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26.譲れないもの

黒いモヤは容赦なく二人に降り注いできた。しかし何かに弾かれ、黒いモヤは霧散していった。

 リヒトが術で守ってくれたようだ。

 リヒトはつむぎから離れ、キツくきよを睨みつけた。


「俺のつむぎに何てことをする」

「私は悪くないわ。貴方がいけないのよ?つむぎ』


しかしきよは全く悪びれた様子がない。自分が悪いなんてこれっぽっちも思っていないのだ。悪いことは自分ではなく、全て周りのせいだと思い込んでいる。そして、今の標的はつむぎだった。


「貴方が反発せずにリヒト様をくれれば、こんな事にはならなかったのよ。貴方もお父様も、本当ダメなんだから』

「きよ様……」


つむぎはリヒトから離れ、ゆっくりときよに歩み寄って行った。リヒトはそんなつむぎを止めようと手を伸ばしたが、つむぎの真剣な表情を見て、その伸ばした手をおろした。


「きよ様。私はきよ様が羨ましかったです。可愛くて、品があって、私の憧れでした。だから一緒に術師の勉強ができるのが嬉しかったです。きよ様に追いつきたくて、とても頑張りました」

「え……?』


つむぎはきよに語りかけた。きよは想像もしていなかったのだろう。少し狼狽えていた。


「私には、きよ様の抱えている重圧は分かりませんだから、私が邪魔なんだろう、て思っていました。でも私」

「聞きたくないっ!!!』


きよはつむぎに向けてまた黒いモヤを放った。しかしリヒトがそんな事させない。つむぎの周りには先程と同じようにリヒトの術が守ってくれていた。


「きよ様お願いです。聞いてください。私、リヒト様は……リヒト様だけは譲れません」

「嫌あぁっ!!!』


きよは頭を抱えてうずくまった。


「違うちガう。そんなわけないわ。あんたは私の地位を狙ってる。そうに決まってる。でも私は選ばれた!この力に!この力があれば!!私は式町家の期待に応えられるのよ!!!』


