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人買いから一度逃げたけれど、自分から戻った子供

 女衒は大きなため息を付いた。

 昼に食った食事にあたったのか、腹を壊してちょっと進んでは止まって用を足していた。


 一人の子供の足枷が緩んでいたのか逃げられてしまった。

 自分が情けなくて人買いは額を押さえてため息を吐いた。

 逃げた子供が無事生き延びられればいいのだけれど、子供が逃げたであろう方向を暫く眺めていた。


 追いかけるのは諦めて、他の子供達の足枷が緩んでいないか確認して、馬車を進めた。

 愚かなことに逃げた子供は人買いが進む方角へと逃げていて、人買いは馬車で子供の横に並んだ。


「逃げてどうやって生きていくんだ?誰も飯を恵んではくれないぞ」

 逃げた子供は泣き声を上げて、人買いが馬車を止めると逃げた子供は自分から馬車に乗り込んできて、自分で足枷を掛けた。

 女衒は鍵をかけるのは後でいいかと思い、そのまま馬車を進めた。


 逃げた子供の頭を撫でてやり、足枷の鍵をかけた。

 頭を撫でられて何を思い出したのかまた泣き出して、それに釣られるように他の子供達も泣き出した。

 人買いは頭を掻いてこの子供達に情が湧く前にさっさと売ってしまおうと決めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 足枷が緩んでいるのに気がついたのは人買いが二度目の用足しに降りているときだった。

 足枷を揺すっていると、スポッと枷から足が抜けた。

 周りにいた子供達は慌てて口を押さえて、身振りで早く逃げろと勧めてくれた。


 少し考えれば解ることなのに、なぜか人買いの進行方向へ逃げてしまった。

 逃げても生きていけないと解っていたからだったのかもしれない。


 ほんのひと時の自由という名の不安に押しつぶされそうになりながら息が切れるまで走って、その後は必死で足を動かした。

 逃げて十五分くらいで捕まって、捕まったことに安心を覚えていた。



 家は貧しくて子供に食わせる飯はあまりなかった。

 けれど人買いに買われてからは、朝と夕の二度も旨くはないが、それなりの量の飯を食わせてくれる。

 お腹が満たされるということを初めて知った。



 見たこともないほどの人の多さに馬車の中の子供達は驚いて、同じように足枷や手枷、首に枷を付けている子供もいた。

 馬車からおろされ、並び立つように言われて俺達は大人しく人買いの言う事を聞いた。


 身なりの良い人がやって来ては一人二人と連れていき、俺は三人目の身なりのいい人に買われることになった。

 魔法で奴隷の契約がされて、年季奉公は二十年だと言われた。


 二の腕に出来た奴隷紋が二十年で消えるらしい。

 奴隷紋が消えても俺を買った人のところにいたければ、俺を買った人と相談して残ることもできると説明された。

 奴隷の間でもほんの少しの賃金はあること、それは使わずになるべく貯めておけと人買いが教えてくれた。


「お前を買った人は悪い人ではない。誠心誠意勤めたらお前にとっても悪い話ではないから、頑張って働け」

「うん・・・解った」

「言葉遣いは丁寧にな。返事は『はい』だ」

「はい」


 奴隷紋が刻まれると手枷や足枷は必要なくなるらしい。

「逃げたり、私に反抗すると、奴隷紋が焼け付くような痛みが走るから気をつけなさい」

「はい」


 

 馬車に乗ると、俺以外にも同世代の子供が三人乗っていた。

 馬車が動き出し、一日乗っていると俺が買われた町とは違う町に到着した。


 にぎやかな人混みと物珍しさにソワソワした気分になった。

 連れて行かれたのは立派な屋敷で、お貴族様なのかと思っていたら商売人だと俺を買った人が教えてくれた。


 俺達はまだ行儀が出来ていないから屋敷で行儀見習いとして入り、文字や計算も教えてくれるそうだ。

 食事は朝と昼と夕の三度も食べさせてくれるそうで、買われてきた子供四人で色んな場所で交代しながら働くのだと言われた。


 屋敷で一番最初にすることが風呂に入れと言われて本当に驚いた。

 お風呂なんか人生で初めてで、成人した人に何度も何度も体と頭を洗われた。

 新しい衣装をもらい、その衣装は着古されていたが今までに袖を通したことがないような綺麗なものだった。


 こんなことならもっと早く親に売ってもらえばよかったと思ったほどだった。

 言葉遣いを正され自分のことを『俺』と言っていたが『私』と言うように教えられた。

 勉強はちょっと辛かったけれど一年もすると勉強をさせてくれるなんて凄いことなんだと嫌でも知った。


 一年、二年と勉強をして三年目でそれぞれに見合った仕事が与えられるようになった。

 私は体が大きく育ったので、お店の荷運びに回された。

 荷物は丁寧に扱うことを口が酸っぱくなるほど言い聞かされ、いろんな商品を扱っているお店なのだと知った。


 扱っている商品の使い方も教えてもらいながらまた一年、二年と知らぬ間に経っていた。

 私は仕事が楽しくて仕方なかった。

 少しずつ責任というものを持つようになり、仕事を任せられるだけ自分が必要な人間なのだと思えた。


 店の人達も屋敷の人達も私達のことを奴隷として見下さなかったし、風邪をひいたりした時は仕事を休むようにも言ってくれた。

 

 いつの間にか二十年が経ち、私の奴隷紋は消えていた。

 旦那様と話をすると私は店においてもらえることになり、仕事の責任も重くなっていった。

 新しく来た奴隷の子供達の面倒も私が見ることになった。


 仕事のやりがいを感じながら、いつの間にか屋敷で働いている女性といい関係になり、旦那様に結婚したらどうかと言われて結婚することになった。

 旦那様の紹介で、店から少し離れたところに小さな家を借りることができた。

 二十年前には想像できない未来だった。 


 店や屋敷の人に祝われて、妻と暮らす毎日は親と一緒にいたら味わえなかった幸せを感じた。

 妻も私と同じで奴隷だった。

 そんな二人が結婚できるなんて誰が思うだろうか。


 人買いから逃げた時、自分から馬車に乗り込んで本当に良かったと思う。

 そしていい人買いに買われたことと、旦那様に買われた幸運に感謝する。


 妻の温かな体温を感じて明日も仕事を頑張ろうと思った。

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