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18.朱音高臣

 術師会合が行われる会場は、東都でもまだ珍しい洋館で開催された。まだ新しい建物に、着物姿や洋服姿の術師達が集まっている。

 その中で一番注目されているのが、リヒトとつむぎであった。

 つむぎはリヒトから贈られた赤いドレスを身に纏っていた。そんなつむぎの隣には、リヒトがぴったりと寄り添っている。

 周囲にはとても仲睦まじい恋人同士に見えた。

 正直、つむぎはとても居心地が悪かった。

 会場にいる術師達が全員二人に注目していた。

 それもそうだ。何せ旦那様は術師の中でも有名な金城家の当主なのだ。若くて実力があってそして大変見目麗しいリヒトは、良くも悪くも何をしても術師の中では注目される存在であった。そのリヒトが女性を連れて歩いているのだから、注目されないわけがない。

 緊張しすぎてつむぎはもうすでにふらふらだった。リヒトはそんなつむぎを支えるように腰に手を回した。


「大丈夫。吸血鬼より怖くないだろ?」

「そう、ですね」


確かに吸血鬼よりは怖くないが、それとは別な気がする。しかしリヒトがそばにいてくれれば、それだけで安心する。


『ようこそ金城様』


つむぎとリヒトの前に和服の子どもが姿を現した。狐の面を被っていて、どんな顔をしているのか、どんな表情なのかは全く分からない。しかし着ている服は質素ながらもとても品の良い物だった。


