銀貨一枚で売られても親に愛がある場合。
私の価値はたった銀貨一枚だった。
親が人買いがやってきた時に私を売った金額だった。
成人したら、それくらいの金、自分で稼いでやると思った。
たった銀貨一枚のせいで、私はこれからどんな目にあうのだろうか?
人買いに馬車に乗せられ、歩かなくても済むだけでもホッとした。
腹が減って、歩く気にもならない。
いや、親に売られて不貞腐れているのか?
どちらか解らなかったが、どちらでもどうでもいいことだった。
私が売られたのは男爵家の下働きだった。
一番下っ端は一番早くから起きて、一番きつい仕事から始めなくてはならない。
水汲みはもういい。と言われるまで水をただ汲み続けるのだ。
朝の水汲みが終わると、朝食が出る。腹一杯とは言えないが、パンに野菜に、肉の欠片が入ったスープが付いている。パンは二つも食べてもいい。
それが終わると調理場の水汲みだ。波々と汲んでも、次から次へとなくなっていく。
調理場の水汲みが終わると、また生活用水の水汲みで、清掃用の水汲みも待っている。
だが水汲みは私一人ではない。
三人もいる。新米ばかりだ。私は銀貨一枚分を返し終わったらここを辞めてもかまわないらしい。
ただし、仕事が見つかればの話になる。
他の二人は金貨一枚で親に売られたらしくて、金貨一枚分の水汲みって何杯汲んだらいいんだろうと、泣いていた。
あんな親でも、銀貨一枚って、考えてくれていたのかも知れないとちょっとだけ感謝した。
私は一年水汲みをして上の仕事に上がれることになった。
銀貨一枚で一年の水汲みなら、金貨一枚なら十年?!と二人は絶望していた。
水汲みの次の作業は、調理補助だった。
私は言葉使いも丁寧なので、清掃業務でもかまわないと言われたが、清掃業務は、男爵様のお手つきになることが稀にあると言われて、それは嫌だった。
調理補助は見ているだけで面白かった。最初は野菜の皮むきやら、野菜を洗う係やら、その次は鍋釜を洗う係やら、皿を出す係に、食材に下味をつける係など細分類されていた。
一つ一つ経験して、いずれはまかないを作ったり、ソースを作ったり出来るようになる。
まぁ、夢の夢の夢の話だけど、見て盗むことが出来るのは楽しかった。
一年一年真面目にやっていたら、いつの間にかソースを作る係にまで登っていた。
ただ、ここではこれ以上、上の人がやめないので、上には上がれないので、シェフが知り合いのレストランを紹介してくれた。
今までは住み込みだったけど、自分で部屋を借りて住むことが出来ることが夢だったので、レストランの試験を受けて、ソースから始められることになった。
料理人の一日は長い。朝早くから遅くまで一日中立ちっぱなしで、動きっぱなし。
それでも自分の前には夢が広がっていた。
小さな店でいい。カウンターが五〜六席しかない店でもいいから自分で持ってみたいと思うようになっていた。
レストランの食材で、ソースの研究ができるのがとてもありがたかった。
新たなソースを作っては、シェフに味見をしてもらい、駄目だしされて、落ち込んで、採用されて天にも昇る気持ちになったり、毎日が大忙しだった。
シェフからスーシェフにならないかと言われて、私は飛びついた。
最近のシェフには精彩が欠けていた。
私が作るものがどんどん採用されるようになり、店に出されていく。シェフの名前で。
小さな店なら出せるだけのお金は貯まっていたので、店をやめようかと考え始めていた。
下も育ってきていたし、私は辞め時だと考えた。
シェフに辞めたいと言うと、鍋を投げつけられた。
「自分の力だと思っているのか?!」と罵られた。
「この辺のレストランで働けると思うな」と言われて、退職金もなく首になった。
私は下の者達にすべてを話して、スーシェフになっても、シェフに利用されるだけされて退職金も払わずクビになるぞと言うと、実情を見て知っているものは知っていたので、一斉に辞めることになった。
私は、急に海のある街に行こうと思い立って、一纏めにした荷物を担いで、海のある街を目指した。
食堂でもなんでもいいから飲食の店で働きたくて探したら、お爺さんとお婆さんが二人だけでやっている店に求人があった。
私は、今まで調理関係の仕事をしていたことを話して、でも、魚介類を触ったことがないと素直に伝えた。
お手伝いしてくださるのなら大助かりと言って、採用してくれた。
お爺さんとお婆さんのお店は、飯屋って感じで、その日安いものを安く提供するお店だった。
色々なことを教えてもらった。
魚の調理方法から、貝の砂抜きの方法まで、色々知った気になっていたけど、知らないことが山ほどあることを思い知らされた。
毎日お爺さんとお婆さんが作る食事をいただく。
お爺さんとお婆さんは、料理の天才なのではないかと思うほど、作るもの作るものが美味しかった。
お爺さんとお婆さんのお店に来て五年の月日が流れていた。
お爺さんとお婆さんはこの店をやめようと思っていると言い、私にこの店の跡を継がないかと言った。
店の権利は私が持っている金額でなんとかなる。私は夢の自分の店が持てるのだと夢が膨らんだ。
お爺さんが眠ったまま起きなくて、急に亡くなり、お婆さんと売買契約をした。タダ同然だった。
「二人一緒だったら、あれもしてこれもしてと考えていたけど、一人になっちゃったからね。私がお店を手伝うって感じで、経営者を変更しましょう」と言ってくれた。
店には借金もなく、とてもいい条件だった。
「感謝します」と言って売買契約を済ませて、お婆さんが昼と夜の忙しい時間だけ手伝ってくれた。
そのお婆さんも亡くなって、お爺さんの横に眠りについた。
私は一人になり、店を縮小した。
カウンター八席だけの店にして、テーブルは撤去した。
一人で回すにはちょうど良かった。
その日、安価なものを、安価に提供する。
私はトントン拍子でここまで来た。
ここで初めて過去を振り返って、両親はどうしているんだろかと思った。
手紙を書いても、誰も読めないことは解っている。
だからといって店を休んでまで、行くことはできない。
悩んでいる時、冒険者が村の近くまで行くから、村の様子を見てきてやると言ってくれた。
私は目の前で読んでやってくれと言って、手紙を書いて、冒険者に預けた。
その冒険者は三ヶ月後、帰ってきた。
村はまだ健在だったが、両親はもう居なかったらしい。それは亡くなったのではなく、どこに行ったのか解らないということらしかった。
兄弟達もどこにいるか、解らなかった。済まないな。と言って、手紙を返してきた。
「いえ、こちらこそありがとうございました」
と感謝した。
私は銀貨一枚で売られて幸せになれた。
結婚はまだできていないけど、私は今幸せだ。
私はどこに居るかも判らない両親に感謝した。