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14.旦那様の魅了

「まあ俺のために何かしてくれようとしていたのは本当に嬉しいから、今回は見逃すけど」

「ありがとうございます。これからは気をつけます」


つむぎもようやく胸を撫で下ろした。


「旦那様、トマトが好きなあやかしというのもいるのですか?」

「いるよ」


まだあやかしに詳しくないつむぎはリヒトに尋ねた。つむぎの質問にリヒトはすぐに頷いた。


「性格にはトマトじゃなくて血。特に若い処女の血を好む異国のあやかしがね」

「血、ですか?」

「そう。そのあやかしは美しくて清らかな少女の血を吸うために魅了の力を持っているんだ。総じて美しい見た目をした者が多いのも特徴の一つ」

「何というあやかしなのですか?」

「吸血鬼だよ」

「吸血鬼」


そのあやかしに、つむぎは聞き覚えがあった。他国の有名なあやかしである。力が強いものは手練の術師でも苦戦するほど強大な力を持つという。


「安心して。今の吸血鬼は人間との共存の道を選んでいて、むやみやたらに人間は襲わない。勿論例外もいて人を襲う吸血鬼もいるけど、この吸血鬼はトマトを食い散らかしているあたり、まだ理性が残っているのかもしれないな」

「そうなんですね」


想像よりも危険なあやかしを相手にしようとしていたようである。リヒトが心配するのも無理はなかった。


「旦那様、さすがです。あやかしにお詳しいんですね」

「ああ。俺の母親がダンピールっていう吸血鬼と人間のハーフだから、まあ俺にも吸血鬼の血が流れ出る事になるしね」


つむぎは目を丸くした。

 確かに金城家はあやかしとも婚姻を結んできた家柄で、リヒトが外国人とのハーフだというのも、その美しい見た目から知っていた。

 だがまさかその外国人もあやかしの血が流れていたとは、思ってもいなかった。


「そうだったんですね」

「吸血鬼についてはまだ教わってなかった?」

「名前だけは教わりましたが、詳しいところまではまだ」

「じゃあ勉強しようか」


リヒトがつむぎの首筋を撫でた。何かの意味がこもった手つきに、つむぎの体はこわばってしまう。


「吸血鬼は少女の血を吸うため、だいたい美形なんだ。人を魅了して、篭絡させて、そうして首筋に牙突き立てて血を吸う。それが吸血鬼だ」


リヒトの赤い瞳に熱がこもる。その視線から逃れられず、つむぎは吸い込まれるように見つめ続けた。


「俺も吸血鬼の血が流れてる。だから魅了の力が少なからずあるんだよね」


なるほど、確かに魅力的な見た目をしているわけである。今だって、リヒトの色気につむぎは翻弄されている。

 けれど何故か違和感を感じる。


「どう?今、魅了を使ってみたんだけど」

「……よくわかりません」


リヒトの質問に、つむぎは首を傾げる。確かにとても魅力的だし色気もあるので心臓がもたないのではないかと思うほどだ。

 けれどつむぎにはいつも満面の笑みでつむぎを抱きしめる犬のようなリヒトの方がとても魅力的に見えたのだ。


「旦那様は……普段がとても魅力的なので、魅了を使われてもよくわからないみたいです」


色っぽいリヒトは確かに心臓に悪いくらいカッコいい。けれど、つむぎが好きなのはいつものリヒトなのだ。

 そんなつむぎの答えに、リヒトはとても満足しているようだった。


「ふふっ。よくわからないかぁ」


リヒトは嬉しそうに笑った。そして満ち足りた笑顔でつむぎを見つめてくる。

 その笑顔があまりにも魅力的で、つむぎは目眩がした。


「も、もしかして今も魅了を使ってますか?」

「え?使ってないよ?今は俺の可愛い奥さんを愛でてるだけ」


そう言ってつむぎを思いっきり抱きしめた。


ーーっ。こ、こちらの方が心臓によくないです!


あまりに魅力的なリヒトの笑顔に、つむぎは耐えきれなかった。リヒトの腕の中から必死に逃げ出して、あまねの後ろに隠れた。

 それがショックだったのだろう。

 リヒトからは悲壮感があふれていた。


「ど、どうして……逃げるんだ?」


愛しの妻から逃げられたリヒトを、あまねは哀れに思うと同時に、自業自得だとも思った。後ろに隠れているつむぎなんて顔だけではなく手まで真っ赤になっている。

 つむぎは声を震わせながら、答えた。


「だっ、旦那様は……魅了なんて使わなくても充分魅力的です」


そんな可愛い事を言うつむぎに、あまねは天を仰ぎたくなった。


「ぐっ」


リヒトの持病が発作を起こすのも無理はない。天然でこれを言うのだからつむぎにリヒトが敵うわけもない。こればかりはあまねもリヒトに同情したい。


「旦那様!?大丈夫ですか?」


あまねの後ろからつむぎが心配そうに声をかける。優しいつむぎが駆け寄ろうとしていたので、あまねはつむぎの手を引いて止めた。

 これ以上近付いたらリヒトは身が持たないだろう。


 リヒトは深呼吸して何とか気持ちの整えた。

 そしてふと、ある事に気がついた。

 リヒトの母はダンピールだ。しかも吸血鬼の中でもかなり力を持った血族だったので、ダンピールと言えどかなり強い力を持っていた。そんな母の血を引くリヒトも当然、強力な吸血鬼の力を持っていた。

 そんなリヒトの魅了が、つむぎには効かない。

 あやかしよりも強い力を持っていなければ出来ない事である。暴走したあやかしを止めるためにも術師にはあやかしよりも強い力を持つことが理想とされる。しかしそういった術師は数少ない。大抵の術師はあやかしの力から身を守る術を身につけるものなのだ。

 だがつむぎにはまだそういった術はない。

 だからこそ、リヒトの魅了を無効化したのはつむぎ自身の才能だと言える。


ーー凄いな。俺の魅了が効かないなんて。まあ、魅了できれば、もう少しイチャイチャできたかもしれないんだけどな。


つむぎに術師としての才能があることはとても嬉しいし誇らしい事だが、その力が強すぎるのも問題だな、とリヒトは頭を抱えた。


「旦那様?」


心配そうに見つめてくれるつむぎを、これ以上不安にさせるのも心苦しい。


「ああ。大丈夫だ」


つむぎがようやくあまねの後ろから出てきてくれた。と、言ってもまだまだリヒトとの距離はある。


「とにかく。これは俺の同胞の後始末でもあるんだ。ここは俺に任せて帰りなさい」


横を向くと、あまねも優しく見守ってくれている。リヒトのために、術師として、この事件に少しでも貢献したかったところだが、それはどうやら叶わないようだと、つむぎは悟った。


「はい」


そして素直に頷くのであった。

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