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22.元通り

「っき、きよ様」


きよは笑っていた。その笑顔が、つむぎは怖くて仕方なかった。

 きよが言いたいことは分かっている。

 この後にいう言葉も、聞かなくてもわかる。


「探したわ。それにあんた、いつもリヒト様と一緒にいるからなかなか話せなかったじゃない。おかげで手間がかかったわ」


きよは困ったようにため息をついた。


「まあ今会えたんだからいいわ。さあ、入れ替わりましょう」


きよの言葉につむぎは心が締め付けられた。

 断れない。けど断りたい。

 何よりきよが怖い。

 それでも。


「い、いやです」


つむぎは拒否した。手足は震え、汗も異常なほど出ているが、勇気を振り絞って声を出した。

 そもそもつむぎはきよが嫌がったから身代わりでリヒトに嫁いだのだ。今更元に戻ろうなんて、都合の良い話である。

 そう言いたかったが、さすがにそこまで反論する勇気はなかった。


「はあ?」


きよは令嬢とは思えない顔をした。歪みまくった表情でつむぎを睨み、怒りに任せて胸ぐらに掴みかかって来た。

 突然のことでつむぎは反応できなかった。まさかこれ程怒るとは思わず、悲鳴も出なかった。


「昔からあんたはそう。ずっと目障りだったわ。みなしごの分際でおめおめと式町家の敷居を跨ぐだけでも不快だったのに私と同じように術師の勉強をさせてもらって何様のつもりなのかしら。それでまた邪魔するわけ?」

「み、身代わりなの、は、きよ様の、指示で」

「五月蝿い!」


きよはつむぎを壁に押し付けた。令嬢とは思えない力強さにつむぎは次第に息苦しくなっていく。


「あんたは出て行くのよ。いい?」


きよはまさに鬼の形相だった。


ーー嫌なのに。嫌なのに……。


きよが怖い。今まで虐げられてきたつむぎは、きよに逆らえない。なけなしの勇気も、鬼のようなきよの前では出てこない。


ーーリヒト様……。


愛しい人の名前を心の中で呟く。

それは、つむぎが覚悟を決める為だった。

もう二度と、リヒト様と寄り添うことはできないだろう。リヒト様と呼べることは無くなるのだ。

けれどつむぎがリヒトと肩を並べる術師になれば、リヒト様と一緒にケカレと戦うことが出来るようになる。

 それがつむぎの希望だった。

 だから、つむぎは頷いた。


「ふん。さっさと言う通りにすればいいのに。お父様もあんたも本当ダメね」


きよはようやくつむぎを解放した。つむぎは息苦しさから解放されてゴホゴホと咳した。

 そんなつむぎをきよは冷たく見下ろしている。


「あんたが持ってるもの、全て渡しなさい」

「全て?」

「服も髪飾りも全てよ。それはもともと私のものなんだから」


きよに引っ張られて、つむぎは誰もいない部屋へと押し込まれた。


「さっさと脱ぐのよ」

「……はい」


大丈夫。だってつむぎにとっては元の生活に戻るだけなのだ。それに、今は目標もある。


 そうしてつむぎは金城家から出て行く事になったのだった。


 式町家で着慣れた服を着て、つむぎは術師会合の屋敷を後にした。

 すでに日が沈みかけていて、町は橙色に染まっている。

 つむぎは、とぼとぼと足取りが重く歩いていた。式町家に戻ったところで元の生活に戻るだけだが、それでもつむぎが行く宛なんて、そこしかなかった。


ーーあまねさん、瀬戸さん。さようならを言いたかったです。


道中、つむぎはポツリとそう思った。優しくしてくれたあまねや瀬戸、屋敷の人たちにせめて一言別れを言いたかった。

 俯いているとそんな事ばかり考えてしまう。

 けれどくよくよしてもしょうがないとつむぎは前を向いた。

 いつもは人通りの多い道だが、さすがに夕暮れ時になると、人はまばらであった。その中で仲睦まじく歩いている恋人同士の姿を見かけた。


ーーリヒト様……。


きっとリヒトは今頃きよと運命の再会を果たしている頃だろう。

 もし今まで愛情を注いでいたのが運命の相手ではないと分かったら、リヒトはどう思うだろうか。

 騙していた相手なんて信用ならないと思うだろうか。そうしたらリヒトと二度と会う事なんて出来なくなるのではないか。

 そう考えると自然と涙が溢れて来た。


ーーずっと貴方のそばにいたかったです。


寄り添う恋人同士を羨ましく思う。そしてきよとリヒトがあんな風に寄り添い愛し合う姿を想像すると、心がざわつく。

考えたく無い。

想像したく無い。

引き裂かれるような思いでつむぎはその場にうずくまってしまった。


『おや。お嬢さん』


その時、聞き覚えのある穏やかな声で話しかけられた。涙を擦り、ゆっくりと顔を上げると、そこには不思議なおじいさんの姿があった。


「貴方は」


彼は、つむぎが金城家に嫁いだ日に出会ったお爺さんだった。

 いつのまにか現れて、煙のようにいなくなった不思議なおじいさん。あの時と変わらない穏やかな笑顔で、おじいさんはつむぎに微笑みかけたのだった。


『久しぶりじゃの。金城家はどうかな』

「あ」


楽しそうにそう問いかけられ、つむぎは一瞬戸惑った。見ず知らずのおじいさんだが、金城家との結婚を喜んでくれたというのに、それが身代わりだと知ったら失望させるだろう。

 本当のことを言うべきなのだろうが、何となく言い出しにくかった。


「すみません。私はおじいさんの思うような方ではないんです」

『おやおや?』


おじいさんは首を傾げた。

 けれどこんなところで嘘をついても仕方ない。

 つむぎは正直におじいさんに話した。


「私はかりそめなんです」

『かりそめ?』

「おじいさんには親切にしていただいたのに申し訳ありませんでした。でもこのかりそめももう終わりましたから」


自分で言っていて、心が苦しくなる。しかしおじいさんはどうも納得していないようで眉間に皺を寄せて首を捻っていた。


『ふむ。お嬢さんはリヒトからの愛情は感じなかったのかな?』

「あれは私が受けて良い愛情じゃありません。別の方に向けられるべきものなんです」


かりそめなのにリヒトの溢れんばかりの愛情を受けていた。本当ならば拒否しなければならないはずなのに、あまりにも心地よくて受け取り続けてしまった。


「私は……私は狡い人間なんです」


それが今になって離れがたくて苦しいなんて、自業自得だ。

 寂しそうなつむぎの表情を見たおじいさんは優しく声掛けした。


『お嬢さん。わしだって伊達に年とっとらん。リヒトとお嬢さんは間違いなくお似合いじゃ。お嬢さんとリヒトが過ごしてきた時間は誰のものでも無い、二人だけの時間じゃろ?』

「リヒト様と過ごした時間」


それは確かにリヒトとつむぎだけの時間だ。リヒトが勘違いしていたとしても。

 まだ暗いつむぎの表情を見て、おじいさんは再び首を捻った。


『ふむふむ。お嬢さんはあちらの方角が良いようじゃな。悩んでいるようならあちらに行ってみると良い』


それは式町家の方向だった。どうせそこしか行くところがないのだ。

 つむぎは素直に頭を下げた。


「ありがとうございます」


そして頭を上げると、そこには誰もいなかった。


ーーまた、いないです。


本当に不思議な方である。

 つむぎはゆっくりと式町家の方へと歩き始めたのだった。


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