『金城家当主リヒト様、並びに奥方様ですね。お待ちしておりました』


子どもは丁寧な所作で頭を下げた。


『こちらへどうぞ』


そうして洋館の中へと案内してくれた。外観は洋館だが、中は立派な和式であった。何人もの子どもが整列して頭を下げた。そして全員動物のお面を被っている。

 その中で猫の面をつけた子どもが歩み寄ってきた。


『金城様。朱音様がお待ちです』

「ああ。分かった」


初めて聞く名前につむぎは首を傾げた。


「あの旦那様。朱音様とはどなたなのでしょうか」

「朱音さんは術師の頂点に立つ方だよ。古くから術師達を束ねてきただけじゃなく、その実力もずば抜けている。今から会うのはその朱音家の跡取り朱音高臣様だ」


朱音家と言えば術師達だけでなくヒヨノ帝国でも指折りの家系だ。そんな雲の上の存在と会うなんて。つむぎはより一層緊張してしまった。


ーー私、本当にこの人の隣に立つのに見合っているのでしょうか。


つい最近まで召使のような生活をしていたというのに、綺麗な服を着て、美しい旦那様の隣に立って、手の届かないような偉い人と会うなんて。想像もしていなかった。


「金城様よ」

「今日もステキだわ」

「あら隣に女性がいるわ」


すれ違う女性達は皆、頬を赤くして、うっとりした表情でリヒトを見てくる。

 ひそひそ話と言ってもつむぎやリヒトの耳にしっかりと聞こえてくる。その声が気になって横を向くと、そこには数多くの術師達が揃っていた。

 何百人と入りそうな大広間に一同に術師が揃う様は圧巻であった。そしてその中には式町家のきよと義父の姿もあった。

 女性達は皆リヒトにうっとりとしている。何とあんなに嫌がっていたきよまで頬が赤く染まっている。


ーーやっぱり旦那様は人気者ですね。


女性達を魅了するリヒトにちくりと心が痛んだ。


「気にしないで」


不安そうなつむぎの様子を感じ取ったのか、リヒトの腰を抱く力が強くなった。


「朱音さんは尊敬できる人だよ」


どうやらリヒトはつむぎが朱音と会うことに不安を感じていると勘違いしたようである。しかしそう勘違いしてくれて、つむぎはほっとした。


「ほら、あれが朱音様だよ」


そこには美しい青年の姿があった。身長はそこまで高くないが、とんでもない威圧感がある。穏やかに微笑んでいるだけでも、自然と頭が下がる思いがした。


「やあ、リヒト」

「朱音さん、久しぶりですね」


リヒトは朱音と気軽に話を始めた。名家同士昔から顔を合わせる機会も多かったのだろう。何とも気心知れた話し方をしている。


「よかった。ちゃんと奥方も連れて来てくれたんだね」

「ええ当然でしょう。あれだけ沢山通知をくれなくても、朱音さんからの指示ならばちゃんと連れて来ますよ」

「そうか。それは失礼したね。てっきり愛する奥方を見せびらかしたいけど誰にも見せたくないという葛藤をして通知を無かった事にしているかと思ったよ」


全くその通りである。ぴしゃりと言い当てた朱音に、リヒトは返す言葉もなかった。


「初めまして。私は朱音高臣。朱音家次期当主で、リヒトとは幼馴染のようなものです」

「はじめまして。私はきよと申します」

「きよさん……ね」


朱音はつむぎをじっと見つめた。何か失礼があったのだろうか、とつむぎは不安になった。


「朱音さん」

「何だい」

「例え朱音さんでも渡しませんから」


そう言ってリヒトは朱音の視線から守るようにつむぎを背に隠した。


「へえ。本当に溺愛しているんだね。噂には聞いていたけど半信半疑だったよ」

「ええ。俺の運命の人なんです。心から愛してます」


リヒトの熱烈な愛の告白につむぎは顔を真っ赤にした。あまりに恥ずかしくて、つむぎは居た堪れなくなってしまう。そうしてリヒトの後ろに隠れるように小さくなった。

 どうやら朱音とリヒトの会話に周囲も聞き耳を立てていたようである。リヒトの言葉に女性達は顔を青くして、男性達は恥ずかしそうに顔を赤くしている。


「あれが」

「あの娘?」

「知らないな」

「本当にあれなの?」

「羨ましいわ」


そんな会話が聞こえてくる。つむぎはどこかに隠れたい気持ちでいっぱいだった。

 女性達の中には悲しんでいるものもいるようだったが、リヒトの熱い告白に温かい視線を送っているものがほとんどだった。

 そんな中一際殺意に満ちた表情をしている者がいた。ギラギラとした目つきでつむぎを睨みつけ、歪みきった表情は般若のようであった。

 しかしつむぎは遠すぎてそんなきよに気が付かなかった。


「成程ね。リヒトの気持ちはよく分かったよ」

「ところで朱音さん。例の件の報告書です」

「ああ……。これは嫌な予感しかしないな」

「さすがですね。予想通りだと思いますよ」

「そうか。なら後でゆっくり拝見するよ。そろそろ会合が始まる」


朱音に頭を下げて、リヒトとつむぎは指定されている場所に腰を下ろした。

 周囲も雰囲気を感じ取って、徐々に静かになっていった。

 静まり返った大広間で、朱音は集まった術師に向かって話し始めた。


「今日は忙しい中よく集まってくれた」


朱音の言葉でざわめきが一切無くなり、しんと辺りが静まり返った。


「皆に集まってもらったのは他でもない。ここ最近多発している襲撃事件についてだ」


朱音の話によると、標的となっているのは術師であり、特に改革派閥の術師が多く狙われている。そしてこれからも改革派閥の術師が狙われる可能性が高いと言う事だった。


「皆不安が大きいと思う。しかしまだ犯人の目処は立っていない。十分気をつけるように」


朱音の言葉に術師達は気を引き締めたようで、空気がピリッと張り詰めた。

 その後は簡単な連絡のみで、会合はすぐに解散となった。終わった後は多くの術師達が情報交換をしていた。

 特にリヒトは金城家の当主であり、今日初めて妻を連れて来たのだ。誰もが話をしたくてこちらの様子を伺っている。


「初めての会合、緊張しただろう」

「は、はい。何と言うか……圧倒されました」

「多分もう少しかかりそうかな」

「そのようですね」


話したくてうずうすしているのは周囲の視線からよく分かる。つむぎは想像するだけで疲れてしまった。


「ここは任せて。お手洗いに逃げてて」

「は、はい」


それを察してくれたのだろう。リヒトは素早く猫の仮面をつけた子どもを呼び寄せた。そしてつむぎはその子どもに連れられてお手洗いへと向かうのだった。



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