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銀貨7枚を握りしめる

 父ちゃんが病気で死んで母ちゃんは朝から晩まで働きどおしだ。

 僕も必死で手伝ったけど母ちゃんと僕の二人では二人が食べていくには足りなかった。

 だんだん母ちゃんの笑顔が陰っていって、体も小さくなっていった。

 母ちゃんの側によるといつもお腹の音が鳴っていて満足に食事が摂れていない事がわかる。

 それなのに母ちゃんは僕に「たんとお食べ」と笑って自分の分を僕のお皿に乗せてくれるんだ。


 村に人買いが来て母ちゃんと僕が一緒の場所で買ってくれる人はいるか聞いてみた。

 それは無理だと言われた。

「母ちゃんと一緒にいられる仕事を探してくれよ!!」

「残念ながら坊主、それはよほどのことがないと無理だな。せめて文字の読み書きができたならそういう仕事もあるが、ただの農民だろう?それを望むのは分不相応ってもんだ」

「文字・・・そんなもの僕らにはどうしようもない・・・」


 「だな・・・。俺ができるのはお前を銀貨一枚で買うことだけだ」

「僕が銀貨一枚・・・」

「ああ。銀貨一枚で買ってやることしかできない」

「銀貨一枚って何ができるの?」

「お前の母ちゃんが一ヶ月くらいお腹いっぱい食べれる程度だな」

「たった一ヶ月?!」

「そう、たった一ヶ月だ」


「それで僕はどんな仕事をするの?」

「それは買っていく人によって違う。死んだほうがマシだと思うような仕事だったり、文字を教えて貰える仕事だったり色々だ。ただまぁ、いい仕事にあたることは殆ど無い。今より辛い嫌な仕事ばかりだよ」

「それなら僕は僕を売れない・・・」

「そうだな。それがいいと思うぞ。買われた子が幸せになることなんてまずないからな」

「色々教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」




 人買いの人と話してたった一ヶ月で母ちゃんは死んだ。

 父ちゃんが生きていた頃と比べたら母ちゃんは小さく軽くなっていた。

 母ちゃんは最後まで「一人になるけど頑張って生きるんだよ」と僕のことを心配して死んでいった。

 1人で生きていけない僕は村長に預けられることになって、次の年銀貨一枚で人買いに売られた。

 結局売られるなら母ちゃんがたった一ヶ月でもお腹いっぱい食べてくれる方が良かった。

 そんな後悔が僕につきまとうことになった。


 今年来た人買いは去年話した人とはちがう人で、人買いの馬車には誰も乗っていなかった。

「俺はまだ新人なんだ。楽しく行こうぜ」

 楽しくなんかなれるわけがない。僕は僕の未来がどうなるのか不安で仕方なかった。

 二度と母ちゃんの墓参りもできないのかもしれない。


「僕を買ったお金は村長が受け取ったんだよね?」

「そうだな」

「食べるのに困っている子供たちの食事代になるのかな?」

「お前、食べるのに困っている時、村長に助けてもらったのか?」

「・・・助けてもらってない」

「なら村長の懐に入っているんだろうよ」


 僕は村長が憎いと思った。

 村長は食べられない村人を助けることができたはずなんだ。

 食べ物をほんの少し分けてくれていたら母ちゃんは今も生きていたのかもしれない。

 そんな男に売られるなんてっ!!

 母ちゃんごめん。僕1人で頑張れるかわからないや・・・。



 人買いが連れた子供や大人がたくさん並べられ、その前をいい服を来た人たちがそぞろ歩く。

 言葉を交わしながら売られている人たちを買っていく。

 首につけられた枷が買われていく人を家畜に変えている。

 僕の首に付いている枷に触れて僕も家畜なのだと気がつく。

 僕を買った人買いがなにか話して僕の枷の先を誰かに渡す。


「名前は?」

「カインです」

「私と一緒に来なさい」

「はい」


「この子の首枷を外してやって」

「逃げられても責任持ちませんぜ」

「この子は逃げたりしないよ」

「逃げったって生きていく方法がない」


 僕を買った人は商家の人だった。

 下働きは辛かったけれど、小遣いをくれて文字も教えてくれた。

 計算って言うのも教えてくれた。お金の価値も初めて知った。

 銀貨1枚の価値を知って僕の価値はこの店に並べられている商品の一つと同じ値段、もしくはそれよりも安いのだと知った。

 それを簡単に売り買いしている人たちは食べるのに困ったことなんかないんだろうなと思った。



 僕が買われてから15年が経ち、僕は22歳になった。

 ここ数年豊作で国も豊かで飢え死ぬ人は殆どいなくなったと聞いている。

 何歳になろうと僕の立場は変わらない。少ない小遣いをもらって何かのために小遣いを使わずに貯めて置くだけだ。

 少ない小遣いでも貯めれば僕が持ったこともないほどの金額になった。銀貨5枚。僕の全財産。

 いつかのために使わずに持っておく。食べられなくなったときのために。




 それからまた5年が過ぎてついこの間まで豊作だったのが嘘のように凶作になった。

 雨がふらず害虫が大量に湧いて穀物が全滅に近いものになった。

 それが1年、2年、3年と続き4年目で多くの村が消えていった。

 農業ができる村民からいなくなっていき、今では農業ができるものが居なくなってしまった。


 僕は農村の生まれだからというだけで領主様に農民になることを命じられた。

 廃村した村の畑をもらい会ったこともない妻を与えられた。

 そんな人間が集められ村になり穀物を育てた。

 だが、今年も雨は降らない。

 カラカラに乾いた土をいくら耕しても作物は育ったりしない。


 生きていくための井戸の水ももう枯れている。

 妻が死んでしまった。ただ畑を耕すためだけに結婚した妻が。

 死んだことに何も思わない。やっぱり死んだかと思っただけだ。

 弱いものから死んでいく。水がないのはどうしようもない。

 食べるものもなく飲む水ももうこの村にはない。


 僕は今まで働いていた商家を目指した。

 川も枯れていてほんの一日ほど歩いたところで僕は倒れて動けなくなった。

 僕はその時銀貨7枚のお金を持っていたのに使うことなく死んでしまう。

 もっと早くどこかで使えばよかった・・・。

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