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23.変わり果てた式町家

 そう言えばあの日も、夜に逃げるように出て行ったな、と思う。まだ肌寒い季節だったが、今はすっかり温かくなった。凍えることはなく、温かくて過ごしやすい季節だ。道沿いに植えられた木には蕾がなっている。


「もう桜の季節なのですね」


淡い桜色をした蕾を見て、つむぎはそうぼやいた。桜を見ると春の到来を感じる。春は出会いと別れの季節だと言うけれど、まさにその通りだと思う。

 つむぎはゆっくりと式町家へと向かっていた。どうせ誰も待っていないのだから、遅くなっても構わないだろう。そうでなくても足が重いのだ。自然とゆっくりとした歩みになってしまう。

 考えることはもうやめた。

 これ以上考えたら、きっと涙が出て来てしまう。つむぎは今、涙を必死に堪えていた。瞳は濡れていて、いつ涙がこぼれ落ちてもおかしく無い状況だ。

 何度も何度もきよとリヒトの事が頭をよぎる。それを想像すると胸が苦しくて仕方ない。だから何度も何度も頭を振って想像を掻き消していた。

 どうせリヒトのそばにはいれないのだ。ならば早く忘れてしまいたい。そう思うのに、きっとずっと忘れられない。

 悶々と考えていると、空には星が散らばり始めていた。


ーーああ。式町家に着いてしまいました。


そうして気がついたら懐かしの式町家へとたどり着いていた。昔から他人を寄せ付けない雰囲気のある屋敷だったが、それは今も変わらない。

 いや。むしろ増したように感じる。

 もう暗くなり始めているというのに、屋敷にはまだ明かりがなかった。


ーーおかしいです。


なんせ会合で義父は亡くなったと聞いた。ならば今式町家は葬儀の準備で慌ただしくなっているはずだ。


ーーそう言えば、きよ様はご存知だったのでしょうか。


つむぎが義父が亡くなったと聞いた時には会合にいた子供たちが急いで術師達に知らせているよう見えた。リヒトだけでなく、他の術師達も現場に向かっているところを見かけたのだから間違いない。

 それなのに何故、きよは平然としていたのだろう。きよが真っ先に知らされる存在であるはずなのに。

 それにこの式町家の静かすぎる様子も何かおかしい。まるで何年も、何十年も前から空き家であったかのような静けさだ。


「何が、起こっているのでしょう」


つむぎは恐る恐る屋敷に足を踏み入れた。物音一つしない屋敷に嫌な予感しかしない。

 つむぎも足音を立てないようにゆっくりと歩いて行く。


ーー誰もいないようですね。


本当ならば門番がいるはずなのだ。しかし門番どころか侍女もいない。一体式町家に何が起こっているのかさっぱり分からない。

 つむぎはゆっくりと屋敷の中に足を踏み入れた。何の気配もしないが、警戒しながらなるべく物音を立てないよう最新の注意を払った。

 が、つむぎは気配なく突然押し倒された。


「きゃ!」


押し倒されて、首を締め付けられた。その時つむぎは小さな悲鳴をあげた。


「え?」


しかしつむぎの悲鳴を聞いて、首を絞める力がすぐに弱まった。ゆっくりとつむぎの上から降りて、優しくつむぎを起こしてくれた。


「な……んで、君がここに?」


優しい声、温かい手。つむぎが愛してやまないのに、手に入ることはないと思っていた。

 つむぎは驚いて目を見開いた。

 もう二度と会えない、けど、また会いたい。

 そのために術師として頑張ろうと覚悟した。

 それがつむぎの目標となっていた。

 そんな存在であるリヒトが、今、つむぎの目の前にいた。背中を支えられて、抱きしめられている。リヒトの温かさに包まれて、つむぎは我慢していた涙を、再びこぼしそうになった。


「旦……いえ、リヒト様」


嬉しい。けれど、もはやリヒトの事を旦那様と呼ぶ権利はつむぎには無い。

今の二人の関係は、ただの式町家の人間と、金城家の当主という赤の他人も同然の関係しかないのだ。その距離を感じ取ったのか、リヒトは眉間に皺を寄せた。


「君から名前で呼ばれるのは嬉しいけど、何でいつもみたいに旦那様って呼ばないの?」

「そ、それ、は……」


言うのが怖い。リヒトから怒られて、蔑まれて、突き放されると思うと、リヒトの顔も見れなかった。けれどもう後戻りはできない。ここで話してしまったほうが、きっと楽になれる。

 つむぎは深々と頭を下げた。


「申し訳ございません」

「え?」


リヒトは動揺した。頭を上げたつむぎの目は潤んでいた。ほんのりと頬が赤く染まり、上目遣いでリヒトの様子を伺ってくる。そんなつむぎにリヒトは生唾を飲み込んだ。


「私は謝らないといけないのです」


つむぎはポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。止めようとしても止まらない様子で、懸命に涙を拭っているが、目からはどんどん涙が溢れている。

 リヒトはつむぎを優しく抱きしめた。


「落ち着いて」


リヒトの温かさにつむぎはますます頬を赤くした。しかし、とくんとくんとリヒトの心臓の音が心地よく聞こえてくる。ちょっと脈が早い気もするが、それもまた何だか安心する。

 つむぎはゆっくりと口を開けた。


「私は……きよ様ではないんです」


そうしてリヒトから離れて、しっかりと向き合った。伝えなければ、と思った。真っ直ぐとリヒトを見て、勇気を出して話を始めた。

 たとえリヒトに軽蔑されようと、言わなければならない。


「私は、旦那様が結婚を望まれたきよ様ではないのです」




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