夫を助けたくて子供を売った女
少し前に書いた話しの男女が入れ替わった話しです。
手の平の上に銀貨が一枚のっている。
なんてことをしてしまったのかと後悔したときには自分の大切な子供はどこにもいなかった。
夫が体調を崩して家の収入が一気に減少した上に、夫のために薬代が必要だった。
そんな時に人買いが町を訪れて「子供を売らないか?」とあちらこちらへと声を掛けていた。
人買いは私を一瞬見たけれど私には声を掛けなかった。
子供を売りそうにないと思われたのか、それとも声を掛けなくても子供を売りに来ると思われたのか、どちらだったのだろう?
とぼとぼと銀貨一枚を握りしめて私は夫のための薬を買うために薬局へと急いだ。
薬を手に入れて、夫にその薬を飲ませた途端、夫はみるみるうちに元気になった。
「マーウェンはどうしたんだ?」
夫に子供のことを聞かれて私はなんと伝えれば夫に嫌われずに済むのかを考えた。
そしてなんて酷い母親なんだろうかと思うけれど、夫が元気になればまた子供は作れると自分に言い聞かせた。
「ごめんなさい・・・」
私は夫の手を握り、目を見つめて小さな声で謝った。
「なんだ?」
「ごめんなさい。どうしてもあなたに元気になって欲しくて、薬を買うために・・・」
夫は想像もしないのか、キョトンとした顔で私が言った言葉を復唱するように声を発していた。
「薬を買うために、何なんだ?」
「マーウェンを銀貨一枚で売ってしまったの」
夫の顔はみるみる内に赤黒くなり、人がこんなに怒気を表情に乗せることができるのかと思うほどの怒りの形相になり、私の胸ぐらを掴んだ。
「マーウェンをどうしたって?!」
「ごめんなさい。ごめんなさいっ!!」
病み上がりとは思えない力で私を怒りに任せて殴り、蹴り、投げ飛ばした。
鼻と口から血が流れ落ちる。謝罪しながら夫の暴力が終わるのを待つしかなかった。
とても長い時間だったと私は感じたけれど、ほんの五分だったかもしれない。
夫の暴力を振るわなくなり、私は床に転がっていて馬乗りになっていた夫は今は壁にもたれて「マーウェン!マーウェン・・・」と子供の名前を呼びながら泣いていた。
その日から私の体や顔に痣がなくなる日はなくなった。
赤や紫、青に緑に茶に黄の色が私の体と顔を彩った。
夫はマーウェンがいなくなってから夫婦として私に手を出すことはなく、新しい子供が出来たら関係が良くなると考えていた私の思惑は外れることになった。
妊娠しやすい時期に夫に誘いをかけたが、ただ暴力を振るわれただけだった。
夫はマーウェンを買い戻したいのか、仕事だけは真面目に行き私の稼ぎも取り上げた。
その日は夫に珍しく話しかけられた。
「知ってるか?たった銀貨一枚で売った子供を買い戻すためには金貨が何枚も必要になるって」
それは知らなかった。
人買い達は一体どれほど儲けているのだろうかと、そちらに気を取られた。
夫は仕事が終わって帰ってきて私の顔を見ると物を投げつけたりするようになった。
「自分の手で殴ると自分の手が痛くなるからだ」
と私に言ってその翌日、仕事から帰ってくると手には八十cm程の棒切れを持って帰ってきた。
その日からは私が夫の視界に入るとその棒で殴られるようになった。
命の危険を感じるようになって、家を出ていこうかと考え始めた頃、ピタッと暴力が止んだ。
体中にあった彩りは無くなり、夫は話しかけては来ないけれどようやくマーウェンがいなくなったことを受け入れられるようになったのだと胸をなでおろした。
慌てず少しずつ昔のように仲のいい夫婦に戻って、子供をたくさん作ればいいんだ。
私は明るい気持ちで夫のために食事の準備をした。
マーウェンがいなくなってちょうど一年が経つ頃、夫に「久しぶりに出かけよう」と声を掛けられ私は嬉しくて涙がこぼれた。
夫から手を繋がれ、私の心は浮足立つ。
余計な声を掛けて夫の気分を壊したくなかったので、私は繋いだ手に少しだけ力を入れて嬉しいのだと心を表した。
知ってか知らずか夫は知らぬ顔で私を引っ張って歩く。
こんなに幸せだったのは本当に久しぶりだと空を見上げて、今まで我慢して夫の側にいてよかったと思った。
町外れに行くと数人の子供が集められていて、どこかで見たことのある風景だと思った。
夫は私の手をしっかり握りしめて歩く。
そして一人の男の前で立ち止まった。
「この女を買ってくれ」
夫の目の前に立った男は私の頭から足まで眺めて「銀貨一枚」と言った。
夫はその金額に頷いた。
「なるべく生きていることを後悔するような酷いところへと売ってくれ」
「なんだ、恨みがあるのか?」
「ああ。大切な大切な子供を勝手に売られたんだ」
夫は涙を流していた。
夫の心は一年経っても癒やされることはなかったのだ。
私は膝から崩れ落ちたけれど、夫は私の手を決して離さなかった。
人買いが手枷と首枷が繋がった物を私につけた。
人買いが銀貨を一枚を夫に渡すと夫の手はあっさりと私から離れた。
「本当に頼む。生きていることを後悔させてくれ」
「解った。望み通りにしてやるよ」
夫は人買いに頷いて、私を見ること無く背を向けて来た道を戻っていった。
私は犯罪者が入れられる鉱山へと飯炊き女として入れられた。
どんな酷い目に合わせられるのかと怯えていたのだけれど、飯炊き女と聞いて安心した。
鉱山に放り込まれた瞬間、男達に襲われ食事の準備をする時間以外毎日何十人もの男の相手をさせられることになった。
ほんの二日ほどで私の体はぼろぼろになった。
起き上がることもできないのに「飯を作れ」と引きずっていかれた。
夫は今の私を見て満足するのだろうか?
私は夫の病を治したかっただけなのに・・・。




