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自分の仕事が嫌になった人買い

 人買いは己の仕事に嫌気が差していた。

 贅沢さえしなければ食っていけるだけの金は既に稼いだので、この村を最後に人買いをやめようと思っていた。


 訪れたのはどこにでもある小さな集落。

 田舎特有の外部の人間を受け入れない気質丸出しで誰も彼もが人買いを遠巻きに見ていた。

 村長が村の掟に背いた者なのだと言いながら、二人の男と一人の女に首と手と足に(かせ)をつけて連れてきた。


「こりゃまた・・・犯罪人ですか?」

「この村の掟破りだ」

 村長は内容は口にせず「買い取ってくれるのかくれないのかどっちなんだ?!」と怒った声を上げた。

「一人銀貨一枚で買うよ」

 銀貨三枚を支払って三人を受け取る。


 馬車に繋がれた首枷が外れないか何度も確認して三人を繋いだ。

 これが最後の仕事だと弾む心で馬車を走らせる。

 買い取りが行われる街まで三日の辛抱だ。

 大人は食べ物も多く必要になるし、逃げられる可能性も高くなるので本当は銀貨一枚払いたくない。

 逃げられたことは何度かある。三度目に逃げられた時には心が痛むが、奴隷紋を刻むことに決めた。

 本当に割に合わない仕事だと思った。


 今度の三人はよく喋る。

 自分たちは悪くないと口々に言い、逃してくれと訴えてくる。

「それは村長に言うべきことで俺に言うことじゃない。俺はもうおまえさんたちを買っちゃったからね今なら銀貨二枚で買い戻すことができるよ。支払えるなら」


 本当によく喋る。

 払えるわけ無いだろうとか、トイレに行かせろだの本当にやかましい。

「そんなに威勢の良いこと言ってられるのは今のうちですよ。買われた場所によっては死んだほうがマシだって思うこともありますからね」

 それからもギャンギャンとわめき続けられて俺は()を上げた。


 余りに五月蝿(うるさ)いので普段はしないのだけれど三人の大人に魔法で奴隷紋を刻みつけた。

 それからは静かになったのでホッと息を吐く。

 4人買い受けた子供たちがそれを見て怯える。


 奴隷紋は刻みつけるときにわざと酷い痛みが出るように刻み込む。

 それは俺がわざと痛みを与えているのではなくて、決められた奴隷紋がそういう風に作られているのだ。

 大の大人が転げ回るほどに痛くて、刻まれた途端こちらの言うことに一切逆らえなくなる。

 昔はこの奴隷紋が刻めるため、買われてきた子供や大人に奴隷紋を刻み込む仕事をしていた。

 あまりの苦しみように俺の心が耐えかねて人買いへと仕事を変えた。


 大して変わりないと思うかもしれないが、人買いはよほどのことがない限りは人をこちらからあちらへ移動させるだけで奴隷紋など刻んだりしない。

 酷い仕事だと理解しているがそれでも心の持ちようは全く違うのだ。

 三人の大人たちに「喋るな」と命令すると静かになった。


 ふぅーと息を吐いて御者台に戻って先を急いだ。

 予定通り街について今回仕入れた子供と大人を馬車に繋いだまま売りに出す。

 何人かが通りかかって一人、また一人と売れていく。

 子供たちは直ぐに買い取られていって、女もすぐに売れた。

 奴隷紋の(あるじ)の変更をして女は従順に新しい主の言うことを聞いていた。

 男二人が売れ残って御者台で寝転がって声を掛けられるのを待つ。



 ガチャガチャと鎧を着た人間が歩く音が鳴って俺の馬車の前で止まる。

「おい」

「はい」

「この二人はなんで売られた?」

「私も理由は教えられていませんが、村の掟に逆らったとだけ聞いています」

「その割に静かだな」

「奴隷紋を刻んでありますので」

「なるほど」


「いくらだ」

「一人銀貨四枚で」

「買おう」

「ありがとうございます。所有者変更をいたしますので主になられる方はどなたにいたしましょう?」

「私だ」

「奴隷紋の上に手を置いてください」

 嫌な仕事はさっさと終わらせ所有者を変更して男二人の首枷を外した。

「首枷は必要か?」


「命令すれば何でも言うことを聞きますので必要ありません。命令は具体的にしてください。邪魔なときは部屋を与えてこの部屋の中で人間らしく暮らせと言えば部屋の中だけで普通に暮らします。立たせていたいときはどこで立っていろと場所も指定してください。場所を指定しない場合はその場で立ったままになります」