きよから先程とは比べ物にならないほど大きな黒いモヤが吐き出された。その膨大なモヤの量はリヒトの術でも防ぎきれなかった。


「つむぎ!」


リヒトは咄嗟につむぎの腕を引き寄せて、力強く抱きしめた。あまりの力強さにつむぎは息苦しくなる。


「ぐっ」


しかしリヒトのうめき声を聞いて、つむぎはリヒトの腕の中から離れた。見ただけでは怪我などしていないように見えるが、黒いモヤに当てられて息苦しそうにしていた。


「リヒト様!」

『きゃはははは!弱い、弱いわ!やっぱり私は強いのよ!』


きよは楽しそうに笑ってつむぎとリヒトを指差している。つむぎはそんなきよを睨みつけた。


「リヒト様を攻撃するならきよ様だろうと許しませんっ!」


きよはつむぎの態度に不機嫌そうに顔を歪めた。


『私より下のくせに何言ってるの?』

「きよ様。私を貶めたところできよ様の価値は変わりません」

『っ!』

「きよ様は素敵な方です。でもその力に手を出してしまったきよ様を、術師の私は許すわけにはいきません」


つむぎの鼓動は今までにないほど早く脈打っていた。


 正直、とても怖かった。

 つむぎはきよに従うことが普通だった。

 それは式町家しか居場所がなかったからだ。

 式町家に認められたい、そう思っていたのだと思う。

 けれど、今は違う。

 つむぎの居場所は式町家ではない。

 愛するリヒトの隣なのだ。

 だから怖くなくなった。


「負けない」


リヒトを守るためなら勇気だって振り絞ってみせる。


「『術式解放』」


つむぎは術を発動させた。

 あたり一面に温かな光が満ちていく。

 きよはその光を疎ましそうに睨みつけた。


『私は一番なのよ。私はあんたなんかに負けちゃだめなんだから!』


きよも必死に抵抗するように黒いモヤを放った。

 そんなきよの様子があまりにも必死で、つむぎは心苦しくなった。なんせその姿はつむぎが式町家に認められようと必死に従っていた頃の姿に似ていたのだから。

 いつの間にきよはこうなってしまったのだろうか、とつむぎは思う。


ーーきっと、私のせいなのでしょうね。


きよをここまで追い詰めてしまったのは自分のせいなのだろう。落ち目の式町家の期待を一心に背負い、その重圧に負けないように必死に勉強している姿をつむぎは見てきた。だからこそきよに憧れた。けれど、つむぎが頑張れば頑張るほど、きよを追い詰めていったのだ。それを考えるとつむぎは罪悪感を覚えた。

 それでもつむぎはここで引くわけにはいかなかった。


「私も譲れません」


つむぎは力いっぱいに術を放った。つむぎにはまだまだ術を操れるだけの技術はない。だからきよがやっているのと同じように思いっきり力を放出させて対抗した。

 きよは衝撃を受けていた。

 つむぎはいつもビクビクしていて、きよに逆らうような人間ではなかった。きよの言うことを守って嫁ぎに行ってくれるほどだ。

 だから今回もつむぎは、つむぎだけはきよの言う通りに動くと思っていた。

 なのにつむぎがきよに対抗してきている。

 きよの心は揺れていた。


『いや……嫌よぉ』


父親もつむぎも言うことを聞いてくれない。誰もきよを受け入れてくれる人なんていない。

 それはきよが弱いからで、力を振るえば受け入れられるはず。きよはそう思い込んでいた。

 なのにその力さえも、つむぎには敵わないかもしれない。

 そう思うときよの力は次第に押されていった。


『私……私……』


つむぎの温かな光が、きよを優しく包み込んだ。力の弱いきよなんて、誰も認めてくれない。受け入れてくれない。

 それが何よりきよは怖かった。

 ただ、ただ。受け入れてほしいだけなのだ。

 そうしてすがるようにつむぎの方を見てみた。するとつむぎは真っ直ぐきよを見つめていた。きよを真っ直ぐ見つめるつむぎの視線が眩しく思う。こんなに真っ直ぐ見てくれていたのに、それから目を逸らしていたのはきよ自身なのだ。

 きよは一粒の涙を流した。


「つむぎ、ごめんなさい」


その声は、つむぎには届かないほど小さかった。


 そうしてきよは意識を失った。


 その場に倒れ込んだきよを見て、つむぎは術を解いた。


「きよ様?」


呼びかけても返事がない。


「まだ警戒を解かないで」

「はい。リヒト様」


つむぎはリヒトに寄り添われながら恐る恐るきよに近付いて行った。しかしきよは動く気配が全くない。つむぎは他の心配が頭をよぎった。


ーーまさか死んでしまったのでしょうか。


怖くなってリヒトの服をぎゅっと握りしめた。


「大丈夫だよ。自我を失ってるだけだと思うから」

「自我を、失う?」

「きよは完全にケカレに飲み込まれていた。今はケカレを払っているけれど、一度ケカレに飲み込まれたら自我を失う。意識はなく、ただ心臓が動いているだけの姿になるんだ」

「そんな」


つむぎがゆっくりときよの顔を覗き込んでも、きよはただただ呆然としていた。その姿はまるで抜け殻のようだった。


「これが成れの果てだ」

「元に戻りますか?」

「ケカレに侵されている期間が短ければ充分戻れる。けどきよは長い事ケカレに犯されていたようだし、当分元に戻ることはないと思う」


虚な目でどこを見るでもなく呆然としているきよを見て、つむぎは胸が締め付けられた。酷いことも苦しいことも沢山されたけれど、つむぎはきよのことをまだ尊敬していた。

 もっと自分に力があれば、きよもここまでではなかったのだろうか、と思う。

 けれどつむぎの力が強くなればなるほど、つむぎが頑張れば頑張るほど、きよは追い詰められていく。


 どうしようもなかったのだ。


 けれどきよは超えてはならない一線を超えてしまった。


 きっとこれは、きよが犯してきた罪に対する罰なのだろう。


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