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17.旦那様の我が儘

 あやかしと人間が共存するこの国には古くから数多くの術師が存在する。そんな術師達が交流し、情報共有するために定期的に術師会合が開かれる。多くの術師達が参加する術師会合には毎回多くの術師達が参加する。

 そして今回の開催には、術師全員が参加するよう通知されていた。


「嫌だ」


しかしリヒトは頑なに拒否していた。通知文書をビリビリに破り捨てて無かった物にしていた。そうすれば見なかった事にできるとでも思ったのだろうか。

 瀬戸はそんな子どもみたいな態度を取るリヒトにため息を漏らした。


「何我が儘言ってるんですか、いつも会合には行ってるではありませんか」

「俺は参加する。いつも通り、俺だけで参加する」

「術師の全員が参加するよう通知されてるんですよ。当然奥様にも参加してもらいます」

「それが嫌なんだ!」


リヒトは机を思いっきり叩いた。本当にほんと嫌なようで悔しそうに表情を歪めている。

 こんなにもリヒトが意固地になると言ったら、必ず愛する奥様の事が絡んでいるのだ。


「しかし奥様は承諾されたのでしょう」


術師全員参加の今回の会合に、リヒトはどうしてもつむぎを連れて行きたくないようなのだ。

 自分だけで行くと駄々をこねてかれこれ数時間経つ。しかし当の本人であるつむぎは行くと頷いているのだ。

 リヒトは机に突っ伏した。


「俺は何で提案してしまったんだろう。可愛すぎてつい欲が出たのが駄目だった。夫婦として俺の隣に立って微笑んでくれたら幸せなのにと思ってしまったんだ。二人で並んで参加する姿とか天国のような想像したばっかりに。思わず声に出てしまったなんて……」


つむぎの笑顔を見たリヒトは、思わず、本当に無意識のうちに、つむぎを会合に誘ってしまったようなのだ。本当は連れて行きたくないリヒトがそれをとても悔やんでいる、という状況である。

 本当にこの人は何してるんだと、瀬戸はほとほと呆れた。


「奥様が行く気持ちがあるのに、旦那様が駄々をこねてどうするんですか」

「だって」


リヒトは体を起こして、頬杖をついた。まだ不服そうな顔をしている。


「誰にも見せたく無いんだから仕方ないだろ」

「じゃあ何故誘ったんですか」

「可愛いから自慢したかったんだ!!」


瀬戸は深い深いため息をついた。恋する旦那様の心境は大変複雑なようである。

「ちなみに、通知を破り捨てても意味ありませんよ。通知はまだまだ沢山届いていますから」

「何だって?」


瀬戸は大量の通知文書をリヒトの前に差し出した。


「旦那様の事をよく分かってらっしゃるようですね」


まるでリヒトが通知を破り捨ててしらばっくれるのを見越したかのようだった。

 リヒトはため息を吐きながら天を仰いだ。

 今回の会合が全員参加なのは、連続襲撃事件が絡んでいるからである。術師が標的となっている以上、会合で全員に周知して団結していく必要がある。だからこそつむぎも参加するべきなのだ。

 それはリヒトにも分かっている。


「それと報告書が上がってきました」

「ああ……吸血鬼か」


つむぎ達を襲った吸血鬼はその後術師の病院に運ばれた。完全にケカレになっているわけでは無いので、ゆっくりと養生すればもとの生活に戻れるのだ。


「どうせケカレに飲み込まれていたんだろう」

「おっしゃる通りです」


ケカレは自我を失ったあやかしや人間だった存在。そのケカレに飲み込まれたあやかしや人間も、自我を保てなくなるのだ。

 捕えた吸血鬼は自我を完全に失っている訳ではなかった。虚な状態ではあったものの微かな理性があったのだ。だからむやみやたらに人間を襲うのではなく、トマトを食い散らかしていた。


「東都にケカレが出た……か。それに加えて連続術師襲撃事件の多発。嫌な予感しかないな」

「ケカレは自我を失ったものです。こんな意識的に行動するなんて聞いた事ありません」

「術師がケカレになったのかもな」


術師はケカレに対抗する術を持つ者。力のある術師であれば、ケカレに陥ったとしても意識を保って対処できる場合もある。

 しかしそうなると、ケカレになった術師が、術師を襲っている事になる。


「全く厄介な事件だ」


そんなところにつむぎを連れて行かねばならないと思うと、また嫌になる。

 その時、扉を叩く音がした。


「どうぞ」


リヒトが声をかけるがなかなか入ってこようとしない。それどころか扉の前でひそひそと話し声が聞こえる。どうやらあまねの声のようだ。

 瀬戸はため息をつきながら扉を開けた。


「あまねさん。何をして……」


瀬戸の声が途切れ、リヒトは首を傾げた。


「ほら勇気出して下さい」


そんなあまねの声が聞こえてくる。

 そして恐る恐る入室してきたのは、リヒトが愛してやまないつむぎであった。

 しかも何やらおめかししているではないか。

 いつも質素で動きやすい着物を着ているつむぎが、今はふわりと柔らかなドレスに身を包んでいる。二枚重ねのスカートには慣れていないようで、動きにくそうに歩いてくる。

 黒髪はいつも以上に艶めいていて、思わず触れたくなる。恥ずかしがって頬を染めているのも心を掴まれる。

 着物姿のつむぎも大好きなリヒトだが、洋服姿のつむぎも大変可愛らしい。

 リヒトはすっかり見惚れてしまっていた。


「あ、あの。旦那様。洋服を着るのは初めてなのですが、術師会合に着ていく服はこれでいかがでしょうか」


リヒトは想像した。

 こんなに可愛いつむぎと並んで会合に参加できるなんて、本当に夢のようだ。

 きっと他の男も虜になる。

 けれどそんな男達の視線を遮って、自分の腕の中に閉じ込めて、彼女は自分のものだと知らしめる。

 何と言う優越感だろうか。


「旦那様」


瀬戸の低い声でリヒトはやっと我に帰った。つむぎは健気にリヒトの返事を待っていてくれた。これには旦那として答えねばならない。


「とても……似合ってるよ」


なんて平凡な褒め言葉だろうと、リヒトは頭を抱えたくなった。しかし言葉が出てこなかったのだ。

 それでもつむぎは嬉しかったのか、ぱっと表情を明るくした。


『よかったですね、奥様』

「はい」

『会合の当日もこの服にしましょう。髪型はもう少し試してみませんか?』

「あまねさんにお願いしますね」


つむぎとあまねは楽しそうに話している。


ーー可愛い。


リヒトは心からそう思った。そしてもっともっと褒めたかったと心から後悔した。

 しかし会合に出ればその機会もまだ残っているだろう。


「では旦那様、私はこれで失礼します」

「ああ。会合の日を楽しみにしているよ」


そう言ってデレデレの笑顔で見送った。


「では会合には二人で参加すると伝えますね」


瀬戸の言葉で再び我に帰ったリヒトは頭を抱えた。しかしあんなに楽しそうなつむぎを見てしまっては欠席しようなんて、とても言えないのであった。


「瀬戸」

「はい何でしょう」

「赤いドレスを準備してくれ。そして髪飾りには金色の物を使うようあまねに指示しておいてくれ」

「……かしこまりました」


自分の赤い瞳の色のドレスを贈るくらいで妥協してくれたのだから何も言わないことしよう。

 瀬戸はそう思うのであった。




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