「なるほど。自由意志は持っているのか?」

「持っていますよ。頭の中では命令を聞きたくなくて足掻(あが)いていることでしょう」


「奴隷紋に逆らうことは?」

「今までは聞いたことがありません。なので逆らうことが可能なのかどうか解りません」

「よく解った。邪魔したな」

「ありがとうございました」

 人買いはこれで自由になったと心からの開放感を感じた。



 のはほんの短い時間だった。

 なんであの時直ぐにその場から立ち去らなかったのかとしばらく後悔し続けることになった。

 鎧を着て男二人を買っていった男が再び戻ってきて、俺に仕事を依頼したいと言ってきた。

 今いる奴隷たちに奴隷紋を刻んで欲しいと言うのだ。

「奴隷紋を刻めるやつは他にもいくらでもいますから他所を当たってください」

「いや、お前ほど確かな奴隷紋を刻めるものはそうはいない」


 それはその通りだった。

 術者の力の加減なのか、俺ほどの奴隷紋が刻めるものはそうはいない。

 同じ「立っていろ」という命令でも背筋を伸ばしてしゃんと見えるように立たせるのと、背を丸めてただ立っているだけでは全く違うものだろう。

 それに俺の刻んだ奴隷紋は人間らしく生活しろと言うと奴隷紋が刻まれる前のように生活をする。

 限られた範囲内で。

 対して他の奴隷紋の奴らは普通に生活しろと言われてもただ座っているだけで、寝ろと命令してやらないと眠ることもできない。


 相手は鎧を着ているのだからどう考えてもお貴族様だ。逆らうことはできない。

「いくら払っていただけるのですか?」

「二人で銀貨一枚でどうだ?」

「三人で銀貨二枚でお願いします」

「・・・わかった」

「何人くらいに奴隷紋を刻めばいいのですか?」


「百人ちょっとだ」

「百人もいるのですか?!!」

「全員犯罪奴隷だから気にしなくていい」

「奴隷紋がどれだけ痛くて苦しいか知っておられますか?」

「知らぬ」

「そうですか・・・奴隷紋を刻む時、主となる人がかならず側に居る必要がありますが、覚悟はよろしいですか?」


「解った。覚悟しておこう。我々の馬車に乗るか?」

「いえ、私の馬車で付いていきます」

「では付いてこい」

 人買いは大きな、大きなため息を吐いた。




 連れて行かれたのは秩序がない無法地帯のようだった。

 殴り合っているものも入れば、惰眠を貪っているものもいる。

 間違っても騎士たちが生活している場には見えなかった。

「ひどい有り様だろう?」

「ええ。ここにいるのは全員奴隷なのですか?」

「奴隷とひとくくりにしていいのか解らないが、金で買われてここで生活をしている者で間違いない」


「ここにいる全員に奴隷紋を刻むのですか?」

「そうだ。今日はもうゆっくりしてくれていい。明日から頼む」

「いえ、一人だけでも奴隷紋を刻みましょう。主にも覚悟が必要ですから」

「覚悟か・・・」

「はい。私はここに長く居たいと思っていません。なるべく早く終わらせて自由の身になりたいと思っています」

「解った。おい!リーダー格の六人を連れてきてくれ」


 奴隷紋は心臓の上に刻み込む。本当のところは解らないが、心の臓に奴隷紋が絡みついているという噂を聞いたことがある。

 奴隷紋を刻んでいる俺には心の臓に絡みついているのが目に見えるように解る。

 死すら主の許可無く与えられないかのように縛られている。


 六人が目の前に並ぶ。

「一番気の弱い人は誰ですか?」

 二人の男に視線が割れた。そのうちの一人に寝転ぶように伝えて心の臓の上に手を乗せる。

 奴隷紋を刻み始めると男はのどから血が出るのではないかと思うほどの叫び声を上げてのたうつ。

 それでも奴隷紋を刻むじゃまにならないようにしか暴れられない。


「主の手を」

 鎧を着た主になる男の腰が引けている。

「主は痛みを感じませんから」

「あぁ・・・」

 男が心臓の上に手を乗せ主の登録をする。

「痛みで気を失っていますが、直ぐに目を覚まします。目を覚ましたら最初の命令を与えてください」

「ひどく苦しむのだな」


「ええ。それは本当にひどく苦しむんです。どんな悪いことをしたらこんなに苦しい思いをさせてもいいのでしょうかね。奴隷紋を刻む度にそう思います」

 残りの五人は逃げようとしたが逃げられず奴隷紋を刻まれた。

 その場で銀貨四枚が支払われた。

 この中で誰よりもダメージを受けたのはきっと鎧を着た人たちだろう。

 誰もが顔を青ざめさせていた。



 人買いは、いや今は人買いを辞めたただの男である。

 (かこ)いにかこまれた中で暮らす男たちは一体いくらで買われてきたのだろうかと見繕う。

 何人がここに来て何人が死んでいったのだろうか。

 戦争の最前線に立たされあっけなく命を失っていく。

 その時生き延びてもまた明日同じように最前線に立たされるのだ。

 銀貨一枚で買われて三人で銀貨二枚の奴隷紋を刻まれてどれだけ働けば元が取れるのだろうかと。


 そして考える。二度とここに呼ばれないようにここより遠いところで暮らそうと。

 ここにいる限り上げ膳据え膳いいご身分だがここに長く居たいとは思えなかった。


 翌日からも奴隷紋を刻み心が虚ろになり始めた頃、奴隷紋を刻む仕事が終わった。

 鎧を着た主はこの屋敷の主でもあって、貴族で公爵様なのだと使用人の誰かが言っていた。

 俺なんかは普通では関わることのない人だ。これですっぱりと縁が切れる。


「頼まれた仕事は終わりました。私はこれにて御暇(おいとま)させてもらいます」

「そんなに急がずともいいだろう?なんならここで常駐してくれないか?」

「いえ、奴隷紋を刻む仕事は心を壊しかねないのでこれ以上は」

「そうか、残念だ」


 残りの金を受け取って少々贅沢しても死ぬまで困ることはなさそうだと人買いは思った。

 今度はっさっさとここから逃げ出そう。

 囲いの中は静かで揉め事一つ起きる気配はなかった。

銀貨一枚で買われた話じゃねぇ!!とお怒りになられませんようよろしくお願いします。

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