2.思いがけない婚姻話
「この度、金城家から婚姻の申込があった」
「まあ!」
きよは嫌そうに顔を歪めた。
金城家と言えば式町家よりも歴史の古い術師の一族だ。古いしきたりを守る保守的な式町家とは逆に、新しい考え方を取り入れて発展を遂げ、今もなお才能あふれる術師を多く輩出している家系である。
だが保守的な式町家がまさかその婚姻を受け入れるとは予想外で、つむぎは目を丸くした。
「金城家と言えば自由恋愛が何よりも大事な一族ですわよね。あやかしとも何度も婚姻を結んで。しかも今の当主は確か外国の人間の血まで流れているんでしたわね」
きよは鼻で笑った。
ヒヨノ帝国ではあやかしとの婚姻は珍しくないし、術師の中にはあやかしと婚姻を結ぶことで力を強めてきた家系もある。そんな中で式町家は人間同士で婚姻を結び、術師の力を保ってきた。そうして保守的な式町家は術師としての人間としての血筋を何よりも大事にしてきたのだ。いわゆる純血の一族である。
きよの馬鹿にしたような言葉に、義父は深く頷いた。
「その通りだ。だが金城家は我が式町家よりも格上の家系だ」
その一言できよは押し黙った。式町家がどんなに歴史があろうと金城家の足元にも及ばない。それに術師として見れば、落ち目の式町家とは比べものにもならないほど金城家は優秀なのだ。
どこをどう見ても金城家は式町家からすれば雲の上の存在であった。
ーーよりどりみどりのはずの金城家がどうして式町家と婚姻を……?
つむぎは疑問に思った。そしてはたと、きよに視線を向けた。
ーーもしかして……。
金城家は自由恋愛。ならば、どこかできよを見かけた当主が恋に落ちたということなのだろうか。忌々しそうな表情を浮かべているきよだったが、普段はとても可愛らしい乙女なのだ。
「この婚姻だがな。きよ、お前に嫁いでもらう」
「……は?」
きよは顔を般若のように歪めた。しかし、つむぎはやっぱりと納得してしまった。
「嫌よ!!何で私があんな半端者の妻にならなきゃいけないの!」
しかしどんなに相手の条件が良かろうと、純血を第一に考えるきよにとっては不満でしかなかった。
きよは怒りのままに義父に食ってかかった。きっときよの反発が想像以上だったのだろう。義父は焦った表情を見せ、何とか宥めようとし始めた。
「きよ、金城家はうちよりも立派な家柄だ。歴史も式町家より古い。きよの相手にはこれ以上ないだろう」
「私の代で純血を途絶えさせるの!?」
式町家は純血を重んじる保守派。式町家の期待を一身に受けるきよは、それを体現したかのような考え方を持っていた。
「きよ。確かに純血であることは誇らしい。だがな。式町家の術師としての力は弱くなる一方だ。式町家を守るためにも強大な力との婚姻は必要不可欠なんだ」
「嫌よ」
ぷいっとそっぽ向いたきよに、義父は途方に暮れていた。その時、つむぎはきよと目が合った。
いい案でも思いついたのだろう。
ニヤリと口角を上げて笑顔を見せた。
「お父様。つむぎでいいじゃありませんか」
「駄目だ!!」
しかしきよの提案に義父は怒鳴るように拒否した。あまりに大きな声にきよも目を丸くする。
「これはもう決めた事だ!とにかくこの娘は、つむぎは駄目だ!きよ!お前が嫁ぐんだ!我が式町家のために!」
式町家のために、という言葉にきよも押し黙ってしまった。まだ不満そうな表情をしていたが、きよはそれ以上は何も言わなかった。
一言も発さず、成り行きを見守っていたつむぎもほっと胸を撫で下ろした。
きよが黙ったことに義父も安堵したようで、一息ついてようやくつむぎの方を見た。
「お前はきよの身支度の手伝いをしなさい」
「かしこまりました」
指示を受けたつむぎは、深々と頭を下げた。見下した義父の視線と、怒りに満ちたきよの視線がつむぎに注がれる。
この式町家の養女であるはずのつむぎ。
だが結局は純血かどうかも怪しい身元不確かなつむぎは、この保守的な式町家にとって異物であり汚物なのだ。
ーー変わらないんですね。
何かを期待した気持ちが、じわじわと萎んでいく。
何よりもきよの視線からは殺意にも近いものを感じる。つむぎは、八つ当たりされることを覚悟するのであった。
◆◆◆
「信じられない!」
きよは怒り狂っていた。障子を破り散らし、部屋の中は泥棒にでも入られたかのような散らかり方をしていた。
そんな部屋の隅で、つむぎは頭を下げて小さく丸まっていた。きよはそんなつむぎに向かって部屋中のあらゆる物を投げつけていた。
「我が式町家がどれほど由緒正しい家柄か!お父様はわかってないんだから!」
はあはあと息を切らして、怒鳴り散らしているが、それでも気分がおさまらないらしい。手当たり次第に投げつけ罵詈雑言を浴びせていく。
つむぎはただただ黙って耐えた。逆らうともっと酷い目にあうと分かっているからだ。
しかし、終わりの時は唐突にやってきた。
きよの手がぴたりと止まったのだ。
つむぎは何事か起こったのかと、恐る恐る顔を上げた。
「そうよ……」
そこには不敵に笑うきよがいた。その表情だけで何か良からぬ事を考えていることが分かる。
「あんたが行けばいいのよ」
「え……?」
それは先程義父から駄目だと言われたはずだ。つむぎはきよの言っている事が分からなかった。
しかしきよは本当にいい案を思いついたと思っているようで高笑いしながら椅子に座った。
「あんた、頭悪いわね。分からない?お父様達はああ言ってたけど、金城家の当主と言えばブサイクって有名なのよ。半端者のブサイクが私に釣り合う?笑わせないでほしいわよね。でも式町家よりも位が高い金城家に歯向かうなんてできない。だから嫁ぐしかないのよ」
それはその通りかもしれない、とつむぎは思った。
「でも私は式町家の当主となる存在。あんたと違って純血なのよ。だから私はこのまま純血を守っていく必要があるのよ」
きよにとっては純血であることこそが誇りであり、必要な事なのだ。
「だから私じゃなくて、あんたが行けばいいのよ」
きよは椅子にふんぞりかえって座る。その姿はまるで御伽草子に出てくる悪女を彷彿とさせた。
「あんたが金城家との婚姻を私から奪って、勝手に、一人で、嫁ぎに行ってしまうのよ」
「……え?」
きよが何を言っているのか、つむぎはすぐに理解できなかった。
金城家に嫁ぎたくないきよが、つむぎが悪者になってきよと金城家の婚姻を奪う形で身代わりになれ、と言っているのだと分かった時、言葉も出なかった。
きよはつむぎの事を都合の良い存在としてしか見ていない。そうして捨て駒のように嫌な事を押し付けるのだ。
「私の身代わりになれるんだから喜びなさい」
だが、きよにとってつむぎが捨て駒である事は当然の事なのだ。なんせ純血かどうか分からないのだから。
だからこそ答えなんて決まっていた。
いや、そもそもつむぎに選択肢はなかった。
「かしこまりました」
つむぎはゆっくりと、そして深々と頭を下げた。