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16.そばにいたい

 耳元で優しく囁かれた。

 聞き慣れた声につむぎは目を丸くする。

 その声を聞くだけ、思わずつむぎは涙が溢れそうになった。


「旦那様……」


そこにはリヒトの姿があった。太陽の光を受けて、優しく温かく輝く金髪が眩くて、目を窄めた。優しい赤い瞳に見つめられて、つむぎは体から緊張が抜けていった。

 そんなつむぎを支えるように、リヒトは優しく腰を抱いた。


「すごいね。まだ術師としての勉強は始めたばかりだろう?」


そう言ってつむぎの頭を優しく撫でてくれた。まるで壊れ物でも触るかのように丁寧に、優しい手つきにつむぎは頬が赤くなる。


「あと少し、このまま頑張ってくれるか?」


リヒトの言葉に、つむぎの心が温かくなっていく。

 今まで、自分には価値なんて無いと思っていた。

 そんなつむぎがお願いされたのだ。

 頼りにしてもらえているのだ。

 泣き出したい気持ちを抑えながら、つむぎは大きく頷いた。


「はい!」


絞り出してようやく出てきた勇気だった。そんなちっぽけな勇気だったのに、リヒトの言葉でどんどんと大きくなっていく。

 リヒトの言葉がつむぎに勇気をくれる。

 つむぎは術に力を込めた。

 今のつむぎには不安なんてない。

 そんなつむぎを見て、リヒトは微笑んだ。そうしてゆっくりとつむぎのそばから離れた。

 そうして動けない吸血鬼に向かって走り出した。まるで風のように軽やかに素早く向かっていく姿は、つむぎの胸をときめかせた。

 そこからはあっという間だった。

 リヒトは呪文を唱える事なく吸血鬼を縛り上げた。そしてその縄にリヒトの血を垂らすと、縄は金色に光った。金色の縄は吸血鬼をじわじわと縛り上げていく。その痛みに耐えかねた吸血鬼は悲鳴を上げた。


『あ、ガ…ぐァ……っ!』


じゅうじゅうと焼けるような音がなる。煙は黒く、禍々しく見えた。とてもただの煙ではなかった。

 しばらくして音が消えると、吸血鬼は意識を失って白目をむいた。そうしてぴくりとも動かなくなった。

 それを見てつむぎは恐る恐るリヒトに声をかけた。


「これで、終わり……ですか?」


リヒトはすぐに振り向いて優しく微笑んだ。恐々としたつむぎを安心させるように、とても落ち着いた様子で、ゆっくりと頷いた。


「ああ。終わったよ。もう術をといても大丈夫」


そう言われてつむぎは術を解いた。吸血鬼は崩れ落ちるようにその場に倒れた。そうしてそのまま動かなかった。

 それを見たつむぎはようやくほっと胸を撫で下ろした。そしてじわじわと恐怖が湧き上がってきた。手だけではなく足まで震え始めてしまった。


「よく頑張ったね」


そんなつむぎを見て、リヒトは優しく抱きしめた。リヒトに包み込まれたつむぎは次第に目頭が熱くなっていった。


ーーどうしてこの人の腕の中はこんなに落ち着くんだろう。


この優しさを一度知ってしまってはもう二度と戻れなくなる。つむぎは名残惜しいが、ゆっくりとリヒトの腕の中から出た。


「あの」


リヒトから離れがたくて、甘えるようにリヒトの裾を掴む。でもこれ以上触れてはいけない。もう二度と離れられなくなってしまうから。

 けれどつむぎは確かめたかった。


「旦那様、私。少しはお役に立てましたか?」


つむぎの質問に、リヒトは満面の笑みで頷いた。


「ああとっても。おかげさまで事件解決できたよ」


その言葉で心が軽くなる。

 今まで居場所がなく価値がなかったつむぎが、ようやく自分に価値があると思えたのだ。

 そうしてつむぎは心の底から思った。

 旦那様のそばにいたい。

 金城家にいたい。

 もっともっと。

 彼らと一緒にいたい。


 けれどつむぎは身代わり。いつかはこの金城家を出て行かなければならないのだ。

 だがもしかしたら。

 術師としてなら、そばにいられるかもしれない。

 そう思うだけでつむぎの心は軽くなっていった。


「ではこれからもっともっと、お役に立てるように頑張ります」


つむぎは笑顔でそう答えた。

 心の底から嬉しくて笑ったのなんて、本当に何年振りだろうか。

 リヒトはつむぎをじっと見つめた。


「じゃあ」


そうして少し言い淀んだ。リヒトはゆっくりと顔を近付けて、つむぎの表情を伺いながら問いかけた。


「俺と一緒に社交界、デビューしちゃう?」


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