がっていて「もしかしたら売られるのかもしれない」と言い出した。
「売られるって?」
「ほら、ガイやリューン、サナ達がある日突然いなくなったでしょ?」
「ああ」
「親に売られたって言う噂があったのよ」
「・・・・・・間違いなく売られる気がするな」
「だね」
身なりがちゃんとした商人がやってきて、村に足りない塩を運んできてくれる。
俺達兄弟全員その人に会わされ、ジロジロと見られて一人で銀貨一枚で、買い取っていった。
うちの家から買われたのは上の三人と、生まれてまだ間もない一番下の赤ん坊だった。
「残された子供たちは後二年もしたら買えるから、それまでしっかり育てるんだね」と身なりの良い商人は言った。
俺は親父とお袋をその場にあった鍬で襲って怪我を負わせると、商人に言うことを聞かせるための奴隷印を埋め込まれた。
「あまり馬鹿なことをするな。自分の売られ先が酷いものになっていくからな」と怪我をして呻いている両親には目もくれず、俺達兄弟に「行くよ」と言って馬車のスミで小さくなって座っていた。
一番下の弟、ベルにもらい乳をしながら、馬車は進んでいく。
商人に逆らいたくても、魔法印で押さえ込まれて言うことを聞くしかない。
「そんなに逆らおうとするな。苦しむだけでいいことなんかない」
「それに、そんな悪い所に売ったりしないよ」
と言われた。
「リカとユナはどんな所に売られるんだ?!」
「心配しなくても娼館なんかには売らないよ」
「本当か?!」
「今回は、男爵家と子爵家からのご要望で、下男下女をお望みだ。一番下の赤ん坊だけは・・・ちょっと言えないんだけどね。私の約束がどれだけ信じられるかは解らないけど、お前達は売られるとしても、運がいいと言えるよ」
商人の言葉を信じることも出来ずに、俺達はバラバラにされる日が怖かった。
商人は赤ん坊にもしっかりもらい乳をもらってくれて、俺達にも、今までよりもしっかり食べさせてくれた。
「売られて、楽なことなどまず有り得はしないけど、今回は売る側の私の心が痛まない取引だよ。だからそう怯えなくてもいいさ」
大きな屋敷の前で俺達兄弟は一緒に降ろされた。
赤ん坊のベルだけは別だった。
「弟は、ベルはどうなるんだ」
「すまないね。それは言えないんだ。ただこの子は幸せになれると思うよ」と商人は言って、ベルを連れて馬車は行ってしまった。
屋敷の裏口に連れて行かれて、俺は水汲みをさせられた。
瓶を一杯にすると、別の仕事を与えられる。俺は庭師の言う通りに苗を植えたり、枯れ葉や雑草を抜くように言われ、それも一定の時間が経つと、また仕事が変わって、少し身ぎれいな格好をさせられて、年嵩のいった上品なセバスさんについて、色々な屋敷へと連れて行かれ、紹介された。
「まだ新しく来たところだから、使い物になるかは分からないが、こちらからの手紙や品を持って行かせることになるかもしれないからよろしくたのむよ」と言われ、歩きながら教えられた挨拶をした。
「俺が逃げると思わないのか?」
「妹達を捨てて逃げるのですか?残された妹達はひどい目に会うことになるでしょうね」
とセバスさんに言われて俺は恐ろしくなった。
その日は兄弟三人で同じ部屋で体を小さくして意識を失うように眠ったが、体が馴染むようになったら、仕事はそれほど辛いものではなかった。
水汲みのように辛い仕事もあるが、仕事は分散されていて、辛い仕事の次は楽な仕事、その次は少しきつい仕事などに別れていた。
妹たちは使用人部屋の掃除から始まって、調理補助や数杯程度の水汲みをしているらしい。決してきつい仕事ではないと言っていた。
俺は屋敷の場所と名前を覚えられるようになったら、一人でお使いに行かされるようにもなった。
その頃には、きれいな衣装も着せてもらえるようになった。
妹達にも文字や簡単な計算を教えてくれた。
妹達もメイド服があたえられるようになり、屋敷の中の掃除をするようになっていた。
覚えることはたくさんあったが、自分には合わないなと思うものは数回でやらされることはなかった。
