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11.妻の手料理

 つむぎが金城家に嫁いで数週間がたった。その間、つむぎは大変穏やかな時間を過ごしていた。それは式町家では考えられないほど穏やかな日々だった。

 瀬戸の計らいのおかげで、術師としての勉強もさせてもらっている。今はまだ基礎中の基礎を教わっているところなので、難なく勉強も進んでいる。

 今日も無事術師の授業を終え、昼食を取っていた。昼間はリヒトが仕事でいないので、つむぎ一人だけの食事だ。リヒトはつむぎに何としても沢山食べさせようとしてくるので、夕食は毎回お腹がはち切れそうになる。こうやってゆっくり好きな量しか食べなくて良いのは、つむぎにとって嬉しかった。


「奥様、術師の勉強は順調のようですね」


瀬戸は、つむぎが食べ終えた食器を片しながら、そう声を掛けてくれた。


「はいおかげさまで」

『さすが奥様ですぅ!』


術師の勉強は正直楽しい。新しい事を知っていけるのは何とも心躍るものであった。

 常につむぎのそばで世話をしているあまねは、つむぎの努力を一番近くで見てきた。ひたむきに頑張るつむぎの姿に、あまねはいつの間にか心打たれ、そうしてつむぎを心酔するようになっていた。それは、あまねがつむぎの事情を深く知っているのも一因だった。

 二人から褒められて、つむぎは顔を綻ばせた。

 こういうのには慣れてないのでなかなかくすぐったいものである。

 そんなつむぎを微笑ましく見守りながらも、瀬戸は一つ気になる事があった。そっとあまねに近寄り、耳打ちする。


「……あまね。奥様の一般常識の勉強の進捗はどうだ?」


そう。一般常識である。式町家で虐げられてきたつむぎに一番欠けているものだ。そして早急に身につけてもらいたいものでもあった。

 しかしあまねは表情を曇らせた。


『そちらは壊滅的ですぅ』


その答えに瀬戸はため息をついた。


『旦那様が邪魔してくるんですよ。せっかく教えても、旦那様が奥様に金城家は違う、金城家の常識だから、て上書きしていくんです』

「全く困った主人だな」


ようやく手に入れたつむぎのそばにいたいリヒトが、少しでも近くにいるために色々と手を回しているらしい。そんなリヒトの陰謀から守るためにも一刻も早く身につけて欲しかったのだが。どうやら瀬戸の考えはリヒトにはお見通しのようだ。


「あの調子では奥様が社交の場で大変な思いをするというのに。本当にどうしたものかな」


金城家の奥方として、つむぎにはいつか社交の場に出てもらう時が来る。しかしこのままでは社交なんかそっちのけで、バカップルを見せつける羽目になりそうだ。


「あの瀬戸さん」


瀬戸はつむぎから声をかけられ、振り向いた。本来なら呼び捨てでも構わないのだが、つむぎにはどうにも慣れず、さん付けで妥協しているところなのだ。


「いかがしましたか」

「午後からなんですけど、よければ料理をさせてもらえませんか?」

「ああ……」


瀬戸には思い当たる節があった。


 それは昨晩のことである。

 いつものようにリヒトがつむぎを愛でていた時の事だ。突然ぽつりと呟いた。


「手料理が食べたい」


その呟きに、つむぎは首を傾げた。つむぎ達のご飯は、毎日料理人たちが丹精込めて美味しく作ってくれている。当然ながらそれも手料理である。


「毎日食べてますよね?」

「違うよ!愛しの妻が作った料理が食べたいんだ!」

「私の作ったものですか?」

「俺、夢だったんだよね」

「夢……ですか」


リヒトは期待のこもったうっとりとした瞳でつむぎを見つめた。曇りのない真っ直ぐな目で見つめられると、つむぎはそのお願いを聞いてあげたくなってしまう。


「ねえダメかなぁ?」


残念そうに尻尾が垂れている。ように見える。勿論幻覚だ。リヒトは犬ではないので獣の耳も尻尾も当然ついていない。

 だが赤く美しい瞳でじっと見つめられると大きく心揺さぶられてしまう。


「そういうものですか」

「そういうものなんだよ」


と、そんな会話をしていた。その後もなかなか頷かないつむぎに擦り寄って駄々をこねていた。


「そう言えばそんな話を旦那様としていましたね」


全く呆れたものである。瀬戸はリヒトの事を尊敬しているが、どうもつむぎの事となると人が変わったようにポンコツになる。


ーー長年の片思いを拗らせると、ああなってしまうのか。


幼い頃からリヒトに仕えてきた瀬戸はリヒトが懸命につむぎを探してきた事を知っている。知っているからこそ何となく止めに入りるのを躊躇われてしまうのだ。

 つむぎも困ったような眉根を下げた。


「はい。ですので今日作ってみようかと思うのです」


あんなに駄々をこねられては、つむぎも作らない訳にはいかない。


ーー旦那様に甘えられてるのは……正直嬉しいのですが、勘違いしてしまいそうで困りますね。


本来ならこの立場にいるはずはきよなのだ。それなのにいつまでも甘くて優しいリヒトに、つむぎはいつも勘違いしてしまいそうになる。

 少し落ち込んだ気持ちを振り払うように、つむぎは笑顔を作った。


「作らないときっと今夜もねだられてしまうと思いますので」

「成程。おっしゃる通りだと思います。奥様は何をお作りになるのですか?」

「トマトスープというものを作ろうと思います」

「ああ。旦那様の好物ですね」

「はい。その……今朝教えていただきましたから。あとにんにくは嫌いだというのも」

「ああ……」


つむぎの手料理を諦めていないリヒトが、聞いてもいない情報を与えてその気にさせようとしている姿が目に浮かぶ。

 そこまでされてはつむぎも作らない訳にはいかない。


ーー正直、旦那様の口に合う食事が作れるか不安です。


つむぎも式町家で多少なりとも料理をしていた。しかし、金城家の料理人達が腕によりをかけて作るご飯を毎日食べていては、とてもリヒトの口に合うとは思えない。

 しかも式町家は和食ばかりだった。つむぎはトマトなんて扱った事もないので、ちゃんと料理できるかわからない。

 瀬戸もその事を気にしてくれたようだ。


「失礼。奥様はトマトスープをご存知ですか?」

「えっと……実はトマトは食べた事もないのです」

「そうでしょう。まだ珍しい野菜ですからね」

「そ、そうなのですか」


瀬戸の話から、つむぎは余計不安になってきた。そもそもトマトがなければ料理できないのではないだろうか。前途多難である。


「売っているお店も限られますし……あまね」

『はい!案内致しますよ!』


元気いっぱいのあまねを見て、つむぎはほっと胸を撫で下ろした。


「あまねさん、お願いします」

『美味しいトマトスープ作りましょうね!』

「はい。頑張ります」


あまねの笑顔につられて、つむぎの不安は晴れていった。

 そんな和気あいあいとしたつむぎとあまねを見守りながら、瀬戸はぽつりと呟いた。


「まあ。失敗したとしても旦那様なら喜んで食べるでしょうね」


何なら嫌いなにんにく料理だって食べるだろう。瀬戸はそう確信していた。




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