朝の水汲みだけはなくならないけれど。
リカはお嬢様に、ユナは奥様に可愛がられるようになり、仕事が信じられないほど楽になったと言っていた。
ユナは奥様の一番下のお子様のお世話を真面目にしていると、専属メイドとなり、一番下のお嬢様のお世話をするようになった。
奥様も、お嬢様も癇癪を起こして使用人に当たるような人達ではなくて、俺はホッとしていた。
俺はいつの間にか、執事のセバスさんの下について、色々な仕事を覚えさせられていた。
秘密を秘密として抱え込むことが一番大事なことだと教えられ、旦那様やセバスさんに聞いたことは妹達にでも話さないと俺は細心の注意を払った。
新たな水汲みの下男が雇われ、その男は水汲みと庭の雑草抜き以外では使えない男だと教えられた。
その違いはどこにあるのか?と聞くと、水汲みのためだけに雇われた男だからだと言っていた。
はっきりとは言わなかったが、旦那様に恥をかかせたことがあったらしく、下男には読み書き計算も出来ないのだと言われた。
俺の・・・いえ、私は水汲みの仕事はしなくてもよくなった。
今まではセバスさんがしていた仕事を、私がするように言われ、失敗しながらも、必死でセバスさんのようになれるように頑張った。
セバスさんに俺の後ろで間違いがないかじっと見定められているのはむず痒く感じたが、私は一つ一つ丁寧に仕事をこなしていた。
ある日、旦那様がそろそろ私にも結婚相手が必要だろう。と言い出し、誰か一緒になりたいものはいるか?と聞かれ、すぐにメイドのハルテの顔を思い浮かべてしまって、私は顔を赤くした。
相手が誰か聞かれ、答えると旦那様は「う〜ん・・・まぁ、いい相手じゃないか?」と言って、ハルテに私との婚姻打診をしてくれた。
ハルテは「わたくしで良ければ」と返事をくれて、私達は結婚することになった。
リカとユナも自分に釣り合う相手を奥様とお嬢様に紹介され、結婚することが出来た。
リカとユナは住み込みではなくなったが、子供が出来るまではとお屋敷に勤めている。
私はセバスさんに「私達の借金は返すことは出来ているのでしょうか?」と聞くと、笑われて「給金をもらっているだろうに何を言っているんだ」と言われた。
ホッと息を吐き、一人だけ違う所に連れて行かれた弟のことを思い、胸が痛む思いをした。
お嬢様方のお手紙を伝令に頼んで、その返事が来てお嬢様方に振り分けていく。
手紙に関しては、私かセバスさんがすることと決まっていて、私は手紙の宛先を確認しながら、お嬢様にお渡ししていた。
一番上のお嬢様の結婚が決まり、婿養子として他家からやってこられた若旦那様にも確り支えるように言われ、私は精一杯お勤めした。
若旦那様も癇癪を起こしたり、メイドに手を付けたりする人ではないらしくで、皆がホッとしていた。
二人目のお嬢様が結婚し、三人目のお嬢様が結婚することになりその相手に会った時、訳もなく赤ん坊だった弟のことが思い出された。
顎にある三つのほくろが弟と全く同じだったのだ。
妹達も私と同じ顔をしていて、俺達は間違いなく弟だと思った。
弟はクランベルトという名前になっていたけれど、お嬢様の結婚相手で間違いなかった。
何がどうなっているのかわからないけど、弟は貴族の子として育てられ、幸せに暮らしていたんだと思った。
それもお嬢様の結婚相手。
これからも会うことが出来る相手だ。
俺達の弟だとバレないように決して口にも態度にも出してはいけないと三人で約束して、各々の家へと帰ることになった。
親に売られたことは今も恨んでいるが、売られたことで私はありえないほど人生の出世をしたことになる。
家に残された二人の兄弟のことを思ったが、探すことをしてはいけないことは理解していた。
ハルテが妊娠して、私の子供も私の後継者として育てるようにと旦那様に言われて、この子の人生も明るいものになると希望を持てた。
妹達も相次いで妊娠し、働ける間は働くと言ってお嬢様が産んだ子の乳母になるんだと頑張っている。
次回は赤ん坊だったベル、がクランベルトになったお話になります。